○○年の作曲家(その1)
というわけで、昨年はお正月に1回やったきりでその後放置するに至った「○○年」シリーズでありますが、今年もまずは1回行っておきましょう。
今年はこうした周年関係が豊富な年でありまして、ざっと知られた作曲家を並べましても、
生誕300年 ペルゴレージ、アーン(英)
生誕250年 ケルビーニ
生誕200年 ショパン、シューマン、ブルグミュラー
生誕150年 マーラー、ヴォルフ、マクダウェル、アルベニス、パデレフスキ
生誕100年 バーバー、W.シューマン
ついでに指揮者の生誕100年がマルティノン、ケンペあたりですね。
で、当たり前のところから行っても仕方ないので(どう仕方ないんや)とりあえず生誕100年の方をさらに斜め方向から。あとは気が向いたときにでも、と言いつつ、放っておいても採り上げそうな人もいますが。
バーバーと言えば20世紀のいわゆる「新ロマン主義」の作曲家と言われ、一般的には「弦楽のためのアダージョ」がダントツに知られているわけですが、まあそれ以外にも各ジャンルになかなか魅力的な曲が多く、それらが最近は演奏も録音も増えてきたのはありがたい限りです。さてその「アダージョ」はもともと若い頃に作曲された「弦楽四重奏曲第1番」の第2楽章を編曲したもの、というのもまあよく知られているところだと思いますが、さらにそのアダージョは作曲者自身によって混声合唱用に編曲され、Agnus Deiの歌詞を当てた作品になっています。これが想像されるとおりむっちゃ難しいのですが。
このディスクには、その他、Reincarnationsなど、バーバーの主要な合唱曲が12曲収められているほか、余白にはW.シューマンのPerceptions、Mail Order Madrigalsという隠れた佳曲が収められているという、まさに本エントリのために用意されたような内容になっています。演奏は、個人的にはGraingerのChandos盤なんかでよく聴いたThe Joyful Company of Singers。安定感のあるいいアンサンブルです。
ウィリアム・シューマンは交響曲8曲の他、かなりの数の作品を残した作曲家なのですが、日本では余り注目されることがありませんね。バーバーほど取っつきがよろしくない、というのは否めないところで、本ディスクに収められた作品だけ聴けば、やっぱり「バーバーの方がええかな?」という気もしては来ますが、こういう機会にもうちょっと採り上げられはしないかな、と。
(参照ディスク)
バーバー:Twelfth Night、To Be Sung on the Water、Reincarnations、Agnus Dei、Heaven-Haven、Sure on This Shining Night、The Monk and His Cat、The Virgin Martyrs、Let Down the Bars、O Death、God's Grandeur、 W.シューマン:Perceptions、Mail-Order Madrigals
ブロードベント指揮 ザ・ジョイフル・カンパニー・オブ・シンガーズ、ソーンダース(P)
ASV: DCA939 (1995年録音)






父の日の買い物で近くのリーファに。小さめの鉢花を買ってラッピングしてもらったところ、←この紙袋に入れてもらいました。
で、「ゴルトベルク変奏曲」なんですが、ここでグレン・グールドを挙げるのも余りに野暮ってもんでしょうから、曲の確認のために取り出していたピーター・ゼルキン3回目の録音をご紹介しておきましょう。ひょっとすると「現代物」イメージがある人かも知れませんが、デビュー盤は17歳時の「ゴルトベルク」でありました。40台の録音となったこのディスクでは、非常に丁寧で、慈しむような穏やかさを感じる演奏を聴かせます。刺激度はそんなに強くありませんが、こういうのもアリ、という感じはしますよ。なお、リピートはナシです。
このディスクは、auditeが放送のアーカイヴを集めて発売している「Edition Geza Anda」の第4回(最終回らしい)。アンダといえばモーツァルトとバルトーク、というのはちょっと単純すぎますが、やはり母国の作曲家、しかもアンダが若い頃から同時代の曲を残していた先生に対する深い思い入れが、どの演奏にも生きています。
このたび、EMI本家からようやく再発になりました。「マンフレッド交響曲」と管弦楽曲2曲を加えての5枚組。
最近すっかり、「Naxosって高い」というばかりか、Waltyの通常ワゴンセールも「ちょっと高いよなあ」と思いだしていてこれはすっかりCDデフレモードだな、という感じになっているのですが、この10枚組は以前から気になっていたVOXの10枚組、今では日本でも巨匠指揮者としてファンの多いスクロヴァチェフスキが、実は1960年から20年にわたって音楽監督を務めていたミネソタ管(就任当時はミネアポリス響、ドラティのあと、マリナーの前)とVOXに残した恐らく全録音をギューッと押し込んだBOXセットです。発売当初は確か5千円かそこらで出ていたと思うのですが、これが中古で2520円。1枚252円。録音は70年代後半が主体で音質も十分。素晴らしい。
こうして挙げているディスクのソースの多くは初期盤LP。よくあるマスターテープからリマスタリングCDでは、もとの音源に劣化があればできあがる音も当然劣化しているわけで、磁気媒体の場合にはいくらリマスタリングを頑張っても限界がある。一方ディスクに既に固定されているものはそのままの状態であれば固定された音のままというのがその理屈(勿論ディスクそのものの劣化というのもあるはずなので100%ということはないだろうが)で、確かにこう言うところでつかわれているディスクは針音はちょこちょこ聞かれるものの、出てくる音にはたっぷりとした生気が感じられます。
もう一つ←こちらはシェルヘンの「英雄」。同じウェストミンスターに、「田園」とセットでCD1枚に収まってしまうという超高速ステレオ盤、あと最晩年のルガーノでのライヴ録音もあるようですが、こちらはそれよりもう少し古いモノラル盤です。
今回はチャイコフスキー絡みで3枚挙げてみました。←こちらは戦後にドイツへの協力者扱いされてメインルートを外れ、さらにステレオ時代に僅かに間に合わなかった不運もあって一時ほとんど忘れられていた名指揮者、ヴァン・ケンペンが最晩年にコンセール・ラムルーを指揮した1枚。弦楽セレナードが、コンセルトヘボウと比べるまでもないはずのこのオケのアンサンブルにケンペンのカッチリした棒が何故かマッチして、スッと腑に落ちる快演です。音もモノラル末期とあって充実しており、多少LPの針音は入りますが初期LP盤の実力が活きる覆刻と合わせ、演奏の魅力をたっぷりと伝えてくれます。もう一つの「組曲第4番」はちょっと曲に難ありかなあ。セレナードほどにはインパクトは感じられません。なおおまけに入っているアルベニスは随分小編成でアンサンブルの弱さもかなり出てしまうのですが、それでもなんだか不思議に聴けてしまう演奏です。
続いて←こちらは、このディスクを手に取るまで知らなかった旧ソ連の指揮者、メリク・パシャエフの振る「悲愴」。ムラヴィンスキーがレニングラードを牛耳っていた頃にモスクワで活躍していた指揮者の一人ですが、この演奏を聴いていると、いかにもロシア的にがんがん引っ張っていくような演奏ではなくて、ある程度西欧的なスタイルを保った感じの音楽です。もちろんいかにもロシアのオケといったブラスの音響や、テンポも落とすところは思いっきり落としたりとかいう部分はある(4楽章などかなり深めの泣きが入ります)のですが、それでも全体的には濃すぎない演奏。録音は1950年代中頃で、当然モノラルで、変に残響がきついところなどもあったりしますが、メロディヤの音が意外とまともなのに気付きます。
もうひとつは1940年代、ミトロプーロスがミネアポリス響を振っていた時代の録音。メンデルスゾーンもチャイコフスキーも確かに古い録音ではありますが、気合いのこもった厚みのある演奏です。両曲ともかなりテンポが速いのですが、それでも音の重厚さ、そして爽快感が十分にあり、ミトロプーロスの地力が万全に発揮されていたのはこの時代であったといわれるのもわかる気がしてきます。特にチャイコフスキーの締まった感覚(終楽章の「しろやぎさんから」もスキッと鳴らしていて嫌味がない)は、音の古さを忘れさせてくれます。一般向きではないかも知れませんが、いい演奏です。
アンチェルの残した録音の中で、私が最初に手にしたのはヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」のCD。かなりオンマイクで、響くホールの最前列にドンドンとマイクを並べたような音。しかも音楽はもの凄くテンションが高く、独唱、合唱とともにこの曲がキリスト教の通常のミサというよりも、野外で高らかに歌われる詩篇のフレーズ、あるいはこぞった民衆の讃歌を聴くような印象を受けます。同曲の他の録音からは聴けない熱い気合いが感じられる演奏。そこには祖国への強い思いが当然にこめられていたはずで、のちに訪れる辛い晩年を考えると余計に複雑な気持ちにさせられる名演です。
その他、我々にとってはマイナーな作品の録音もかなりの数があるようなのですが、一般的な曲で私が持っていてこれは良いと思うのはドヴォルジャークの8番。「新世界」にも有名な録音が2種類ほどありますが、←こちらに入っている1970年のアムステルダムでのライヴは彼の亡命後の演奏で、コンセルトヘボウからやや硬質で透明感のある、しかし熱のこもった音を引き出しています。終盤までベースラインのテンションの高さが保たれ、しかしバランスも絶妙、最上のライヴ録音の部類に入ります。トロントでの録音であるマルティヌー(これも予想以上の快演)の他、1枚目にはチェコの20世紀ものが多く収録されているのも意外な魅力です。
同曲もう一つのライヴ録音が←こちらで、これは上の録音から10年前、1960年にチェコフィルと残した唯一の録音です。このディスク、録音はモノラルながら(聴きにくい音ではまったくない)、指揮者の熱さが音になったかのような思い切りのよい演奏で、コンセルトヘボウとのように硬質な端正さが先に感じられる演奏ではなく、よりエモーショナルに、そして音楽的なバランスはむしろギリギリのところで保たれているような、ずんずんと来る推進力が印象に残る演奏です。所々で、手慣れているはずのチェコフィルが危うく振り落とされそうにさえなっている、というのが、この演奏の「熱さ」が特に出ている所かも知れません(なお、併録のオイストラフがソロを弾くヴァイオリン協奏曲も言い演奏ではありますが、こちらは録音の古さが少々邪魔している面があります)。
晩年の大作オペラ「アッシジの聖フランチェスコ」や、恐らく最も有名な作品「トゥランガリラ交響曲」あたりでもいいのですが、ここに挙げたのは、私が最初に手に入れたメシアンのCDです(当時2枚組で6千円もした。現在は当然お安い仕様で出ている)。
もう1枚のディスクは、表を見てもメシアンの曲が入っているかどうかわからないのですが、ミニマルミュージック系で特にヴォーカル音楽に注目すべき作品を多く残している(と言っても私もミニマル系はあんまり得意ではないのだが)メレディス・モンクの作品に始まり、2曲目にメシアンの合唱曲、O Sacrum Conviviumが収められています(その後にはリゲティやモーランやと、結構雑多。このMusica Sacraという団体のことは良く知らないが、非常に安定した声を聴かせる合唱団だと思う)。
で、「トスカ」となると、もはや何を措いてもカラスの歌うディスクを採り上げざるを得ないわけでありまして、その中でも最も有名なのが←これということになります(いろいろな形で再発されていますが、手持ちのこのディスクは90年代前半とかなり古いものです)
が、それはともかく本題へ。まずはTAHRAから1955年録音の「グレート」。はっきり言ってTAHRAのライヴ録音をいろいろと集めていると、ほとんどの指揮者のディスクにこの曲が入っていて、昔は超主要レパートリーだったんだな、と思うのですが、逆に同じ曲ばかりで少々飽きるのも事実でした。
もう一つは、BBC LEGENDSシリーズの制作者がドイツの放送音源から引っぱり出してきた録音。ストラヴィンスキーの協奏曲は51年、ハルサイとバルトークのディヴェルティメントは53年の録音ですが、どれも非常にクリアな音質で、モノラルのライヴとしては最上級の録音と言って間違いないでしょう。
そのアルバムはPure Geniusといい、1956年初頭にニューヨーク(ベイジンストリート)で収録されたプライベート録音。のちに発掘されたがかなり悲惨な状態であったテープを、エンジニアがマックス・ローチとともに苦労して復活させたのには、やはりこの演奏の素晴らしさが記憶に残っていたということがあったのでしょう。20分近くにわたるI'll Remember Aprilは圧巻です。
今日は、マックス・ローチ追悼の意味を込めて、ブラウン・ローチ・クインテット最上の遺産と言っていい名盤、Study in Brownを聴いていました。と言ってもこのディスク、どの曲も若々しい才能のはじける明快な演奏です。最初の曲、Cherokeeで、マックスが打ち出す4ビートに、心が沸き立つものを感じないなら、その人は彼らには縁がないとしか言いようがありません。最後の「A列車で行こう」まで、このコンボの極めて緊密な音楽づくりに驚くばかりです。
別にこれまで、シェルヘンを熱心に聴いていた訳ではありませんでした。持っていたディスクもあのカット満載53分のマーラー5番程度であったわけで、あまり大したことも言えないのではないかと思いつつ、
まず最初に購入していたのがこちら、Nimbusから出ている2枚組の独奏曲全集。73年録音のステレオ盤ですが、全般に残響が多く、ピアノが多少オフマイクで入っている印象を受けます。したがってあまり明晰に音楽が流れてこない感じ。
もう1種の演奏がこちら。VOXへモノラル後期に録音された2枚組です。
1年近く前に
そこでこのディスク、例によってWaltyのワゴンセールです。別々の箱の中に計3枚あったのですが、どれも値段が違いまして、1枚が1280円、もう1枚が880円、そして結局買った←これが680円。
3ヶ月半ぶりに
私がCDプレイヤーを手に入れたのはずっと後の87年でして、当時はまだLPを、京橋にあったRECという貸しレコード店で借りて、カセットに落として聴いていました(クラシック系だけは当時京橋にもあったワルツ堂で買っていた)。
アール・クルーの聴き始めはソロ物ではなく、ボブ・ジェームスと共演した←こちらの名盤、One on Oneでありました。その後もこの二人は何度かコラボのディスクを出していますが、このアルバムのKariという1曲目の魅力にはかなわないなあ、と思ったりします。
単独のCD紹介は久しぶりですね。
ブラームスは、4種類ある彼女の録音のうち最初に収録されたもの(これで私はデゾルミエール指揮のディスクのみ未聴)で、特にオケの音が貧弱というのが難点と言われているものです。
大学に入って、すぐに混声合唱団に入りました。もう20年前のことです。
(
(一応、
私も、この作曲家のことをそんなに良く知っているわけではありませんが、例えば16声部の合唱のための「Lux aeterna」はこの種の曲を好む合唱好きにはお馴染みの作品ですし、「ラミフィケイションズ」という作品は「2001年宇宙の旅」の中で用いられた曲だそうですね。
あとは、原曲のままでは恐らく日本では上演不可能ではないかといわれている迷作オペラ「ル・グラン・マカーブル(大いなる死者)」。冒頭のクラクションから、音楽的には興味が尽きないのですが、架空の時代の架空の国で、世界の終わりを告げる死神をめぐる荒唐無稽な物語で、かなりグロテスクな狂気を前面に表し、露骨な描写がいろいろ出てくる作品のようです。一度上演を見てみたい作品の一つ。情報を見る限り、やはり日本での上演可能性は限りなくゼロに近いですね。これは。
意外なところにあったりしまして。
で、残念ながら1枚だけだったかな、と思っていたら、もう1枚忘れていました。
ジネット・ヌヴーの録音で最も有名なものの一つに、ブラームスの協奏曲があります。この曲については、ドブロヴェン指揮フィルハーモニアのスタジオ録音をはじめ4種類の録音があるようですが、その中でも第一に挙げられるのは何と言ってもシュミット・イッセルシュテット指揮北ドイツ放送響による1948年5月3日のライブでしょう。
もう一つの有名な協奏曲録音として挙げられるのはベートーヴェン。これも2種類録音が知られていますが、一般によく覆刻されているのは1949年9月25日のライブ録音(彼女の現存する最後の録音です)。これもバーデンバーデンの南西ドイツ放送による収録で、当時としては結構いい音で収められています。
手持ちのディスクは2種類あって、M&A盤は先に入手したものです(プレスはDENONだそう)が、どうもエアチェック録音らしく、強奏部分はリミッターがかかったようになって音の全容がよく聞こえてきません。その点ヘンスラー盤(カバー写真がロスバウトなので、最初はよくわからなかったんです)は、放送局のアーカイヴを利用しているため、音質はしっかりしています。
15歳の時、彼女はその年新設されたヴィエニャフスキ国際コンクールに出場するためワルシャワにいました。このときの大本命は、既に活躍をはじめていた巨匠ダヴィト・オイストラフ。しかし下馬評を覆し、ヌヴーは圧倒的な支持を得て優勝してしまいます。これにより世界的な名声を勝ち得た彼女は、ヨーロッパだけでなく、アメリカ、カナダへも演奏ツアーを開始するようになります。
まだ高校生だった頃です。
古い録音ながら、なんと充実した、そして情熱的な音色、かなり骨太で、しかも美しく、音符をしっかり鳴らしきってさらに次への推進力を感じさせます。それに曲全体を見通したスケールの大きさ、自在なテンポ、どこを取っても素晴らしい。当時まだ私はSP覆刻ものに慣れていた訳ではなかったのですが、この録音は、当時GRシリーズのLPで買い求めました。
(こちらは、作曲者最晩年の写真です。この体型と言い、ちょっと見づらいですが表情と言い、ただならぬ状態であったことが窺えます)
なった、「ラ・コロネラ」が作曲されます。これは、メキシコ近代舞踊の先駆者と言われる舞踏家、ワルディーンの舞台のために作曲されたもので、地元の版画家、ホセ・グアダルペ・ポサーダの連作である骸骨たちの姿を元に書かれた台本によるものだそうです。レブエルタスは、骸骨になぞらえた労働者達がブルジョア層を揶揄するストーリー建てになったこのシナリオ(各章のタイトルが「特権階級」「権利を無視された者達」「ドン・フェルコの悪夢」「最後の審判」となっている。3章にも「中流階級の女性」のワルツとかが出てくるので、社会主義運動に首を突っ込んでいたレブエルタスにとっては好都合なものだったのだろう。ただ、オケ版を聴く限り、あまり極端な皮肉やら何やらは感じられないが)に触発され、彼の人生の最後の時間をこの曲に費やします。
その後、リマントゥールが1957年に改めてこの曲の復元に取り組み、ガリンド版の時にはなかった作曲者自身の草稿なども用いて、はじめの3章を補作編曲し、ガリンド版を初演した指揮者でもあるエドゥアルド・ヘルナンデス・モンカダがオーケストレーションを手がけます。作曲されなかった最終章は、レブエルタスの作曲した映画音楽のスコアを流用し、1962年に、リマントゥールが自ら指揮して初演されます。私が手元に保有しているCDの演奏2種類は、いずれもこのモンカダ版によるものです(ガリンド版の音源があるかどうかは確認していない)。
黒沼ユリ子さんと言えば、昭和30年代から活躍されている名ヴァイオリニストですが、彼女はメキシコと縁が深く、メキシコシティに自らの名前を冠した音楽学校を開設しているほか、1986年には、メキシコ政府より、文化交流に貢献した外国人に与えられる最高の勲章「アステカの鷹勲章」を受章しています。
レブエルタスの室内楽曲というと、「ガルシア・ロルカへのオマージュ」を初めとした室内アンサンブル作品は有名ですが、一方で、純室内楽曲というべき弦楽四重奏曲を、彼は4曲も作曲しています。彼はもともとはヴァイオリニストとしてキャリアをスタートさせている人ですから、やはり弦向きの曲に強いのでしょうか。
(この写真は作曲家19歳の頃のもの)
今回紹介するディスクも、レブエルタス生誕100年のときに発売されたものですが、これは旧録の再編集による2枚組です。
割に旋律や和声が明瞭で、聴いている分には平明な音楽、という印象を受けるためではないかと思います。それ以前の作品と比べて、音楽の芯は明確であり、より直截的な印象を受けます。演奏時間的にも、彼のヴァイオリンソナタと比べると半分強しかありません(とはいえドビュッシーの倍近くする)が、内面的な情感の動きはしっかり展開されており、非常に凝縮された音楽になっていると言えるでしょう。
この曲が初演されたのは1911年で、この後に交響曲第4番が続きます。彼の悲劇的な死は3年後に訪れますが、このときに、作曲家はこれが自らの最後の室内楽作品になるとは思っていなかったでしょう。彼がもう少し長生きしていたら、新たな室内楽作品でどのような展開が聴かれたものか、しかたないことですが、興味はあります。
以前、
彼を死に至らせた病気は、嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis)という遺伝性の難病で、全身の外分泌腺の機能が損なわれ、主に膵臓と気道に粘度の高い分泌液が産生され、閉塞に至ることから、呼吸、消化に重い支障が生じるというものだそうです。根本的な治療法は未だなく、近年は対症療法の発達で成人まで生存できるケースも増えているものの、深刻な病気であることには変わりないようです。
彼はオーボエ奏者を目指したこともあったようですが、17歳頃には病気の悪化により楽器を断念し、作曲に専念するようになります。このディスクの中程に収められた「Trois Esquisses」という作品は、彼が自分の楽器への哀切をつづったのではないかと思われる、ソロのための作品。悲しいほどに美しく、虚空に融けていくような音楽。できればオーボエ奏者のレパートリーに入れて欲しいな、と思います。
というわけで、この歌曲全集は、フィルアップとして、初期のピアノ曲「古い形式による組曲」とセットされています(これは1888年、23歳の頃に作られた作品で、一部バッハ、一部ラモーあたりの雰囲気をもちつつ、それをシンフォニックに発展させたような曲調で、マニャール独特の硬質な感覚も既に見られます)。
2つ目の歌曲集は、各曲に個別のタイトルはなく、そして曲調はより挑戦的です。これこそ「フランス的」な音楽を期待すると大いに裏切られますが、声とピアノによる当時の前衛的な交響楽作品、と捉えるのが最も適切なのかも知れません。
最初、これらの曲を聴きだした(まだLP時代)のは、手に入りやすかったEMIとエラートの室内楽全集のうち、EMIの方。コラールとパルナンsqという当時の有名コンビによる演奏には隙がなく、なかなかに「濃い」演奏でした。
それが最近、中古で2枚、このフォレを入手できまして(もう1枚、ピアノ五重奏曲第1番などのディスクがあるはず)、聴いてみてなるほどな、と思った次第です。
昔から極めて有名な、ムラヴィンスキー/レニングラードpo.のモスクワ音楽院ライブも、ここで最初に購入したものの一つです(これはさすがに有名盤らしく、裏のノートもロシア語、英語、フランス語と3つ揃っていたが、他の録音ではロシア語オンリーというのも時々あった)。ちょっと音の安定感がイマイチな気はする(必ずしも良いプレスではなかった?)のですが、何しろあの驚異的な速度の「ルスランとリュドミラ」序曲や、他ではあり得ない「フィガロ」の序曲をはじめ、全曲ムラヴィンスキー「節」が炸裂する演奏に、興奮したことを今でも思い出します。
今では、このときにまとめて収録されたものと、1973年に収録されたものが、別々のシリーズで発売されています。65年の4枚組を聴きながら、「ルスラン」を初めて聴いた時の興奮は、やはり思い出のなかのものなのかなあ、などと思いつつ...
このバルトークの音源は、何と約50年間未開封だったHMVの初期盤とのこと。ノイズもほとんど耳につかず、特にオケの音が驚くほど鮮明で、緩急の幅の大きい指揮にしっかりつけている様子がよくわかります。
メニューインも本当に熱のこもった演奏。この第1楽章後半あたりの白熱ぶりは、同時代人の演奏、という感覚を強く抱かせます。EMI盤には、メニューインが初演したバルトークの「無伴奏」47年録音が入っている(これは歴史的録音として一級の資料です)ので、処分することはありませんが、こちらの協奏曲を聴く必要は、もはやないといって良いでしょう。
レコーディングキャリアは約7年。正規の録音は30曲分ほどしかありませんが、今ではその多くがTESTAMENTレーベルからまとめて発売されており、入手しやすくなっています。
第3番は55年8月、最初期のステレオ録音ですが、若干分離が良くないもののまずまずの音質です。
この曲を作曲していた頃、マニャールは既に難聴にかなり悩まされていたようで、そういったことだけで言うのも変ですが、ベートーヴェンやフォレの晩年の室内楽曲に、何となく近い印象を受けてしまいます。
特に第1楽章の、マニャールらしい付点リズムの進行は、こういうかっちりした演奏で引き立つように思います。再現部のクライマックスは、この演奏の白眉と言えます。ただ、弦楽四重奏曲と同様(録音場所は違うが)、ちょっと録音が残響過多なのと、後半の楽章が若干散漫な印象を受けるところが残念。
マニャールの音楽は、その壮絶な死のあと、ほとんど忘れ去られた状態に至ります。もともと数は少ないながら、自費出版で世に出された楽譜もそれなりにあったはずですし、1930年代には、歌劇「ゲルクール」をロパルツが復元したものの録音まで残されているのですが、それでも演奏自体ほとんどなされない作曲家という扱いになってしまいます。
今でこそ、探せばほとんどの作品をCDで聴くことができますが、EMIのプラッソン指揮による交響曲全集とACCORD盤の室内楽が出るまで、ほとんど作曲家と作品の存在は顧みられてこなかったものと思われます。
今回は、前から気になっていてようやく入手したDVDです。
この時代にこのレヴェルの録音がライブでなされているというのも素晴らしいですが、時代を映した演奏の味わい深さも特筆ものです。ワルター/VPOのマーラーというと、'38年の「第9番」の方が有名ですが(これはこれで単なるライブ録音以上の意味を持つものと言えるでしょう)、この「大地の歌」、そして併録の「私はこの世に忘れられ」も、同様に記念碑的演奏と言えます。
この演奏だけで何種類か覆刻ディスクがありますが、手持ちはEMIのLPを含めて3種類。当初はPearl盤でも結構いいなと思っていたのですが、OPUS蔵盤を聴いて、この演奏が現代の鑑賞に十分堪えるものだという認識をより強くしました。
ヴィラ・ロボスのネタもあるんですが、ちょっと昔を思い出しながらの1枚。
(
個人的には、そういうのを「鰤に落ちてくる」などと表現しているのですが、中には、サヴァリッシュのブラームス全集のように、「それってフルプライスで持ってますがな」というのも当然あります。
さて、ほんとに、信じられないほどいろいろとツボを突いてくる録音の数々の中で、最近出てきたのが、これ。
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(その1)と書き出してそのままになっていたヴィラ・ロボスのCDについてです。
合唱曲集として発売されたのは去年の春頃だと思います。ブリリアント版大全集にも入っている録音ですが、ようやく手に入れました。HMVがちょっとディスカウントしていて、8枚組が3180円です。
ようやく、このディスクを購入しました。
フリッチャイのステレオ録音といえば、もうひとつ素晴らしい演奏なのが、この「第九」です。一部には、F.ディースカウがソリストで出ている唯一の正規録音ということで有名だそうですが、そんなことよりも、特に1,3楽章が、悠然としたテンポでかっちりと鳴らしきった名演奏(このあたりに、フリッチャイの充実度の高まりが感じられます)。しかもこの演奏は手兵ベルリン放送響ではなく、ベルリンフィルです。はっきり言って音の厚み、管弦それぞれの力強さはやはりこのオケならではのものです。また、合唱がこの時代の録音としてはかなり優秀なのもプラス材料ですね(「第九」の合唱に関しては、また改めて書くこともあるでしょう)。「悲愴」とは違い、どっしり構えつつ推進力で聴かせる明晰な演奏。なお、オケは違えど録音の傾向は似通っています。状態はかなり良いです。
フリッチャイの演奏の中で、オペラの占める位置は決して小さくはありません。晩年の「魔笛」、「ドン・ジョヴァンニ」他のモーツァルトの名盤や、「フィデリオ」のスタジオ録音は非常に印象に残るものですし、バルトークの「青ひげ公の城」なども有名な演奏です。
前回はフリッチャイのバルトーク録音についての記憶をたどりましたが、彼にとってバルトークやコダーイ(これについても、「ハンガリー詩篇」その他の曲を集めた名録音がありますね)は同じ国の大先輩、そして同時代の大作曲家なわけです。
前回、合唱団の思い出から、フリッチャイではまずモーツァルトの「大ミサ」ということで参りましたが、現在、個人的には、フリッチャイと言えば、バルトークなのであります。
ピアノ協奏曲も、ゲザ・アンダとのステレオ録音が残っています(こちらは全曲録音)が、アンダとの演奏は、第2番の方がより印象に残る気がします。こちらのモノラル盤の方がスッキリとしていて聴きやすい。
フリッチャイ・フェレンツ、この人がもう少し元気で長生きしていたら、20世紀後半の指揮界は随分変わっていたかも知れません。
その昔(というほど大昔ではないが)、京都ブライトンホテルがオープンする頃のCMで、詳しいところは忘れましたが、ぼかしのかかった緑の中の映像に重ねてかかっていたのが、ショーソンの「コンセール」(ヴァイオリン、ピアノ、弦楽四重奏のための)の第2楽章でした。
今回は、かなりマイナーだけど個人的に大好きな曲です。
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