[ホーム突き落とし]昨年の事件もこの時期だった
やはり「木の芽時」というのはあるのではないかという気がしてしまいます。こういう訳のわからない状況で人々を恐怖に陥れる事件、昨年のちょうど同じ頃に、岡山駅での突き落とし殺人事件があったのをご記憶の方も多いでしょう(あの事件は被疑者が少年でしたが、逆送となって公判前整理手続まで済んでいるようですね)。今度は東京駅ですが、わざわざそこまで行って犯行に及んでいるなど、微妙に似通っているところが気になります。
東京駅ホームから突き落とす=電車と接触、女性負傷-殺人未遂容疑で男逮捕(時事通信)
(記事引用)
23日午後8時10分ごろ、東京都千代田区丸の内、JR東京駅の中央線ホームで、小平市の女性(60)が男に線路へ突き落とされた。女性は頭部から落ち、進入してきた青梅発東京行き上り快速電車の先頭車両と接触。頭から出血して病院に搬送されたが、命に別条はないという。
男は逃げようとしたが、警備員が取り押さえ、警視庁丸の内署が殺人未遂容疑で現行犯逮捕。男は「死刑になりたいからやった」と供述しているという。(以下略)
(引用終わり)
時事通信の報道では実名も入っていますが、テレビのニュースなどでは匿名化されているようです。やはりその種の「自主規制」を入れるべきでは、と考える事件に該当するということなのでしょうが。
東京駅の中央線ホームですから入選速度も遅く、辛うじて命は助かったというのは不幸中の幸いでありますが、やはりこういうところで「死刑になりたいから」ってこのような犯行をされたらたまったものではないわけで、「死にたかったら一人で誰にも迷惑かけんようにして死んだら?」と優しく声の一つもかけてやりたくなってしまいます。じゃあ自分が飛び込みます、などとされてもたまらないわけでして。
こういう事件で(今回は未遂でしたが)刑事手続き、精神鑑定、さらに勾留等の手続、そしてちかいうちに裁判員制度が始まるとこの種の事件も裁判員裁判の対象になる可能性が高いですから、余計に人の手間と公費がムダに流出してしまうわけですし。
昨年の事件以降、やはり整列乗車の前列にはあまり積極的に立たないようにとか、立ってもなるべく横向きにとか、後ろに目を付けておくとか、そういう自己防衛を働かせてしまう今日この頃でありまして、何かイヤな世の中にまた一つ近づいているよなあ、と思う次第であります。







センカーって誰?って私もこのディスクを手に取るまで知りませんでした。例によってWaltyの特価ワゴンで680円になっていたけど「これはそのうち3枚999円のワゴンにさらに落ちる」と信じて待っていたら本当に落ちてきたので購入しました。
現場は←こちらにあるようにフィリピン諸島の真ん中あたり。この地図は小さいですが、漂着場所まで救命いかだにしがみついて約100km漂流したんだそうです。そしてこの人々が、700名以上が乗船していたフェリーの恐らく最後の生存者ではないかとみられているようです。
(記事引用)国際プロレスなどで活躍した往年の名レスラーで、がんと闘病中だったグレート草津さん(本名草津正武=くさつ・まさたけ)が21日午後1時5分、入院先の静岡県内の病院で死去した。66歳だった。草津さんは昨年5月に食道がんで入院。肺や肝臓などに転移し療養していた。(中略)
ベルギーのACCENTというレーベルは、もともとクイケン兄弟と仲間達のためにあったようなレーベル。特に創設初期は、こういう地味な、しかしはまると抜けられないオリジナル楽器系の素晴らしいディスクを送り出しておりました。
これ、以前に輸入盤で買って持っているんです。シャイー盤は本来作曲家が「聞き取りにくい方法で」声を発するように指示している「シンフォニア」の第3部をその通り非常に聞き取りにくく演奏しているのが結構気に入っている(自演盤、ブーレーズ盤は、恐らく作曲時の想定団体であるスウィングルシンガーズが非常にきれいに聞き取れる音楽づくりをしていて、それはそれで非常に面白く聴けるのであるが。その後のビシュコフ盤とかはシャイー路線かな)のですが、「フォーク・ソングズ」がちょっと個性きつすぎで気に入らないのであんまり聴いていない、というものです。
ちなみにこの曲は、そもそもニューヨークフィルの125周年記念(1968年)に委嘱された作品で、恐らくベリオの最も有名な作品でしょう。マーラーの「復活」の第3楽章を下敷きにして、様々な曲の引用を織り交ぜていく第3部(「手引き」を見ながらでもなかなかついていくのは難しい)は、マーラー好きならきっと一度は聴いたことがあるのでは。
サン・サーンスと言って思いつくのは何でしょう。「動物の謝肉祭」、「オルガン交響曲」「サムソンとデリラ」... 「序奏とロンド・カプリチオーソ」が出てくれば、ヴァイオリン協奏曲が3曲あるのもわかりますよね。
たまには話題の新発ディスクもいっときましょう。
ショスタコーヴィチの交響曲の中でも特殊な位置を占める第6番は、作曲者が粛清の危機を免れた交響曲第5番の成功の後、「レーニン讃歌のカンタータ的大交響曲を作るぞ」と延々と当局にサインを送り続けて結局いつまで経っても作らない(とは言え生活のための共産主義的作品は書いていたわけだが)、いつ身の危険が及んでもおかしくない状況で生きるこの時代のソ連の芸術家の一つの生き様を示し始めた作品です。1楽章の深く沈んだLargoからAlegro、Prestoと段々速くなってご陽気に終わる曲。何度聴いても不思議な曲です。そして第12番は、第11番に続いてロシア革命を象徴的に描いたとされる作品。この曲の作曲に至るまで、やはり作曲者は「大カンタータ的作品」をアピールしていたのですが、結果は純器楽。曲としては何だかいかにも、という部分も多いのですが、このディスクはまだ辛うじてソ連時代に作られたものだけに、リブレットの解説文も12番が6番の倍ぐらいの長さでじっくり書かれている印象があります。
ジーナ・バッカウアーという人は、それなりに録音がある人なのに多分に忘れ去られようとしている感があります。しかしコルトーやラフマニノフに指示した、ギリシア生まれの名ピアニストは、その力強く恰幅のよい演奏で、今でも聞く人に強い印象を与えてくれます。