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2015年9月13日 (日)

住吉公園駅のこと

Sumiyoshi01_2さてさて、既にニュースにもなっておりましたが、私にとっても身近な路線、阪堺電気軌道の住吉公園駅が2016年1月末で廃止になる、という件です。


この路線、わずか200mほどの盲腸線で(まさに盲腸、というか虫垂、というか、そういう言葉がピッタリきます)、少し前から運転本数が大幅に削減され、こんな都会にありながら「ある意味秘境駅」「日本一終電の早い駅」などという言い方で有名になってしまっているようでありますね。


こちらは住吉電停に貼られていた告知ですが、ここから住吉公園駅(南海本線の住吉大社駅に隣接しています)までもごくわずかな距離ですし、さらに100mぐらいの所に住吉鳥居前電停もありますので、住吉大社参詣に重大な影響があるわけでもない、という形ではあります。


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Sumiyoshi03_2大阪市内には昭和40年代半ばまでは市電が走っていましたが、それが全廃されてからは、当時南海の上町線、阪堺線、それに平野線がわずかに残る併用軌道線となっていました。そのうち平野線は1980年に地下鉄谷町線の八尾南延伸に伴って廃止となり、この2路線だけが残っています。で、上町線と阪堺線がクロスする住吉電停から先へは、写真にもあります通り、走る電車は朝8時台までの平日5本、休日4本だけです。


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Sumiyoshi05というわけで、この区間は保存しておくのもあまり重要性が高くなく、一方平面交差地点には改修を要するがその費用をまかなえるほどの運賃収入がある訳ではない、という難しいこともありまして、結果的にこのように、わずかな区間ではありますが、昼間から「終電後」の「閉まらずの踏切」という状況が展開しているわけであります。


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Sumiyoshi07_2さて、阪堺電気軌道の路線は大阪市内は天王寺駅前と恵美須町が起点になっており、かつては天王寺駅前からは住吉公園行きと大阪市内最南端駅の我孫子道行きの2系統、恵美須町からは堺市内に入って浜寺駅前まで、というパターンで運行されていたのですが、やはり乗客の密度という点では天王寺の方が明らかに大きい、ということで、最近になって天王寺駅前から浜寺駅前への直通運転が始まり、逆に恵美須町からは我孫子道までの区間運転のみに変わりました。


で、現在の運転パターンは発車時刻表をご覧いただけばおわかりの通り、天王寺駅前発着が圧倒的に多く、恵美須町からは朝夕を除けばおおむね1時間に3本という状態(2014年に本数が大きく減少した)。まさしく「過疎化」が進んでいるのでありまして、運転本数的には、過去2回、最近の方でも7年半前にエントリしたときに、30分ヘッドの運転に過疎をひしひしと感じた汐見橋線に近づきつつあります。堺市内の区間は、堺市内LRTの動きとともに以前から存廃問題が浮かんでは消えしていましたが、こちら恵美須町区間ともども、大阪市に残る路面電車の将来は、決して楽観できないものであるようです。




2014年12月19日 (金)

ディープ日本橋のこと

今ではロードサイド型量販店の発達で見る影もなくなって(それらもネットショップの浸透で随分しんどくなって)いますが、ほんの一昔前までは日本橋2丁目あたりからえびすランプの少し手前まではずらりと並んだ電器街でした。今でも完全に死んでいる訳ではないですが、目立って立ち並んでいるのは多くはこれももはや時代の徒花になりかけているビデオショップ、それ以外はどちらかというと現物を確認できるニッチな専門店(4丁目東側のeイヤホンとか、いろいろと視聴したくて時々行ったりします)が何とか生き続けている、というところでしょうか。


Nipponbashi01そんな日本橋界隈でもやや南の方、日本橋4丁目の堺筋西側あたりには、ちょっと通りを入ると戦後がまだ色濃く残っているかのようなエリアが少しだけ残っています。なぜか3階建てでしかない「五階百貨店」という、主に電気パーツや工具なんかが売られている商店群を要する建物は昔から有名ですが(そもそもはこの近辺に5階建ての「眺望閣」という建物があったのが由来で、その周辺一帯の店舗群も含めて「五階」と言っていたものらしい)、そのすぐ南側の「日本橋商店会」と看板のある路地のような一角(ここももともとは「五階」の範囲内だったらしい)も、大変に味のある場所です。


Nipponbashi02かつて私がTC-K777ESIIというカセットデッキを探して見つけて、ですぐにベルトがいかれてさらに同型品を入れてもらって買い直した、なんてことをやっていたのもこのエリアの路地沿いにある店ですし、おそらく今使っているCDウォークマンが使用不能になったら、代替機はここらへんの中古の状態の良いものを探すしかないよな、という感じになるような、もうとにかく「掘り出し物」としか言いようのない(で正直それを掘り出し物と感じない人には特に意味のない)商品がいろいろとある、まだ昭和に立ち戻れるような気がする、そんな小さな商店街です。というとそういう中古電器店しかないのかという五階、ではなくて誤解を生みそうですが、路地の中には呉服屋さんとか、あるいは空き店舗に外からだとよくわからないカフェのような店とか、店舗にもちょいと一癖ありそうな並びになっています。そのつもりで見てみると楽しい。


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Nipponbashi04私は主に、ここらに並んでいる中古のオーディオ機器でいい状態のがないかな、なんてのを確認しに時折この界隈を覗きに行ってるのですが、このエリアは見ての通り車が入り込むようにはできていませんし、付近の駐車場も料金がちょっと高い。そのうえ目的地のすぐそこの駐車場が開いてなかったりする、とかいろいろとそっち側の不満はどうしても出てしまいます。このエリアの「衰退」の大きな原因とも絡んでくることになるわけですが、地下鉄でこざるを得ない、さらに目的地に必ずしも直結しているわけでもない、駐車サービスがもう一つ詳しくわからない、一般に営業時間が短い傾向が強い、というあたりは単独の店がどうこうしきれないものがありますのでね。


Nipponbashi05でまあこういう店舗も徐々に代替わりし、あるいは代替わりできる人がいなければ消えていき、という運命を辿らざるを得ない訳ですが、逆にこういう路地の昭和っぽさに目をつけて店開きしてみようか、という人も現れてくるわけで、←こちらは日本各地のインスタントラーメンを集めたお店。店内にもいくらか商品は並んでいますが狭いのでそちらは主力というわけではなく、商品ディスプレイのメインは、角地にあることも活かして店の外側にずらりと商品を並べているところ。一部を除いて私なんかにとっては普段見かけないものがズラリ、という感じで、ここはお客さんも結構来ています。


Nipponbashi06一つ一つがそんなに安いわけではありませんが、とりあえず目についたもの、ということで、ホンマにスープが胡椒の色で黒い「寿がきや富山ブラック」(これで結構有名になったみたいですが、富山のラーメンが全部こうであるわけではありません)、それから熊本方面では有名らしい「本場ラーメン(ゴールド)」。「お二人前」なんていう書き方に昭和っぽさを感じたりするのですが、福岡のマルタイなんかと同様の棒ラーメンですが1人前ずつ束ねていませんね(実はまだこれは食べていない)。他に写真には入っていませんが沖縄そばなんかも購入したりしていたのでありました(こっちは結構魚介系の出汁がいい感じで出ていて悪くなかった)。また「ベタな休日」の部屋食用のネタのために寄ってみようと思います。





2014年1月 4日 (土)

近大マグロを食する

昨年、義母が亡くなったため今年は初詣はナシ、でも家の周りをグダグダしているのもなあ、というわけで、昨日は、実は「ベタな平日・休日」ばっかりでその存在は知っておりながら足を踏み入れたことがなかったグランフロントへ。



Kindai01ちょうど人出が増える時期、時間帯だったこともあるんでしょうが、いやあ、久しぶりに酔いそうな人の波ですね。



まあその、途中一見して多少気になるかな、というお店はないではないのですが、一応目的地があるのと人が多いので何だかゆっくりする気になりにくい(ということはそこまでの関心はないということなんでしょうけどね)、ということで、大阪駅からは奥へ奥へと進んだ北館へと突っ込んで行きます。



Kindai02北館のやや奥の方に入り、6階まで上がると、非常にわかりやすい形で表示されているのが、こちらの「近畿大学水産研究所」。本拠は白浜にあるわけですが、いまや銀座にも店を出してしまうほど、「近大マグロ」で一大ブランドの名を確立してしまいました。確かに回遊魚で「止まると死ぬんじゃ」という特性を持つマグロの養殖においてここまでの力を持っているのは近大ブランドのなせる技なんですよね。でまあ、このお店、グランフロントでも北館奥の方の「ナレッジキャピタル」に入っている、というのが一応のミソということなんでありましょう。



ここは店の手前側のカウンターとテーブル席が予約なしで入れる席ですが、いささか窮屈な雰囲気を持っているというのは否めず(ただ相当に行列ができるので、こちら側はある程度回転率を上げるような仕掛けになっているのだろうと思います。注文の品物が出てくるのは非常に早い、というのもそういう面から理解すべきかと)、近大マグロと紀州の魚を美味しいお酒とともにじっくり楽しみたい、という事であればやはり予約が必要です。ただしこの店の予約は現在のところ非常に取りにくい状況にありまして、予約ならではのコース料理も是非一度試してみたいのではありますが果たしていつになるのやら。



ともかく、ランチタイムが14時で終了した後、ガランとした店の前をしばらくブラブラしていますと、15時半過ぎに係の人がディナーの行列のためのロープをしつらえ始めます。ディナーは17時からですが、最初のタイミングで入店しようというときは、現在でも休日なら恐らく16時前には並んでおく必要がありそうです。ただし上に書いたように、予約なしの席はかなり回転率重視になっていますので、売り切れにならない限り、そこそこのタイミングで席は空いてくれるものと思われます。



Kindai03Kindai04席についてとりあえず出てくるお通しのあら炊きが意外と薄味で結構美味しかったりしましたがそれはともかく、やはりここまず注文すべきは近大マグロのお造り、赤身、中トロ、大トロの各部位が乗っかったものは切り身も結構重厚で食べ応えがあります。実は赤身の歯触りとまろやかな味わいがとても素晴らしかったりします。そしてお酒によく合いそうなのが写真のツノの焼き物とか、血合いのガーリック醤油とか。特に後者は個人的に大好物な部位ですので、これだけでお酒の2合ぐらいは行けそうな感じがします。



もちろんマグロ以外にも紀州の良い魚がいろいろと味わえる訳ですが、まあ呑まずに食べるだけなら1人3000円ぐらいでそれなりの満足が得られる内容です。予約して食べるメニューだともうちょっといろいろと価格的なバリエーションがあるものと思います。



話のネタ、というだけではなく、味的にも十二分に楽しめます、というか、ここで食べてしまったが故に、また久しぶりに勝浦とかでいいマグロが食べたくなってきたりしまして... しかし遠いんですよね。







2011年4月17日 (日)

名残の桜と長弓寺

Choukyuji01_2 Choukyuji03_2 ときどき用があって奈良の学園前周辺に行くのですが、そこで少々時間があるとき、ちょっと車で回り込んでみる、というパターンで、以前は薬師寺のエントリをしたりもしましたが、本日は、第二阪奈の中町ICからr7をズンズン北上し、阪奈道路をくぐり、近鉄富雄をくぐり、富雄川沿いをさらに北上してもうちょっと行くとR163という所にあるお寺、長弓寺です。



ここは奈良時代、小野真弓長弓と養子の長麿が聖武天皇に従って狩りに出た際、飛び出した怪鳥を追った2人が誤って相撃ちで命を落とし、これを悲しんだ聖武天皇が行基に命じてここに寺を建てたのが始まりといわれているそうですが、現在の本堂は鎌倉時代、700年余り前に建てられたもので、国宝の指定を受けています。



Choukyuji02 Choukyuji04 奈良も観光シーズンのはずなんですが、こちらは人の多く集まるゾーンからはかなり外れているせいもあってか、訪れる人もさほど多くはなく、小さな坂を上って見えてくる本堂も、その姿をゆっくりと鑑賞することができます。



特に印象的なのは檜皮葺きの屋根のラインの美しさ。微妙ですがキリッとした曲線美ですね。お堂の両側の意匠もとてもきれいです。ゆっくり見ていたくなるお堂です(お堂の中には、寺務所に申し出れば入れてもらえるそうですが、そこまで時間がなかったので今回は外側だけです)。



Choukyuji05 大阪市内ではもう葉桜状態ですが、こちらはまだ散り初め~花吹雪、という状態。穏やかな風に散る花が、静かな境内に彩りを添えています。



学園前、富雄からもバスですぐ近くまで行けます。車は進入路が「おっ」と思うぐらい狭いので若干要注意。駐車場も余り広くはありませんが、まあこの時期でも停めることはできる、というぐらいのスペースはありますね。











2010年9月26日 (日)

ふと薬師寺に行ってみたら

以前も矢田寺関連のエントリをした時に触れたことがありましたが、時々とある用事で家族を連れて奈良の赤膚山近くに行くことがあり、その際についでにどこかに、という微妙な時間が発生するのであります。赤膚山から東へ車で10分ほどで西の京。そこにあるのは薬師寺です。


もともとの白鳳時代の伽藍に加えて、北側の玄奘三蔵院伽藍を合わせるとかなり広い境内。1300年の歴史をそのまま持ってきている建物も含めて、大人800円という拝観料。安いとは言えなくて結構微妙かも。



Sn3m0515 白鳳時代の伽藍ということで、中門をくぐると東西両側に塔が配され、その奥に金堂、さらに奥に大きな講堂があるという形式。西塔は16世紀に焼失して最近再建されたものですが、東塔は創建当時の姿を今に伝える国宝建築物です。



この塔ですが、この10月末まで特別に開扉されていまして、1300年以上にわたって塔の中心をなす心柱や、初層内陣の天井絵を覗くことができ、結構な行列になっています。塔はその後本格的な解体修理に入り、次に見られるのは平成30年度、ということは8年後になってしまいます。建物の歴史からすれば僅かな間ですが、そうも言ってられない人も多いでしょうし、ご興味のおありの方は10月中の参拝を。



で、塔も、金堂の薬師三尊像(これは台座も含めて本当に美しいです。教科書なんかにも良く出てきますが、現物に見とれておくのが一番)も素晴らしいのですが、



Sn3m0514 南の一般駐車場からは一本通りを隔てた北側、近鉄西の京の駅により近い玄奘三蔵院伽藍(これ自体は新しい建物)の奥にある、昨年亡くなった平山郁夫画伯による西域壁画を納めた壁画殿が壮観です。玄奘三蔵の訪ねたと言われる西域の7場面を描いた大壁画(2000年末に奉納されたもの)で、これだけで見る者を圧倒します(ガラスで遠く仕切られていて余り近くに寄れないのが残念。また、これだけ見たくても寺全体の拝観料が要るというのもちょっと)。2010年は例の1300年祭で通年公開されていますが、いつもの年は年3回程度、期間を限っての公開だそうですね。中は写真撮影できないので、こちらも、興味のある方は一度見て下さい、としか言いようがないですが、絵に関心がなくても、これには惹きつけられるものがきっとあるはずです。



Sn3m0513 さて、そんな伽藍の金堂と講堂の間に、数多くの椅子とステージがしつらえられて、こりゃ何じゃいな、と思ってみてみると、なぜか、「AKB48」なのでありました。いわゆるひとつの



「奉納ライヴ」



なんだそうですが。確かにこういう場所でのコンサートイベントというのは決して珍しいことではないけれど、「なんでまた?」という思いは拭えず、まあ東塔の解体修理にお金はいるし、いろいろな層から浄財集めですか?ということで。ちょっと訪れた者がガタガタ言うことでもないでしょうかね。







2010年7月24日 (土)

硬券の三岐鉄道

先週の河内風穴 からの続きで、鈴鹿山地をR306で越えようかと思っていたら鞍掛峠が通行止め。仕方なくうーんと大回りして、米原からR21で関ヶ原、そこで北から合流してきたR365に従って右に入ります。南下南下。さっさと三重県側に入ってしまいたいのではありますが、やはり遠回りしただけあって相当距離があります。



Sangi01 Sangi02 上石津町から三重県いなべ市に入り、さらに結構走って本当はこちらをスッと行きたかったR306に入り、ようやく着いたのが西藤原駅。駅の横にパーク&ライドの無料駐車場があります。ここから山を下りていく格好で四日市の富田まで26.5kmを45分ほどで結ぶ三岐鉄道の駅です。



駅に着くと、すぐに折り返しの電車が入ってきました。どこかで見たような気もする西武鉄道のお古(この列車は4両)です。この駅は藤原岳ほか、鈴鹿山地への登山口にも近いのですが、休日とはいえまだ昼下がり、いかにも田舎の始発駅、という感じで、乗客はごくまばら。



Sangi04 三岐鉄道はその名の通り、三重と岐阜を結ぶ事をそもそもの目的にしていたのですが、恐らく今後その予定はなく、名称に「そんなことあったっけ」というのを残すのみです。もともと独立ローカル私鉄として存在していましたが、2003年に近鉄の北勢線が廃止されようとしたところを譲り受け、2路線で営業中。しかし北勢線はナローゲージですので、路線としてのリンクはできないわけですが。



駅でキップ(窓口のみ)を購入すると、久しぶりに見る硬券でありました。今どき硬券に入鋏してくれるところってそうはないでしょうね(ローカル鉄道は無人化ワンマン化で切符自体がなくなってきていますし)。全区間で500円。この種の私鉄路線としてはまあまあ安い部類に入ると言えるでしょう。



Sangi10 Sangi09 ほぼ30分に1本。西藤原を出た電車はのどかな単線を少しずつ下っていきますが、2駅目の東藤原駅の手前でこのデカいプラントが目に飛び込んできます。



ここは太平洋セメントの工場。この鉄道の主要株主でもあります。左側から専用線を伝っていく貨物路線が、今でも輸送の重要な部分を受け持っています。旅客運賃がローカル私鉄としてはまだ比較的安めなのもこの辺りの影響があるのでしょう。この路線はそういうわけで、各種電気機関車や貨車、セメント輸送車が使用されていて、その種のマニアの方にもお薦めできそうです。



Sangi07 Sangi06 さて、電車は途中駅までは自転車乗り入れ可だったりするなど、営業努力の跡を感じさせながらだんだん海側へと下っていきます。そして終点富田へ向け、関西線の線路を跨いだところで分岐が見えてきます。旅客列車は右へ、そして貨物は左へ。左に入った列車はJRに入り、右の列車は近鉄富田方向へ入っていきます(もう1回JRを跨ぎ、近鉄線の西側に滑り込んでいく)。



もともと、三岐鉄道は貨物輸送を主力としており、先に接続していたのは国鉄の方(本社もJR側に存在する)。ただ旅客面では以前から近鉄の方が輸送力もあり、利用者も多い。というわけで、開業から40年近く経った1970年に、近鉄連絡線が建設されたという経緯があります(伊勢湾台風までは近鉄の名古屋線も狭軌だったわけですが、この時点では改軌済なので、どのみち直接の接続はできなかったわけです)。確か私が子どもだった頃は、国鉄への連絡列車もあったと記憶していたのですが、1985年に、旅客列車は近鉄富田駅ゆきに統一されていたようです。上右の写真にある路線図なんかは、その辺の歴史も踏まえたもの、ということになるのでしょうか。



Sangi05 で、ほどなく近鉄富田駅に到着。四日市と桑名の中間ぐらいに位置する駅です。この駅でも、三岐鉄道の旅客取扱いは完全に「別扱い」。硬券は当然ながら自動改札非対応ですし、近鉄線では使えるPiTaPaにももちろん非対応。駅の券売機でも発券してはくれないので、切符は有人窓口で買い(駅員さんもその辺は慣れたものですが)、有人改札を通ります。西側の改札は三岐の管轄のようですが、それでも自動化対応していないんだからしゃあないというわけで。



ということで、路線的には怪しさは少ないものの、所々に昭和を残した路線、という風情の三岐鉄道、あと問題としては、富田駅での近鉄との接続の利便性が全然よろしくないところでしょうか。あと、これはコトデンなどでもありますが、途中の保々(車両区がある)で列車入れ替えのため強制乗換、というパターンが結構ありますので一応注意しておきましょう。







2010年7月19日 (月)

[涼]河内風穴へ行ってみた

梅雨が明けて、早速クマゼミの賑やかな暑い日が続いております。梅雨末期からのクソ暑さ、一瞬だけでも忘れたければ、そう、ラオスでも何度も行ってる「洞穴」ですね。



そう言えば、関西にも、かつてはナイトスクープで、北野誠の「中途半端探偵」シリーズの一つとして非常に有名になった「河内風穴」というのがありました。一般公開されている以外に極めて広大な鍾乳洞が存在していて今でも探査継続中、観光用の入口は滋賀県多賀町にあるのですが、そこからイヌを放したら三重県側から出てきた、という半分ネタのような話もある洞穴なんですが、私はまだ行ったことがなかったし、あんまり行ったことある人いないのかも?というわけで、第二京阪がうちの近くまで通ったのにまだ使っていなかったこともあって、そっち経由で行ってみました。



Kawachi01 Kawachi02 八日市ICで降りて、R307に入ってずんずん北へ。かつて307号線走破エントリ のときに走って以来でありますが、結構距離がありつつ多賀大社前へ。そこからさらにもう少しだけ北に行くと、国道上の名所表示にも出ているので誰でもわかるr17への矢印。こちらに沿って東に入ります。



しばらく町中の細い道があって、そこを抜けるといかにも田舎の、山方向へ走る県道です。その途中にも、同じ規格の「河内風穴 あと○km」という看板が出てくるので、まず道を間違えることはないと思います。しかーし、この県道、いかにもこういうエリアの県道にありがちな、部分的に改良されていながら、それ以外は1~1.5車線の道、休日は交通量も結構多いですが離合不能な場所もかなりある(横を川が流れているけれどガードレール皆無、落石跡も路上河川も時々見られる)、という厄介な道です。今回、私も往復で2回バック待避しましたし。



Kawachi17 Kawachi16 あと1km、というところで、初めて(上の写真にある)、これだけ違うスタイルの手作り感のある表示看板が出てきます。このあたり、すぐに河原に降りられる場所(梅雨明け直前の豪雨のせいか水量豊富、でも清流)があり、安養寺という結構歴史のありそうなお寺があったりと、雰囲気が出てきます。



Kawachi03 Kawachi04 ここまでくると本当にあと僅か。そんなに広くないですが駐車場が整備されており、休日だけにかなり車で埋まっています。駐車料金400円を支払い、すぐ先の風穴入口で大人500円(最近値上げしたそうです)。この建物には、風穴の現在確認されているエリアの図が掲示されています。ちょっと見にくいですが、一般に公開されている範囲は写真の図面のうち赤線が引かれている部分だけ。ごく僅かですね。それ以外は許可を得た人しか入ることができません。



Kawachi06 Kawachi07 ゲートらしい場所を通過して、さっさと風穴の入口を目指したいところでしょうが、そこでちょっと立ち止まって見ましょう。



どうです、この渓谷の美しさ。この風穴は天然記念物に指定されているそうですが、この渓谷部分を含めて、入山者のコントロールがなされているため、この美しさが保存されていると言っても良いのではないでしょうか。



川の流れを感じて、この時点で下界よりも随分ひんやりした空気が漂います。橋を渡り、石段を軽く登って、もうそろそろ出て来いよ、と思うあたりで、前を行く人の歓声が聞こえてきます。



Kawachi08 Kawachi10 そこが風穴の入口です。近くに来た時点で、この入口から涼風というか、冷気というか、水蒸気たっぷりのひんやりした風が吹き出してきます。涼しいというか、寒いです。



そんなに長時間中にいる人はいないと思いますが、かなり気温が低いのと、上からかなり水が滴ってきますので、身体が冷えやすい人、寒がりの人は、夏場ほど、ウインドブレーカーなんかを用意しておいた方がいいように思います。



さて、いきなり落石注意(ついでに停電注意。確かに中の電気が消えたらかなり怖そう)の看板もありつつ、しかも入口は(この写真では「ほんまに入れるんか」というような開口部のようですが、実際には高さ1mぐらいありますので、大人でもしゃがめば入れます)下手すると頭打ちそうな狭さ。大丈夫かなあ、と思いつつ入り込みますと、最初の坂は普通の洞穴、という感じ。しかしそこをさらに抜けると、下の写真のような空間が。



Kawachi11 Kawachi12 写真ではわかりにくいかも知れませんが、人のサイズで何となく認識していただければと。相当広い空間がいきなり現れます。



典型的な鍾乳洞っぽいものはほとんど見られませんが、天井からぼたぼた落ちる水滴を集めて、地下河川のように写真の右下方向に流れができています(非公開エリアには巨大な地底湖もあるそうで)。



結構滑りやすいので手すりを(ところがその中に一部、手すり自体が心許ない箇所があるのでご注意を)持って慎重に下まで行き、さらにそこから写真の奥のライトの方へと上がります。すろとその裏側にこのような鉄製のはしご段が。ここを昇り、頭上注意箇所を抜けると...



Kawachi13 Kawachi14 「キケン」の立入禁止看板。これ見せるためのハシゴかよ、というわけではなくて、ここから先は探査関係者専用のエリアなんですね。そこから先はよく見えませんが、とにかく相当に広い世界が広がっているのでありましょう。もし公開可能になれば、是非そちらにも行ってみたいものです。



というわけで、すごすごとハシゴを降り、その奥側にも入っていくと、そっちもすぐに行き止まりで、ポツンと温度計がおいてあります。写真ではわかりにくいですが、表示はおよそ12℃。道理で寒いはずです。



Kawachi15 というわけで、なかなか「濃い」洞穴内の公開エリアなんですが、時間的には普通に回って2、30分と言ったところ。もとの狭い入口が同じく出口であります。



出てきた途端に、「暑ーっ」。と叫びたくなるほど、ここの気温の差は出てくるときにさらに強く印象に残ってしまいます。この風穴、夏には本当に涼しくていい場所なんですが、唯一の欠点は、「出たときが相当に暑い」というところではないかと思われます。




まあそれを除いても、渓流の美しさ、険道のスリルと、各種の楽しみがありますので、夏のひととき、関西地区の方は是非風穴体験されてみては。




さて、実は今回の目的は多賀大社に戻り、すぐ脇に抜けるR306で鈴鹿山地を越える酷道巡り、だったのですが、大雨による落石の影響で鞍掛峠は通行止め、他にもR421は以前から通行止め(新道建設中で、コンクリートブロックで幅2m制限をかけていることで有名な石榑峠は、新道トンネルの工事中で、現在の道は恐らく永久に通れなくなるのではないかと言われている。一度行っておくべきだった...)、さらにR477の旧鈴鹿スカイラインも以前から通行止め、ともうトホホな状態で、やむなくR8→R21で関ヶ原、さらにR365南下で、あるところを目指すのでありました。




(と言いつつ、気が向けば続けます)






2010年6月20日 (日)

アジサイのある矢田寺

2ヶ月ほど前に、アジサイのない状況をエントリした矢田寺 。アジサイが咲き出すと必ずローカルニュースに出てきて、人も結構ドーッと出てくるのですが、でも近くに行く用事もあったので、せっかくだから行ってみようということになりました。



第二阪奈の中町からズズーッと川沿いに南下し、突き当たりを右折して奈良高専とグラウンドを通過したらすぐ。やってきますと、さすがに駐車場を目指すそれなりの車の列。この時だけは駐車料金500円でびっしりです。また山門で料金を取るのもこの時期だけ(大人400円、小学生200円)。アジサイ時期の特別料金です。



Yatadera03 Yatadera05 約1万株のアジサイが植えられた庭園は、まさにアジサイ寺の名にふさわしい姿になっていました(あ、ちなみにこのお寺の本当の名前は「矢田山金剛山寺」です。「矢田寺」は通称です)。2ヶ月前とは随分違いますね。歩く人は多いですが、花の多さでそんなに問題になりません。ただ、高い木も多く、どんより曇った日だと光が少ないので、コンパクトデジカメでは撮影に少々限界が。



Yatadera06 Yatadera09 距離的には大したことないんですが、園内は結構アップダウンもありますし、石段とかは(特に今日のような雨交じりの日は)足元結構すべりますので、歩くのに適した履き物で来られることをお奨めしておきます。



なお、歩いている分には(いろいろ違うのはわかるんですけど)、アジサイのいろいろな品種とかまではわかりませんね。庭園の入口の向かい側には「見本園」というのがあって、そこには日本のアジサイを中心に、様々な品種の花が咲き並んでいます。左の写真のように、ツル性植物のような形で伸びるものもあるんですね。がくの形や花のつきかた、大きさと、いろいろ違うものです。



Yatadera08 このお寺、アジサイもそうですが、お地蔵さまが多いのも特徴で、本堂の下にある「味噌なめ地蔵」は特に歴史のある像なんだそうですが、その回りにもアジサイの花は彩りを与えてくれています。



基本的にアジサイ庭園の順路上は三脚撮影はできない(そんなに通路が広くない)ですが、ここは良い撮影ポイントでもあり、ゆっくりカメラを構える人も多いです。



Yatadera02 Yatadera07 世の無常を説くといわれるアジサイの花びら、がくの一つ一つが、しかし観る人の目を楽しませ、そしてそこに集まる小さな生き物の姿が、訪れる人を和ませます。アジサイの花は、いろいろと品種を変えて咲き続けるので、7月下旬までは楽しめるんだそうです。



車はお寺の近くは混みます。公共交通機関利用で、少し手前でバスを降りて歩くのが確実かも知れません。









2010年5月 5日 (水)

連休最後に京橋花月に行ってみた

かつてこちらのエントリ でオープン当初の人の流れなどを中に入らずに書いたことのあった京橋花月。それから1年半近く経っていながら1度も中に入ったことがなかったので、せっかくの連休最終日、家族で見に行くことにしました。よしもと友の会 に登録しておけば5月のひる寄席は3000円です。



京橋花月は客席数500。数日前にネット予約した時にそこそこいい席が出てきたのでまあ満席はないだろうと思っていましたが、やはり後方は空席で恐らく客数300人台でしょう。ひる寄席2回目は入れ替え時にかなり行列ができていました(1回目は15分ぐらい押した)が、それでも満席まではいっていないでしょう。団体客でどかっと客席を埋めるNGKとは性格が違うのでその辺はしょうがないのかも知れませんね。



公演の写真は撮れませんので画像なしですが、ひる寄席1回目の前半は、ギャロップ/ファミリーレストラン/おしどり/中川家/テンダラー/海原さおり・しおり/おかけんた・ゆうた/笑福亭仁鶴/中田カウス・ボタン、というラインアップ。中川家はこの日1回目のみ、5月を通じても京橋での出演はこの1回だけのようです。お馴染み車掌ネタからお兄ちゃんぼそぼそ喋りを礼二増幅させる例のパターン。確かにおもろい。気になっていたのはおかゆうた。激ヤセは以前から言われていましたが、顔色には生気なく、足の具合も悪いようで漫才中は動きなし、マイクスタンドを支えに立っているような感じでした。どこかに糖尿か何かでずっと闘病中と書いてあったかと思いますが、かなり心配です。



そう言えば、中田カウスは脅迫状とかもネタにしていましたね。



もうひとつ懐かしかったのは新喜劇に出演していた帯谷孝史。「やめよっかな」以前の新喜劇では「アホンダラ教の教祖」とかのギャグもよく使われていましたが、10年ほど前に借金問題(ひどいときには楽屋や舞台周りにもその筋の人が押し掛けてきていたらしい)で新喜劇を干され、長く表に登場することがなかった人ですが、借金も完済し、昨年あたりから京橋に、その後NGKにも復帰してテレビにも出てました。ライヴで見ると懐かしさもひとしおです。しかしあの「ポット」、もう探してもなかなか手に入れるのは難しいと思いますが、小道具でずっと保管してたんでしょうね。



新喜劇のネタ自体はちょっと小粒でしたが、めだか師匠と吉田ヒロの絡みとか、そこそこいろいろ楽しめましたね。うちの近所ですし、ちゃんと存在しているうちにまた行っときましょう。







2010年4月18日 (日)

アジサイのない矢田寺

時折とある用事で奈良の赤膚山の方に行くもので、そのついでにということもないんですが、天気もいいのでその周辺、車でそんなに時間のかからない範囲に行ってみよう、というシリーズ(別にシリーズ、っていう大層なことはないが)、まずは、敢えて時期を外して矢田寺であります。



Yata01 大和郡山の西側、生駒山地へと向かって上がりかけた突き当たりにある矢田寺。地蔵菩薩を本尊とするお寺ですが、一般には「アジサイ寺」として知られております。花の時期には結構なにぎわいを見せる所のはずなんですが、この時期は日曜の昼頃、お天気のいい丁度いい気候のこの時期でも参詣者はチラホラ。麓にはそこそこ数が停められる駐車場があり、←こちらの写真のように料金は来た人が自分で投入するのですがゲートもなければ駐車券もなく、「料金所」の向こう側には人の気配もなし。ともかくそういうのどかな所であります。



Yata02 Yata04 車を停めて参道に入ると、山門へは一本道の坂道。一般車の入れない道を2、3分登り、山門を過ぎて石の階段をしばらく進むと境内です。普通の桜はもう終わっていますね。



右側の写真の奥の方、本堂の手前の左側がアジサイの園地になっています。もちろん今はようやく今年の若葉が出揃っている状態ですが。



Yata03 Yata06 入りかけたところにある、千体地蔵が安置された「大門坊」の前には、山の清水が引いてあり、自由に飲むことができます。柔らかい喉越しのおいしい水です。



本堂前のしだれ桜はまだなんとか花を残していました。



ここのアジサイは、意外に歴史は浅いようですが、6月~7月上旬にかけては、広い敷地が様々なアジサイに彩られる、ということであります。






(今日聴いていたCD)
マーラー:子供の死の歌、私は緑の森を楽しく歩いた、誰がこの歌を作ったのだろう、ラインの伝説、少年鼓手、私はこの世に忘られて、原光、交響曲第2番「復活」
レーケンパー(Br)、シュテュックゴルト(S)、シュルスヌス(Br)、カーヒア(MS)
ホーレンシュタイン、フリート指揮 ベルリン国立歌劇場管ほか
NAXOS: 8.110152-3 (1915~31年録音)



Cdcover_81101523 この2枚組、収録時間的にメインとなるのはオスカー・フリート指揮の「復活」。1924年録音、ということは電気録音が始まる直前のこと。この編成的にも演奏時間的にも大曲というべき作品を、ラッパに「吹き込み」ダイレクトでレコード化しているわけで、勿論この曲の史上最初の録音です。フリートはこれ以外にもブルックナーの交響曲を機械録音時代に入れていますが、特にこの曲はマーラーの存命中彼の監修を受けつつベルリンでの初演を行ったという実績のある曲であり、マーラーの時代の様式を伝える名演...



と行きたいところなんですが、さすがに録音の貧しさは如何ともしがたいものがありますね。まあそれなりに雰囲気を感じる部分も(特に後半)ないことはないですが、録音のよろしくない第1楽章あたりはさすがにほとんど何をやってるのか良くわからない状態です。それでも「原光」のライスナーの歌が結構良く録れているのは救いですね。



このディスクで最も興味深いのは、1枚目の頭に入っている、ハインリヒ・レーケンパーが歌う「子供の死の歌」。多少歌いっぷりには古さを感じないではないですが、オケの音もかなり深く録れていますし、戦前から名演と言われていただけのことはある演奏です。4曲目、5曲目は特にしみじみとした哀しみを湛えて美しさが際だちます。



古い録音に抵抗のない方なら、NAXOS価格ですし、興味本位でも聴いてみていただければと思います。