CDいろいろ

2010年1月 1日 (金)

○○年の作曲家(その1)

というわけで、昨年はお正月に1回やったきりでその後放置するに至った「○○年」シリーズでありますが、今年もまずは1回行っておきましょう。



今年はこうした周年関係が豊富な年でありまして、ざっと知られた作曲家を並べましても、



生誕300年  ペルゴレージ、アーン(英)
生誕250年  ケルビーニ
生誕200年  ショパン、シューマン、ブルグミュラー
生誕150年  マーラー、ヴォルフ、マクダウェル、アルベニス、パデレフスキ
生誕100年  バーバー、W.シューマン


ついでに指揮者の生誕100年がマルティノン、ケンペあたりですね。



で、当たり前のところから行っても仕方ないので(どう仕方ないんや)とりあえず生誕100年の方をさらに斜め方向から。あとは気が向いたときにでも、と言いつつ、放っておいても採り上げそうな人もいますが。



Cdcover_dca939 バーバーと言えば20世紀のいわゆる「新ロマン主義」の作曲家と言われ、一般的には「弦楽のためのアダージョ」がダントツに知られているわけですが、まあそれ以外にも各ジャンルになかなか魅力的な曲が多く、それらが最近は演奏も録音も増えてきたのはありがたい限りです。さてその「アダージョ」はもともと若い頃に作曲された「弦楽四重奏曲第1番」の第2楽章を編曲したもの、というのもまあよく知られているところだと思いますが、さらにそのアダージョは作曲者自身によって混声合唱用に編曲され、Agnus Deiの歌詞を当てた作品になっています。これが想像されるとおりむっちゃ難しいのですが。



このディスクには、その他、Reincarnationsなど、バーバーの主要な合唱曲が12曲収められているほか、余白にはW.シューマンのPerceptions、Mail Order Madrigalsという隠れた佳曲が収められているという、まさに本エントリのために用意されたような内容になっています。演奏は、個人的にはGraingerのChandos盤なんかでよく聴いたThe Joyful Company of Singers。安定感のあるいいアンサンブルです。



ウィリアム・シューマンは交響曲8曲の他、かなりの数の作品を残した作曲家なのですが、日本では余り注目されることがありませんね。バーバーほど取っつきがよろしくない、というのは否めないところで、本ディスクに収められた作品だけ聴けば、やっぱり「バーバーの方がええかな?」という気もしては来ますが、こういう機会にもうちょっと採り上げられはしないかな、と。




(参照ディスク)
バーバー:Twelfth Night、To Be Sung on the Water、Reincarnations、Agnus Dei、Heaven-Haven、Sure on This Shining Night、The Monk and His Cat、The Virgin Martyrs、Let Down the Bars、O Death、God's Grandeur、 W.シューマン:Perceptions、Mail-Order Madrigals
ブロードベント指揮 ザ・ジョイフル・カンパニー・オブ・シンガーズ、ソーンダース(P)
ASV: DCA939 (1995年録音)







2009年12月31日 (木)

2009年最終のエントリです

2009年の大晦日は朝から強風と寒さで大変でしたね。大阪では雪はありませんでしたが、日本海側だけでなく幅広く雪も降ったようで、皆さま安全な年末を過ごすことができましたでしょうか。



Cdcover_tkc321 さて、大晦日のテレビでは別の局でポール・ポッツとスーザン・ボイルというBritain's Got Talent系の2人が微妙に時間をずらして出てきて、「ギャップで売る」というのはやっぱりこういうことね、というパフォーマンスだったりしたわけですが、それはともかく、年末ですのでベタですが「第九」を一つ。



こちらはフルトヴェングラー/ベルリンフィルの戦中録音の中でも「メロディアの第九」として名高い1942年の旧フィルハーモニーでの録音。当時録音技術としては最先端を行っていたドイツのマグネトフォン録音。これを終戦後にソ連が接収し、長い沈黙を経て、のちにメロディヤからLPとしてリリースされたものです。このディスクはOTAKENの板起こし盤ですが、もともとの音のクオリティがレンジ、奥行きとも非常に高く、時代を感じさせないほど安心して聴くことのできる音です。



音楽は戦後のフルトヴェングラーの録音よりもより緊迫感というか、烈しさと明確さが際だっています。しかし全曲を通じて「歌」が片時も失われることがなく、そしてまたブルーノ・キッテル合唱団が非常に上手い(この合唱団の40周年記念演奏会だったそうです)。フルトヴェングラー→第九→バイロイト、というラインしかご存じない方には是非聴いていただきたい録音。ディスクはOTAKENだけではなくいろいろなレーベルから出ています。





2009年はこれが最終のエントリとなります。といいつつ新年はほとんど境目なく始まるのではありますが、どうぞ皆さま良いお年をお迎え下さい。



(参照ディスク)
ベートーヴェン:交響曲第9番
ブリーム(S)、ヘンゲン(A)、アンダース(T)、ヴァツケ(Br)、フルトヴェングラー指揮 ベルリンフィル、ブルーノ・キッテル合唱団
OTAKEN:TKC321 (1942年録音)





2009年7月12日 (日)

クレツキ/チェコフィルのベートーヴェン交響曲全集

CDプロパーのエントリは最近あんまりやってませんが(というか、「今日聴いていたCD」もあんまりやってませんが)、聴いているものはたくさんあって、そのうちの一つが今回のネタです。



パウル・クレツキ、名前の通りポーランド人で、ダラスsoやスイス・ロマンドの地位にいたこともある人ですが、録音には余り恵まれず云々、と以前、「大地の歌」を採り上げたこちらのエントリ に書いたことがありました。しかしこちらにこういう名録音があったというのはあとで認識しまして、しかも全集の一部が最近まで入手できていなかったもので、なかなかエントリにできずかなり時間が経過してしまったわけであります。



現在は日本盤5枚組でも発売されていて、恐らく「通向けの全集」という感じで扱われてそんなに売れるもんじゃないやろな、という雰囲気はするのでありますが、これは「今の時代に聴くべきベートーヴェン」ではないかと思うわけでして。



Kletzkibeethoven

当方で購入しておりましたのが、Supraphonの2枚組シリーズ、Waltyのワゴンコーナーに時折入っていて、123と456は結構前に入手していたのですが、789がなかなか見つからず、上記日本盤に手を出そうかと思ったことも一度ならずございましたが、このたびようやく発見、即買いと相成りました。時間はかかりましたが全部で3千円台です。



この全集は、60年代中頃の演奏、そして40年以上経ってもチェコフィル唯一のスタジオ録音によるベートーヴェン全集として知られているもの。この時代のチェコフィルと言えばアンチェルとの黄金時代。チェコフィルの「チェコフィルらしい音」が最も充実していたと思われる時代に、何故アンチェルがこの録音を行わなかったのかはよくわかりませんが(アンチェルのチェコフィルとのスタジオ録音は1,5盤のモノラル録音ぐらいではなかったか)、一方でアンチェルが磨いたオケを、クレツキがどう操っていたのかは興味深いところでした。



その演奏はある程度想定できたとおり、全般にカッチリとした、太さはあるが重くはないもの。チェコフィルのしっとりした弦の響きはここでもさすがで、さらに軽やかな木管の音色がややバランス的には大きめに響き、ブラスは少々抑え気味、ティンパニは響きを抑制しつつ大事なところはバシッと鳴らす。どこかオリジナル楽器系の見通しの良い演奏を聴くような気がするのですが、いろいろな楽器の音がスムーズに聞こえ、しかもアンサンブルの統一はきっちり保たれているのが見事です。特に3枚目までのディスクは、これらの交響曲がハイドンの先に位置していることを自然に認識させてくれます。「英雄」終楽章ラスト前の木管の重なるニュアンスの深さなどは特筆ものです。



テンポは大体の所でやや速め。そして基本的にインテンポでスパッといくのかと思っていると急激にドライヴをかましたりと変化を楽しんでいる所も結構あって、例えば第7番のラストなど、上行、下行する楽器の音がものすごくクリアに聞こえてうんうんと思っていたら最後の最後に超爆発となったりとかは一例に過ぎません。聴くたびに発見があります。



どの曲も(2つの序曲を含めて)クレツキの個性がよく生きた名演奏と言えますが、もう一つ挙げておきたいのは「第九」の合唱の素晴らしさです。相当名の知れた演奏であっても、合唱そのものに難があったり、録音のバランスがおかしかったりと言うディスクは結構あるものなんですが、このディスクにおけるチェコフィル合唱団は、縦の線はきっちりしながらフレーズ感を失わないたっぷりした歌いぶりが徹底されています。有名な歓喜の主題のトゥッティから二重フーガに至る辺りはもう「何で今までこの演奏を知らんかったんやぁー」と心の叫びをあげておりました。「第九」の合唱に関わる一般の方は是非この演奏をリファレンス盤としていただきたい、と個人的には思います。



上に書きましたが40年以上前の演奏です。しかし録音の鮮度は十分で、それほど古さを感じることはありません。むしろ締まった雰囲気の演奏と合わせて、意外と新しい感じのするディスクではないでしょうか。とにかく数多くの全集がショップに並んでいて、その中でも地味な印象なのは間違いありませんが、「隠れた名盤」のままで置いておくのは余りにももったいない録音。しかし隠れたままなんでしょうね。




(参照ディスク)
ベートーヴェン:交響曲第1~9番、エグモント序曲、コリオラン序曲
クレツキ指揮 チェコフィル、同合唱団、ヴェングロール(S)、ブルマイスター(A)、リッツマン(T)、キューネ(B)
SUPRAPHON: SU3451-2012、SU3453-2012、SU3455-2012 (1964~68年録音)






2009年6月23日 (火)

シェルヘン/NIXAのマーラー7番(OTAKEN盤)

久しぶりにCD関連です。こちらもネタはいろいろと持っているんですが、なかなかエントリにできずに、というわけで。



Cdcover_tkc324 OTAKEN盤はこれまでもいろいろとご紹介したことがありますし、シェルヘンのNIXA録音というのも、以前にTAHRAの組み物をエントリにしたことがありました。その際にも当時としてはかなりレヴェルの高い音質についてコメントしていた記憶がありますが、今回はNIXA盤初期LPからの板起こし、しかもノイズ軽減処理なしで覆刻されたマーラーの7番、ということで、注目度高しです。



さてこの曲、今でこそマーラーの交響曲の中でも超日陰という地位からは少しだけ顔を出してきた感があり、録音も各種あり、ライヴでも時折は演奏される曲になっていますが(私も2度ほど生で聴いているのですが、1回目は亡きベルティーニが都響を振ったサントリーホールでの演奏、もう1回は今から思うとあの空席の多さが信じられないラトル指揮バーミンガム市響によるザ・シンフォニーホールでの演奏(とにかく今まで聴いたことのない音がきこえてくるある意味驚異的な演奏だった)。でも録音は確かにあんまり持っていないんですよね)、この曲に関してはこのシェルヘン盤が初のスタジオ録音らしく、ステレオ初期に至るまで、この曲の録音といえばこれとロスバウト盤というまさにキワモノ系指揮者のものしかなかったわけですね。この辺りがこの曲の人気の低さに拍車をかけていたのかも知れません。



さてこの演奏、その後にクレンペラー盤というこれはまた驚異の録音が出ますので目立ちませんがテンポはゆったり目、そして録音は、SACDがなんぼのもんじゃい、とまでは言いませんが確かにいい音で録れています。モノではありますが奥行きが結構感じられ、音質的にも安定感があり、これでオケがもうちょっと良かったらすごいのにな、と思うことしきりであります。



オケは「ウィーン国立歌劇場管」とありますがこれは当時のお約束で、恐らくはフォルクスオパーやその他のオケの寄せ集め編成であると思われ、ただでさえこの当時にはほとんど演奏機会などなかったと思われるこの曲を急造オケで演奏しているものでありましょう。両端楽章は特に「外してる」感が随所に見られ、冒頭のテノールホルンの怪しげな状況から、5楽章のティンパニが露骨に1小節ズレていたりとか、これは指揮者の指示か?と思うようなドタバタ感があります。



そんな中でもかなり濃厚な第4楽章の音楽づくりは他の演奏にはなかなかないですし、この当時には他に比べるものとてなかった状況において、この第3楽章の相当におどろおどろしい雰囲気とこれは楽譜にあるとおりの唐突感はこの演奏の白眉と言えるのではないかと思われます。



良いところ悪いところ確かにいろいろとありますが、一度聴いてみたい演奏であるのには間違いありませんね。




(参照ディスク)
マーラー:交響曲第7番
シェルヘン指揮 ウィーン国立歌劇場管
OTAKEN:TKC324 (1952年録音)







2009年1月10日 (土)

ヴァン・クライバーンのチャイコフスキーコンクール・ファイナル

1958年4月11日、20世紀のクラシック音楽演奏史上有数の事件がモスクワで起こりました。この年に始まった、冷戦時代真っ只中のソ連の首都で、国の威信を懸けてロシアの若き演奏家の素晴らしさを知らしめようと開催したこの大会で、テキサスから乗り込んできてファイナルに残った23歳のピアニストが、いわば超完全アウェイの状況で、リヒテルをはじめとするいかにもクセの強そうな審査員にひねくれた絶賛を投げさせ、そして何よりホールを埋めた聴衆をわずか数十分のうちに熱狂のただ中に巻き込んだのでした。そして彼のこの演奏は一つの社会現象と言える状況を生みだし、政治的な意味でも時代の寵児というべき存在へと彼自身も祭り上げられてしまうことになったわけです。



ヴァン・クライバーン、アメリカ人のクラシックファンで彼の名を知らない人はいないと言ってもいいほどですが、それ以外の人にとっては、ピアノコンクールの名前になっている人、ということで終わってしまっているかも知れません。彼のスターとしての時代ははなはだ短く、それでも地元を中心に音楽活動を続けてはいるのですが、かつてミリオンセラーを生んだほどの熱狂というのはもはや戻ってくることはないのであります。



このディスクは、その4月11日のファイナルの演奏を収録したものであるようで、チャイコフスキー、ラフマニノフ、それにコンクールの課題曲であったカバレフスキーのロンドをアンコールとして演奏しています。オケはコンドラシンが指揮するモスクワフィルなのですが、チャイコフスキーの有名な冒頭の、何とも「お仕事」って感じの、実に無粋でおざなりな音で始まりながら、その後クライバーンのゆったりとしかし弛みのない素晴らしいテクニック、そして絶妙にコントロールされた深みのあるロマンティシズムに、オケの音が次第に変わっていくのがわかります。恐らくホール自体の空気もどんどんと熱が上がっていたのでしょう。チャイコフスキーの2楽章のPrestissimoあたりではオケのノリが随分と変わってきて、曲の終わりは、生で聞くか、あるいは現在の音響で聞けばさぞかし壮麗な音になっていただろうと思わせる音楽になっています(モスクワ音楽院のホールの音はあまり豊かと言えるものではない。また録音が1958年のソ連録音的水準であるからある程度はイメージで補わざるを得ないのは事実だ)。これがラフマニノフに入るとまさにオケが興奮しながら演奏している、という感じになり、最後のコーダになるともう「このまま曲終わらんといてくれ~」とでも言うように熱く歌います。そこに流れるクライバーンのピアノが、がっちりとした美しさを湛えつつそれでもどこかクールな部分も残しています。若々しくカリスマ性を備えたこの演奏、ラフマニノフのあとの凄まじいほどの喚声に、一人のスターが誕生したことを確認できるのです。この後、米国に帰った彼は圧倒的な歓呼の声に迎えられ、RCAの同曲録音、と続いていきます。



音質云々よりも、50年前の歴史的記録として、是非聴いておきたい録音です。



Cdcover_jsbt8440 (参照ディスク)
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番、カバレフスキー:ロンド

クライバーン(Pf)、コンドラシン指揮 モスクワフィル

TESTAMENT:JSBT8440 (1958年録音)






2009年1月 1日 (木)

○○年の作曲家(2009年版その1)

さて、今年も新年にはいわゆるアニヴァーサリー系の作曲家をチェックしたくなってしまうものでありまして、早速見てみましたが、



生誕○○年系では多くの方がお気づきのメンデルスゾーン生誕200年を除けば大物と呼べる人はほとんどいないようですね(イッポリトフ・イワーノフの生誕150年、って誰か何かやるか?、ただし、日本人、特に関西人なら貴志康一と古関裕而の生誕100年は記憶しておきたい)。一方没後○○年系では、これも多くのイベントがありそうなヘンデル没後250年、ハイドン没後200年というのがありまして、あとは没後100年がアルベニスとかタレガとか、そして没後50年にヴィラ・ロボス、ブロッホなど。こうしてみると大物以外は少ないのかな、という気もします。



あまりメジャーなところでは面白くないので、ここは没後50年の方から、マルティヌーでまいりましょう。



Cdcover_su3805_2 と言っても、交響曲は以前のエントリ で採り上げていますので、ちょっとマイナーにクラヴサン曲です。近代の作曲家によるクラヴサン協奏曲と言えば、ファリャやプーランクの作品がそれなりに知られているところではないかと思います。20世紀前半を代表する演奏家、ランドフスカの存在なしには語れないこれら作曲家の作品に対し、このマルティヌーの作品はランドフスカの弟子、ラクールの委嘱により1935年に作曲され、翌年にパリで初演されたもの。ファリャの作品のような20世紀的演出はやや控えめで、どちらかというと古典的な印象を持つ作品ですが、そこはやはりマルティヌーの持つ「チェコのルーセル」っぽいちょっとした固い手触りも残っていたりと、いろいろと微妙な表情を持った曲です。



このディスクはそれ以外のマルティヌーのクラヴサン作品、フルート、ヴァイオリンとのトリオや晩年に作られたクラヴサンのためのソナタの他、ファリャの協奏曲も収められていて、なかなか他にない良い内容です。演奏、録音ともに程良い温度感覚を持っています。出きれば多くの方に聞いていただきたいディスクです。




(参照ディスク)
マルティヌー:クラヴサンと償還弦楽のための協奏曲、フルート、ヴァイオリン、クラヴサンのためのプロムナード、クラヴサンのための2つの小品、クラヴサンのためのソナタ、クラヴサンのための2つの即興曲、 ファリャ:クラヴサンとフルート、オーボエ、クラリネット、ヴァイオリン、チェロのための協奏曲
クノブロコヴァ(Clav)、マクレク指揮によるアンサンブル
SUPRAPHON:SU3805-2 (2004年録音)






2008年9月 6日 (土)

あ、帰国してました(+ラオヒップホップ)。

本日朝に帰ってきて早めにひとエントリ、と思っておりましたが、帰ってみればうちのネットワーク系のトラブルとか、急遽外出する用事発生とか、結局眠気の余り昼寝とか、いろいろあってエントリが夕方になってしまいました。

というわけで、ベタな休日シリーズから再開しようかとも思いましたが、帰ってまず持ち帰りのラオス系CDをチェックしてみたら1つは普通に面白かったのでまずはそのネタから。

ラオスのホテルでCATVの音楽系番組を見ていると、当然主流として鳴ってるのはタイ系ポップスで、ラオスの放送局では勿論ラオスのポップス系もかかっていますが随分とはっきり「落差」と言えるものがあります。やはり民族音楽をライト化したようなものや、ラオス版「一昔前の若手演歌歌手」みたいなのが多くて、CDショップにもその手の「カラオケ入りVCD」がかなり多く見られます(あとは大半が思わず苦笑してしまうようなコピー系DVDなんですけどね)。

Cdcover_logindee タラートサオの中にある屋台系CDショップで、「ラオスのポップ系ディスクはどんなんがええんや?」と尋ねて店員が「絶対これ」とかけてくれたのが露骨にそういうのだったので「ま、こんなもんかな、ベタなネタにもデキそうやし」と思った時にその下にあったのを取ってたまたま入手したのがこのディスク。

L.O.G(Lao Originalの略らしい)という、写真からわかるように男性3人女性1人の若手ユニットの2005年頃の作品のようですが、一応基調としてはライトなヒップホップ系。曲によってはハードロックっぽかったり、また曲によってはアイドルポップス的な空気も漂わせていますが、民族音楽的色彩も所々に漂わせつつ、十分にこの手の音楽としての鑑賞に堪えうるクオリティを保っていると、私の耳ではそう思えました。(よーく見てみると、メンバーのビジュアルが何ともラオス人、ってところにも逆に好感が持てたりします)。

何と言っても、ほとんどがVCD(アジア系の典型的フォーマット。DAT形式のMPEGフォーマットで日本で視聴するにはDVDプレイヤーかパソコンのドライブを使用するのが基本)であるラオスのディスク業界において、これは普通の音楽CDであるということ。まあこの一事だけでも、ちゃんとしたものを作ってるな、と思えてしまう辺りはちょっと私が甘いのかも。

これの単価をちゃんとチェックしてなかったのですが、確か2枚で6ドルぐらいだったと思うので25000Kipだったかな。だいたいコンビニなんかで売ってるVCDの多くが15000Kip。ちょっとまともな音楽CD(民族音楽系を含む)で最高40000Kipという程度の価格で売られています。我々にとっては「ハズレでも腹の立たない価格」であったわけですが、これなら内容的にも十分満足です。

(参照CD)
L.O.G/hip hop Flava
1. Intro     2. Fan-Phur     3. The-One     4. Sout-Lor-Mor-See     5.Meu-Teu     6. Why?     7. Tu-Sy-Tu-Sa (Skit)     8. Tu-Sy-Tu-Sa (Feat. Cells)     9. Khon-Charm (Feat. K.A.V.E)     10. Harng     11. Oh-La-Nor     12. Hip-Hop-Flava     13. The-One (Feat. Queen NA)     14. Outro
(INDEE Records)←こちらのサイト で試聴できます。

2008年6月14日 (土)

イオンの紙袋

調べてみると方々で語られているネタではありますが、敢えてエントリ。

V02v7sky 父の日の買い物で近くのリーファに。小さめの鉢花を買ってラッピングしてもらったところ、←この紙袋に入れてもらいました。

こっち側は、別に何の変哲もない、普通の「イオンの袋」なのでありますが、この裏側を見てみますと...

I6bgsjov ←こんな感じで、2段譜表のの楽譜。見た感じ、イオンのCMとは関係なさそうだし、何にも記号類がないしちょっと音を取ってみた感じではバロックぽい。なんかどっかで聞いたような音。バッハかなあ。


ちょっと妻に弾いてもらったんですが(何か音符の割りが合ってなかったりするので弾きにくいと。確かに見てみるとそうなんですよね)、やっぱりバッハだこれは。やっぱり聴いたことはありそうなんだけど、何だったかが思い出せない。

Ahttf5sq というわけで、ネットの先人の情報を確認してみますと、


ゴルトベルク変奏曲の第18変奏(ただし2ページ目)


なるほどお。あんまり印象に残っていないと思ったらその辺りの曲でしたか。イオンさんによると、デザイン的に良さそうないくつかの候補からこれを採ったそうで、これもデザイン的に一部譜面を変えているそうです(それでちょっと弾くのに違和感があったのかも知れない)。


というわけで、これにて疑問解決と。


Jklw4zsh で、「ゴルトベルク変奏曲」なんですが、ここでグレン・グールドを挙げるのも余りに野暮ってもんでしょうから、曲の確認のために取り出していたピーター・ゼルキン3回目の録音をご紹介しておきましょう。ひょっとすると「現代物」イメージがある人かも知れませんが、デビュー盤は17歳時の「ゴルトベルク」でありました。40台の録音となったこのディスクでは、非常に丁寧で、慈しむような穏やかさを感じる演奏を聴かせます。刺激度はそんなに強くありませんが、こういうのもアリ、という感じはしますよ。なお、リピートはナシです。


(参照ディスク)
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲、イタリア協奏曲
ピーター・ゼルキン(Pf)
RCA:BVCC37661 (1994年録音)





2008年5月17日 (土)

アンダのバルトーク:audite2枚組

今週、ピアノ系のディスク、しかも最近の主力であるバーゲン品でも中古でもないものを2組購入しまして、どっちかはエントリしようと思っていたのですが、当初期待していた「Kapell Re-Discovered」は演奏のクオリティは相当高いものの、何せラジオ放送をエアチェックしたディスク録音、しかも2枚目にはラジオの混信音も結構入っていてちょっと厳しいのでパスして、こちらだけを採り上げることにしました。

Glqrdgvu このディスクは、auditeが放送のアーカイヴを集めて発売している「Edition Geza Anda」の第4回(最終回らしい)。アンダといえばモーツァルトとバルトーク、というのはちょっと単純すぎますが、やはり母国の作曲家、しかもアンダが若い頃から同時代の曲を残していた先生に対する深い思い入れが、どの演奏にも生きています。

協奏曲に関しては、フリッチャイと全3曲(さらに「ラプソディ」)をステレオのスタジオ録音で残していますが、こういったライヴではさらに打ち込み方が鋭く、フリッチャイとの演奏でも、スタジオ盤とはかなり違う(録音時期的にも7、8年空いていて、その間にフリッチャイの病気が入っています)熱さが乗っかっていますので、てきぱき感というところでは当盤により優れたものがあります。まだ若かったギーレンとの溌剌とした音が聴ける第1番も、力のぶつかり合いが積極的な方に出たいい演奏です。3楽章の烈しさは聴き応えがあります。録音は第2番がザルツブルク独特のデッドな音でちょっと抵抗を感じる人がいるかも知れませんが、鑑賞に支障はほとんどありません。

ディスク2枚目でやはり注目なのは、「2台ピアノと打楽器のためのソナタ」。実はデビュー盤がピアノソロだったショルティは、ペライアその他との共演でこの曲の録音を残していましたが、こちらは1953年1月の放送録音です。モノですが音質は極めて良好で、両ピアノの絡みも結構良く楽しめます。さすがショルティ、ピアノデビューしてからもまだ日の浅い時期の録音ですから、鋭い鋭い。


ここに出てくるケルンのアーカイヴは、本当にこれからまだまだいろいろと良好な録音を出してくれるのではないかと思います。単価的にはやや厳しいのですが、他のも含めて如何にも物持ちの良いドイツ系、という感じがしています。今後ともチェックした方が良いようで。


(参照CD)
バルトーク:ピアノ協奏曲第1番、同第2番、コントラスツ、ピアノのための組曲、2台のピアノと打楽器のためのソナタ
アンダ、ショルティ(P)、ギーレン、フリッチャイ指揮 ケルン放送響、ブレッヒャー(Cl)、ヴァルガ(Vn)、パインコファー、ポルト(Perc)
audite:23.410 (1952〜57年録音)



2008年4月23日 (水)

ロストロポーヴィチのチャイコフスキー全集

以前、こちらの訃報エントリこちらで一部をご紹介したことがあったロストロポーヴィチ指揮によるチャイコフスキー、長いことCDが再発されず、追悼企画からも外れてしまい、Brilliantからもムーティ盤しか出ず、中古でもなかなか浮いてこない、半ば幻のディスクと化していた名盤だったのですが...

Xwvsyc1y このたび、EMI本家からようやく再発になりました。「マンフレッド交響曲」と管弦楽曲2曲を加えての5枚組。



5枚組?



そう、既に購入された方の書き込みを見てもやはり否定的意見の多い詰め込み体勢であります。具体的には、第3番と「悲愴」が分断されています。ロストロポーヴィチの演奏はどれもゆったりしたテンポですから演奏時間も微妙に長い、という点はあるのですが、そんなご無体な、という切り方でありまして。


どうせなら、1、2番を80分ギリギリで1枚にして、「3+フランチェスカ」「5+ロメジュリ」「4+マンフレッド前半」「マンフレッド後半+悲愴」ぐらいにしてくれたらまだマシだったかも。



まあこれで3169円でしたから別に文句は申しませんが。この切られ方がイヤなら保全の意味も含めてCD−Rコピーして聴けばいいかと。


演奏は、70年代後半(交響曲7曲は、1976年10月に毎週2、3日をかけて集中して録音されている)というロストロポーヴィチにとって非常に困難な時期に、これ以上ないほどのパトスを注入して作られた演奏。ロンドンフィルが、アンサンブルのムラは多少あるものの、ロシアのオケよりもロシア的な雰囲気を湛えた音を聞かせます。何度聴いても、第1番の冒頭、少し距離感のあるフルートの旋律から最初に乾いた堅めのティンパニが響くまでの流れと、第2楽章の冷たい空気感とは他では滅多に聴けないもの、としびれる思いがします。


他にも以前ご紹介した「第5番」は名盤として知られていますが、意外にバランスの取れたいい演奏なのが「マンフレッド交響曲」。これだけはちょっとしっとりした、適度な粘り気をもつ弦の響きが、ややもすると退屈なまま推移しそうな音楽をぐっと引き上げてくれています。


とにかく、これこそチャイコフスキー交響曲の隠れた名盤最右翼です。録音の状態にも不足はありません。もうこの辺は聞き飽きたと仰る向きにも、ぜひ騙されたと思ってお聞きいただきたいと思います。


(参照ディスク)
チャイコフスキー:交響曲第1番〜第6番、マンフレッド交響曲、フランチェスカ・ダ・リミニ、ロミオとジュリエット
ロストロポーヴィチ指揮 ロンドンフィル
EMI:5194932 (1976、77年録音)





http://mukun.blog.so-net.ne.jp/2008-04-28

2008年4月13日 (日)

スクロヴァチェフスキのVOXBOX10枚組

K3e7j_nm 最近すっかり、「Naxosって高い」というばかりか、Waltyの通常ワゴンセールも「ちょっと高いよなあ」と思いだしていてこれはすっかりCDデフレモードだな、という感じになっているのですが、この10枚組は以前から気になっていたVOXの10枚組、今では日本でも巨匠指揮者としてファンの多いスクロヴァチェフスキが、実は1960年から20年にわたって音楽監督を務めていたミネソタ管(就任当時はミネアポリス響、ドラティのあと、マリナーの前)とVOXに残した恐らく全録音をギューッと押し込んだBOXセットです。発売当初は確か5千円かそこらで出ていたと思うのですが、これが中古で2520円。1枚252円。録音は70年代後半が主体で音質も十分。素晴らしい。


とにかく13時間近く詰め込まれていますから、「ペトルーシュカ」が中途半端なところでディスク切り替えになったり、ヴァーグナーのディスクの最後の最後にポツンと「ボレロ」が入っていたりとかいうのはありますが、とにかく中身が良いので気にしない気にしない。


で、良いところは書ききれないほどあるのですが、まずはラヴェル。スクロヴァチェフスキは前衛作曲家としても知られていますが、ここで聴かれる演奏はそれもわかるな、という、ブーレーズとはまたちょっと違うが客観的で透明感の恐ろしく高い演奏。クリュイタンスやミュンシュやの演奏がラヴェルの神髄だと思っている向きにはちょっとサラサラしてフランスっぽさが薄いので拍子抜けするほどかも知れませんが、オケのバランスが絶妙なのでしょう、細かい音がきれいに伝わり、ラヴェルの音が情報量豊かに入ってくるけれどもくどくない。「クープランの墓」のような小編成の曲も良いですが、「ラ・ヴァルス」のちょっと突き放したような独特の雰囲気も素敵です。


プロコフィエフ、ストラヴィンスキー、それにバルトークはやはりスクロヴァチェフスキの領域にある曲ですね。「春の祭典」がこれも隅々まで気の利いた音作りで、しかも迫力にも欠けない言い演奏です。あと「弦チェレ」もこういう透明感のあるオケの音によく合います。


このセットのもう一つのポイントはベートーヴェンの序曲と機会音楽を収めた約2枚と、モーツァルトの協奏曲2曲。マイナー作品が随分数多く収められているベートーヴェンも興味深いですが、まさにCrystal Clearな音楽を楽しませてくれるW.クリーンとのモーツァルトはこれらの曲の「超ウラ名盤」と言ってもいい演奏。特に17番は実にスッキリとした美しさで、モダン楽器でこの時代にここまでストレートに見通しの良い演奏ができているのは驚き。この部分だけでも値打ちのあるディスクです。


10枚目のヴァーグナーが意外にしっかりした音で、オケの厚みもあって(全般に、ミネソタ管のアンサンブルの良さも注目に値します。超大スケールではないが美しくまとまっている)聴き応えがあります。


別セットで分売されているものもありますが、10枚どかんとまとまっていると、いやあたっぷりたっぷり。「ミスターS」の演奏に関心のある方、最近のOEHMS盤もいいですが、まずはこの格安VOX盤を聴くべし。結構出回っていたディスクなので、中古市場には時々出てきているようです。



(参照ディスク)
Stanislaw Skrowaczewski/The Minnesota Orchestra The Vox Recordings
ラヴェル:スペイン狂詩曲、道化師の朝の歌、優雅で感傷的なワルツ、亡き王女のためのパヴァーヌ、マ・メール・ロワ、「ジャンヌの扇」のためのファンファーレ、「ダフニスとクロエ」組曲第1番、同第2番、クープランの墓、海原の小舟、ラ・ヴァルス、ボレロ、プロコフィエフ:ロメオとジュリエット(抜粋)、「3つのオレンジへの恋」組曲、スキタイ組曲、ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ、春の祭典、「火の鳥」組曲、バルトーク:管弦楽のための協奏曲、弦楽のためのディヴェルティメント、弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽、「中国の不思議な役人」組曲、「かかし王子」組曲、ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第1番〜第3番、「フィデリオ」序曲、「レオノーレ・プロハスカ」より葬送行進曲、「献堂式」より序曲と合唱曲「若々しく脈うつところ」、祝賀メヌエット、「コリオラン」序曲、「エグモント」序曲、「プロメテウスの創造物」序曲、「タルペーヤ」のための凱旋行進曲、「アテネの廃墟」より序曲、トルコ行進曲、行進曲と合唱「聖壇を飾れ」、「シュテファン王」序曲、「命名祝日」序曲、静かな海と楽しい航海、モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番、27番、ヘンデル:「水上の音楽」抜粋、王宮の花火の音楽、ヴァーグナー:「タンホイザー」より序曲、ヴェヌスベルクの音楽、ヴァルトブルク城への入城、「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死、第3幕への前奏曲
スクロヴァチェフスキ指揮 ミネソタ管 クリーン(Pf)
VOX:CD10X3604 (1974〜79年録音)



2008年3月29日 (土)

OTAKEN廃盤CD-R(その2)

あんまりやるつもりはなかったのだが何故かやってしまう前回の続きのOTAKEN廃盤祭り。どうやらWaltyでも一部を除いて売り切れになってしまったようですからここに挙げているのはもうワゴンには入っていないんですが。


7dukoktu こうして挙げているディスクのソースの多くは初期盤LP。よくあるマスターテープからリマスタリングCDでは、もとの音源に劣化があればできあがる音も当然劣化しているわけで、磁気媒体の場合にはいくらリマスタリングを頑張っても限界がある。一方ディスクに既に固定されているものはそのままの状態であれば固定された音のままというのがその理屈(勿論ディスクそのものの劣化というのもあるはずなので100%ということはないだろうが)で、確かにこう言うところでつかわれているディスクは針音はちょこちょこ聞かれるものの、出てくる音にはたっぷりとした生気が感じられます。

こちらの「アルプス交響曲」は以前採り上げたこともある東独の名匠コンヴィチュニーが珍しくミュンヘンで録音したディスク。あのURANIAレーベルから出ていたLPの覆刻です(現在、このURANIAとは関係ないURANIAレーベルからも覆刻CDが出ている。ややこしい。)。50年代前半の録音ですが新鮮な音。盛り上がり部分から長く尾を引く終結まで、息の長い音楽を派手ではないがしっかり鳴らした佳演です。

Poeuotpx もう一つ←こちらはシェルヘンの「英雄」。同じウェストミンスターに、「田園」とセットでCD1枚に収まってしまうという超高速ステレオ盤、あと最晩年のルガーノでのライヴ録音もあるようですが、こちらはそれよりもう少し古いモノラル盤です。

シェルヘンというと「爆演系」というイメージ(ジャケットの絵なんかを見ると余計にそんな感じがしてくる)が先行している耳にとっては、この演奏はちょっと「まとも過ぎる」ぐらいに感じられるかも知れません。それぐらいに力強いがキュッとまとまった、それなりに動きはあるがでも全体的には素直でスッキリと入っていく演奏です。

正統派の演奏として、音は古いが十分にお奨めできるディスク。第1番とのセットでも出ているようですね。


今や覆刻系のディスクも数社からかなり高いクオリティのものが出ています。これからステレオ初期の名盤が続々と覆刻で出てくる(既に出始めていますが)かと思いますが、長いこと眠っている録音には、こういう形ででも出会えるのは嬉しいことだと思います。

また時折この手のものも採り上げようと思います。基本的にCD-R系は買いませんが。


(参照ディスク)
(上)R.シュトラウス:アルプス交響曲
コンヴィチュニー指揮 バイエルン州立歌劇場管
OTAKEN:TK−5001 (1952年録音)

(下)ベートーヴェン:交響曲第3番
シェルヘン指揮 ウィーン国立歌劇場管
OTAKEN:TK−4003 (1950年ごろ録音)




2008年3月23日 (日)

OTAKEN廃盤CD-R(一応その1)

通常、CD-R盤は購入しないことにしていますし、これまでは手を出す対象にもしていなかったのですが、先週Waltyのいつものワゴンコーナーを覗いてみたら、昨年11月に全点廃盤になっていたはずのOTAKENのCD-Rシリーズが1枚333円という驚きの価格で並んでいるではありませんか。従来価格の6分の1か7分の1ということで、これはやはり手にしないという訳にもいかず。


Ofkjacqt 今回はチャイコフスキー絡みで3枚挙げてみました。←こちらは戦後にドイツへの協力者扱いされてメインルートを外れ、さらにステレオ時代に僅かに間に合わなかった不運もあって一時ほとんど忘れられていた名指揮者、ヴァン・ケンペンが最晩年にコンセール・ラムルーを指揮した1枚。弦楽セレナードが、コンセルトヘボウと比べるまでもないはずのこのオケのアンサンブルにケンペンのカッチリした棒が何故かマッチして、スッと腑に落ちる快演です。音もモノラル末期とあって充実しており、多少LPの針音は入りますが初期LP盤の実力が活きる覆刻と合わせ、演奏の魅力をたっぷりと伝えてくれます。もう一つの「組曲第4番」はちょっと曲に難ありかなあ。セレナードほどにはインパクトは感じられません。なおおまけに入っているアルベニスは随分小編成でアンサンブルの弱さもかなり出てしまうのですが、それでもなんだか不思議に聴けてしまう演奏です。

Yhr38qha 続いて←こちらは、このディスクを手に取るまで知らなかった旧ソ連の指揮者、メリク・パシャエフの振る「悲愴」。ムラヴィンスキーがレニングラードを牛耳っていた頃にモスクワで活躍していた指揮者の一人ですが、この演奏を聴いていると、いかにもロシア的にがんがん引っ張っていくような演奏ではなくて、ある程度西欧的なスタイルを保った感じの音楽です。もちろんいかにもロシアのオケといったブラスの音響や、テンポも落とすところは思いっきり落としたりとかいう部分はある(4楽章などかなり深めの泣きが入ります)のですが、それでも全体的には濃すぎない演奏。録音は1950年代中頃で、当然モノラルで、変に残響がきついところなどもあったりしますが、メロディヤの音が意外とまともなのに気付きます。

こちらの余白にはアルメニア人のスペンディアロフ、グルジア人のパリアシヴィリという、全然知らなかった作曲家の作品が収められていますが、いかにも民族的ですが興味深く聴ける音楽である一方、こうした録音が組まれているのはやはり「ソ連」の時代であったのだなあ、と思う次第です。

Ocz8hprl もうひとつは1940年代、ミトロプーロスがミネアポリス響を振っていた時代の録音。メンデルスゾーンもチャイコフスキーも確かに古い録音ではありますが、気合いのこもった厚みのある演奏です。両曲ともかなりテンポが速いのですが、それでも音の重厚さ、そして爽快感が十分にあり、ミトロプーロスの地力が万全に発揮されていたのはこの時代であったといわれるのもわかる気がしてきます。特にチャイコフスキーの締まった感覚(終楽章の「しろやぎさんから」もスキッと鳴らしていて嫌味がない)は、音の古さを忘れさせてくれます。一般向きではないかも知れませんが、いい演奏です。



というわけで、CD-Rながら全て著作権落ちしている録音で、この値段ならそれはもう超お徳用盤だと思うのですが、あくまで現品限りの廃盤処分、もうここに挙げたものもほとんどワゴンには残っていなかったと思いますので念のため。


(参照ディスク)
(上)チャイコフスキー:弦楽セレナード、組曲第4番「モーツァルティアーナ」、アルベニス:スペイン組曲より
ケンペン指揮 コンセール・ラムルー管、オルメード指揮 マドリード放送室内管
OTAKEN:TK5005 (1955年録音)

(中)チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」、スペンディアロフとパリアシヴィリの小品
メリク・パシャエフ指揮 ボリショイ劇場管、アルメニア国立フィル
OTAKEN:TK5509 (1950年台前半頃録音)

(下)メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」、チャイコフスキー:交響曲第2番、リムスキー・コルサコフ:スペイン奇想曲
ミトロプーロス指揮 ミネアポリス響、シュヒター指揮 フィルハーモニア管
OTAKEN:TK5027 (1940年台録音)





2008年1月 6日 (日)

100年の指揮者(その1)

前々回前回と、生誕100年、150年の作曲家でエントリをしてみましたが、周年系の作曲家としてはその他には没後50年でフロラン・シュミットとかヴォーン・ウィリアムズ、没後100年でリムスキー・コルサコフやサラサーテといった辺りが主なところでしょうか。挙げれば他にももちろんいますがまあそのぐらいで。


一方、指揮者篇で、となると、恐らく誰もが思いつくカラヤンや朝比奈隆の他に浮かぶのが、同じく生誕100年となるカイルベルトとアンチェルです。カイルベルトについてはここまでも何枚かを採りあげていますので後回しにして、まずここではアンチェルを。



カレル・アンチェルはターリッヒに指揮を学んだチェコの本流指揮者、というだけではなく、ハーバに作曲を師事しただけあって同時代音楽への造詣と共感も深かった人です。最近Supraphonから単売でまとめて出ていたアンチェルのシリーズにも、多くの人にはなじみの薄い作曲家の名前がぞろぞろと並んでいました。


またアンチェルは、ナチのチェコ侵攻の際にアウシュビッツに送られて家族を失い、その後復帰してチェコフィルの常任を務めた後も、たまたま楽旅中の米国で「プラハの春事件」を知って亡命を決意し、その後トロント響の地位を得たが病を得て亡くなるという、苦労と不運の多かった人としても知られています。しかしチェコフィルとの関係は約18年にも及び、幸い録音も数多く残されています。それを辿れば、今でも、総合的に見たチェコフィルの最盛期はアンチェル時代であった、と考える人が多いのもうなずけるほど、充実した音楽を聴くことができるのです。

7iio9ysc アンチェルの残した録音の中で、私が最初に手にしたのはヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」のCD。かなりオンマイクで、響くホールの最前列にドンドンとマイクを並べたような音。しかも音楽はもの凄くテンションが高く、独唱、合唱とともにこの曲がキリスト教の通常のミサというよりも、野外で高らかに歌われる詩篇のフレーズ、あるいはこぞった民衆の讃歌を聴くような印象を受けます。同曲の他の録音からは聴けない熱い気合いが感じられる演奏。そこには祖国への強い思いが当然にこめられていたはずで、のちに訪れる辛い晩年を考えると余計に複雑な気持ちにさせられる名演です。

Fwf2rxx5 その他、我々にとってはマイナーな作品の録音もかなりの数があるようなのですが、一般的な曲で私が持っていてこれは良いと思うのはドヴォルジャークの8番。「新世界」にも有名な録音が2種類ほどありますが、←こちらに入っている1970年のアムステルダムでのライヴは彼の亡命後の演奏で、コンセルトヘボウからやや硬質で透明感のある、しかし熱のこもった音を引き出しています。終盤までベースラインのテンションの高さが保たれ、しかしバランスも絶妙、最上のライヴ録音の部類に入ります。トロントでの録音であるマルティヌー(これも予想以上の快演)の他、1枚目にはチェコの20世紀ものが多く収録されているのも意外な魅力です。

Ekprnakq 同曲もう一つのライヴ録音が←こちらで、これは上の録音から10年前、1960年にチェコフィルと残した唯一の録音です。このディスク、録音はモノラルながら(聴きにくい音ではまったくない)、指揮者の熱さが音になったかのような思い切りのよい演奏で、コンセルトヘボウとのように硬質な端正さが先に感じられる演奏ではなく、よりエモーショナルに、そして音楽的なバランスはむしろギリギリのところで保たれているような、ずんずんと来る推進力が印象に残る演奏です。所々で、手慣れているはずのチェコフィルが危うく振り落とされそうにさえなっている、というのが、この演奏の「熱さ」が特に出ている所かも知れません(なお、併録のオイストラフがソロを弾くヴァイオリン協奏曲も言い演奏ではありますが、こちらは録音の古さが少々邪魔している面があります)。



これ以外にも、改めて聴き直すとアンチェルの録音にはどれも「チェコフィルってこんなに直線的にきちっと鳴ってたんだ」と再認識させてもらえます。もうちょっと聴き込みたくなってきましたね。



(参照ディスク)
(上)ヤナーチェク:グラゴルミサ、タラス・ブーリバ
ドマニーンスカ(S)、ソウクポヴァー(A)、ブラフト(T)、ハケン(B)、アンチェル指揮 チェコフィル、同合唱団
SUPRAPHON:25CO−2800 (1963、61年録音) ※違う形でいろいろと再発されています。

(中)ショスタコーヴィチ:祝典序曲、ノヴァーク:タトラ山にて、クレイチー:管楽器のためのセレナード、ヤナーチェク:タラス・ブーリバ、マーハ:ジャン・リフリークの死と主題による変奏曲、スメタナ:モルダウ、ドヴォルジャーク:交響曲第8番、マルティヌー:交響曲第5番、ドヴォルジャーク:スラヴ舞曲第8番
アンチェル指揮 チェコフィル、ウィーン響、アムステルダム・コンセルトヘボウ管、トロント響
EMI:5750912 (1950〜71年録音)

(下)ドヴォルジャーク:ヴァイオリン協奏曲、交響曲第8番
オイストラフ(Vn)、アンチェル指揮 チェコフィル
PRAGA:PR50046 (1951、60年録音)





2008年1月 4日 (金)

○○年の作曲家(その2)

今年が生誕100周年となる作曲家として、最も有名な人と言えば、やはりオリヴィエ・メシアンでしょう。


20世紀音楽に巨大な足跡を残すこの作曲家が亡くなってはや15年。別に私もこの人の音楽が分かっているわけではないですが、巨大で難解に思われる曲も、聴けば意外とシンプルに入ってくる、それがメシアンの最大の魅力です。作曲には彼独自の技巧もかなり幅広く散りばめられているのですが、あまり難しいことを考えなくても結構聴ける曲が多いのです。


Fgru0uma 晩年の大作オペラ「アッシジの聖フランチェスコ」や、恐らく最も有名な作品「トゥランガリラ交響曲」あたりでもいいのですが、ここに挙げたのは、私が最初に手に入れたメシアンのCDです(当時2枚組で6千円もした。現在は当然お安い仕様で出ている)。

ベロフが弾く「みどり児イエスに注ぐ20のまなざし」。この録音時、ベロフは弱冠19歳。その2年前に第1回のメシアンコンクールに優勝し、ここでの録音も、19歳とは思えないような素晴らしいテクニックと、特に4番や6番以降の数曲での単に勢いというには余りにも凄まじい畳みかけるような音楽の流れは圧倒的。その後手を傷め、これほどの冴えた音楽を聴かせることがなくなったベロフですが、この若き日の名演だけで彼の実力のほどが本当によくわかります。

Gbysgwns もう1枚のディスクは、表を見てもメシアンの曲が入っているかどうかわからないのですが、ミニマルミュージック系で特にヴォーカル音楽に注目すべき作品を多く残している(と言っても私もミニマル系はあんまり得意ではないのだが)メレディス・モンクの作品に始まり、2曲目にメシアンの合唱曲、O Sacrum Conviviumが収められています(その後にはリゲティやモーランやと、結構雑多。このMusica Sacraという団体のことは良く知らないが、非常に安定した声を聴かせる合唱団だと思う)。

この作品、スコアはわずか4ページ。4声全くdivなしの曲ですが、とにかく絶妙な和声で、歌うのも大変だが聴く分には極めて感動的な作品です(一度歌ったことがあるがきちんと合わすのは相当難しい)。何種類か録音を持っていますが、作曲者が監修したと言われるArion盤は7分近くもかかって余りにも遅すぎ。合唱団の質が必ずしも高くないのでさらに厳しく聞こえます。もう一つのカナダCBS盤は何と2分台という速さ(最初CDのパッケージを見て誤植かと思ったが、確かにそう言うテンポで歌っている)。これはこれでちょっとやり過ぎかな、と思われ、5分少々の当盤が結局一番まともに聴けます。演奏も内声が邪魔をしないけどきちんと聞き分けられて破綻がない、聴かせる演奏です。


一度、騙されたと思って聴いてみて下さい(と言いつつこの録音は入手可能なんだろうか)。


(参照ディスク)
(上)メシアン:みどり児イエスに注ぐ20のまなざし
ベロフ(Pf)
EMI:CC30−3753・54(1969年録音)

(下)モンク:Return to Earth、メシアン:おお聖なる宴、ゴードン:ウォーター・ミュージック、リゲティ:永遠の光、シャーマン:Graveside、モーラン:Seven Sounds Unseen
ウェスタンバーグ指揮 ムジカ・サクラ
CATALYST:0902661822−2 (1993年録音)





2008年1月 3日 (木)

○○年の作曲家(その1)

2008年に○○周年、というと、あの指揮者やあの指揮者、というあたりが真っ先に浮かんでくるかも知れませんし、そっちの筋の企画も恐らく今年は出てくるのでしょうが、作曲家関係では昨年同様、大きな名前の人はそんなに出てきません。それでも何人かおいでになりますので、その関連を2、3回。


まずは今年が生誕150年となるプッチーニ


プッチーニのオペラを支える旋律美、そして転調の巧みさ、オーケストレーションの洗練ぶり、誰にもスッと入る旋律と描写の反面に、意外に曲として同時代的な鮮烈さ(それ故に未完の遺作である「トゥーランドット」をベリオにまで至る構成の作曲家が補作しようとする、という風に興味を感じさせたのではないかと思われる)も併せ持った音楽こそが、彼の作品が幅広い層に愛されている大きな原因ではないかと思います。


19世紀から20世紀への変わり目に、プッチーニはとりわけ傑作とされる3作、「ラ・ボエーム」、「トスカ」、「蝶々夫人」を作曲していますが、やはり曲全体が発するカタルシス、という点では、「トスカ」にまさるものはないでしょう。

Pqhixp_o で、「トスカ」となると、もはや何を措いてもカラスの歌うディスクを採り上げざるを得ないわけでありまして、その中でも最も有名なのが←これということになります(いろいろな形で再発されていますが、手持ちのこのディスクは90年代前半とかなり古いものです)


1950年代のカラスは声の力と劇的な表現力のいずれにおいてもまさに素晴らしいの一言。録音の古さなど忽ちに忘れ、舞台の流れが戦列に再現されるのを感じることができるでしょう。このディスクでは、ゴッビのスカルピア、ステファノのカヴァラドッシの歌唱もこれ以上を望みがたいほどに見事で、ツボを抑えたサーバタの棒に的確に応えるスカラ座のオケともども、ほぼ非の打ち所のない表現と言えます。


恐らく、この芸術が存在する限りは、オペラ録音史上に燦然と輝き続ける1枚となるでしょう。




(参照ディスク)
プッチーニ:歌劇「トスカ」
カラス(S)、ディ・ステファノ(T)、ゴッビ(Br)
デ・サーバタ指揮 ミラノ・スカラ座管、同合唱団 ほか
EMI:CDCB747174−2 (1953年録音)





2007年11月26日 (月)

クーベリック/シカゴ響のBOXセット

Ntawqdot ひと月ほど前のエントリのオマケに、ロジンスキの録音を採り上げていました。この人は1948年まで、短い期間でしたがシカゴ響の音楽監督の地位にあったのですが、その次にこの地位に就いたのが、クーベリックでした。この4枚組は、当時、地元シカゴに本拠を置くMercuryへ録音されたものです(これ以外にも、チャイコフスキーの4、6番やブラームスの4番などの録音があるが私は未入手)。


クーベリックの就任の前には、戦後の音楽史上非常に有名な「シカゴ事件」というのがありまして、ロジンスキの後任としてシカゴ響がフルトヴェングラーに働きかけを行い、フルトヴェングラーも度重なる要請に応じようとしていた矢先、トスカニーニ、ルビンシュタイン、ホロヴィッツらのアメリカ音楽会の重鎮達(ユダヤ人が主体だがワルターやメニューインは加わっていない)が猛反発し、もし(ナチの統治下にずっとドイツで指揮をしていた)フルトヴェングラーが指揮をするのなら自分たちはシカゴ響に二度と客演しないと突っ込んだため、結局音楽監督就任が没になったというものです。(事件の内容については、この本でおおよそのところはつかんでいただけると思います。内容には賛否あるようですが、私はよくこれだけのものを新書1冊にまとめて、我々にその音から考えさせてくれるきっかけを与えてくれたな、と感謝したい)


結局フルトヴェングラーは自分の代わりにクーベリックを推し、1950年からクーベリックが就任(チェコの共産化をきっかけに亡命、コンセルトヘボウの常任にも就任していた)、20世紀音楽を積極的に採り上げるなど、意欲的な活動でシカゴ響の実力を一層高めたのですが、「フルトヴェングラーの推薦」というところがまた引っかかったのか、ユダヤ人を中心とする地元の音楽関係者による多分に政治的な批判(特にシカゴトリビューンの女性評論家、キャシディ氏が批判の急先鋒に立っていた)にさらされ、1953年、わずか3シーズン務めただけで退きます(その後、コヴェントガーデン経由でバイエルン放送響、というキャリアはよく知られているところ)。


この時期にクーベリックが残した録音は、Mercuryがシカゴ響の契約のはざま(ライナーはRCAとの契約があったため、以後Mercuryへの録音ができなくなり、ミネアポリス、デトロイトとの録音がメインになる。ただし、クーベリックが去ったあと、彼との契約分の残りを、ドラティが指揮して録音しており、その2曲(コダーイとバルトークの「中国の不思議な役人」)もこの4枚組に収められている)に、オーケストラホールで収録したもので、必ずしも響きが多いとは言えないホールに、Telefunkenのマイクを1本だけ立て、1/4インチのテープに可能な限りダイレクトな形で録音しています。音質的にはこれがたった1本のマイクで録られているとは信じられないほどの奥行きを持った素晴らしさです(多少強奏部で歪みが目立つ場所もあるが)。


演奏は当時30代後半だったクーベリックが勇躍乗り込んだシカゴ響の奏者と正面から渡り合っている、という印象。全般に硬質でごつめ、躍動感と緊張感が裏表をなしているような感じの演奏ですが、ただ直線一本かというとそうでもなく、「新世界」の厚い響きの中にたっぷりした情感も湛えた音の運びは印象に残りますし、確かクーベリックのスタジオ録音はこれだけだったと思う「弦・チェレ」も、音としては厳しく磨きがかけられているのですが、決して冷たい音ではなく、バルトークが全体で聴く者を包み込んでいくような音楽に仕上がっています(Orfeoから出ているバイエルン放送響とのライヴもいい演奏ですが、こちらの、シカゴの弦の実力をしっかり受け止めた重みのある演奏にはこの時代ならではの魅力があります)。


しかしこのディスクの白眉は、52年録音の「我が祖国」でしょう。私はクーベリックのこの曲最後の正規録音となったチェコフィルとの1990年「プラハの春」のライヴもCDで保有していますが、その、記念祝典的な喜びを感じる演奏とは異なり、この演奏にあるのは遠く離れた祖国への想いが、厳しく緊張感をもった響きとなって聴く者へ迫ってきます。特に「シャルカ」以降の骨太で剛毅さを感じる音楽は(現在は単売されていますので)、是非多くの方に聴いていただきたいと思います。


とにかく、これはこの年代のクーベリックからしか聴けない音です。


(参照ディスク)モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」、ドヴォルジャーク:交響曲第9番「新世界より」、スメタナ:わが祖国、ムソルグスキー(ラヴェル):展覧会の絵、バルトーク:弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽、ヒンデミット:ヴェーバーの主題による交響的変容、シェーンベルク:管弦楽のための5つの小品、コダーイ:「孔雀」による変奏曲、バルトーク:「中国の不思議な役人」組曲
クーベリック、ドラティ指揮 シカゴ響
MERCURY:4756862 (1951〜54年録音)






2007年10月19日 (金)

フリッチャイのこと(その6)

えー、だいたいCD関係単体のエントリ自体最近ほとんどやっていないのですが、先日も太蔵議員がどうたらというところでチャイコフスキーその他の録音を取り上げたフリッチャイ。このところ異なるレーベルから、元気だった頃の放送局アーカイヴ系ライヴ録音がいろいろと出てきていて嬉しい悲鳴です。普段は2000円で4枚買えるか5枚買えるかもっと買えるか、と思っている私が、フリッチャイの見たことないディスク、となると1枚2000円超でも買ってしまうのでありまして。このパターンは他にはヌヴーぐらいしかないでしょう。


で、「その6」というからにはこれまで5回フリッチャイを単体エントリとして取り上げていたのですが、最後の5回目はいつだったかというとほんとに最初期。ほぼ2年前です。この頃はまだ結構マイナーな音楽系ブログで行くつもりやったんやなあと少々遠い目になったりします。


Aojtpneu が、それはともかく本題へ。まずはTAHRAから1955年録音の「グレート」。はっきり言ってTAHRAのライヴ録音をいろいろと集めていると、ほとんどの指揮者のディスクにこの曲が入っていて、昔は超主要レパートリーだったんだな、と思うのですが、逆に同じ曲ばかりで少々飽きるのも事実でした。

ところがこの録音ときたらもう大変。あの普通は退屈この上ない第2楽章でさえ、なんと意味深げに届くのでしょう。そして後半2楽章での結構自在なオケのコントロール。思い切ってテンポも揺らし、終楽章などはフルトヴェングラーよりフルトヴェングラーっぽく聴こえそうです。やはり病気をする前から、彼の指揮には徐々に変化がみられていたのだと実感する演奏。録音はこの時代のライヴとしては標準的と言って良いでしょう。


Romfgany もう一つは、BBC LEGENDSシリーズの制作者がドイツの放送音源から引っぱり出してきた録音。ストラヴィンスキーの協奏曲は51年、ハルサイとバルトークのディヴェルティメントは53年の録音ですが、どれも非常にクリアな音質で、モノラルのライヴとしては最上級の録音と言って間違いないでしょう。

演奏はグリュミオーと、という意外な顔合わせでのストラヴィンスキーがまず驚きの名演。とにかくソロが素晴らしい。特に中間2楽章のぐっとえぐってくるような歌い方は、この曲で聴き落としていた部分を一気に聴かせてもらった気がします。これまでは少々音がアレであっても、スターンのソロによる作曲者自演盤がいいと思っていましたが、この演奏にかかると影が薄く感じるほどです。

残る2曲はどちらもスタジオ録音が存在しますが、ライヴとしては恐らく初出の録音。バルトークは非常にスッキリとまとめられた好演ですが、もうすこし押しが欲しいな、というところも案外サラリと流れていってしまうような感じがあります。悪くはないがどちらかというとスタジオ録音のほうに分があるかな、という印象です。一方の「春の祭典」は、スタジオ録音の方にやや独特の「色」があって、私は余り好きではなかったのですが、このディスクで聴くのは若干オンマイク気味ながら、非常に良いバランスで捉えられた録音に、フリッチャイの極めて直截的で、(それだけではないが)ダイナミックな演奏を聴くことができます。

フリッチャイ指揮のこれほど好条件のライヴ録音を立て続けに楽しむことができるとは、幸せなことです。




(参照ディスク)
(上)シューベルト:交響曲第8番(グレイト)
フリッチャイ指揮 ヘッセン放送響
TAHRA:TAH635 (1955年録音)

(下)ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲、春の祭典、バルトーク:弦楽のためのディヴェルティメント
グリュミオー(Vn)、フリッチャイ指揮 ケルン放送響
medici arts:MM020−2 (1951、53年録音)




2007年8月17日 (金)

[訃報]マックス・ローチさん83歳

それは今から20年ほど前のまだ学生時代、アメリカを旅した友人がおみやげに買ってきてくれたLPの中に入っていました。


当時は聞いたことのほとんどないジャズの今から思えば名盤ばかりだったのですが、その中でも音質的には最も劣るこのディスクにだけはとにかく引き込まれることしきり、今に至るも時々取り出す愛聴盤の一つなのであります。


3tgfarkh そのアルバムはPure Geniusといい、1956年初頭にニューヨーク(ベイジンストリート)で収録されたプライベート録音。のちに発掘されたがかなり悲惨な状態であったテープを、エンジニアがマックス・ローチとともに苦労して復活させたのには、やはりこの演奏の素晴らしさが記憶に残っていたということがあったのでしょう。20分近くにわたるI'll Remember Aprilは圧巻です。

LPでしか手に入らないかなりレアな名盤として知られていたのですが、最近、ビーハイヴでの録音とともにCD化されたようです。



例によって前置きばかり長くなりますが、そんなわけで、それ以外の音楽人生の方が遙かに長いのにもかかわらず、私にとってマックス・ローチは「ブラウニーの相棒」なのであります。実際にクインテット等で活動していたのは2年かそこらなんですが。



マックス・ローチ氏が死去 モダンジャズドラムの開祖(Sankei Web)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
ジャズの名ドラム奏者で、「モダンジャズドラムの開祖」とも評されるマックス・ローチ氏が15日、ニューヨーク・マンハッタンの病院で死去した。83歳だった。AP通信が16日伝えた。死因は分かっていないが、近年は体調を崩していた。(以下略)
(引用終わり)


まずは謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


彼が本格的にドラマーとして活動しだしたのは二十歳前ですから1940年代中頃、ブラウニーと組んだ頃はもう十分なキャリアを積んでいたわけですが、それ以後のキャリアもモダンジャズの歴史そのものです。


V1mdydbu 今日は、マックス・ローチ追悼の意味を込めて、ブラウン・ローチ・クインテット最上の遺産と言っていい名盤、Study in Brownを聴いていました。と言ってもこのディスク、どの曲も若々しい才能のはじける明快な演奏です。最初の曲、Cherokeeで、マックスが打ち出す4ビートに、心が沸き立つものを感じないなら、その人は彼らには縁がないとしか言いようがありません。最後の「A列車で行こう」まで、このコンボの極めて緊密な音楽づくりに驚くばかりです。

こちらは何度となく再発されている超名盤。これまで関わりのなかった方も一度はぜひ。




(参照ディスク)
(上)Pure Genius, Vol. 1
1. What's New 2. I'll Remember April 3. Daahoud 4. Lover Man 5. 52nd Street Theme
Clifford Brown (tp) Max Roach (dr) Sonny Rollins (ts) Richie Powell (p) George Morrow (bs)
Elektra: E1 60026 (LP) (1956年録音)

(下)Study in Brown
1. Cherokee 2. Jacqui 3. Swingin' 4. Lands End 5. George's Dilemma 6. Sandu 7. Gerkin for Perkin 8. If I Love Again 9. Take the A Train
Clifford Brown (tp) Max Roach (dr) Harold Land (ts) Richie Powell (p) George Morrow (bs)
EmArcy: EJD-3003 (1955年録音:現行盤は違う番号です)





http://blog.goo.ne.jp/kanwa_notes2005/e/c7fd370e00b8fffe58f781e932cea5f0

2007年8月16日 (木)

シェルヘンのNIXA録音4枚組

7t54syq4 別にこれまで、シェルヘンを熱心に聴いていた訳ではありませんでした。持っていたディスクもあのカット満載53分のマーラー5番程度であったわけで、あまり大したことも言えないのではないかと思いつつ、


この4枚組にはやられました。


Waltyで安値販売されていることの多いTAHRA盤(この4枚も2380円だった)。このレーベルの経営をしているのがシェルヘンの娘婿だということもあり、こういう良質の録音が改めて陽の目をみることになったわけですね。


ここにある一連の録音は、NIXAというレーベルで1953〜54年にかけて収録されたものです。この独立系レーベルは1950年に、ニュージーランド人のヒルトン・ニクソン氏が設立し、他の独立系レーベルとの協調を図って、結局1953年頃からWestminsterとの共同製作での録音を始めます。シェルヘンとの録音もちょうどその時期になされたわけですが、その後1956年に、ケンブリッジのパイ放送に買収され、Pye/Nixa、さらにはPyeレーベルとなり、結局はEMIに買収されることになります。ごく短命でしたが録音の歴史には無視できない存在なんですね。


前置きばかりですが、シェルヘンのこのときの録音は、ホールの良さもあって、モノラル期としては屈指の好録音として知られたもので、確かに今聴いても、この当時としては非常にレヴェルの高い音だと思います。ちょっと生々しすぎるという感じはするかも知れませんが、演奏の強烈さには誠に似つかわしい。


その演奏ですが、まずは何と言っても「幻想交響曲」。前半は意外にすっきりした美しい演奏なのですが、3楽章あたりから徐々にシェルヘン的「怖さ」が顔をのぞかせ、4、5楽章はまさにこの人でなければ聴けないもの凄い音楽になります。ミュンシュ=パリ管の、流れを思いっきりえぐった、激しさの中にエレガントさも辛うじて残した「怖さ」とはまた違い、とにかくためるだけためて爆発させるだけ爆発させる、そうして出てくる「怖さ」で、この曲をここまで露出させる演奏は他にないと言ってもいいでしょう。


「イタリアのハロルド」は「幻想」よりも随分とおとなしく、それが曲の持つパワーの差なのかな、と不思議にさえ思う演奏ですが、決してつまらないわけではありません。


それ以外のロシアものも、かなり曲のキャラクターをキッチリ出した演奏で、個人的には「スラヴ行進曲」や「イタリア奇想曲」辺りに非常に好感がもてました。


まだ手に入ります。これは是非多くの方に聴いてもらいたい録音です。縦長の本のようなパッケージデザインなので、収納に困るのが難点ですが。




(参照ディスク)
ベルリオーズ:幻想交響曲、イタリアのハロルド、チャイコフスキー:ロミオとジュリエット、スラヴ行進曲、イタリア奇想曲、1812年序曲、リムスキー・コルサコフ:アンタール、ロシアの復活祭、スペイン奇想曲
シェルヘン指揮 ロンドン響、ロイヤルフィル
TAHRA:TAH413/416 (1953、54年録音)





2007年7月22日 (日)

ペルルミュテルのラヴェル2種

ペルルミュテルといえば、20世紀フランスを代表するピアニストのひとり。ラヴェルとも交流のあった人だけに、ラヴェルの演奏家としても非常に良く知られた一人であります。透明感のある響き、意外と堅く、明快な音。しっかりしていて包容力のある音楽づくりには大きな魅力を感じます。

そのペルルミュテルのラヴェルの録音、まとめて入っているものは2種類あります。

Vzgdpsmo まず最初に購入していたのがこちら、Nimbusから出ている2枚組の独奏曲全集。73年録音のステレオ盤ですが、全般に残響が多く、ピアノが多少オフマイクで入っている印象を受けます。したがってあまり明晰に音楽が流れてこない感じ。

確かに味わいのある演奏、という印象はありますが、例えば「ギャスパール」とかは音楽があまり乗ってこない感じですし、「水の戯れ」とかも音の粒立ちがもう一つ出てきていないように思われます。

全般にはいい雰囲気を持っているんですが。「パヴァーヌ」とか、「クープランの墓」とかは聴いていて気持ちがフーッと安らぎます。

Ysnoc0bj もう1種の演奏がこちら。VOXへモノラル後期に録音された2枚組です。

こちらはモノラルでレンジとしては広くないものの、非常にクリアな音で、奥行き感もある程度あり、どうしてもステレオでなければ主義の方でなければ、恐らくこちらの録音の方が聴きやすいと思うのではないでしょうか。

演奏も、まだ50歳を過ぎたばかりのペルルミュテルの充実した音楽が聴けるのが魅力で、「鏡」、「ソナチネ」、「古風なメヌエット」などはこちらの演奏の音の立ち具合が遙かにきれいです。どちらかというと演奏は硬質、深い輝きを放つ水晶の固さという感じでしょうか。


こちらのディスクのもう一つのポイントは、これが唯一の録音らしい2つの協奏曲が収められているということです。こちらも独奏部分は大変素晴らしい。特に両手の協奏曲の1楽章カデンツァとか、2楽章の何とも言えない雰囲気とか、捨てがたい所だらけなのですが、いかんせんオケがどうも。この時期VOXでいろいろと録音のあったホーレンシュタインがラヴェルゆかりのコンセール・コロンヌを指揮しているのですが、アンサンブルとしての評価に値しない、というと厳しすぎるかも知れませんけどそう言いたくなるほどの演奏です。もうちょっといい伴奏がついていたら大名演だったかも知れませんね。


どちらも1枚単価で千円しないはずです。どちらか一つを選べといえば、私はVOX盤を採ります。




(参照ディスク)
(上) ラヴェル:鏡、水の戯れ、逝ける王女のためのパヴァーヌ、夜のギャスパール、ソナチネ、優雅で感傷的なワルツ、クープランの墓、前奏曲、ボロディン風に、シャブリエ風に、古風なメヌエット、ハイドンの名によるメヌエット
ペルルミュテル(Pf)
Nimbus:NI7713/4 (1973年録音)

(下) ラヴェル:夜のギャスパール、水の戯れ、ハイドンの名によるメヌエット、鏡、古風なメヌエット、左手のためのピアノ協奏曲、ピアノ協奏曲、クープランの墓、逝ける王女のためのパヴァーヌ、ソナチネ、前奏曲、優雅で感傷的なワルツ
ペルルミュテル(Pf)、ホーレンシュタイン指揮 コンセール・コロンヌ管
VOX:CDX2 5507 (1955年録音)





2007年7月 8日 (日)

セルのドヴォルジャーク3枚組

Pu4oiqdf 1年近く前にこちらのエントリでセルの「スラヴ舞曲」ステレオ盤を採り上げたことがありました。私はドヴォルジャークは全般に好きなのですが、特にセル/クリーヴランドのスラヴ舞曲は大好きなもので、その旧盤と見ればつい手を出してしまいます。

こちら、Waltyで3枚組1980円でしたので、もう即買い状態でありました。


このunited archivesのシリーズには結構当たりはずれもあって、セルでもシューマンのディスクは私にとっては期待はずれだったりしたのですが、この3枚組はどれも本当に素晴らしい。

この中で最も古い録音は1947年のスラヴ舞曲5曲。セルがクリーヴランドの音楽監督の職に就いたシーズンで、このオケとの最初のセッションでもあったようです(この他にもモーツァルトの39番やベートーヴェンの4番が録音されたらしい)。フィルクシュニーとの大名演というべきピアノ協奏曲(これはセル唯一の録音)の陰に隠れたように収められていますが、この5曲が意外に録音も良く、音楽的にも新鮮で、第1番や第11番あたりは後年のステレオ録音よりも気持ちよく聴ける気がするほどです。

セルはスラヴ舞曲を全曲で2回、第3番と第10番については最晩年(EMIとの最後のスタジオ録音)のを合わせて4回録音しているほどで、非常に作品として愛着を持っていたことが窺えますが、こちらに収録されている最初の全曲録音はモノラル末期の1956年の録音。次のステレオ全曲盤とは最短で6年しか間隔が空いていません。それだけに音楽的な基本線はほとんど変わっておらず、録音はモノラルながらオケの音に立体感が感じられるため、あまり古さが気になりません。

ステレオ盤はOp.72の方に味わい深さを感じたのですが、こちらの全集ではOp.46の爽快感がより強く印象に残りました。こちらの盤を必聴とまでは言いませんが、ファンなら聴いて損はないでしょう。

「新世界」、スメタナの2曲も、オケの締まった音(弦の目の詰まった音、そしてステレオ録音には時々感じられる音の不自然さもなくて、素直に聴けます)が、何はともあれこのコンビの音楽的充実を感じさせ、後年の録音がありながらも一定の支持を集め続けているのも理解できるように思います。




(参照CD)
ドヴォルジャーク:交響曲第9番「新世界より」、ピアノ協奏曲、スラヴ舞曲(全曲および第1、3、8、10、11番)、スメタナ:モルダウ、ボヘミアの森と草原より
フィルクシュニー(Pf)、セル指揮 クリーヴランド管、ニューヨークフィル(交響曲、スメタナ)
United Archives:UAR013(1947〜56年録音)





2007年3月29日 (木)

チェリビダッケとベルリンフィル

Ounzh77p CD系のこの前のエントリでご紹介したボルヒャルトのライヴ録音、Waltyの在庫一掃ワゴンに入って、3枚999円(1枚だけなら500円)になってます。まだ何枚か確認できましたよ。


さて、本日ご紹介するのはそのボルヒャルトの後です。

ボルヒャルトが1945年8月23日に、米兵の誤射(この頃からすでに、米軍に誤射誤爆は付き物だったのだろう)により亡くなってしまい、ベルリンフィルには空襲以上の大危機が訪れたわけです。29日には演奏会が控えているが指揮者がいない。ユダヤ系の指揮者はドイツに戻ってきておらず、ドイツ人の指揮者は大抵非ナチ化審理のさなかで指揮活動ができず、要するにそれほどの名前がない指揮者を指揮台に据えざるを得ない状態だったわけです。

それでも直ちにオーディションが行われますがそうそう優れた人が出てくるわけもなく、時間だけが過ぎようとしていたその時、現れたのがチェリビダッケだったわけです。オーディション会場には自転車でやってきたんだとか。

この当時まだプロとしての指揮活動はほとんど行っていなかったにもかかわらず、チェリビダッケはオーケストラの支持を得て、演奏会を成功させ、翌46年2月には音楽監督の座に就きます。「暫定政権」というのが正しいのではありますが。

特に46年〜48年頃にかけては、何と年に100回以上、ベルリンフィルの指揮台に立ったと言いますから驚異的です。彼はルーマニア人。ルーマニアというと東欧のイメージですが民族的にはラテン系です。こういう時期に、彼の性質は合っていたのかも知れません。それに時代の偶然が重なって、短いが熱狂的なチェリビダッケ時代が、ベルリンフィルの歴史に刻まれていったわけです。

写真のディスクは、その終戦直後に録音されたものを集めた2枚組で、晩年のインタビューも数分ですが収められています。何と言っても凄いのはブラ4でしょう。演奏時間は約41分。この当時はテンポもやや速めぐらいで、全体にみなぎるエネルギーが極めて印象的です。この曲にともすればつきまといがちな、哀愁、憂愁といった言葉とは無縁。運命に立ち向かう闘争のような音楽ですが、それが見事にはまっているから不思議です。これがなんと1945年11月の録音。音質的にも十分鑑賞に堪えますし、オケが少々の傷には目をつぶってガンガンぶつかっていく様子がしっかり収められています。敗戦直後のベルリン市民の苦しみに対しては、「癒し」より「熱狂」がふさわしい。そういう信念が感じられるような気がします。

その他の曲では、46年11月のレオノーレ3番他はちょっと音質的に苦しいですが、47年録音の「ティル」、それに46年7月録音のプロコフィエフあたりは比較的聴きやすく、オケの熱さも十分に聞き取ることができます。

チェリビダッケは戦時中、フルトヴェングラーの演奏会を何度も聴き、そしてベルリンフィルの特質をしっかりとつかんでいたのだと思います。しかし指揮台に立って時間が経つに連れ、彼のエキセントリックさ、楽員に対する極めて厳しい姿勢が徐々に反発を呼んでいたのだと思われます。47年5月にフルトヴェングラーが復帰して以降、オケとチェリビダッケが少しずつ距離を起き始めます。チェリビダッケはカラヤンとの争いに敗れてベルリンを離れたようなイメージがありますが、それはある程度正しいが全てではないようです。

ともかく、チェリビダッケの指揮は、この時代を理解しておくとよりイメージが明確になるように思います。


(参照ディスク)
ハイドン:交響曲第94番「驚愕」、ブラームス:交響曲第4番、ベートーヴェン:レオノーレ序曲第3番、ドビュッシー:祭(夜想曲より)、遊戯、R.シュトラウス:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯、プロコフィエフ:古典交響曲
チェリビダッケ指揮 ベルリンフィル
TAHRA:TAH376/377 (1945〜48年録音)




2007年3月12日 (月)

レオ・ボルヒャルト

また別途エントリするつもりですが、今新書で、「カラヤンとフルトヴェングラー」という本を読んでいまして、これがなかなか読み物として面白い。それでついつい戦前戦後のベルリンフィルの録音が聴きたくなってしまいます。

6dc5etff そこでこのディスク、例によってWaltyのワゴンセールです。別々の箱の中に計3枚あったのですが、どれも値段が違いまして、1枚が1280円、もう1枚が880円、そして結局買った←これが680円

ここのセール品の値段は、同じ商品でも結構違うことが多いので、時間があれば隅々まで探してみるのが重要です。

さてそれはともかくこのディスク、指揮者の名前に覚えがある人はそんなにいないでしょう。具体的に「この録音」とイメージできる人となるとさらに少ないのではないでしょうか。私も名前しか知らないクチでした。

レオ・ボルヒャルト。1899年モスクワ生まれのドイツ人で、指揮はシェルヘンに師事しています(道理で、というような演奏です)その後1933年頃からベルリンでオペラ指揮者として頭角を現し、その後ベルリンフィルを指揮することもたびたびありましたが、戦時中は反ナチの地下活動を行っていました。


1945年5月、ベルリンが陥落して戦争が終わった際、ベルリンフィルには戦禍を逃れた団員がいましたが、フルトヴェングラーを初め主立った指揮者はほとんど亡命しているか活動を禁止されているか、そこでドイツ人でありながらナチと無関係だったボルヒャルトがロシア軍司令官に許可を得て、終戦からわずか3週間後(!)に演奏会の再開に漕ぎ着けます。

それから常任指揮者としてベルリンフィルと3ヶ月間に22回の演奏会を行いますが、8月23日、イギリス軍の大佐が運転する車に同乗して自宅へ送ってもらう途中に、米兵の誤射を受け、わずか46歳で亡くなってしまいます(その急場にオーディションで指揮者の座をつかんだのがチェリビダッケ、というのは有名な話ですが、それはまた別途)。

このように、ボルヒャルトはベルリンフィルの戦後復興の先頭を切った人で、その業績は短くとも極めて重要なものであったはずなのですが、どういうわけだか見事に歴史上忘れ去られた指揮者と言っていいのではないかと思います。残された録音等も僅かですし、指揮者としてはこれから、と言う年代での悲劇的な死ではあったわけですが、それにしても不当な扱いと言ってもいいかも知れません。


さて、残された録音のうち、このディスクには1934〜35年のチャイコフスキーと、1945年6月のヴェーバー、チャイコフスキー、グラズノフ(この「ステンカ・ラージン」は、かつてフルトヴェングラーの指揮と称されていたもの)が収められています。

「くるみ割り人形」組曲は、当時のテレフンケンの録音クオリティの高さがよくわかるもの。はっきり言って舞踏を目的とした演奏とは言えず、「こんぺいとうの精の踊り」や「お茶:中国の踊り」とかはかなりテンポを遅くしてちょっと曲のイメージを変えるほどですし、「葦笛の踊り」はかなり速いテンポでさらりとしつこくない音楽を作り、「花のワルツ」は単に華麗なワルツとして流れてしまわないメリハリの利いた演奏に仕上げています。これは非常に個性的だが面白い演奏です。

終戦直後の録音はどれもMasurenalleeという所にあったソ連放送局のスタジオで演奏されたもの。それぞれの日の演奏会は全て磁気テープに収録されていたそうですが、状態が悪くて辛うじてここにあるものだけが再現されたということのようです。

確かに、「ロミオとジュリエット」の特に前半は劣悪な音質でちょっと悲しくなってきますが、演奏そのものはかなり濃いめにロシア的、という感じで、ベルリンフィルはこんな演奏もできるんだ、という思いがします。「ステンカ・ラージン」はさらにその傾向が強く、「ヴォルガの舟歌」をモチーフにした音楽を堂々とスケール大きく鳴らしきっています。

一方、「オベロン」序曲は見通しの良い外向的な表現で、クライマックスにも余裕が感じられる演奏です。この曲に限っては録音も比較的良好です。TAHRAの覆刻は他のディスクと基本的に同傾向ですが、ソースが何とも難しい状態だったと思われるだけに、これだけの音が残っているのには感謝すべきでしょう。


聴いているとかなり時代を先取りする指揮ぶりだったことが窺えますが、その後に来たチェリビダッケの印象がこれまた極めて強かったのが、ボルヒャルトがたちまち忘れ去られる原因だったとは言えるでしょう。しかしそれでも、完全に消え去らせてしまうには惜しいと思いますね。



(参照ディスク)
チャイコフスキー:くるみ割り人形組曲、ロミオとジュリエット、ヴェーバー:オベロン序曲、グラズノフ:ステンカ・ラージン
ボルヒャルト指揮 ベルリンフィル
TAHRA:TAH520 (1934〜35、45年録音)



2007年3月10日 (土)

ジネット・ヌヴー讃(その8)

S6ov2kjk 3ヶ月半ぶりにこちらの続きです。


そろそろヌヴーの録音漁りも残りのネタがわずかになってきました。

普段よく書いていますように、私の通常のCD購入単価は、平均1枚500円いくかいかないかという状況であります。フルプライスのディスクは年に数回買う程度。

フルプライスの組物なんか、買うのは何年ぶりでしょうか。


しかし、前から押さえておきたかった、このヌヴーのインタビュー付き3枚組は、タワーで3枚7400円でも買っておかなければいけません。どうやら初発と違ってリブレットに写真が付いていないとか、他で買ったらもうちょっと安いはずとかいう問題はあるようですが、次にいつ見かけるかもわかりませんし。と言いつつ、そのうちもうちょっと安く出ていてへこむかも知れないですが。

何せ同時に買ったカラヤンのモノラル録音10枚組を仮に3セット買ってもお釣りが来ますから(って何を力説しとるんやら)。



さて、中身は3枚ありますが、私が未聴なのはインタビューのほかはオッテルロー指揮のベートーヴェンとデゾルミエール指揮のブラームスだけなんですよね。何だかこれだけのために?という気がどんどんしてきますが。

インタビューで聴ける彼女の声は結構太めで、話しぶりから見ても、インタビューする側として結構緊張を要するのではないかと思いました。2つ目のエディンバラ音楽祭出演時のインタビュー(亡くなる2ヶ月弱前の収録)で、「今回のリサイタルの10月から4ヶ月間、アメリカへのツアーに行きます。その後ヨーロッパに戻り演奏旅行を続けます。来年の夏には南アフリカにも行く予定です」と語っているのが何とも。このアメリカツアーに向かう飛行機が墜落してヌヴーは命を落としたのですから。


演奏ですが、ベートーヴェンは2種類入っています。ロスバウト盤は、以前こちらでご紹介したのと同じ録音。音質はヘンスラー盤の方が素直に聴ける音だと思います。TAHRA盤には独特の癖がありますので、気になる人は気になるのではないでしょうか。

一方、オッテルロー盤は、どうやらアセテート盤からの覆刻ではないかと思わせるスクラッチノイズがありますが、決して聴きにくい音質ではありません。しかし、全般に音が弱く、かなりCD化のための処理を施しているのではないかと思いますが、ヌヴーのヴァイオリンにしては線が細く聞こえてしまいます。ノイズを気にしないで聴ければ、もっと音楽的に迫るもののある録音だったのでは?という気がしているのですが。1楽章のカデンツァは、こちらの方が端正な音色に感じます。

デゾルミエール指揮のブラームス(これで4種類目)は、オケの音が強奏でかなり派手に割れてしまいます。ORTF管のアンサンブルも少々粗いのですが、何と言ってもこの演奏、ヌヴーのソロだけとれば、弦の厚み、響きの重量感が非常に良く伝わってきます。この1週間余り後に、有名なS.イッセルシュテットとのライブがあったわけですが、そちらがオケとの総合力と録音の良さで高い価値を保っているのは間違いないものの、ある意味それとは対照的な録音として印象深いのは確かです。ソロの素晴らしさだけを考えれば、この演奏をトップに据えてもいいほどですが、やはり全体的な音質が厳しいので、一般向けとは言えなさそうです。


というわけで、全体を通してみれば、まあ値段相当ぐらいかな、というディスクではないかと。


(参照ディスク)
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(2種)、ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリンソナタ第3番、ジネット・ヌヴーへのインタビュー(2種)
G.ヌヴー(Vn)、ロスバウト指揮 南西ドイツ放送響、オッテルロー指揮 放送フィル、デゾルミエール指揮 フランス国立放送管、J.ヌヴー(Pf)
TAHRA:TAH2.355−2.357(1948、49年録音)



2007年2月15日 (木)

これを聴くと10代の頃を思い出す

高校生の頃、まだCDは黎明期で、企画モノの廉価盤が3500円で堂々と売られていた時代でした。

7swlbubk 私がCDプレイヤーを手に入れたのはずっと後の87年でして、当時はまだLPを、京橋にあったRECという貸しレコード店で借りて、カセットに落として聴いていました(クラシック系だけは当時京橋にもあったワルツ堂で買っていた)。

当時はいろいろと借りてましたが、フュージョン系の音楽に触れたのもこの時期です。ウェザー・リポートとかも訳も分からず聴いていたりしましたが、ボブ・ジェームスは、Touchdownとか、Sign of the Timesとか、Foxieとか、よく聴いていましたね。

そこに来たのが↑これです。


Sym4kyxw アール・クルーの聴き始めはソロ物ではなく、ボブ・ジェームスと共演した←こちらの名盤、One on Oneでありました。その後もこの二人は何度かコラボのディスクを出していますが、このアルバムのKariという1曲目の魅力にはかなわないなあ、と思ったりします。

Late Night Guitarの中の何曲かは、当時NHK-FMの伝説の名番組、「クロスオーバーイレブン」で聴いていた物と思われます。津嘉山 正種氏の渋すぎる声が合間に入る大人の(今で言うなら癒し系)音楽番組で、かつてはこれが終わり、ニュースが終わればFMは放送終了でした(そのあと「ジェットストリーム」等々へと流れていたわけですが、誰かかつてのNHK-FMの終了ジングルを覚えている人はいませんか?)。そして、LPを借りてきて、カセットに落として、勉強のBGMに何度聴いたかわかりません。


たまたまタワレコのポイントカードが満点になったので、何か良いのは、と思っていたらふとLate Night Guitarが目に付いたので「もらって」きました。もう最初のSmoke Gets In Your Eyesから、これをよく聴いていた10代後半から20代初めぐらいが思い出されて、余りの懐かしさにもう1回聴き直してしまいました(全部で35分なので大したことはない)。

アコースティックギターのかなりソフトな弾き味と、デイヴ・マシューズ編曲によるかなり切りつめた響きの、でもほどよい湿気を保ったオケが、夜空にしみいるような音色を漂わせ、深夜のお供にぴったりです。

独りで聴くイージーリスニングとして聴くもよし、パートナーとまったり聴くもよし。寝る前のひととき、心がふっと和むディスクです。



(参照ディスク)
(上)Late Night Guitar: Earl Klugh
1. Smoke Gets In Your Eyes 2. Nice To Be Around 3. Like A Lover 4. Laura 5. Jamaica Farewell 6. Tenderly 7. Mona Lisa 8. Triste 9. Two For The Road 10. Mirabella 11. Lisbon Antiqua 12. A Time for Love 13. I'll Never Say Goodbye
Blue Note (Capitol): 72434985732 (1979、80年録音)

(下)One on One: Bob James and Earl Klugh
1. Kari 2. The Afterglow 3. Love Lips 4. Mallorca 5. I'll Never See You Smile Again 6. Winding River
Tappan Zee: 945141-2 (1979年録音)


2007年2月 9日 (金)

ピエール・モントゥーのBOX

C8sskuqt 単独のCD紹介は久しぶりですね。

モントゥーに関しては、こちらのエントリで、VPOとの「幻想交響曲」、こちらのエントリではコンサートホールBOXと既にご紹介していますが、今回はそれらと曲のかぶらない、ユニヴァーサル系の名録音を集めたものです。パリ音楽院管とのストラヴィンスキーのみモノラルです。

モントゥーは、サンフランシスコ響を去って、80歳を過ぎてからLSOの指揮者の地位に就き、当時決していい状態ではなかったこのオケを一気に強化しました。この演奏はその最晩年に当たる録音をまとめており、これだけの良い録音をしっかり残していてくれたことに本当に感謝しなければいけません。

演奏はどれも昔から定評のあるものばかりですが、まず第一に挙げるべきはVPOとのブラームス。この交響曲第2番はまさに信じられない名演です。結構インテンポで、第1楽章の提示部を反復しているので演奏時間は長いがやや速め、しかし音楽の彫りはくっきりとして隅々まで美しく鳴り、さらに暖かみと情感を十分に伝えてくれる録音。とかいう説明はともかくとして、この演奏を聴いて心が幸せにならないなら、ブラームスには縁がないのだとでも思っていただきたい。それほどに素晴らしいです。

モントゥーは戦前、コンセルトヘボウでメンゲルベルクのサブとして6シーズン振っていたそうなのですが(戦後もたびたび共演している)、彼の演奏と、メンゲルベルクの超ロマン的指揮とは極めて対照的なもので、オケも指揮が変わったときにはまるで違った表情を見せていたのではないかと思います。モントゥーの指揮が、歴史的録音と構えなくても、現在でも普通に聴けるというのは間違いないですね。

次に意外に良いのがシベリウス。これも、いわゆる北欧系の演奏ではないけれど、LSOの当時決してもの凄く上手いわけではなかったアンサンブルを見事にまとめ上げて、音楽的に大変スムーズで、指揮者の年齢を感じさせない輝きを持っています。

「眠りの森の美女」のいかにも踊れそうな(踊れなさそうなバレエ音楽の録音って結構ある)、しかし音楽的に全く無理のない演奏、ラヴェルはあまり「おフランス」という雰囲気ではないけれど独特の音運びに不思議に引き込まれますし、端正なバッハやハイドンには、これらが普通のオケの普通のレパートリーだったことを意識させる手慣れた手腕が窺えます。

ちょっと難ありなのはストラヴィンスキー3曲。パリ音楽院管のアンサンブルがちょっと粗すぎて今のスタンダードからしてちょっときつすぎるのです。録音もさすがに古さを感じさせます。それから、「エニグマ」も、最後の方の音がちょっとつぶれてしまっているのが残念ですね。

とにかく、私も昔からこの指揮者の名前はよく知っていましたし、いままであまりまとめて聴いていなかったのが自分でも不思議なほどなのですが、それにしてもこのディスクの演奏、時期的な差は幾分あるものの、どれもこの指揮者の「新しさ」を味わえる演奏です。できるだけ多くの方に聴いていただきたいBOXセットです。


さてこのセット、タワレコ梅田のセールで、1枚単価約800円になっていました。会社自体はどうあれ、最近のタワーは価格面では結構頑張っているように思います(○○%offセールになると何故か定価が値上がりする某H○Vとはえらい違いだ)。かゆいところにあと一歩手が届かない品揃えは相変わらずですが。



(参照ディスク)
Pierre Monteux Decca & Philips Recordings 1956-1964

J.S.バッハ:組曲第2番、グルック:精霊の踊り、モーツァルト:フルート協奏曲、ハイドン:交響曲第101番「時計」、ブラームス:悲劇的序曲、大学祝典序曲、交響曲第2番、ハイドンの主題による変奏曲、ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、「夜想曲」より、管弦楽のための映像、「聖セバスティアンの殉教」交響的断章、ストラヴィンスキー:「火の鳥」組曲、ペトルーシュカ、春の祭典、ラヴェル:ラ・ヴァルス、マ・メール・ロワ、ボレロ、チャイコフスキー:「眠りの森の美女」ハイライト、シベリウス:交響曲第2番、エルガー:エニグマ変奏曲
モントゥー指揮 ロンドン響、ウィーンフィル、パリ音楽院管
DECCA:4757798 (1956〜64年録音)



2007年1月13日 (土)

今年の「生誕○○年」

昨年のモーツァルトイヤー、ショスタコーヴィチ生誕100年その他に比べて、今年はちょっと周年記念という点では地味ですね。

主なところだと、エルガーの生誕150年、グリーグの没後100年、シベリウス、コルンゴルトの没後50年ぐらいですね。勿論無名な人ではないが、ちょっと微妙。


というわけで、今日はエルガーを得意とするA.デイヴィスの「エニグマ」その他を挙げておきましょう。

この指揮者、BBC響の指揮者を努め、プロムスにも頻繁に登場していた、現代のイギリス音楽スペシャリストですね。このディスクは、取りあえず威風堂々と協奏曲以外のエルガーをコンパクトにまとめて、しかも演奏、録音とも大変に豊かで、美しく艶のある素晴らしい録音です。数年前には国内盤再発もされていたと思うのですが、今は単品で手に入るのでしょうかね。でも多くの人に聞いて欲しい音です。


(参照ディスク)
エルガー:コケイン序曲、序奏とアレグロ、弦楽セレナード、エニグマ変奏曲
A.デイヴィス指揮 BBC響
TELDEC: 9031−73279−2 (1991年録音)

Dtwlgrrr

2006年11月25日 (土)

[QUEEN]フレディ没後15年の命日

もう昨日になってしまいましたが、まだヨーロッパは24日だからいいでしょう。


F・マーキュリー没後15年(ライブドア・ニュース)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
英国のロックバンド「クイーン」のリード・ボーカリスト、フレディ・マーキュリーの命日にあたる24日、東京都新宿区の新宿コマ劇場前にあるシネシティ広場に、15年前にエイズで死亡したロックスターの写真と献花台が設置された。花束を手にしたファンや通り行く人たちが、スピーカーから流れるマーキュリーの歌声にしばし耳を傾ける姿が見受けられた。

 新宿に新たな文化を植え付け、若者を呼び戻そうとする「新宿ルネッサンス」の一環として、2005年5月から3カ月間、同劇場で「クイーン」を題材としたミュージカルが興行され16万人を動員した。今年はマーキュリーの生誕60 周年にあたり、誕生日の9月5日には、ロンドンで残ったグループのメンバーも参加して祝われたが、そのイベントに参加できなかった日本人ファンを中心として、何かマーキュリーのためにできないかという声に応えようとこの催しが企画された。(以下略)

(引用終わり)


生きていたら還暦ですか。まだバリバリの人もあちこちにいますから、返す返すも残念ですね。

そういや最近歌ってないな、と思いつつ、せめて今日は1枚、私の好きな後期の傑作アルバム、"The Miracle"を聴いておきました。

これはフレディがエイズに罹患していると知らされてから作られた作品(他のメンバーは公式には「知らなかった」とされている)。しかし音楽的にはパワーにあふれ、冒頭からハードに飛ばします。何よりも全曲が前向きな音楽に満ちていること。個人的にはこの中にしては何でもないような、'Breakthru'が好きなんです。歌詞は仮定法の意味をしっかり考えたいな、というもの。QUEENの歌詞は英語としてしっかりしているので、勉強にもなりますね。


(参照CD)
QUEEN:THE MIRACLE (1989)
1. Party 2. Khashoggi's Ship 3. Miracle 4. I Want It All 5. Invisible Man 6. Breakthru 7. Rain Must Fall 8. Scandal 9. My Baby Does Me 10. Was It All Worth It 11. Hang on in There 12. Chinese Torture 13. Invisible Man [12" Version]



Ty2ldkeu

2006年11月19日 (日)

ジネット・ヌヴー讃(その7というかその6の追記)

Cxppe5nz 前回の「その6」で採り上げたブラームスのスタジオ録音ですが、DUTTON盤の中古が735円で出ていたので、一応手に入れておきました。余白の小品に未聴の曲があったため、ということもあります。しかし1000円以上では手を出さなかったと思われ、この中古は状態も良かったのでラッキーです。OPUS蔵盤のおかげでもあるのでしょうか。


さて、演奏が素晴らしいのは当然として、音です。


まあ良く作ってあります。協奏曲の冒頭から同じ録音とは思えないほど、オケの音を底上げブーストして、夾雑物を取り去ってならしたような音。いやこれだけしか聴いていなければ、騙されたつもりになってもいいぐらい、うまく加工してあります(けなす意味ではなくて)。

しかし聴いているうちにふと思うわけです。

本来あるべきはずの、音のざらざら感、雑味、そうしたものがまるで出てこないわけです。

人工的に聞こえるとは、まさにこういうことかと。いろいろな所で評されている内容が、聴くと良く理解できます。

そこでOPUS蔵盤に移ると、そこらへんの細かい不純物が味わいとなって聞こえてきます。その代わり痩せて聞こえる部分はその通りなので、確かに乗り切れないような気がするのは事実ですが。

ある程度は趣味の問題なのかも知れませんが、やっぱり繰り返し聴くなら蔵かな、と思います。


なお、その他の収録曲についてですが、「ツィガーヌ」もEMI盤の方が良いような気がします。未聴の3曲については当然比較対象がないんですけどね。ショパンの編曲は第2回で採り上げた戦前の録音にもあったものですが、よりしっとりと聴かせる佳演と言えます。最後の2曲も未聴だったのですが、ヌヴーの表現の幅広さが伝わる演奏。ただ、この2曲は録音に若干難ありです。



(参照ディスク)
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、スーク:4つの小品、ショパン(ロディノフ編):夜想曲第20番(遺作)、ラヴェル:ツィガーヌ、ファリャ(クライスラー編):スペイン舞曲(「はかなき人生」より)、ディニク(ハイフェッツ編):ホラ・スタッカート
ヌヴー(Vn)、ドブロヴェン指揮 フィルハーモニア管、J.ヌヴー(Pf)
DUTTON:CDBP9710 (1946年録音)



2006年11月 4日 (土)

ジネット・ヌヴー讃(その6)

[ヌヴーに関する過去のエントリ]
(その1) (その2) (その3) (その4) (その5)


このコーナーへのエントリは3ヶ月半ぶりになります。CDネタ自体は時々書いているんですが、単独でエントリを立てる機会がなかっただけで、他意はありませんのであしからず。

さて、かのOPUS蔵から、ヌヴーの覆刻盤が出ていました。しかもブラームスとシベリウス+小品2曲、ブラームスはこれまで持っていなかった1946年のスタジオ録音盤、シベリウスもDUTTONのと比べてどうか、という興味があります。それにしても1枚2千円以上のディスク、最近滅多に買わなくなりました。
Fkgumqca ブラームスは、4種類ある彼女の録音のうち最初に収録されたもの(これで私はデゾルミエール指揮のディスクのみ未聴)で、特にオケの音が貧弱というのが難点と言われているものです。

実際に聴いてみると、OPUS蔵でもオケが相当オフで収められているのは如何ともし難く、アンサンブルの粗さもかなり目立ちます(確かにその部分では(その3)のイッセルシュテット盤のオケの充実度が際立っていますし、総合点でそちらが上に来ることにはなるでしょう)。しかしソロの熱っぽい音の流れはかなり上手くとらえられており、一連のライブ録音の約2年前の演奏ながら、かなり高い次元で完成されたものであることは十分に聞き取ることができます。特に第2楽章のゆったりした起伏とそこそこしっかり聞こえるオケのゆるやかな音とのバランスは、こう聴かせるためにこういう録音にしているのではないかとさえ思うほどです。


一方のシベリウスは、(その1)でDUTTONの覆刻盤を採り上げていますが、このOPUS蔵盤はオケの音の分離が良く、嫋々とした冒頭から静かに燃える情熱をたたえる音楽がしっかりと聞こえてきます。演奏自体はやはり充実度の高い素晴らしいものです。この演奏はブラームスより1年前のスタジオ録音ですが、やはり音質的にはブラームスよりすぐれています。


さて、余白に収められた小品2曲のうち、ラヴェルは(その1)に記したスタジオ録音と同一音源ですが、この覆刻はなるほど良くできています。かつてのLPで、ノイズの中からかなりしっかり聞こえてきたヴァイオリンの艶やかな音、それがノイズを上手く落とした状態で収められています。もうひとつのスカラテスクは、録音があることは知っていましたが今回まで未聴でした。軽快な小品ですが、それでも音楽としては軽く扱われることなく、隅々まで神経の行き届いた佳演だと思います。


ヌヴーによる協奏曲のスタジオ録音の覆刻としては、これ以上を望み得ないディスクだとは思います。彼女の演奏に興味をお持ちの方、是非お聴きになって下さい。



(参照ディスク)
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲、ラヴェル:ハバネラ形式の小品、スカラテスク:バガテル
ヌヴー(Vn)、ドブロウェン、ジュスキント指揮 フィルハーモニア管、J.ヌヴー(Pf)
OPUS蔵:OPK2064 (1945、46年録音)


(追記)そういえば、表紙のヌヴーのつづり、間違ってますね。


2006年7月17日 (月)

混声合唱のためのうた

Fkbf7snv 大学に入って、すぐに混声合唱団に入りました。もう20年前のことです。

男子校で3年間過ごした反動、というのは否定しませんが、歌をやってみたかったのも確かです。

1回生の最初の定期演奏会は、武満の「うた」から5曲、三善晃編の「黒人霊歌集」、モーツァルトのハ短調ミサ、という、某芸人が聞いたら「殺す気かあ〜っ」と叫びそうなプログラムでした。

ほとんど夢中で歌っていました。まだ武満の何者かもまるで知らなかった頃の、若気の至りであります。

当時、曲集としての録音は、この東混のLPしかありませんでした。

今は、晋友会やシュッツの録音もありますが、作曲者との直接のつながりというだけではなく、声の落ち着いた表情、和声を自然に感じさせる正確かつ線的にタイトな演奏、というのが私の好みにはまっており、今もってこの曲集の録音として代わるものはないと思っています。

あ、急にこのディスクが出てきたのは、「そう言えばこの録音、岩城宏之指揮だったよな」、と思い出したからなんですけどね。

(以前のエントリはこちら)



ところで、当時私達が歌ったのは、「小さな空」、「島へ」、「○と△の歌」、「死んだ男の残したものは」、「さくら」の5曲でした。今でもこれらの曲は素直にいいと思いますが、今の年代になると、「うたうだけ」とか「小さな部屋で」とかの少々じじむさい雰囲気の曲に魅力を感じてしまいます。

「うたうだけ」を15人ぐらいの合唱団で、CDよりもだいぶ速いテンポで、スウィングジャズ的に歌ってみたい、というのが、できればいいなの希望であったりします。



(参照ディスク)
武満徹:混声合唱のための「うた」
(小さな空、うたうだけ、小さな部屋で、恋のかくれんぼ、見えないこども、翼(WINGS)、島へ、○と△の歌、さようなら、死んだ男の残したものは、さくら)
岩城宏之指揮 東京混声合唱団
JVC VDC−1074 (1984年録音)

2006年7月 3日 (月)

ジネット・ヌヴー讃(その5)

Rbzxkky6こちら(その3)のつづきというネタです)

その3で採り上げたヌヴーによるブラームスの協奏曲録音についてですが、最も有名なS.イッセルシュテットとの共演による1948年5月録音の他に、その10日ほど前に収録されたデゾルミエール指揮のフランス国立放送管とのライヴ、それから1946年のスタジオ録音、それに今回ご紹介する1949年のライヴと4種類が知られています。

こちらは1949年6月にドラティ指揮、ハーグ・レジデンティ管と共演した際の録音で、アセテート盤からの覆刻です。通常、この種の録音は音質劣悪というのが通り相場でありまして、このディスクも、演奏が始まった当初は、最後まで聴くのは相当つらそうだな、と思わせるほど貧弱な音で、オケの音の何が何なのかさっぱりわからない状態です。しかし、第1楽章の展開部辺りからフッと改善され、そのまま最後まで、この年代のライヴ録音なりの音質ぐらいにはなります。それでもオケは最後まで分離しない音で、演奏の粗さだけはよくわかる、といった感じなのですが、全般にソロはそこそこ良く録れているので、ヌヴーの演奏を堪能するのにさほど問題はありません。

そしてそのヌヴーのソロですが、これだけ採れば名高いイッセルシュテット盤のそれよりもさらに優れた演奏ではないかと思います。音楽的な深み、呼吸に感じられる余裕、速い部分でも低声部から高声部までがっしりした厚みを持った淀みない音色の素晴らしさ。特に第1楽章のカデンツァとその前後は間といい音の美しさといい絶品です。第1楽章が終わったところでかなり盛大に拍手が起こるのもわかる気がします。

ヌヴーのソロを味わう、という目的でも、このディスクを中古で探す値打ちは十分あります。日本盤で出ていたというのが結構驚きだったのですが、これは10年以上前の初発で、中古に運良く巡り会わないと入手困難でしょう(追加でミュンシュ指揮による「詩曲」の1949年ライヴが収められています。こちらはアメリカでの録音で、以前ご紹介したベートーヴェンのM&A盤にも収められていたもの。当盤の方が音は良いようです。演奏はスタジオ録音よりも良いですよ)。Music & Artsからの2枚組にも収められていて、こちらは今でも手に入りそうです。


(参照ディスク)
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、ショーソン:詩曲
ヌヴー(Vn)、ドラティ指揮 ハーグ・レジデンティ管(ブラームス)、ミュンシュ指揮 ニューヨークフィル(ショーソン)
KING KICC2182 (1949年録音)

2006年6月25日 (日)

ジネット・ヌヴー讃(その4と言っていいものやら)

L3at3n_n (一応、前回の続きです)

ジネット・ヌヴーの映像見たさに、結局買ってしまいました。演奏部分は約2分、DVDは3900円。


あ、でもむちゃくちゃ面白いです。このDVD。


冒頭のインタヴューで、パールマン、ギトリス、それにイダ・ヘンデルが話している(この3人とヒラリー・ハーンが主にコメントしていき進行する)のですが、語っていることは似通っています。特にここに出てくるようなヴァイオリニストには、Individuality of personがものすごくはっきりと音に出ている、聴く人に、音だけで誰の演奏かがわかるほどの強烈なものを感じさせる、それが、一人一人のヴァイオリニストがまさにThe Artであったということなのだ、ということです。それが、はじめに流れるメンデルスゾーンの協奏曲の第1楽章(何人かの演奏が細切れでつながって流れる)で、何となくわかります。

ヌヴーより前に出てくる演奏家の演奏も、素晴らしいものばかりです。まず印象深いのはシゲティ。パールマンが、"Focused"と表現するのが、わずか2,3分の演奏でもよくわかります。この時代では最も現代の演奏スタイルに近いものでしょう。

その後も、エルマン、ハイフェッツ(パールマンも映像を見るとポカ口になるらしい)、ミルシテインらの巨匠が続きます。さらには、15歳のマイケル・レービンなんてのも出てきます(ハシドは写真と音だけ。動く映像は現存しないようですね)。一部はサイレントの画像に当人の別の演奏を合わせてありますが、あまり気になりません(イザイなんかは動く姿が残っているだけでもすごいと思う)。

ヌヴーはクライスラーの次に出てきます。1946年にプラハで撮られたショーソンの「詩曲」の最後の方、本当にごくわずかの時間ですが、指揮をしていたミュンシュをキッと見据えながら演奏する姿は闘う女という風情、穏やかな終結部でありながら恐ろしいほどの緊張感があります。これを見るとさらに、不幸な最期が実に残念です。

その後もティボー、スターン、シェリングら名匠の演奏が目白押しです。演奏スタイルの比較なども楽しめます。知ってるけど見たことない、とおっしゃる方、ヌヴー関係なしでも、これは見ておくべきでしょう。決して損はさせません(!?)。


(参考DVD)
THE ART OF VIOLIN
ハイフェッツ、クライスラー、ティボー、メニューイン、オイストラフ、スターン、シゲティ、エルマン、ミルシテイン、フランチェスカッティ、ヌヴー、シェリング他(Vn)
WARNER WPBS95016

2006年6月13日 (火)

[訃報]ジェルジー・リゲティさん83歳

世界のクラシック音楽界への衝撃ということでは、こちらの方が相当大きいでしょうね。でも1923年生まれの人ですから、十分長く活躍されたということは言えそうです。

6sdzdfya 私も、この作曲家のことをそんなに良く知っているわけではありませんが、例えば16声部の合唱のための「Lux aeterna」はこの種の曲を好む合唱好きにはお馴染みの作品ですし、「ラミフィケイションズ」という作品は「2001年宇宙の旅」の中で用いられた曲だそうですね。
ドイツ系の20世紀ものといえば、やはりWERGO。このディスクはリゲティの作品集・基本編・古典的演奏版といったところでしょう(それにしては演奏者も結構凄い)。SONY CLASSICALから10年近く前にリゲティのシリーズものが出ていましたが、あれはジャンル別にまとめられていましたので、Further listeningという位置づけとみれば良いでしょう。

Miixxtqp あとは、原曲のままでは恐らく日本では上演不可能ではないかといわれている迷作オペラ「ル・グラン・マカーブル(大いなる死者)」。冒頭のクラクションから、音楽的には興味が尽きないのですが、架空の時代の架空の国で、世界の終わりを告げる死神をめぐる荒唐無稽な物語で、かなりグロテスクな狂気を前面に表し、露骨な描写がいろいろ出てくる作品のようです。一度上演を見てみたい作品の一つ。情報を見る限り、やはり日本での上演可能性は限りなくゼロに近いですね。これは。
(このディスク以外に、発売時評判となったサロネン指揮の改訂版がありますが、こちらは未聴です)



(参照ディスク)
(上)リゲティ:室内協奏曲、ラミフィケイションズ(弦楽オケ版、12人の弦楽アンサンブル版)、ルクス・エテルナ、アトモスフェール
チェルハ指揮ウィーン"die reihe"アンサンブル、ブール指揮 南西ドイツ放送響、ヤニグロ指揮 ザールラント放送室内管、ゴットヴァルト指揮 スコラ・カントルム・シュトゥットガルト
WERGO WER60162−50 (1966、70年録音)

(下)リゲティ:ル・グラン・マカーブル
ヴェラー(Br)、ウォルムズレー・クラーク(S)、フレドリクス(MS)、ハーゲ(T) 他
ハワース指揮 オーストリア放送響、同合唱団、アーノルト・シェーンベルク合唱団他
WERGO WER6170−2 (1987年録音)





あ〜あ、終わっちゃったよう。
やっぱりトーゴに戦略を求めるのは無理だったのね。
まあどうせスイスとフランスがヨーロッパの威信に懸けて頑張ることでしょう。

[訃報]岩城宏之さん73歳

この前の大晦日ベートーヴェン連続演奏会についてエントリしていましたが、そのときの極めて痛々しい様子から、「これは今年が最後かも」と正直思ってはいたのですが...

何だかんだ言っても、日本のクラシック音楽会に果たされた功績は計り知れないものがあります。

慎んでご冥福をお祈り申し上げます。


で、岩城さんの指揮したCDがなかったっけ、と思ってみてみると、

Nftj0e9i 意外なところにあったりしまして。
岩城さんは、1973年からメルボルン響の首席指揮者を努めていまして、オーストラリアとも縁が深い方だったようです(この録音は、氏が首席指揮者を退任してからのもの)。このディスクは、シドニー響のヴァイオリニスト、オウルディングのソロで録音された3曲。オーストラリアの放送局レーベルです。
演奏は非常に素直、マルタン、ミヨーと、作曲家独特の雰囲気というのはあまり伝わってきませんが、基本的な所をきっちりと押さえて、オケも良く鳴っている録音です。曲を知るには好録音という感じでしょうか。

Ssd38vvs で、残念ながら1枚だけだったかな、と思っていたら、もう1枚忘れていました。
一時幻の名盤ともいわれていたらしい1961年の名録音、この時まだ指揮者は20代。あの、誰もやっていないうちに作ったもん勝ちというべき外山雄三の「ラプソディ」や、今でも新鮮な武満徹の「弦楽のためのレクイエム」など、よくこの時期にこれだけ条件の良い録音が残されていたものだということに感謝しきりです。N響も、当時としては渾身の演奏で応えています。
多分また売り出されるでしょう。未聴の方は是非。
それにしても、交響組曲「野人」って、...時代だ...



(参照ディスク)
(上)マルタン:ヴァイオリン協奏曲、ミヨー:ヴァイオリン協奏曲第2番、バーバー:ヴァイオリン協奏曲
オウルディング(Vn)、岩城宏之指揮 メルボルン響
ABC CLASSICS:8.770004 (1990、91年録音)

(下)外山雄三:ラプソディ、子守歌、小山清茂:管弦楽のための木挽歌、渡辺浦人:交響組曲「野人」、尾高尚忠:フルート協奏曲、武満徹:弦楽のためのレクイエム
吉田雅夫(Fl)、岩城宏之指揮 NHK響
KING:KICC251 (1961年録音)

2006年6月10日 (土)

ジネット・ヌヴー讃(その3)

前回前々回の続きです)

Otwa5soe ジネット・ヌヴーの録音で最も有名なものの一つに、ブラームスの協奏曲があります。この曲については、ドブロヴェン指揮フィルハーモニアのスタジオ録音をはじめ4種類の録音があるようですが、その中でも第一に挙げられるのは何と言ってもシュミット・イッセルシュテット指揮北ドイツ放送響による1948年5月3日のライブでしょう。
この演奏に関しては、多くのことが語り尽くされているように思いますが、まずオケが素晴らしい。戦後まもなく設立された団体ですが、ライブでは致し方ない傷が若干あるものの、非常に緊迫感の強い、熱のこもった演奏を最後まで聴かせてくれます。とりわけ冒頭の低弦とホルンの旋律からヴァイオリンの高音まで上り詰めていく高揚感、そしてヴァイオリンの入りに至る鋭くもスケールの大きい表現は、録音の古さを軽く飛び越えて、未だにこれ以上の演奏は聴いたことがないと思っています。
ヌヴーの演奏もその初めから尋常ならざる熱さで飛び込み(ボーっと聴いてたら弓矢で撃たれそうな感じ)、オーケストラをぐいぐい引っ張ろうとする大胆さと、第2楽章などに聴かれる深い息づかい、そして第3楽章の、オーケストラとともに一気に音楽を燃焼しつくすかのようなテンションの高さ、彼女の作り出す音楽の最良の面が出た超名演と言えるでしょう。放送用のソースが基になったディスクですが、よくぞこれだけの演奏が残ってくれていたものです。

当初私はこの演奏をフィリップスの国内盤(30CD−3026)で聴いていて、それでも十分感動していたのですが、別覆刻と比べると、ちょっと全部の音が前面に出てしまっていてオケの強奏が若干潰れ気味になります。まあ時代が時代だから仕方がないのかな、と思っていましたが、こちらに紹介したTAHRA盤を聴くと音の遠近感も結構感じられ、ドイツの放送局の録音精度の高さを実感します(テープ録音の実用化はBASFが最初ですからね)。なお、これとはさらに次元が違う音、と言われているSTIL盤については、値段もあって未聴であります。
TAHRA盤にはもう一つ、亡くなる1ヶ月余り前のライブであるブラームスのソナタ第3番の名演が収められています。これも放送用録音でクオリティ的にも悪くない状態で、ヌヴーの息の音がかなり強く入っている(実際に彼女のブレスは速く強かったらしい)のが気になる人には気になるかな、という程度。音色の美しさと充実感はもちろん、陰翳の表現にも優れていて特に3、4楽章の美しさは絶品です。

Bygq5mlj もう一つの有名な協奏曲録音として挙げられるのはベートーヴェン。これも2種類録音が知られていますが、一般によく覆刻されているのは1949年9月25日のライブ録音(彼女の現存する最後の録音です)。これもバーデンバーデンの南西ドイツ放送による収録で、当時としては結構いい音で収められています。
ロスバウトというと、同時代音楽を積極的に演奏した新即物主義者、という取っつきにくいイメージがつい出てしまうんですが、このベートーヴェンを聴いている限り、大変きれいで端正につけているという印象を受けます。ヌヴーもオケの基調がしっかりしているのに安心してか、大変良く歌う演奏を繰り広げています。個人的にはベートーヴェンの協奏曲は多くの場合退屈な思いをしながら聴くのですが、この演奏は巨匠クラスの堂々とした雰囲気を漂わせつつ、音の美しさと深さに聞き惚れるという演奏。これも本当に良く残していてくれた、という録音です。

I2nhz0m4 手持ちのディスクは2種類あって、M&A盤は先に入手したものです(プレスはDENONだそう)が、どうもエアチェック録音らしく、強奏部分はリミッターがかかったようになって音の全容がよく聞こえてきません。その点ヘンスラー盤(カバー写真がロスバウトなので、最初はよくわからなかったんです)は、放送局のアーカイヴを利用しているため、音質はしっかりしています。
その他の収録曲は、M&A盤がミュンシュ指揮による1949年1月録音の「詩曲」と「ツィガーヌ」のNYライブ(これもエアチェック音源と思われます)。ショーソンはスタジオ録音もありますが、こちらも集中力が素晴らしく研ぎ澄まされていて、情感にも欠けることのない美しい演奏。これもオケの音に限界があるのが残念。ツィガーヌはスタジオ録音(ピアノ伴奏)の方がより自在な表現で良いと思います。ヘンスラー盤のベートーヴェンの交響曲第8番は、ロスバウトのイメージをより一層変える快演。Waltyで1280円ならこれ目的で買っても良いぐらいです。



このベートーヴェンの演奏の後、10月20日にパリでリサイタルを開き、その翌週の10月28日、、アメリカ演奏旅行に旅立つ飛行機に乗り込んだ約1時間後、アゾレス諸島近海に飛行機が墜落、ヌヴー姉弟を含む乗員乗客全員が死亡します。弟ジャンの遺体は発見されず、ストラディヴァリを抱えたまま亡くなっていたと言われるジネットの遺体は、パリで埋葬されました。

死の前年に、カラヤンがベートーヴェンの協奏曲で共演した際、カラヤンは直ちにHMVに連絡を取り、彼女と録音セッションを持ちたいと求めたそうです。とりあえずのプランとして、チャイコフスキー、ウォルトン、エルガーなどの協奏曲が録音の候補に挙がっていたそうです。ヌヴーと若きカラヤンの共演がディスクに残されていたらと思うと、なおさら残念でなりません。

(忘れた頃にもう1回だけ続けるかも知れません)



(参照ディスク)
(上)ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリンソナタ第3番
ジネット・ヌヴー(Vn)、シュミット・イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送響、ジャン・ヌヴー(Pf)
TAHRA TAH465 (1948、49年録音)

(中)ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、ショーソン:詩曲、ラヴェル:ツィガーヌ
ヌヴー(Vn)、ロスバウト指揮 南西ドイツ放送響、ミュンシュ指揮 管弦楽団
MUSIC & ARTS CD−550 (1949年録音)

(下)ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲、交響曲第8番
ヌヴー(Vn)、ロスバウト指揮 南西ドイツ放送響
hanssler CD93.033 (1949、61年録音)

2006年6月 1日 (木)

ジネット・ヌヴー讃(その2)

ジネット・ヌヴーは1919年、パリの生まれ、音楽家の家系であり、小さい頃から母親に音楽の手ほどきを受け、ヴァイオリンは5歳の頃から本格的に弾くようになったそうです。で、たちまちのうちに才能を発揮し、7歳の時には、コンセール・コロンヌでブルッフの協奏曲を弾いてデビュー。その後パリ音楽院に進み、名ヴァイオリニスト、エネスコに師事、さらに20世紀前半の最高の指導者、カール・フレッシュの指導を受けています。

良く知られたエピソードがいくつかあります。エネスコに学んでいたとき、「これをもうちょっと違う風に弾いてご覧」と言われたヌヴーが、師に対して、「いいえ、私は自分が思ったようにしか弾けません」ときっぱり答えた、などというのもその一つ。フレッシュは自らの生徒として受け入れたときに、既に若くして完成された音楽性を有するヌヴーに対して、「もはやほんの少しの技術的な助言をする程度しかなすべきことはなかった」と語るほどだったと言います。
Bojpbqcw 15歳の時、彼女はその年新設されたヴィエニャフスキ国際コンクールに出場するためワルシャワにいました。このときの大本命は、既に活躍をはじめていた巨匠ダヴィト・オイストラフ。しかし下馬評を覆し、ヌヴーは圧倒的な支持を得て優勝してしまいます。これにより世界的な名声を勝ち得た彼女は、ヨーロッパだけでなく、アメリカ、カナダへも演奏ツアーを開始するようになります。

今回のCDは、そうして本格的な活動を開始したばかり、まだ19歳のヌヴーがエレクトローラ社とのセッションで録音した小品集。どれも若さだけではなく、充実した音色と曲を良く計算した音運びで、その非凡さをイヤでも感じさせてくれます。最初に収められたクライスラー、それにショパンの夜想曲は、どちらもきっちりと音を鳴らし切り、深く情感が込められた佳演といえるでしょう。

このあと、第二次大戦に入り、彼女の国際的な活動はいったん停止を余儀なくされます。また、この時期の録音が残されていないというのも極めて残念なことです。大戦中、プーランクがヌヴーのために書いた素晴らしいヴァイオリンソナタがあり、彼女は初演もしているのですが、その録音がないようです。いかにもヌヴーの演奏ならものすごいものになりそうな、冒頭から火花が飛び散るような音楽。悲劇的な死を遂げたガルシア・ロルカの追憶に捧げられたこの作品、どこかで録音が発掘されないものでしょうか。


なお、このディスクの後半は、悲運のヴァイオリニスト、ジョセフ・ハシドの全ての録音を収めたものです。彼は脳の障害で記憶が損なわれる病気にかかり、戦後、今では信じられないが障害にかかる脳の部位を手術で取り去ってしまうという、いわゆるロボトミー手術を受け、それから程なく亡くなってしまったため、正規の録音はこのディスクに収められたわずか30分余りというものです。改めて聴くと、タイスの瞑想曲やユーモレスク、サパテアードなど、有名曲にもどことなく影のある演奏。確かな腕を感じる演奏なだけに、よりその悲劇性が際だつのかも知れません。


(もう1回つづきます)


(参考ディスク)
クライスラー:グラーヴェ、スーク:4つの小品より第2曲、第3曲、ショパン(ロディオノフ編):夜想曲第20番、グルック:メロディ、パラディーズ(ダシュキン編):シシリエンヌ、タルティーニ(クライスラー編):コレルリの主題による変奏曲
ヌヴー(Vn)、サイドラー・ウィンクラー、ベック(Pf)
(「ジョセフ・ハシド全録音」)と併録
TESTAMENT SBT1010 (1938〜40年録音)

2006年5月25日 (木)

ジネット・ヌヴー讃(その1)

9oncgdpd まだ高校生だった頃です。

当時の私のクラシック系音源で最大の地位を占めていたのはやはりFMエアチェック、FMfanなんて雑誌も2週に1度購入していました。

そんなとき、たまたまこのヴァイオリニストに出会ったのです。

ラヴェルの「ツィガーヌ」という曲を、それまでは聴いたことがなく、これは一度エアチェックしておこうと録音したのを聴いて、最初の一音で金縛りにあったようになりました。
Otup9uus 古い録音ながら、なんと充実した、そして情熱的な音色、かなり骨太で、しかも美しく、音符をしっかり鳴らしきってさらに次への推進力を感じさせます。それに曲全体を見通したスケールの大きさ、自在なテンポ、どこを取っても素晴らしい。当時まだ私はSP覆刻ものに慣れていた訳ではなかったのですが、この録音は、当時GRシリーズのLPで買い求めました。

何度か再発されているようですが、現在の手持ちは90年代初めに出された覆刻盤です。LP時代からのカップリングだったショーソンの「ポエム」、そして端正な演奏で名演として名高いドビュッシーのソナタ、それに戦争直前の録音であるR.シュトラウスのソナタが収録された録音は、ちょっとノイズを落としすぎて音楽のすごみが緩和されてしまっているのではないかとも思いますが、やはり今聴いても見事な演奏に変わりはありません。


もう1枚は、これもGRシリーズに入っていたシベリウスの協奏曲、オケの音はさすがに貧しいですが、ヴァイオリンの音色は確かで、両端楽章の鮮やかな技巧、第2楽章の中音域の充実感、実に豊かな音楽。他の演奏をどれだけ聴いても、この演奏の魅力は全く色あせることがありません。
このディスクでもう一つ良いのは、バルビローリとNYPによる交響曲(1940年録音としては最高級のクオリティだと思う)で、この時代のNYPの充実度の高さが良く伝わるのですが、これはこの本題からは外れるので、それぐらいにしておいて、と。

ジネット・ヌヴー、彼女がもう少し長生きしていたら、ヴァイオリンの世界は大きく変わっていたかも知れません。それほどの名手だったわけですが、続きはまた次回に。


(参考ディスク)
(上)ショーソン:詩曲、ドビュッシー:ヴァイオリンソナタ、ラヴェル:ツィガーヌ、ハバネラ形式の小品、R.シュトラウス:ヴァイオリンソナタ
ヌヴー(Vn)、ドブロウェン指揮 フィルハーモニア管、J.ヌヴー、ベック(Pf)
EMI CDH7634932 (1939〜48年録音)

(下)シベリウス:ヴァイオリン協奏曲、交響曲第2番
ヌヴー(Vn)、ジュスキント指揮 フィルハーモニア管、バルビローリ指揮 ニューヨークフィル
DUTTON CDEA5016 (1946,40年録音)
※こちらは現在は違うパッケージで発売されているようです。

2006年5月18日 (木)

シルベストレ・レブエルタスのこと(その4)

Frm8anem (こちらは、作曲者最晩年の写真です。この体型と言い、ちょっと見づらいですが表情と言い、ただならぬ状態であったことが窺えます)

1937年、メキシコに戻ってきて以降のレブエルタスの晩年は、彼の傑作の森であると同時に、貧困とアルコール中毒に沈んでいく数年でありました。何度か入院治療を受けていたこともあったようです。辛うじて、彼の熱烈な信奉者であった音楽家(指揮者のホセ・リマントゥール:彼は「マヤ族の夜」の映画音楽向け編曲も行っている:など)が、彼に作品を委嘱して支えていく格好になっていたというのが実情のようです。

さて、「マヤ族の夜」の作曲後、彼の最後の、そして未完の作品と
Hr3w0bjp なった、「ラ・コロネラ」が作曲されます。これは、メキシコ近代舞踊の先駆者と言われる舞踏家、ワルディーンの舞台のために作曲されたもので、地元の版画家、ホセ・グアダルペ・ポサーダの連作である骸骨たちの姿を元に書かれた台本によるものだそうです。レブエルタスは、骸骨になぞらえた労働者達がブルジョア層を揶揄するストーリー建てになったこのシナリオ(各章のタイトルが「特権階級」「権利を無視された者達」「ドン・フェルコの悪夢」「最後の審判」となっている。3章にも「中流階級の女性」のワルツとかが出てくるので、社会主義運動に首を突っ込んでいたレブエルタスにとっては好都合なものだったのだろう。ただ、オケ版を聴く限り、あまり極端な皮肉やら何やらは感じられないが)に触発され、彼の人生の最後の時間をこの曲に費やします。
彼の最期は、苦しみながら何とかこの曲を完成させようとして、舞台の初演が近づきつつある中、まさに追われるように仕事をしている時期でした。1940年10月、彼は自宅近くの路上で倒れているのを家族に発見され、病院にかつぎ込まれますが、既に危険な状態であったと言います。結局、そのまま気管支肺炎でレブエルタスは息を引き取ります。「ラ・コロネラ」は、結局最終章には手を着けられないままとなってしまいました。
とにかく演奏できる状態にしなければ、11月に予定されていた舞台にかけられない、ということで、作曲者の没後に、作品はブラス・ガリンドの最終章補作、カンデラリオ・ウイザールのオーケストレーション(彼らの手元にはピアノのショートスコアしかなかった)により、メキシコシティで一応の初演をされます。

Cauie6xk その後、リマントゥールが1957年に改めてこの曲の復元に取り組み、ガリンド版の時にはなかった作曲者自身の草稿なども用いて、はじめの3章を補作編曲し、ガリンド版を初演した指揮者でもあるエドゥアルド・ヘルナンデス・モンカダがオーケストレーションを手がけます。作曲されなかった最終章は、レブエルタスの作曲した映画音楽のスコアを流用し、1962年に、リマントゥールが自ら指揮して初演されます。私が手元に保有しているCDの演奏2種類は、いずれもこのモンカダ版によるものです(ガリンド版の音源があるかどうかは確認していない)。

ベン・ドール盤は、少なくともモンカダ版による初録音で、さすがマイナー曲の録音についてはただ者ではないKOCH製作によるディスクです。彼女はバーンスタインに見いだされてタングルウッドなどで研鑽を積み、主にアメリカで活躍している人だそうで、このサンタバーバラ響の音楽監督を1994年から努めていたようです。中南米の音楽はもともとかなり得意にしているらしいですが、確かにレブエルタスの独特の音楽もスッキリと処理して、ややメキシコ音楽と言うよりアメリカ音楽に近い音になっている気はしますが、それでも聴きやすい演奏に仕上がっているように思います。
一方のバリオス盤は、メキシコの地元オケとの演奏ですが、この曲に関しては舞踊音楽にしては随分音の運びが重たいくなってしまっている気がします。「センセマヤ」は割に健闘している方だと思うんですが、「マヤ族の夜」になると、明らかにオケの能力の限界を超えてしまっているようです。この曲は少なくとも音としてある程度整理して提示しないことには、聴く側として途方に暮れてしまいますね。

(この項はとりあえず終わり)



(参考ディスク)
(上)レブエルタス:ラ・コロネラ、イティネラリオス、コロリーネス
ベン・ドール指揮 サンタバーバラ響
KOCH 3−7421−2H1 (1997、98年録音)

(下)レブエルタス:センセマヤ、マヤ族の夜、ラ・コロネラ
バリオス指揮 アグアスカリエンテス響
NAXOS 8.555917 (2001年録音)

2006年5月10日 (水)

シルベストレ・レブエルタスのこと(その3)

Bfrdjgyc 黒沼ユリ子さんと言えば、昭和30年代から活躍されている名ヴァイオリニストですが、彼女はメキシコと縁が深く、メキシコシティに自らの名前を冠した音楽学校を開設しているほか、1986年には、メキシコ政府より、文化交流に貢献した外国人に与えられる最高の勲章「アステカの鷹勲章」を受章しています。
彼女は若い頃にヘンリク・シェリングに師事しており、それがメキシコとのつながりのはじめだったものと思われます(シェリングと言えば、DGへの「無伴奏」の録音で良く知られていますが、戦後にメキシコの市民権を取得して、その後ソリストとして活躍した経歴を持っており、マヌエル・ポンセからは協奏曲の献呈を受け、録音も残しています)。その後カルロス・チャベスやエドゥアルド・マータの指揮で協奏曲のソリストを務め、メキシコシティフィルなどとも共演し、のちにメキシコに住むようになったということです。
その黒沼さんが最近出したCDが上のもので、フリダ・カーロの独特の雰囲気をもったカバーがとても印象的です。「2世紀間のメキシコ音楽」というのがタイトルの直訳。20世紀初めから半ばを中心とするメキシコ人作曲家による曲がしめて10曲入っていまして、その多くは時代の割には穏やか、ポンセのガヴォットあたりはピアノ曲などとしても知られているので聴いたような気がする人もいらっしゃるかも知れませんが、それ以外はほとんどの人にとって聴いたことのない曲ばかりかと思われます。しかしほぼ全体的にサロン・ミュージックのような仕上がりの音楽で、刺激を求める方にとっては不向きです。
レブエルタスを除いては。
前後と比較して明らかにそこだけ浮いているレブエルタスの「3つの小品」。小品とはいえ、他の彼の作品と同様、先住民の習俗をそのまま繰り広げるかのような原色の音楽。リズムの鋭さ、ぶつかる不協和音の派手やかさ、そしてふと気づかされる異様な静寂。表現主義的、というのも言葉として単純すぎるような気がします。
黒沼さんの演奏は、レブエルタス以外の曲も含めて、これらの作品を手の中に収めているな、という印象を持ちました。メキシコ人のリズム、メロディの感覚を何となく感じることができる、聴いていて気持ちのいい好盤だと言えます。
これがしかしメキシコの何ともマイナーなレーベルから出ているんですよね。なかなかの美装盤で、黒沼さんによる日本語のノートもついています。Waltyでは1280円で売っていましたが、これはその値段ではちょっと申し訳ない気がするぐらいです。


Pm39ssby レブエルタスの室内楽曲というと、「ガルシア・ロルカへのオマージュ」を初めとした室内アンサンブル作品は有名ですが、一方で、純室内楽曲というべき弦楽四重奏曲を、彼は4曲も作曲しています。彼はもともとはヴァイオリニストとしてキャリアをスタートさせている人ですから、やはり弦向きの曲に強いのでしょうか。
で、その曲なのですが、1930年〜32年にかけて続けて書かれたどれも10分前後の4曲は、いずれも彼のオーケストラ曲をぐぐっと弦楽四重奏に押し込んだ、という印象。とにかく音が盛りだくさん、ただそれが弦の色彩だけで飛んでくるのでちょっと単調で、中途半端な印象を持たれるかも知れません。それでもどことなくバルトークの四重奏を思わせるような曲調で、民族的な素材をなかなか巧妙に濃い音(そして全体に、灼けるように熱い)へと織り込んでいます。第1番は意外とスッキリまとまっていて、聴きやすいかも知れません。
演奏は、メキシコ出身の奏者による四重奏団。その名の通り、中南米の作曲家の作品を主なレパートリーとしています。なかなかこういった団体でないと、このような作品はこなせないでしょうし、録音しようかという所もないでしょうね。こちらも、ニューアルビオンというアメリカのマイナーレーベルからですが、今でも入手できないことはありません。

しかし、レブエルタスと言えば骸骨系の絵ばっかりやなあ。



(参考ディスク)
(上)ポンセ:青春、ガヴォッタ、マロキン:郷愁、ゆりかごの歌、レブエルタス:3つの小品、カストロ:メロディ、ロマンス、エリアス:エレジー、エンリケス:組曲、カラスコ:子守歌
黒沼ユリ子(Vn)、オレホフスキ(Pf)
Quindecim QP117 (2003年録音)

(下)レブエルタス:弦楽四重奏曲全集(第1番〜第4番)
ラテンアメリカ弦楽四重奏団
New Albion NA062CD (1993年録音)

2006年5月 4日 (木)

シルベストレ・レブエルタスのこと(その2)

Gsa0athj (この写真は作曲家19歳の頃のもの)
レブエルタスは、1899年の大晦日に、メキシコ中部、デュランゴ州にあるサンティアゴ・パパスキアーロという町に生まれています。生年で言えば、プーランクと同じということになりますが、音楽的には相当違います。
一部には、作曲は独学で学んだ、という説も流れているようですが、それは事実ではなく、5歳の誕生日に父親から与えられたヴァイオリンで非凡な才能を示した彼は、両親の後押しでメキシコシティの音楽院でヴァイオリンを学び、その後合衆国に出て、サンアントニオの聖エドワードカレッジ、さらにシカゴのミュージックカレッジでヴァイオリン、作曲を学びます。
レブエルタスが非凡なヴァイオリニストであったことは当時結構知られていたようですが、作曲にも強い関心を示していたことは間違いないようです。しかし、彼は自分を育ててくれた両親を金銭的に援助する必要があったため、作曲に本腰を入れるのには時間を要しました。彼の遺した約60曲の作品のほとんどは、彼の生涯の最後の10年間に書かれています。
その後、1929年に、彼は母国の作曲家カルロス・チャベスの誘いを受けて、メキシコに戻り、メキシコ交響楽団の副指揮者兼ヴァイオリニストの地位を得ます。そこで自作を含むメキシコの作品を演奏する機会を得ていたはずですが、結局6年後にチャベスと袂を分かち(作曲家としての尊敬は失うことはなかったという)、その後はスペインに渡ってレジスタンスに参加(彼が敬愛していたガルシア・ロルカの殺害も大きく影響しているようだ)するといった面も見せています。
作曲家としてのレブエルタスは、極めて表現主義的で、メキシコの土着の文化に根ざした音楽(ただし、民謡の引用といった形で入っているのではなく、習俗や文化的光景そのものを音楽で表現しようとしていた)が多く見られます。彼の音楽の、とにかく音が多く、前面にとてつもなく大きく広がる音楽世界は、常人がきちんと追える範囲を超えている、通常の人間がカバーできないようなものだと思われます。これほどまでにとんでもない表現をしているという音楽的特徴は、同時に、彼を蝕んだアルコール中毒とも無縁ではなかったはずです。彼の型破りな芸術が、普通の精神に根ざすには重すぎたということなのではないでしょうか。晩年の彼は、貧困とアル中で相当悲惨な状態にあったと言いますが、それでも最晩年に彼の重要な作品がいくつも作られていることには、せめて感謝すべきなのでしょうね。

F58xbvoj 今回紹介するディスクも、レブエルタス生誕100年のときに発売されたものですが、これは旧録の再編集による2枚組です。
先述のガルシア・ロルカの死に対して、彼は新古典主義的な面とメキシコ的な彼ならではの音世界をマッチさせた3部作のオマージュを書いていますが、このディスクでのエドゥアルド・マータ(彼もメキシコ出身の指揮者で、1995年に飛行機事故で亡くなっている)指揮による演奏は、非常にシンプルにまとまった響きで、この曲を聴かせてくれています。
これを含めて、一部はさらにその前、CATALISTというレーベルから真っ黒などくろデザインのカバーによるディスクで出されていたのですが、この2枚組には、ストコフスキー指揮による「センセマヤ」の初録音(古い割に音はよく録れている)のほか、レーデ(組曲はエーリヒ・クライバーによるもの)やその他の小曲がまとめて収められており、結構値打ちがあります。

(参考ディスク)
レブエルタス:センセマヤ、波、イティネラリオス、カミーノス、フェデリコ・ガルシア・ロルカへのオマージュ、ダンサ・ゲオメトリカ、クアウナウアク、ハニツィオ、El renacuajo paseador、オチョ・ポル・ラジオ、トッカータ、プラーノス、マヤ族の夜、5つの子どもの歌
マータ指揮 ニュー・フィルハーモニア管、ストコフスキー指揮 管弦楽団、アサートン指揮 ロンドン・シンフォニエッタ他
BMG 09026−63548−2 (1947、75〜80年録音)

2006年4月30日 (日)

シルベストレ・レブエルタスのこと(その1)

メキシコの作曲家、と言われて、思いつく人はいるでしょうか。クラシックギター関係がお好きな方なら、マヌエル・ポンセ辺りの名前はすっと出て来るかも知れませんが、それ以外にも、カルロス・チャベスとか、今回お送りするレブエルタス、他にもモンカージョとかカラスコあたりが出てくるようだと、結構メキシコ物に毒されはじめていると言えるでしょう。


日本のクラシック音楽業界は、従来からドイツ・オーストリア系が最大の主流にあり、その周辺にフランス系、ロシア系、イギリス系、スペイン系、アメリカ系が細めの線としてくっついている、という感じで、中南米、アフリカ、オセアニアといった辺りは、一部の例外を除いて本当に粗略な扱いを受けているという状況が未だに続いています。


しかし、往々にしてそのように多くの人から無視されているエリアの作曲家の音楽に、心をぶるんぶるん揺さぶる凄い物が混じっているというのはよくあるもので、レブエルタスの音楽も、私にとってはそのうちの一つであったわけです。


レブエルタスの作品の中で比較的知られているものといえば、「蛇殺しの唄」というニコラス・ギエンの詩に基づく「センセマヤ」という管弦楽曲でしょう。拍子もオーケストレーションも独特で、ごっつくて音がとても多い、という風に感じる作品は、しかしリズム的にも演奏効果的にも迫力にあふれ、古くはストコフスキー、さらにバーンスタインあたりも、この曲については時々演奏し、録音も残しています。


次によく知られているのは、「マヤ族の夜」という、もともとは映画音楽として作られた作品(したがって一部通しで見るとつながりがないところがある)。音の多さという面では「センセマヤ」を凌ぐと思われるこの曲、冒頭から巨大な遺跡を俯瞰するかのようなスケールの大きい音楽、マリアッチの雰囲気を色濃く持つ第2曲、静謐な中に彼独特の楽器使いが冴える第3曲、そして打楽器が猛烈なリズムの競演を繰り広げて大活躍する最終曲と、これ以上に個性的な曲は探しても見つからないような作品です。


レブエルタスの作品に関しては、次回以降、彼の壮絶な生涯とともにまた紹介したいと思いますが、何しろとんでもない作品ばかりです。濃い音楽がお望みの向きには、これほどピッタリの作曲家は他にいないでしょう。


このCDは、レブエルタスの生誕100年を機に録音された作品集。サロネン/ロスフィルというメジャーな組み合わせで録られたディスクで、レヴェルの高い演奏が楽しめます(「マヤ族の夜」に関してはこれだけしっかりしたオケでこの曲をやるとこんなにごっつい演奏になるんや、と素直に感心しました)。まずはこれを導入にしていただいて、レブエルタスについてのお話を続けていきたいと思います。



(参考ディスク)
レブエルタス:センセマヤ、オーチョ・ポル・ラジオ、マヤ族の夜、フェデリコ・ガルシア・ロルカへのオマージュ、窓、2つのシリアスな小品


サロネン指揮 ロスアンジェルスフィル、同ニュー・ミュージック・グループ
SONY CLASSICAL  SK60676 (1998年録音)


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2006年4月16日 (日)

アルベリク・マニャールのこと(その5)

マニャールの室内楽を中心に、延々とCD紹介を続けておりますが、その中でも、チェロ・ソナタは、比較的聴きやすいものではないかと思われます。

Hkuayswn 割に旋律や和声が明瞭で、聴いている分には平明な音楽、という印象を受けるためではないかと思います。それ以前の作品と比べて、音楽の芯は明確であり、より直截的な印象を受けます。演奏時間的にも、彼のヴァイオリンソナタと比べると半分強しかありません(とはいえドビュッシーの倍近くする)が、内面的な情感の動きはしっかり展開されており、非常に凝縮された音楽になっていると言えるでしょう。
短めの作品ながら、彼の他の室内楽作品にも見られる厳しくも印象的なフーガや、男性的にリズミックな主題展開(重厚な付点リズムとでも言いますか)など、音楽的特徴は保たれており、マニャール独特の音楽を楽しむという点でも欠けることはありません。

Qofrum9h この曲が初演されたのは1911年で、この後に交響曲第4番が続きます。彼の悲劇的な死は3年後に訪れますが、このときに、作曲家はこれが自らの最後の室内楽作品になるとは思っていなかったでしょう。彼がもう少し長生きしていたら、新たな室内楽作品でどのような展開が聴かれたものか、しかたないことですが、興味はあります。

手持ちディスクは写真の2種類です。ACCORD盤は例の全集ものです。上手く弾きこなしている、という印象はあるのですが、個人的にはあまり記憶に残らない演奏、という気がします。むしろ併録の「プロムナード」の方が多彩な表情をきれいに描き分けたいい演奏だと思います。
もう1枚もマイナーレーベルのLe Chant du Monde盤。ラロ、マニャール、ヴィエルヌという、フランス音楽の辺縁系とでも言ったらいいような作曲家のチェロソナタを集めたもので、演奏家もそれぞれ違いますから、最初から1枚にするつもりでの録音だったのかは不明です。マニャールはロラン・ピドゥとジャン・クロード・ペヌティエによる演奏で、これは手堅いけれども雰囲気も良く捉えられた演奏、録音です。ACCORD盤のようにホールトーンが響きすぎないのも好印象です。他の2曲も佳演ですので、フランス系マイナー作品を求める方には好録音ではないでしょうか。



(参考ディスク)
(上)マニャール:チェロソナタ、ピアノのためのプロムナード
デメンガ(Vc)、ケラー(Pf)
ACCORD 220562 (1985年録音)

(下)ラロ:チェロソナタ、マニャール:チェロソナタ、ヴィエルヌ:チェロソナタ
ペクラール、ピドゥ、ムニエ(Vc)、ポンティ、ペヌティエ、ユボー(Pf)
Le Chant du Monde LDC278846 (1986、87年録音)


(この項、忘れた頃にもう1回ぐらいやるかも知れません)

2006年4月15日 (土)

[Villette]合唱好きはとにかく聴くべし

Yujimkzq 以前、こちらの、いわゆる「命の洗濯」CDについてのエントリで少し触れた、Pierre Villetteの合唱曲、

ついに出ました。1枚もの。

Hyperionさん、値段は高いがあんたはエライ(久しぶりにフルプライスのCDを買った気がする)。

演奏は、イギリスもの中心に録音の結構多い、ホルスト・シンガーズ。2005年の最新録音です。

全般にフランス近代の流れに沿った、保守的な曲想(実はブーレーズと同期だったりするらしいが、和声とかはプーランクとかの線に近い)。曲によっては声部数も多く、半音階的な、結構合わせにくい和音も多いのですが、そこいら辺は手慣れたもの。大変質の高い演奏になっています。ただ、肝心のHymne a la Viergeはちょっとテンポが遅すぎて間延びする感じ。

録音が少々響きすぎで、各声部がちょっとボワッとした感じでつかみにくいのがちょっと引っかかるのですが、逆に言うと、丸い音場に適したNotre Pereなんかは本当に感動的です。

何はともあれ、全17曲、手に入りやすいレーベルでこれだけまとまった曲集は初めてです。合唱系がお好きな方は、騙されたと思って聴いてみて下さい。


(参考ディスク)
ヴィエット:O sacrum convivium, Hymne a la vierge, Attende Domine, Notre Pere d'Aix, Inviolata, Tu es Petrus, O quam suavis est, Salutation angelique, Strophes polyphoniques pour le Veni Creator, Panis angelicus, O salutaris hostia, Ave verum, Salve regina, O quam amabilis es, Jesu, dulcis memoria, Adoro te, O magnum misterium
レイトン指揮 ホルスト・シンガーズ
Hyperion CDA67539 (2005年録音)

2006年4月 9日 (日)

Pierre Jean Grassiのこと

クラシック系のネタを書く際に、「現代物」とか「現代音楽」という言葉は、積極的に使わないようにしています。現代を狭い目に捉えて、現在生きて活動している作曲家の作品については、Contemporaryという意味での「現代」という言い方をすることもありますが、それ以外の場合は、例えば「20世紀もの」という表現を使うようにしています。同時代という意味での現代作品は、生きている人にしか生み出せない、ということで、個人的には割り切っています。
極端な話、CDショップで、シェーンベルクやヴェーベルンあたりまで「現代」に置かれているのは何だかなあ、と思います。

「現代音楽」=「非調性的音楽」

てな発想は、そろそろ止めにしてはどうかと思うんですけどね。


さて、本題に移りますが、
ここでご紹介するピエール・ジャン・グラッシという作曲家、1966年、フランスはニースに生まれた人で、当地の音楽院に学び、その頃から才能を発揮していました。CDを聴く限り、私の言う「現代」に作品を出していて欲しい人なのですが、1986年、わずか20歳で夭折してしまいました。遺された作品はわずかに5曲。

Upty_41w 彼を死に至らせた病気は、嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis)という遺伝性の難病で、全身の外分泌腺の機能が損なわれ、主に膵臓と気道に粘度の高い分泌液が産生され、閉塞に至ることから、呼吸、消化に重い支障が生じるというものだそうです。根本的な治療法は未だなく、近年は対症療法の発達で成人まで生存できるケースも増えているものの、深刻な病気であることには変わりないようです。

(嚢胞性線維症について、詳しくは、
嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis)患者と家族の会
をご参照下さい。欧米人に発症しやすい病気だそうですが、日本にも、この病気と闘っている方がいらっしゃいます。)
L3hxs38c 彼はオーボエ奏者を目指したこともあったようですが、17歳頃には病気の悪化により楽器を断念し、作曲に専念するようになります。このディスクの中程に収められた「Trois Esquisses」という作品は、彼が自分の楽器への哀切をつづったのではないかと思われる、ソロのための作品。悲しいほどに美しく、虚空に融けていくような音楽。できればオーボエ奏者のレパートリーに入れて欲しいな、と思います。
「コントラスツ」は、クラリネットと打楽器のための、リズムの遊びのような作品。モーリス・オアナによく似た作品があったような印象がありますが、ちょっと軽め。聴きやすい作品だと思います。
オーケストラ向けの作品では、「弦楽のためのプレリュード」も、18歳の作とは思えないほどの深みを感じさせるものですが、より印象深いのは、彼の最後の作品となった「交響的作品」です。悪化する健康状態にもかかわらず、1年の時をかけて作られたこの作品は、フルートとピッコロの、苦しい息づかいのような動機による導入に始まり、病気の苦しみ、死への恐れ、微かな希望、そう言ったものが交錯します。病院の点滴や器具を思わせる音も含まれていますが、音楽的にはフランスの20世紀ものの流れに従ったもののように思われます。最後、冒頭のフルートとピッコロの動機に戻り、それが速度を落としながらディミヌエンドし、ろうそくの炎が落ちるようにフッと消えて終わります。そのとき彼が作曲のペンに託したものを想像すると、胸を締めつけられるような思いがします。


このCDは、10年余り前に一度買い求めたのですが(どこでだったかは忘れた。銀座HMVかも知れない)行方不明になり、通販で買いなおしたものです。なにせマイナーレーベルのマイナー作品、現在は、Amazonでも、jpでは取り扱いなし、usでは中古のみ、fr.でなら何とか新品で入手できそうな状態ですが、一人でも多くの方に、この作曲家のことを知っていただきたいと思っています。


(参考ディスク)
グラッシ:弦楽のためのプレリュード、コントラスト、3つの点描、交響的作品
ギロ(Cl)、ペレス(ぺrc)、オグニベーヌ(Ob)、ユィ指揮、モンテクレール室内管、コシュロー指揮、アルページュ響
SOLSTICE SOCD67 (1989年録音)

2006年3月31日 (金)

アルベリク・マニャールのこと(その4)

ひさしぶりに、マニャールを行ってみましょう。

マニャールはそもそも寡作な作曲家で、作品番号のついたものは20余りしかありません。「歌曲全集」といっても、録音にすると約40分、CD1枚分にもなりません。壮絶な死とともに失われたと言われる歌曲集が現存しておれば、ようやく1枚ちょうどぐらいになったでしょうか。

Asnzwtvg というわけで、この歌曲全集は、フィルアップとして、初期のピアノ曲「古い形式による組曲」とセットされています(これは1888年、23歳の頃に作られた作品で、一部バッハ、一部ラモーあたりの雰囲気をもちつつ、それをシンフォニックに発展させたような曲調で、マニャール独特の硬質な感覚も既に見られます)。
歌曲(集)として残っているのは、作品3の「6つの歌曲」、作品15の「4つの歌曲」と、作品番号のない「アンリエットに」のみ。これらの歌曲を、彼は通常フランス歌曲を指す「メロディ」と呼ぶことなく、「Poeme en musique」と呼んでいました。これは彼なりの既成の「フランス音楽的なもの」への抵抗だったのでしょうか。
「6つの歌曲は1887年から3年をかけて作られた連作で、比較的初期の作品ながら、どれも非常にシンフォニックなピアノ伴奏に支えられ、叙情的な面と感情をはっきり表した面とを兼ね備え、かなり技巧的な歌唱を要求される歌曲です。CD最初の曲「A Elle」などはヴァーグナー的な、荒海にもまれるようなピアノのアルペジオとともに、転調を重ねながら流れていきます。


Vobteglk 2つ目の歌曲集は、各曲に個別のタイトルはなく、そして曲調はより挑戦的です。これこそ「フランス的」な音楽を期待すると大いに裏切られますが、声とピアノによる当時の前衛的な交響楽作品、と捉えるのが最も適切なのかも知れません。

さて、もう1枚ご紹介しますのは、ちょっと珍しい木管五重奏曲。これはマニャールの最初の室内楽作品で、ピアノとフルート、オーボエ、クラリネット、バスーンのために書かれた作品です。約35分のなかなかの大曲ですが、音楽的には他の作品よりも何だか肩の力が抜けたように聞こえます。しかし全般にはやはりマニャール一流の骨太な楽想、息の長い主題、そして付点リズムを主体にしてエネルギーをかき立てていく音楽の動き、といった特徴はこの曲にも活きています。併録のピアノトリオも含めて、マニャールの室内楽曲は一つ一つサイズが大きいですね。


(参考ディスク)
(上)マニャール:6つの歌曲、4つの歌曲、アンリエットに、古い形式による組曲
ツァポー(S)、ホムバーガー(T)、テュラー(Br)、ケラー、ウェーバー(Pf)
ACCORD 200492 (1988年録音)
(下)マニャール:ピアノと木管のための五重奏曲、ピアノ三重奏曲
グラフ(Fl)、R.シュミット(Ob)、E.シュミット(Cl)、フリーガー(Bas)、オプリーン(Vn)、デメンガ(Vc)、ケラー(Pf)
ACCORD 200102 (1987年録音)

2006年3月26日 (日)

ティッサン・ヴァランタンのフォレ

「田舎の日曜日」という20年ほど前のフランス映画がありまして、学生の頃その印象派絵画のような美しい映像に浸った記憶があります。

特に明確なストーリーがあるわけではなく、息子一家と娘が、ある日曜日、シャンパーニュ地方のとある田舎に住む父であり画家であるラドミラルを訪ね、さり気なく人生を語り合い、そして去ってゆく、そんな平凡な一日を描いた作品、こんな書き方だと余計に何のことかわからなくなりそうですが、その映画にフォレの晩年の室内楽(ピアノ五重奏曲第2番、ピアノ三重奏曲、弦楽四重奏曲)がたっぷりと使われていて、映画よりもそれらの曲に大いにはまったわけです。フランス室内楽への道を教えてくれたのが、この映画ということになるのです。

Kpp5qon0 最初、これらの曲を聴きだした(まだLP時代)のは、手に入りやすかったEMIとエラートの室内楽全集のうち、EMIの方。コラールとパルナンsqという当時の有名コンビによる演奏には隙がなく、なかなかに「濃い」演奏でした。

しかし、LP時代から、フォレの室内楽と言えば、「ティッサン・ヴァランタンのシャルラン盤を聴け」というコアな声があったのです。でも私はどうも市場に出回っていた時代に追いつけていなかったようで、ディスクを見つけることができず、そのままこの録音には触れることなく最近にまで至っておりました。

Fkfwfexq それが最近、中古で2枚、このフォレを入手できまして(もう1枚、ピアノ五重奏曲第1番などのディスクがあるはず)、聴いてみてなるほどな、と思った次第です。
フォレの特に晩年の室内楽は、締まった響きと揺れる情感のバランスが要るんだなあ、ということを実感します。はっきり言って、このティッサン・ヴァランタンのピアノとORTFsqの演奏は、技術的にはイマイチです。しかしアンサンブル全体として、とても流れが良く、音の「行間」にいろいろな感興がしみこんでいるように思います。
特に、「五重奏曲第2番」は素晴らしい名演です。この曲は高齢と難聴の進行によりパリ音楽院を引退したフォレが、残りの人生を注ぎ込んで作り上げた珠玉の作品群の一つ。良く「枯淡の境地」とか言われることもありますが、この曲には枯れた印象よりも、芸術的な充実性と明晰さをより強く意識させられます。
このディスクでは、べったりした音になりがちな第1楽章を、音符をきちんと鳴らしながらピアノと弦との奥行きで、重すぎないように聴かせてくれるところ、第2楽章を本当にスッキリ生き生きと、かつ上品に演奏してくれているところあたりが、なかなか他の録音にない魅力だと思います。その他、「エレジー」のシンプルな響き、「四重奏曲」の決して怒鳴らない爽やかな美しさ、どれもこういうコンビだからできた芸なんでしょうね。

ティッサン・ヴァランタン女史は、かつての名手マルグリット・ロンの弟子です。恐らく、ロンから、言葉にし難いフォレの演奏の要諦を授けられていたのでしょう。


かつての名エンジニア、アンドレ・シャルランの名をレーベルに用いたこのディスク、録音は、当時はワンポイントマイクの音場感を捉えた味わいある音、ということで評価が高かったようですが、今となっては正直なところ貧弱な感じがします。特に「ドリー」は強奏で音が潰れてしまっており、鑑賞に適さないレヴェルに落ちています。しかし何度か聴いているうちに、この演奏にはこの録音しかあり得ないという、不思議に落ち着く距離感を覚えることができます。「ドリー」以外は聞き難い音ではありませんので、その点はご安心を。


(参考ディスク)
(上)フォレ:ピアノ四重奏曲第1番、組曲「ドリー」
ティッサン・ヴァランタン、(「ドリー」のみ)ピュイ・ロジェ(Pf)、ORTF弦楽四重奏団
Charlin TKCZ−79205 (1960年代?録音)
(下)フォレ:エレジー、ピアノ五重奏曲第2番
ティッサン・ヴァランタン(Pf)、ORTF弦楽四重奏団
Charlin TKCZ−79223 (1960年代?録音)
(どちらも、単品は中古でないと手に入らないと思います。他レーベルからまとめて発売されているらしいですが...)

2006年3月16日 (木)

Mravinsky in Moscow 1965

私の学生時代は、まだソ連という巨大な連邦国家があった頃です。
当時、新世界レコード社というところがありまして(と書きましたが、現在もちゃんと健在です)、ソ連メロディヤのLPは、そこ経由で輸入されていました。その頃まだあった京阪モールの「ワルツ堂」とかでも目撃しましたが、品揃えが豊富だったのは、やはり大学生協でしたね。

Z1ceq26w 昔から極めて有名な、ムラヴィンスキー/レニングラードpo.のモスクワ音楽院ライブも、ここで最初に購入したものの一つです(これはさすがに有名盤らしく、裏のノートもロシア語、英語、フランス語と3つ揃っていたが、他の録音ではロシア語オンリーというのも時々あった)。ちょっと音の安定感がイマイチな気はする(必ずしも良いプレスではなかった?)のですが、何しろあの驚異的な速度の「ルスランとリュドミラ」序曲や、他ではあり得ない「フィガロ」の序曲をはじめ、全曲ムラヴィンスキー「節」が炸裂する演奏に、興奮したことを今でも思い出します。
何より、これほどまでに完璧な演奏がライブで録音されているですから、いったいどないなっとんねん、と思いたくもなろうものです。


06az7aor 今では、このときにまとめて収録されたものと、1973年に収録されたものが、別々のシリーズで発売されています。65年の4枚組を聴きながら、「ルスラン」を初めて聴いた時の興奮は、やはり思い出のなかのものなのかなあ、などと思いつつ...

そのLPに入っていない曲が、実際はこの4枚組のツボなのでしょう。
ショスタコの6番(これも3楽章の驚異的なテンポに唖然とする)の妙なほど痛烈な疾走感、シベリウスの7番の言いしれぬ奥深さ、ストラヴィンスキーの、落ち着いたアンサンブルの中にピーンと張られた糸のような緊張感、
そして何と言っても、2月のモスクワの空気のように冷たい「弦・チェレ」。
私はライナーやフリッチャイのように、思いっきり鳴らしながら熱い血潮を感じるような演奏を好みますが、しかし、この冷淡、冷酷といっても過言でないほどのムラヴィンスキー盤の演奏に、不思議に惹きつけられるのも事実です。特にティンパニを筆頭に、打楽器群が本当に恐ろしいほど突き放した、冷えた音を放っています。そこにあったムラヴィンスキーの思いとは、何だったのでしょうか。


(参考ディスク)
(上)グリンカ:「ルスランとリュドミラ」序曲、ムソルグスキー:モスクワ川の夜明け、リャードフ:バーバ・ヤガ、グラズノフ:「ライモンダ」第3幕への前奏曲、モーツァルト:「フィガロの結婚」序曲、シベリウス:トゥオネラの白鳥、ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、ヴァーグナー:「ローエングリン」第3幕への前奏曲
ムラヴィンスキー指揮 レニングラードフィル
Melodiya CM02863−4 (LP、1965年録音)

(下)グリンカ:「ルスランとリュドミラ」序曲、ムソルグスキー:モスクワ川の夜明け、リャードフ:バーバ・ヤガ、ショスタコーヴィチ:交響曲第6番、グラズノフ:「ライモンダ」第3幕への前奏曲、ヴァーグナー:「ローエングリン」第3幕への前奏曲、ヴァルキューレの騎行、モーツァルト:「フィガロの結婚」序曲、交響曲第39番、シベリウス:トゥオネラの白鳥、交響曲第7番、ヒンデミット:世界の調和、ストラヴィンスキー:ミューズを司るアポロ、ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、バルトーク:弦楽器・打楽器とチェレスタのための音楽、オネゲル:交響曲第3番
ムラヴィンスキー指揮 レニングラードフィル
SCRIBENDUM SC031 (1965年録音)

2006年3月14日 (火)

[OTAKEN]バルトークvn協#2

さてさて、OTAKENの通常CD第4弾であります。

初期LP、SPの板起こし盤専門で、当初はCD-R専門だったのですが、最近はメジャーな店にも並ぶようになってきました。でも、Waltyで買えば多少安い(「N氏」の店でもありますし)ので、バイロイト第9から4点、いずれもここで購入しています。

古い録音をCDにする際、大抵、マスターテープは相当劣化しており、それならいっそ、当時のLPを板起こしした方がうんと音が良い、ということになります。LPは、溝が刻まれた時点で音が固定されていますので、適切に保存されていればそっちの方が良いわけです。

前回のアンゲルブレシュトもびっくりするほど美しい録音で感激しましたが、今回はLP初期の名盤、メニューイン/フルトヴェングラーによるバルトークの協奏曲(+フィッシャー/フルトヴェングラーの「皇帝」)です。

Auraaww8 このバルトークの音源は、何と約50年間未開封だったHMVの初期盤とのこと。ノイズもほとんど耳につかず、特にオケの音が驚くほど鮮明で、緩急の幅の大きい指揮にしっかりつけている様子がよくわかります。
フルトヴェングラーのバルトークは他に録音がありませんが、その貴重な録音で、これほど出し入れ鮮やかな演奏を聴かせていたのだというのがわかって、うれしい気がします。
従来盤は、いわゆるGR盤で持っているのですが、オケが奥の方でもやもやっと鳴っている感じで、ヴァイオリンとの絡みがもう一つわからなかったし、全体にきれいだけど薄っぺらい演奏だなあ、と思っていました。しかし、これを聴くとその辺りは大きな誤解だったことがわかります。

4qbqttbm メニューインも本当に熱のこもった演奏。この第1楽章後半あたりの白熱ぶりは、同時代人の演奏、という感覚を強く抱かせます。EMI盤には、メニューインが初演したバルトークの「無伴奏」47年録音が入っている(これは歴史的録音として一級の資料です)ので、処分することはありませんが、こちらの協奏曲を聴く必要は、もはやないといって良いでしょう。
なお、「皇帝」は、第1楽章はなかなかしっかり録れていて、巨匠同士の隙のない演奏ぶりを聴かせてくれるのですが、2楽章以降はちょっと限界があるようですね。



(参考ディスク)
(上)バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
メニューイン(Vn)、フィッシャー(P)、フルトヴェングラー指揮 フィルハーモニア管
OTAKEN TKC−304 (1953年、51年録音)
(下)バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番、無伴奏ヴァイオリンソナタ
メニューイン(Vn)、フルトヴェングラー指揮 フィルハーモニア管
EMI CDH7698042 (1953年、47年録音)

2006年3月12日 (日)

カンテルリのブラームス

まずはちょっと小さいですが、下の方のCDの写真からごらん下さい。

イケメンですねえ。
グィド・カンテルリ。今年で没後50年になります。

1920年、北イタリア、トリノと同じピエモンテ州のノヴァーラという町に生まれたカンテルリは、子どもの頃からたぐいまれな音楽的才能を発揮し、ミラノの音楽院でヴォットーに師事します。軍への召集、従軍拒否、収容所送り、脱走という大変な経験を経て、終戦後、1945年にスカラ座管に初登場、3年後にスカラ座で指揮をする姿がトスカニーニの目に留まり、生涯弟子をとらなかった大指揮者が、将来の自分の後継者として、直ちにNBC交響楽団の4回の演奏会の指揮に指名します。ここで注目を集めたカンテルリは、アメリカでのキャリアを積み重ねていきます。

その後、イギリスなどでも大成功を収め、HMVへ本格的なレコーディング活動を始めます。トスカニーニやフルトヴェングラーといった巨匠の後を継ぐ存在として、俄然注目を集めるようになったわけで、その容貌から、「指揮界のフランク・シナトラ」という形でスター扱いを受けます。

53、54年とザルツブルク音楽祭に出演、サーバタの後任としてスカラ座の音楽監督就任も発表され、私生活では結婚して息子に恵まれと、まさに順風満帆に見えた彼のキャリアが突然終わりを迎えたのは1956年11月24日、ニューヨーク・フィル出演のためローマを出発した飛行機が、経由地のパリ、オルリ空港を飛び立った直後炎上し、乗客35人中、彼を含む
33人が命を落とします。

1940年代末からの10年ほどの間に、ジネット・ヌヴー、ウィリアム・カペル、ジャック・ティボー、そしてカンテルリと、優れた音楽家が何人も飛行機事故で亡くなっています。まだ大陸横断が小型機で行われていた頃です。今より事故も多かったのでしょうか。

Yrgwusq6 レコーディングキャリアは約7年。正規の録音は30曲分ほどしかありませんが、今ではその多くがTESTAMENTレーベルからまとめて発売されており、入手しやすくなっています。
私がよく聴くのは、こちらのブラームス2曲。どちらもフィルハーモニアとの演奏です。
第1番は1953年5月の録音。カンテルリの翌年に夭折したホルン奏者、デニス・ブレインも吹いています(併録として、ブレインのソロによるジークフリートの一節と、「ジークフリート牧歌」が収められています)。
演奏は非常に切れ味鋭く、芯がしっかりしていながら、しかも程良く肩の力が取れていて、よく歌います。そう、なんかトスカニーニが自分の後継者に...というのが理解できるような気がします。モノラル録音ながら音質はしっかりしており、音の細部も結構よく聞き取れます。

Pbwmcqnc 第3番は55年8月、最初期のステレオ録音ですが、若干分離が良くないもののまずまずの音質です。
この曲は、どうも第3楽章のうねうねとした楽想からか、枯れた風情の曲のようなイメージで演奏されることもあるように思うのですが、これは冒頭の飛び出しからスカッと若々しく歌い上げる快適な演奏。イタリア的な情感を感じるというとステロタイプ的ですが、非常に明るい輝きを放つ音づくりです(古めの演奏ではカラヤンとウィーンフィルの1960年録音も、明るい色調のみずみずしい快演だと思います。ちょっと方向性は異なりますが、どちらも好きな演奏です)。軽い演奏ではないのですが、やや早めのテンポで通しているのと、オーケストラの響きが非常にクリアなので、音楽が軽やかに流れていきます。
手持ちはフランスEMIのディスクで、シューマンの4番との併録ですが、現在はTESTAMENTから、メンデルスゾーンの「イタリア」とのセットで出ています。


1920年生まれと言うことは、ケーゲルやノイマンと同い年です。本当に、早世が惜しまれる指揮者ですね。

(参考ディスク)
(上)ヴァーグナー:ジークフリートの角笛、ジークフリート牧歌、ブラームス:交響曲第1番
カンテルリ指揮 フィルハーモニア管、ブレイン(Hr)
TESTAMENT SBT1012 (1947,51,53年録音)
(下)ブラームス:交響曲第3番、シューマン:交響曲第4番
カンテルリ指揮 フィルハーモニア管
EMI CDH7630852 (1955,53年録音)

アルベリク・マニャールのこと(その3)

マニャールの作品の中でも、それなりに演奏されているのは、「ヴァイオリンソナタ」でしょうか。

1901年に作曲され、イザイに献呈されたこの作品は、作曲当時、「堂々たる傑作」と評されたのですが、その時代の最高の演奏家によってようやく曲の価値が顕れる、というほどの作品、大変な難曲(ヴァイオリンはもちろん、ピアノが単なる伴奏の域を超えたシンフォニックなスケールを持っている)である上に、全曲45分という大曲。録音にも恵まれにくい条件をもっていたわけですね。

しかし、ヴァイオリンの幅広い音域で多彩な表現を試す作風、特に第1楽章の主部の主題は、ただ美しいというだけでなく、音楽の奥深くから沸き立つ情熱に触れるようです。第2楽章の落ち着いた表情の中に漂う広がりのある旋律、第3楽章の硬質な輝きをもったスケルツォ(短い曲だが「つかの間の愉しみ」という曲調ではない)、終楽章の深い瞑想のような終わり方、30台にして音楽的円熟を迎えようとしていた作曲家の、楽想の炎が、途切れることなく燃え続けています。

R226mwwu この曲を作曲していた頃、マニャールは既に難聴にかなり悩まされていたようで、そういったことだけで言うのも変ですが、ベートーヴェンやフォレの晩年の室内楽曲に、何となく近い印象を受けてしまいます。

さて、この曲には何種類かの録音がありますが、よく知られているのは私の手持ちの2枚ではないでしょうか。どちらも非常に意欲的な演奏ですが、演奏の傾向は結構違います。
ACCORD盤は、スイスで活動するヴァイオリニスト(チューリヒ響のコンマスを長くやっているらしい)、ツィマンスキのヴァイオリン、冒頭から非常に芯のしっかりした演奏、折り目正しく、美しい音。

Qew_zesq 特に第1楽章の、マニャールらしい付点リズムの進行は、こういうかっちりした演奏で引き立つように思います。再現部のクライマックスは、この演奏の白眉と言えます。ただ、弦楽四重奏曲と同様(録音場所は違うが)、ちょっと録音が残響過多なのと、後半の楽章が若干散漫な印象を受けるところが残念。
ピアニストのケラーが、「3つの小品」などの珍しいピアノ曲を入れています。なお、初発時のカバーは、セザンヌでした。

一方、デュメイ、コラールというフランス代表級の名手2人による録音は、確かに息のあったコンビによる余裕みたいなものも感じるのですが、ちょっとリズムとかを弾き崩してしまっているように感じるのが難点。第1楽章は特にその辺の違和感を強く覚えます。もっとがっしりした音楽であって欲しい。
しかし、2楽章以降の情感こもった表現、最後まで弛緩しない豊かな音楽は、このディスクの大きな魅力です(セットの、フランクのソナタがまた安心して聴ける演奏なのも良い)。

両盤それぞれの魅力があり、どちらもよく聴きます。


(参考ディスク)
(上)マニャール:ヴァイオリンソナタ、ピアノのための3つの小品、En Dieu mon esperance
ツィマンスキ(Vn)、ケラー(P)
ACCORD 149080 (1983年録音)
※現在はデザインが変わって、ミッドプライスになっています。

(下)フランク:ヴァイオリンソナタ、マニャール:ヴァイオリンソナタ
デュメイ(Vn)、コラール(P)
EMI TOCE−6432 (1989年録音)
※あ、廃盤だ。海外サイトでも入手困難そうです...

2006年3月 7日 (火)

アルベリク・マニャールのこと(その2)

3a8p5_2p マニャールの音楽は、その壮絶な死のあと、ほとんど忘れ去られた状態に至ります。もともと数は少ないながら、自費出版で世に出された楽譜もそれなりにあったはずですし、1930年代には、歌劇「ゲルクール」をロパルツが復元したものの録音まで残されているのですが、それでも演奏自体ほとんどなされない作曲家という扱いになってしまいます。

確かに、ヴァーグナーの影響という面では、ショーソンよりもずっと強いものがあり、フランス的な感性からは少々離れた面のあるマニャールの作品、しかも対位法的音楽が多く、演奏の技巧もかなり高いものが要求されるとあっては、20世紀前半の演奏家が好んで取り上げることがなくてもやむを得ないかな、という風には思います。

そんな中、マニャールの作品を時々演奏し、彼の復権に一役買ったと言われるのがエルネスト・アンセルメです。

アンセルメは、その長い音楽生活中、他ではほとんど演奏されなかったマニャールの作品を何度も指揮し、最晩年には交響曲第3番の録音も残しました。もう少し長生きしていたら、これ以外の曲も録音していたのかも知れませんね。昔、中古LPでこの演奏があることは知っていたのですが、やっと聴くことができた、という思いがしています。

交響曲第3番は、30歳過ぎに作曲された、中期の傑作と言えるもの。序奏−舞曲−牧歌−フィナーレという、フランスの古典的構成という感じのするスタイルです。曲は単純なメロディーを非常にドラマティックに展開したという印象。そしてここでも、非常に分厚く、対位法的な音楽づくりが目立ちます。全体を通して、確かに気楽な楽しみを覚えられる箇所が極めて少なく、晦渋な作品ととられる可能性は十分にあるでしょう。演奏の力でどれだけそこを引き立てられるか、曲の鳴らしっぷりが問われる所かも知れません。

この演奏は、非常にコントラストのはっきりした、明快な演奏です。アンセルメが最後の来日を果たした直後、亡くなる半年ほど前の指揮ですが、衰えは全く感じさせず、オケをしっかり鳴らしてくれています。まさにアンセルメの後にアンセルメなし、といったところでしょうか。

しかし、このCDでは、ショーソンの方がより鮮烈な印象を与えてくれます。この曲って、こんなに気宇壮大で豪快に鳴り渡る曲だったのだろうか、と驚くことしきりでした。プラッソンとかの演奏とはまったく違う曲のように思えてしまいます。ぜひ1度お聞き下さい、といっても今はほとんど置いていないかもしれませんが。

(なお、うちの周辺では、ショーソンの交響曲は、第3楽章のフレーズから、「ぞうさん」と呼ばれております。詳しくは、現物を聴いたらおわかりいただけるかと。


(参考ディスク)
ショーソン:交響曲変ロ長調、マニャール:交響曲第3番変ロ短調
アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管
DECCA UCCD−3013 (1967,68年録音)

2006年3月 6日 (月)

[エンドレス]うまい、安い、

ミハエル・エンドレスという名前を聞いて、「あ、あの伴奏してた人。」とお思いになる方もおいでかも知れません。

今は亡きヘルマン・プライの晩年、リサイタルなどでの伴奏を務めていた人です。

私個人としては、プライというと、10年ちょっと前にMETでベックメッサーを歌っていたのが印象に残っています。それから程なくして亡くなったので、かなり驚きました。

K8ac4fie 閑話休題、そのエンドレスが、ARTE NOVA に録音していたディスクが、現在、そこの元社長が独立して作ったレーベル、OEHMSから出ています。

ARTE NOVAも安値レーベルとして知られていますが、このOEHMSも安い。
しかも、某Waltyで1枚当たり300円台で売られていましたので、ここに挙げた計5枚、合わせて2000円していません。

上のシューマンは、2枚目の「子どものためのアルバム」を探していて捕獲。なかなか全曲演奏の録音にお目にかかれないようなので、これはなかなかのめっけものです。

M9nzy21b エンドレスの演奏は非常にクリアで、結構硬派。でもテクニックを余分にひけらかさない、さりげない感じのする音。クライスレリアーナとか、私は正直言って今までどこがいいのかわからなかったのですが、このようなクールな演奏で聴くと、イメージの連続のような曲が、頭の中で結構整理されていくような気がしてきます(シューマンのピアノ曲は、結構、この「気がする」というぐらいで良いように思えてくる)。

その傾向はラヴェルでも同様ですが、まあ当然ながらデュナーミクの幅はたっぷり大きいですけど、膨れ上がった音楽にはならず、非常にタイト。ラヴェルの音楽には大変よく合っているのではないでしょうか。「水の戯れ」の繊細とダイナミックの両面を見事に使い分けた演奏、「鏡」各曲の表情豊かさと全体に漂う余裕、これ、ホントにすごいと思います。

フランソワとかペルルミュテルの演奏も今では随分安く手に入ります(後者のNimbus盤は私も持っている)が、これはそこら辺に慣れている方には、相当傾向の違っていて「れれれ」と思われる演奏家も知れません。しかしラヴェルの音楽も、そうした多様性を許しているのでしょうね。



(参考ディスク)
(上)シューマン:フモレスケ、トッカータ、暁の歌、子どもの情景、子どものためのアルバム、クライスレリアーナ、主題と変奏、ウィーンの謝肉祭の道化
エンドレス(ピアノ)
OEHMS CLASSICS OC366 (2000〜01年録音)
(下)ラヴェル:グロテスクなセレナード、古風なメヌエット、亡き王女のためのパヴァーヌ、水の戯れ、ソナチネ、鏡、夜のギャスパール、高雅で感傷的なワルツ、ハイドンの名によるメヌエット、シャブリエ風に、ボロディン風に、前奏曲、クープランの墓
エンドレス(ピアノ)
OEHMS CLASSICS OC307 (2001年録音)

2006年3月 5日 (日)

アルベリク・マニャールのこと(その1)

1914年、第一次大戦が勃発して間もない頃、北フランスのバロンという町に、その作曲家は暮らしていました。戦争を避けるために妻子を避難させて、彼は作曲を続けていたのですが、そこにドイツ軍の騎兵隊が侵攻し、かれの屋敷を包囲します。彼は果敢にも銃を手にし、ドイツ軍の兵士1人を射殺しますが、逆に撃ち返され、家に火を放たれます。未完の歌曲のほか、彼の代表作の一つであるオペラの一部も炎の中で失われました。

作曲家の名は、アルベリク・マニャール

フランスで名高い「フィガロ」紙の編集長を父に持ち、恵まれた環境で育った彼は、若い頃から高い音楽の才能を見せていたそうですが、大学では哲学、法学を学び、その後パリ音楽院で和声、作曲を学ぶようになります(その間には、ショーソンと同様、バイロイト体験という重要な事件があるのですが)。20代のうちに2曲の交響曲ほか注目すべき作品を残しますが、当時の音楽界での理解者は決して多くはなかったようです。

やがてスコラ・カントルムで対位法を教えるようにもなるのですが、ベートーヴェンやフォレと同様、若い時期から難聴に苦しみ始め、もともと社交的な人ではなかったのが、やがて人を避けて暮らすようになっていきます。そして、生涯後半の10年間は、バロンの邸宅で作曲活動を行うことになります。

彼の死後、その数少ない作品はほとんど忘れ去られた状態になります。私が初めてこの作曲家を知った「レコード芸術」の記事には、「マニャールの音楽に、心地よく聴ける場所は一つもない」みたいな、身も蓋もないようなことが書いてあり、「何じゃこりゃ」と思った記憶があります。全体に透き通った水晶のような、硬い、寒色系の音楽。教会旋法をかなり積極的に用いたところも、地味な印象を強めているようです。

Zzfz8x5v 今でこそ、探せばほとんどの作品をCDで聴くことができますが、EMIのプラッソン指揮による交響曲全集とACCORD盤の室内楽が出るまで、ほとんど作曲家と作品の存在は顧みられてこなかったものと思われます。

特にこの弦楽四重奏曲は、冒頭の硬い付点リズムの主題から、対位法ビシバシ、アンサンブル的に難しい音楽が続きます。2楽章など「セレナード」と言いつつ、中間部はフーガですし。それに演奏時間も約40分と長大です。
しかし、音楽的な楽しみは非常に多く、いわゆるおフランス的ではない活発なポリフォニー、コラールっぽいフレーズ、
一筋縄でいかないリズムを刻む舞踊など、最初聴くと「なんぢゃこれ」という印象になるかも知れませんが、はまる人はこの魅力に抗することができなくなることでしょう。

Ory3hmox 録音はここに紹介した2種類の他、ヴィア・ノヴァによるディスクがあるようです。アルティスの録音は少々残響過多で、複雑な楽想が若干ぼかされているような感じ。しかし意欲的な録音だとは言えるでしょう。一方、イザイのディスクは最近世に出たもの。録音のクリアさもあって、彼らの高い技術と、各声部のバランスの良さ、音楽の像のとらえやすさが際だっていると思います。フォレの四重奏がカップリングされており、こちらも聴きやすい演奏です(両曲とも同じホ短調の作品ですが、曲の雰囲気は全く違います)。

いずれにせよ、この曲の演奏には職人的な確かさと骨太な音楽性が要求されそうです。



(参考ディスク)
(上)マニャール:弦楽四重奏曲ホ短調
ウィーン・アルティスsq.
ACCORD 149160 (1986年録音)
※現在販売されているデザインとは異なります。
(下)マニャール:弦楽四重奏曲ホ短調、フォレ:弦楽四重奏曲ホ短調
イザイsq.
AEON AECD0426 (2004年録音)

2006年2月26日 (日)

[ドキュメント]Horowitz in Moscow

Dxf7li08 今回は、前から気になっていてようやく入手したDVDです。

内容は、CDとしても出ていた、巨匠の86年モスクワでのライブ演奏(曲目は追加されています)、それにインタビュー等をまじえたもの。

このとき、ホロヴィッツ81歳。その3年前に、超高額チケットの日本公演で「ひび割れた骨董品」と評されたことはピアノ好きでない人にもよく知られているところでした。しかしここでの演奏は、当然に年齢による技術的衰えはあるものの、それを遙かに上回る芸術的興奮があります。このライブの直後、彼は再来日を果たし、巨匠晩年の輝きを存分に聴かせ、汚名を返上したのでした。その3年後に、ホロヴィッツは亡くなります。

このライブは、若い頃から西側(もはや死語?)で活躍してきたホロヴィッツが、61年ぶりに故郷に帰って行った演奏会。まだモスクワがソ連の首都だった頃で、映像にも、まだそういう雰囲気が感じられます。

巨匠の里帰りを異様なほどの興奮度で迎えるモスクワの人々、モスクワ音楽院大ホールの、熱気とも緊張感とも、中途半端な言葉では表現しきれない空気、ここに戻れたこと自体がうれしくて仕方ないといったホロヴィッツの表情、演奏が進むに連れて高まる聴衆の一体感(拍手だけでも感動がある!)、そして、アンコール1曲目の「トロイメライ」に涙する人々、自らも感極まりつつある巨匠の横顔...

単なる音楽DVDとしてではなく、1986年のモスクワ、そこに立つホロヴィッツ、そしてそれを迎える人々、それら全てを凝縮したドキュメントとして見るべきものなのかも知れません。カメラワークもその辺をかなり意識しているように思います。音質は「ほどほど」なので、一層そんな印象が強くなるのかも知れません。

個人的には、ホロヴィッツと言えばスカルラッティ、という勝手なイメージがあるのですが、モーツァルトのソナタやラフマニノフの前奏曲の流れの自然さ、スクリャービンやショパンの英雄ポロネーズでの年齢を感じさせない迫力、この時期は、彼の晩年でも、体力、気力が非常に充実していた時期だったのでしょう。

そしてアンコールへ...




(参照DVD)
"Horowitz in Moscow"
(1986年4月20日 モスクワ音楽院大ホールでのライブ)
1. ソナタ ロ短調K.87(D.スカルラッティ)*
2. ソナタ ホ長調K.380(D.スカルラッティ)
3. ソナタ ホ長調K.135(D.スカルラッティ)*
4. ピアノ・ソナタ第10番ハ長調K.330(モーツァルト)
5. 前奏曲ト長調op.32-5(ラフマニノフ)
6. 前奏曲嬰ト短調op.32-12(ラフマニノフ)
7. 練習曲嬰ハ短調op.2-1(スクリャービン)
8. 練習曲嬰ニ短調op.8-12(スクリャービン)
9. 即興曲変ロ長調op.142-3 (シューベルト)*
10. ヴァルス・カプリス第6番 ウィーンの夜会(シューベルト/リスト編)
11. 巡礼の年第2年「イタリア」ペトラルカのソネット第104番(リスト)
12. マズルカ嬰ハ短調op.30-4(ショパン)
13. マズルカへ短調op.7-3(ショパン)
14. ロネーズ 変イ長調 op.53《英雄》(ショパン)*
15. 「子供の情景」トロイメライ(シューマン)
16. 花火op.36-6(モシュコフスキ)
17. W.R.のポルカ(ラフマニノフ)
ホロヴィッツ(ピアノ)
SONY Classical SVD64545

[予告?]時々マーラーが聴きたくなる

何ヶ月かに1回程度の周期で、マーラーを聴きたくなるのです。

それも、「大地の歌」以降。

というと3曲しかないですが。

私がここでつらつら書いている作曲家と比べて、マーラーはメジャーすぎますし、「大地の歌」「第9番」「第10番」とも、いろいろな所で様々に言及されている作品ですので、こんなブログのエントリには書くのもおこがましい気がするのですが、

一方、そのうち、ちょっと細かいことをうだうだと書いてみたい気もしています。


さて、「大地の歌」の古典的名演と言えば、マーラーの弟子でもあったブルーノ・ワルター指揮のもの。
ステレオ時代に至るまで、出回っている録音で6、7種類あるでしょうか。

その中でも、私が最近非常に好んで聴くのが、一番古い'36年のVPOライブ盤です。

オケの、戦後の録音には聴かれないと思われる香り高い雰囲気(特に木管の音がいちいち心に沁みる)、そしてトルボルイの絶唱。非常に抑制の利いた歌声ですが、それ故余計に、マーラーが採った歌詞、そして「告別」へ向けての想いが切々と伝わってきます。

Uah3g_ba この時代にこのレヴェルの録音がライブでなされているというのも素晴らしいですが、時代を映した演奏の味わい深さも特筆ものです。ワルター/VPOのマーラーというと、'38年の「第9番」の方が有名ですが(これはこれで単なるライブ録音以上の意味を持つものと言えるでしょう)、この「大地の歌」、そして併録の「私はこの世に忘れられ」も、同様に記念碑的演奏と言えます。


Wkgkgwqs この演奏だけで何種類か覆刻ディスクがありますが、手持ちはEMIのLPを含めて3種類。当初はPearl盤でも結構いいなと思っていたのですが、OPUS蔵盤を聴いて、この演奏が現代の鑑賞に十分堪えるものだという認識をより強くしました。

(参考ディスク)
マーラー:大地の歌、私はこの世に忘れられて、交響曲第5番より第4楽章
クルマン(T)、トルボルイ(A)、ワルター指揮 ウィーンフィル
(上)Pearl GEMM CD9413
(下)OPUS蔵 OPK2049 (1936年録音)


(マーラーはまた、忘れた頃に採り上げます)

2006年2月20日 (月)

[フランスの合唱曲]命の洗濯

Vccrudm4 ヴィラ・ロボスのネタもあるんですが、ちょっと昔を思い出しながらの1枚。

学生時代、合唱団で歌っていた私は結構フランスものを愛好しており、演奏会でデュリュフレのレクイエムをやったりする(この辺についてはまた別途エントリする予定)ほどだったわけなのですが、当然、当時購入するディスクのかなりの部分は近代フランス系ということになっておりました。

同好の士も若干おりまして、ああでもないこうでもない、と言っておったわけなのですが、

その中でも、全員一致で、「命の洗濯CD」という呼び方をしていたのが、このディスクです。

中身はと言うと、フォレの「ラシーヌの雅歌」から、非常に確かな技術と豊かな響き、オルガンと合唱のバランスもとても良く、フォレの合唱曲の録音の中でも極めて上質のものと言えます。

その他の曲も、デュリュフレのモテット、プーランクの「クリモテ」、ドビュッシー、ラヴェルの「3つのシャンソン」など名曲揃い、そのどれもが好演、それも非常に雰囲気のある録音に仕上がっています。

フランスの合唱団には、これほどフランス合唱曲の美しさを表現しきれるところはあまりないような気がします(雰囲気はあってもアンサンブルの粗いところが多い)。

そして、もうひとつ、

このCDに収められているPierre Villetteという作曲家の、Hymne a la Vierge(聖母への賛歌)。

この作曲家の名前、このCDで知ったという人が大半だと思われるのですが(私もそうでした)。

何とも愛らしい小品です。

購入当時は、この音楽系の辞典にも載っていない作曲家(一応、こんな人らしいです。本CDには、1969年没となっているのですが、実際は1998年まで生きていたようですね。作品も、合唱曲以外にもいろいろあるようですが、なかなか聴くのは難しそうです)についてはまるで知識がなかったのですが、その後他の曲についてもCD(Heraldというマイナーレーベルから、バックスの曲とセットで収められたCDが出ていて、私も持っていたのですが現在何故か行方不明)、楽譜を手に入れ、その透明感のある、優しい美しさがいろいろとわかってきました。

フランス系の合唱に感心のある方、とにかく必聴の名盤ですので、是非お試し下さい。


(参考ディスク)
フォレ:Cantique de Jean Racine、Ave verum、Tantum ergo、Ecce fidelis、Maria mater gratiae、Messe Basse
デュリュフレ:グレゴリオ聖歌の主題による4つのモテット
ヴィエット:Hymne a la Vierge
プーランク:クリスマスのための4つのモテット
ドビュッシー:3つのシャンソン
サン・サーンス:2つの合唱曲
ラヴェル:3つのシャンソン
ブラウン指揮 ケンブリッジ・クレアカレッジ合唱団他
Meridian CDE84153 (1984,88年録音)

2006年2月18日 (土)

Villa-Lobosのこと(その6)

Ykjdllfyこちらからまたも続きます。)

ヴィラ・ロボスは、オーボエ以外の楽器は何でも弾けたと言われているほど器用な人だったようです。ブラジルの音楽では、やはりギターは重要な楽器の一つですし、彼自身も、かなり上手い人だったようです。そして、ヴィラ・ロボスが、ブラジルのギター音楽をコンサート・ピースとして高いレヴェルまで高めたと言えるでしょう。彼の遺した膨大な作品群のうちで、ギター曲の数は決して多いとは言えませんが、それぞれが非常に質の高い音楽です。

今回のディスクは、その中でも私が特に大好きな1枚です。

「協奏曲」は、彼の晩年にあたる1951年、アンドレス・セゴヴィアのために作られた作品。彼の後期独特の、民謡系の音を超えた、一聴すると非常にシンプルだが内容がぎゅっと凝縮された音楽です。さりげなくクールなギターが魅力的です。

そして、5曲の民謡を元にした組曲は、うんと若い頃、1910年前後に作曲されたものです。こちらは逆の意味でシンプルに、民謡のエッセンスを曲にした作品(ただし、曲のタイトルは、マズルカ、スコティッシュ、ワルツ、ガボットと、終曲のショーリーニョを除いて、いわゆる普通のタイトルです)で、どの曲もとても親しみやすい、美しい作品です。
第1曲の哀愁漂う音色を聴くと、何とも懐かしいような思いにとらわれます。

(もう2,3回、続けます、と書いたのですが、他のネタにも行きたいので、ちょっと中断。また忘れた頃に再開します)



(参考ディスク)
ヴィラ・ロボス:ギターと小オーケストラのための協奏曲、ブラジル民謡組曲、ショーロス第1番
ディエンス:ヴィラ・ロボスへのオマージュ
ディエンス(ギター)、オードリ・アンサンブル
VALOIS V6114 (1987年録音)

2006年2月 8日 (水)

[鰤]こんなのも落ちてくる

多くのクラシックファンの皆様がお世話になっていると思われる「鰤」ことBrilliantレーベル

私も、非常によくお世話になっております。

最近の傾向を見ていますと、結構EMI系のそんなに古くない録音が、ライセンス供与を受けて発売されているようです。

Zpsic6jq 個人的には、そういうのを「鰤に落ちてくる」などと表現しているのですが、中には、サヴァリッシュのブラームス全集のように、「それってフルプライスで持ってますがな」というのも当然あります。
しかし、例えばかの「フォレ歌曲全集」みたいなのが出てきますと、
EMIさん、ありがとっ!
などと口走りたくなってしまいます。
昔から、ステレオ録音ではこれしかない、と言われている決定版全集ですよね。
でも、通して聴いていくと、この全集の最大の功労者は、ピアノ伴奏のボールドウィンではないかいな、と思えてきます。それほどこの伴奏は雄弁です。

Zlgejcf4 さて、ほんとに、信じられないほどいろいろとツボを突いてくる録音の数々の中で、最近出てきたのが、これ。
ムーティ/フィラデルフィアのレスピーギは、私が十代の頃、久々にごっついローマ三部作が出てきた、と評判になったディスクでした。
それが私の大好きな「ボッティチェリの三部作」と「リュートのための古風な舞曲とアリア」全曲(マリナー指揮)と一緒の2枚組で出てきました。
改めて聴いてみますと、ローマ三部作、意外に落ち着きのある演奏に仕上がっているように思います。
オケはしっかり鳴っているようなのですが、いかにもEMIといった感じの芯のない録音が、そういう雰囲気を感じさせてしまっているのかも知れません。
でも、一定のレヴェルでこの曲を楽しみたい向きには、十分な水準を保っているこのディスクは、お薦めできるものだと言えるでしょう。


現在、このレーベルから出てくるのを期待しているのは、ショスタコーヴィチのピアノ曲です。
交響曲、弦楽四重奏曲、室内楽曲、ジャズ組曲と続いているので、今度はピアノ曲全集を、と思っているのですが。
タコに関しては、オリジナルで出してきているようですので、こちらも何か用意されているのでしょうかね。

2006年2月 4日 (土)

Villa-Lobosのこと(その5)

8avkfe1xこちらからどんどん続きます。)

あらゆるジャンルに膨大な作品を残しているヴィラ・ロボスですが、主要な宗教合唱曲は人生の半ばを過ぎた辺りから出てきます(初期にはア・カペラのためのモテットを結構作曲していたようです)。主だったところでは、50歳の1937年、リオ・デジャネイロの守護聖人である聖セバスティアンの名を冠した女声3部のためのミサ曲が最初ということになります。

その後も、決して曲は多くないようです。6声のアヴェ・マリア(ポルトガル語版、10年後にラテン語版に改作)が翌年に作曲されたあとは、ア・カペラの合唱曲が数曲、と言う程度で、あまり目立ったものではありません。

さて、彼の最晩年、当時のローマ法王ピウス12世からの委嘱により、管弦楽、アルト独唱と合唱のための「マニフィカト−アレルヤ」が作曲されます。これは独唱のマニフィカトに、合唱のアレルヤが応えるという形式で、結構シンプルな作品ですが、非常に高揚感があり、祝祭の場で大きな合唱団でやると感動的なものになりそうな作品です。

そして、この曲が初演されてまもなく作曲された彼の最後の合唱作品が、「ベンディタ・サベドリア」(祝福された知性)という曲。ニューヨーク大学の合唱団に捧げられた作品は、民謡臭さのない、でも彼らしい濃密な音楽。歌詞の多くは箴言(終曲のみ詩篇90)の一節から採られ、それぞれ短いですが相当に性格の違う6曲で構成されています。譜面面はそんなに難しい曲ではないですが、「濃い」曲が多いので以外に体力が要ります。和音も結構ややこしい部分があります。ただ終曲の大きく広がりを持った音楽は演奏効果もあり、もっと演奏されていい曲だと思います。

もう10年近く前になりますが、この曲を当時やっていた小さな合唱団で演奏したことがあります(しかも指揮をやった)。4曲目のVir sapiens, fortis est.(「知性あるものは強い」、CDだと30秒足らずの速い曲)をFortis強調で思いっきり遅く演奏したり(1分近くかけた)、いろいろ遊んでました。

(まだ続きます)


(参考ディスク)
ヴィラ・ロボス:聖セバスティアンのミサ、マニフィカト−アレルヤ、ベンディタ・サベドリア、アヴェ・マリア その他
ベスト指揮 コリドン・シンガーズ、コリドン・オーケストラ
Hyperion:CDA66638 (1993年録音)

[モツレク]最後に歌ったのはいつだったか

今年は、生誕250年のモーツァルトイヤーですね。

地下鉄の駅にも、大フィルの「モツレク」のポスターが貼られています。

大フィルで「モツレク」と言えば、15年前の、没後200年のモーツァルトイヤーのとき、命日に当たる12月5日に、いずみホールで朝比奈氏が指揮したことがありました。当時FMで放送されたこともあったので、ご記憶の方もおいでかも知れません。

その頃京都のとある合唱団に所属していた私は、運良く歌わせていただくことができました。

その頃、朝比奈氏はちょっと体調を崩し気味で、当日の出演が微妙なほどだったのですが、練習での厳しくも人間味あふれる姿、本番でのきびきびした指揮ぶりに、我々は結構マジに、「あと30年は現役でいけるで」などと言っていたものです。

特に晩年はモーツァルトをあまり指揮されていないと思いますので、大フィルレーベルでそのうち出てきたりはしないでしょうかね(放送の時の録音はあまり良くなかったような気もしますが)。

さて、合唱からしばらく遠ざかっている昨今、最後にこの曲を歌ったのも11年ほど前になってしまいますが、

ここにあげたディスクは、86年のライブ盤、

オケはちょっと好き嫌いが分かれるかも知れませんが、合唱がライブ録音とは信じられないほどの上手さです。技術が確かで、しかも暖かい。すごいです。

テンポは速め、と言っても、サヴァール(約45分で終わってしまう)のような超高速ではありません、普通に聴ける程度です。

なお、このディスクは、「バイヤー版」なのですが、

普通のジュスマイヤー版とは、合唱の楽譜も微妙に違います。

モーツァルトが作曲した以外の部分で、Lacrimosaの最後の方とか、Osannaとかが結構違っていたり、細かい母音の当て場所が違ったりとかもあるのですが、

個人的にとても印象に残る相違点は、Rex tremandaeの最後(Salva me, fons pietatis)。

ジュスマイヤー版では、テノールが最後の音でFに上がって、d-mollの主和音に収まりますが、バイヤー版では、テノールがDに下がって、空虚5度でふっと突き放すように切れます。

この部分、一瞬、虚無の彼方に放り出されるよな寂寞感が、バイヤー版随一の魅力と言っても過言ではないと思います。




(参考ディスク)
モーツァルト:レクイエム
シュミットヒューゼン、パトリアス、マッキー、ヘレ
S.クイケン指揮 ラ・プティット・バンド、オランダ室内合唱団
ACCENT:ACC68645 (1986年録音)
Axizjzmw

2006年1月28日 (土)

Villa-Lobosのこと(その4)

Ob67mwz2こちらからさらに続きます。)

このディスクは現時点では手に入りにくいかも知れません。

しかし、ヴィラ・ロボスの「合唱もの」という面では、かなり貴重な録音を含んでいます。

ブラジル風バッハの第8番は、オーケストラ向けの4楽章作品ですが、その第4楽章のフーガが、作曲者自らにより、ア・カペラの合唱向けに編曲されています。
この曲も歌詞はなし。ほぼ"la"で通す歌で、第9番のように、音をいろいろと変えて、というところまでは行っていません。オケを聴いている限りは、結構重ための曲のように思っていたのですが、合唱版では余りそういう感じはしません。
第9番の1年前に作られていますので、純粋な合唱向けフーガとして作られた(とはいえ後に作った弦楽合奏版の方がポピュラーなようですが)第9番の前に、試しに作ってみた、という感じもあるのかも知れません。オケ版の第8番よりも、この曲の方がシンプルで良い、と思われる向きもあるのではないでしょうか。

その他、3曲の歌曲からの編曲作品が入っています。どれも民謡をベースにした作品で、"Xango","Estrela e Lua Nova","Caboca de Caxanga"(文字飾りは省略)の3曲です。もっとも前の2曲は斉唱ですが、3曲目はとても軽妙で愛らしい作品で、私の非常に好きな曲でもあります。

ディスクの残り(というかそちらの方がメインなんでしょうが)は、ショーロスのうち、ソロ、室内楽向けの作品を集めています。ギターのための第1番は、多くのギタリストが録音している比較的有名な曲ですが、その他はあまりまとめて録音している例は多くないように思われます。男声つきの第3番とかは、なかなか聴くことのできない曲ですね。

演奏の質は、まあ悪くないな、という程度。第7番は、前回のLontano盤の方がより精妙な気がします。

それにしても、ヴィラ・ロボス系の録音には、こういうキワモノ的なカバーが多いですね。


(参考ディスク)
ヴィラ・ロボス:ショーロス形式の五重奏曲、ショーロス第1,2,3,4,7番、New York Skyline、オーボエ・クラリネット・ファゴットのためのトリオ、フーガ、ブラジル民謡集
クインテット・オブ・ジ・アメリカズ、シネ・ノミネ・シンガーズ
Newport Classic NPD85518 (1987年頃録音)

2006年1月22日 (日)

Villa-Lobosのこと(その3)

Nbsac8e8こちらの続きです。)

ブラジル風バッハ第9番は、もともと合唱曲として作曲されたものです。前奏曲はそんなに難しくないように見えて和音がかなり複雑、音が取りにくそうです。そして特にフーガは混声12部、8分の11拍子、歌詞はないが全般にスキャット風で、母音、子音の表情付けまで考えると相当な難曲と言えます。しかし、やはりこの曲はバッハ的ながっちりした構成と、ブラジル的な哀愁とが何とも言えないバランスでないまぜになり、かつまた後半へのシンフォニックな盛り上がりが素晴らしい。

しかし(実は楽譜を持っていますが)、これはむちゃくちゃに難しい。これをがっちり合わせていい音楽に出きる合唱団は、プロでもそうはいないのでは...

と思ったら、CDがちゃんとあるんですね(未聴ですがもう1種類良い録音があるらしい)。

このディスクは、この曲以外にも、Sexteto Misticoとか、四重奏曲とか、ショーロス第7番とかの極めて質の高い演奏が収められており、マニアにはたまらない名盤として人気があるようなのですが、私にとって、このBBCシンガーズによる第9番の演奏は、現在のところこれ以上を望みがたい(他の録音を知らないが)大名演と言える存在です。

合唱に、端から端までほぼ隙がなく、でも決して技術の高さをひけらかすような演奏ではなく、とても人間味のある歌声に満ちていて、そしてクライマックスへ向けての見通しも非常に良く、この曲を初めて聴く方にも「ぜひ」とお薦めできる内容です。これからもっとうまい演奏が出てくる可能性は十分ありますが、ディスク全体の構成から見ても、この録音の価値の高さはそんなに落ちることはないでしょう。
ただし、現在の入手困難度は不明です。


(合唱系のネタで次回につづく)

(参考ディスク)
ヴィラ・ロボス:神秘的六重奏曲、2つのChoros bis、フルート・アルトサックス・チェレスタ・ハープと女声合唱のための四重奏曲、ショーロス第7番、ブラジル風バッハ第9番
ロンターノ、オダリン・デ・ラ・マルティネス指揮 BBCシンガーズ
LORELT LNT102 (1992年頃録音)

2006年1月15日 (日)

Villa-Lobosのこと(その2)

Z4nds56l (その1)と書き出してそのままになっていたヴィラ・ロボスのCDについてです。

前回のネタの続きで、もう少し、ブラジル風バッハについて。

全9曲あるこの曲集の中で、私の好きな曲は4番と、9番。

第4番はピアノ曲としても知られていますが、特に第1楽章(プレリュード)の哀愁の塊のようなアダージョ(個人的にはこの作曲家最大の傑作だと思う)、第2楽章の静謐な空気の中から立ち上るロマンティックな音楽の盛り上がり、第4楽章の複雑な色彩を放つ舞踊音楽など、オケ版の方が私は好きですね。

紹介したCDは、これってマイケル・ティルソン・トーマスの趣味!?、みたいな奇怪なブックレット写真(表紙だけではなくて、裏面やディスク面の写真も結構強烈です)第4番に関しては、ちょっと第1楽章が淡泊な気がする(録音が遠目なのが原因かも知れません。なお、この楽章は、作曲者の自演盤ではダカーポしてきっちり繰り返していますが、この演奏は1回のみです)のですが、後になるほどリズムの切れもそこそこ良く、他の曲も凄いというほどではないものの、それなりに粒が揃っています(オケは若手主体で、完全プロの団体ではなかったように思う)。ブラジル的な空気にも不足していない、まずまず良い演奏です。

さて、第9番は、純然とした「前奏曲とフーガ」という感じの10分余りの曲でありますが、そのフーガがなんとも一筋縄ではいかない8分の11拍子。声部も結構細かく分かれ、シンコペーションも利かせまくりですので、かなり演奏は難しそうです(自演盤はオケの縦が揃わず、かなりきわどいところまで行ってしまっています)。終盤のクライマックスはヴィラ・ロボス以外には絶対書き得ない、「魂」からにじみ出る音楽です。

で、この第9番、紹介したCDにあるように、弦楽合奏で演奏されるのが普通なのですが、オリジナルはなんと12声部の合唱曲でありまして、作曲者も「これはちょっと難しすぎる」ということで、弦楽版を作ったという経緯があります。私も合唱版の楽譜を持っていますが、「できることなら一生に一度歌ってみたい」と思うんですけど、ちょっととんでもない曲であるのは事実です。

ところが、その合唱版の、またとてつもなく素晴らしい録音があったりしまして...(以下続く)


[参考ディスク]
ヴィラ・ロボス:ブラジル風バッハ第4,5,7,9番、ショーロス第10番
T.トーマス指揮 ニューワールド響
フレミング(ソプラノ、第5番)、BBCシンガーズ(ショーロス)
米RCA(BMG):09026-68538-2 (1996年録音)

2005年12月11日 (日)

[ブラームス]全ての合唱好きの方に

3a_q43cg 合唱曲集として発売されたのは去年の春頃だと思います。ブリリアント版大全集にも入っている録音ですが、ようやく手に入れました。HMVがちょっとディスカウントしていて、8枚組が3180円です。

とにかく、ブラームスの管弦楽伴奏のない合唱作品がほとんど全て、それもものすごい、とまでは言わないまでも、十分高いレベルの演奏、録音で収められています。単品ならもっといい演奏もあるでしょうし、実際にいくつかの曲では具体的に思いつくものもありますが、とにかくこの内容で8枚組の全集をまとめていることに感動です。

合唱に関わる人なら、是非聴くべし。

[ディスク]
ブラームス:合唱曲全集(8枚組)
リーベスリーダー、ドイツ民謡集、ジプシーの歌、モテット集、その他
マット指揮 ヨーロッパ室内合唱団 他
Brilliant Classics 92179 (2003年録音)

2005年11月28日 (月)

Villa-Lobosのこと(その1)

U54coez3 さて、傾向を変えます。

私がとても好きな作曲家の一人に、ヴィラ=ロボスがいます。
作品数約600曲、ほとんどの楽器を自ら演奏できた人だけに作品のジャンルも幅広く、録音がない曲もかなり多いものと思われます。

中でも特に有名なのは、いわゆる「ブラジル風バッハ」Bachianas Brasileiras 全9曲でしょう。これも9曲いろいろな楽器編成で、曲の形態も一様ではなく、バッハのイメージだけ借用したブラジル音楽、という風情のものから、かなりバッハの作品を意識して作られたとおぼしき曲までいろいろです。

とりわけ名高いのは、恐らくそれと意識しないで聴いたことのある人は多いだろう第5番ですね。ソプラノと8本のチェロのために書かれた作品ですが、これは作曲者が特にチェロを得意としていたせいか、非常に気合いの入った作品になっています。
この曲は最初はAriaだけが作曲され、のちにDansaを追加したものですが、Ariaは、かなり明白に「G線上のアリア」を意識した作品になっています。ただ、旋律に漂うのは、いかにもかの国らしい、「サウダーデ」の雰囲気。一度聴いたら、脳裏にとりついて容易に離れがたいものとなります。特に、後半、弱音のBouche fermeeで歌われる部分は、何とも言いようのない切なさを湛えた音楽です。ただ、歌う方は大変だと思います。

写真のCDは、この曲の初録音を歌ったビドゥ・サヤンの歌唱を集めたもの。彼女はリオデジャネイロで生まれ、1930年代後半から50年代前半に、主にメトロポリタンオペラで活躍した名歌手です。最近はNAXOSから出ている戦前戦中辺りのライブ録音にしばしば登場していますが、それでも正規の録音が余り多い人ではないようです。
このディスクには、他にグノー、マスネのオペラアリアや、デュパルク、アーン、ドビュッシー、ラヴェル他の歌曲、ブラジル民謡の編曲作品が収められています。どれも非常にふくよかな響きですが線はキュッと締まっていて、時代を感じさせない、今でも大変聴きやすい歌声です。
ただ、ちょっと録音が、ノイズ処理とか無理にやりすぎてるんぢゃないだろうか。

[参考ディスク]
ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ第5番(アリア)
グノー:「ファウスト」、「ロミオとジュリエット」より
マスネ:「マノン」より
アーン、デュパルク、ドビュッシー、ラヴェル、ケクラン、モレの歌曲
ブラガ:ブラジル民謡集
ビドゥ・サヤン(ソプラノ)他
SONY Classical: MHK62355 (1941〜50年録音)

2005年11月16日 (水)

[収穫]ショパンが2ヶ

最近、大阪駅前第1ビル西側の某CD屋(わかる人にはわかりますね)の中古コーナーで、前から入手したかったショパンのCDを2点、うまくゲットできました。
どちらも画像は都合によりありませんが、

ひとつはショパンのワルツ集全19曲、イングリット・ヘブラーの1970年録音。
ヘブラーというと、モーツァルト弾きみたいな印象を持つ人もいるかも知れませんが、このショパンも、古典を弾くような、きっちりと、変に構えたり崩したりするところの全くない演奏です。素人が言うのはおこがましいですが、ピアノを学ぶ人にはぜひ聞いておいて欲しい演奏、という印象です。

もうひとつは、同じくショパンの夜想曲全集+舟歌+幻想曲、クラウディオ・アラウの1977〜80年録音。
これがまたなんというか、リッチでロマンティックで、でも冷静さを失っていない、落ち着いて鑑賞できる演奏です。

どちらも大変素晴らしい。しかも安かった。前回のこれと合わせても全部で2500円ぐらい。結構言い買い物をした気分です。

2005年11月 5日 (土)

フリッチャイのこと(その5)

4xikbrem ようやく、このディスクを購入しました。
今回のシリーズ投稿をするに当たって、このフリッチャイの「悲愴」は押さえておこうと思っていたのですが、どうも日本盤で2500円「も」するというのが気に入らなかったのです。ようやく今回、中古盤で安くでているのを発見し、聴くことが出来ました。
ライナーノートによると、第1楽章の一部を本人が再録音したいと考えていたのだが本人死去により実現せず、そのため発売まで40年近くお蔵入りになってしまっていたとのことです。しかしその第1楽章の演奏も、かなり遅いテンポで、ちょっと入り込みすぎではないかと思うほど感情をそそぎ込んだ演奏。雰囲気は陰鬱といっても良いほどですが、イエス・キリスト教会の清澄な残響と、それに合わせたような暖かめの録音(DGとしてはごく初期のステレオ録音ですね)が救いになっていると言えそうです。

この時期彼は、生命の危機にまで至った病気から一時復帰し、演奏にいっそう奥深い感情を聴かせるようになった気がします。この時期が、フリッチャイにとって短い最後の、「傑作の森」と言えるでしょう。

Undymj3k フリッチャイのステレオ録音といえば、もうひとつ素晴らしい演奏なのが、この「第九」です。一部には、F.ディースカウがソリストで出ている唯一の正規録音ということで有名だそうですが、そんなことよりも、特に1,3楽章が、悠然としたテンポでかっちりと鳴らしきった名演奏(このあたりに、フリッチャイの充実度の高まりが感じられます)。しかもこの演奏は手兵ベルリン放送響ではなく、ベルリンフィルです。はっきり言って音の厚み、管弦それぞれの力強さはやはりこのオケならではのものです。また、合唱がこの時代の録音としてはかなり優秀なのもプラス材料ですね(「第九」の合唱に関しては、また改めて書くこともあるでしょう)。「悲愴」とは違い、どっしり構えつつ推進力で聴かせる明晰な演奏。なお、オケは違えど録音の傾向は似通っています。状態はかなり良いです。


[参考ディスク]
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
フリッチャイ指揮 ベルリン放送響
グラモフォン:POCG−1957
(1959年録音)

ベートーヴェン:エグモント序曲、交響曲第9番
フリッチャイ指揮 ベルリンフィル、聖ヘトヴィヒ聖堂合唱団
ゼーフリート(ソプラノ)、フォレスター(アルト)、ヘフリガー(テノール)、F.ディースカウ(バリトン)
独DG  463 626−2
(1957,58年録音)

2005年10月31日 (月)

フリッチャイのこと(その4)

L1srihlk フリッチャイの演奏の中で、オペラの占める位置は決して小さくはありません。晩年の「魔笛」、「ドン・ジョヴァンニ」他のモーツァルトの名盤や、「フィデリオ」のスタジオ録音は非常に印象に残るものですし、バルトークの「青ひげ公の城」なども有名な演奏です。

ここに挙げたのは、ヴェルディの「レクイエム」と聖歌四篇という組み合わせの2枚組です。前者は1960年、後者は1952年の、いずれも手兵を率いてのライブ録音です。
どちらも演奏は素晴らしい。「レクイエム」は、晩年の彼らしい少々遅めのテンポ、そして全般に振幅の大きい、ドラマティックな表現が感じられます。一方の「聖歌四篇」は、どちらかというとビシッとタイトで直線的な雰囲気の演奏です。でも、どこを切り取っても歌にあふれた名演であることには変わりありません。

問題は、どちらもかなり録音が悪いこと。当時のライブとしても、決して高い音質ではありません。ただ、新しい録音でないと困る、という方以外には、聞き苦しいというほどではなく、何とかおすすめできる程度です。私も他にこれらの曲のディスクは保有していますが、演奏の魅力から、こちらを聴く機会がもっとも多い、というところです。

実は、「レクイエム」を合唱団で歌うことがあった際、アバド盤を音取り用に、そしてこちらを鑑賞用に購入した、という経緯があったりします。


[参考ディスク]
ヴェルディ:レクイエム、聖歌四篇
フリッチャイ指揮、ベルリン放送so. RIASso.
シュターダー(ソプラノ)、ドミンゲス(アルト)、カレッリ(テノール)、サルディ(バス)
独DG 429 076−2

2005年10月 3日 (月)

フリッチャイのこと(その3)

Ilqdlrhv 前回はフリッチャイのバルトーク録音についての記憶をたどりましたが、彼にとってバルトークやコダーイ(これについても、「ハンガリー詩篇」その他の曲を集めた名録音がありますね)は同じ国の大先輩、そして同時代の大作曲家なわけです。

フリッチャイは、録音に残されているだけでも、このほか、ストラヴィンスキー、マルタン、ショスタコーヴィチ、エック、ハルトマン、フランセ、ブラッハー、リーバーマンなどなど、同時代の作曲家の曲をかなりの数演奏しています。

彼は戦前から指揮者としての活動をはじめていますが、本格的にこの世界にその名をとどろかせたのは、1947年のザルツブルク音楽祭、クレンペラーの代役(初日の2週間ほど前に、アシスタントとして採用されていたフリッチャイが指名されたようです)として振ったアイネムのオペラ「ダントンの死」の成功であったようです(この録音も出ており、私も目撃したことはあるのですが、未聴です)。その後、翌年にマルタンの「魔法の酒」というオペラを指揮、さらにその翌年に、オルフの「アンティゴネ」と、新作オペラの初演を続けて任されることになります。

「アンティゴネ」は、ヘルダーリンが、ソフォクレスの悲劇をドイツ語訳したテキストを用いていますが、作品としては、ギリシア悲劇を朗唱を中心に、近代のオペラの様式に何とかはめ込んだという風な印象を持つ作品です。CDで音だけ聴いても、すごいなあ、というのは感じるものの、なんだか作品全体のイメージが湧きにくいのです(さすがに歴史的録音、ライブということで、音質はまあそれなりなものです)。

しかし、ともかくザルツブルク音楽祭が、彼に3年も続けて新作の指揮を任せたという事実だけとっても、彼の才能と統率力の確かさがうかがえるというものでしょう。

どうせなら、有名な「カルミナ・ブラーナ」の他、オルフの他のオペラ録音もあれば、と思うのですが、どうやら全曲録音は、他に残っていない模様です。「カルミナ」とかはヨッフムがモノラル時代にも録音している所からみて、フリッチャイの録音は予定されていなかったんでしょうね。


(参考ディスク)
カール・オルフ:歌劇「アンティゴネ」
フリッチャイ指揮 ウィーンフィル、ウィーン国立歌劇場合唱団
フィッシャー(アンティゴネ)、イロスヴァイ(イスメネ)、ウーデ(クレオン)、ヘフリガー(ティレジアス)他
伊ストラディヴァリウス:STR10060
(録音:1949年)


2005年9月26日 (月)

フリッチャイのこと(その2)

Wt7fubss 前回、合唱団の思い出から、フリッチャイではまずモーツァルトの「大ミサ」ということで参りましたが、現在、個人的には、フリッチャイと言えば、バルトークなのであります。
私がはじめて買ったフリッチャイのバルトークのディスクは、当時銀色ジャケットのFricsay Editionという企画で販売されていた、ピアノ協奏曲第3番(モニク・アースのソロ、旧盤)、2つの肖像、それに舞踊組曲という組み合わせのLPでした。特に、「舞踊組曲」のきびきびした躍動感と、切れ味鋭い音楽の運びに魅了され、今に至るも愛聴しております。私はこの曲のベストの録音だとまじめに思っています。
Ejri7s9e ピアノ協奏曲も、ゲザ・アンダとのステレオ録音が残っています(こちらは全曲録音)が、アンダとの演奏は、第2番の方がより印象に残る気がします。こちらのモノラル盤の方がスッキリとしていて聴きやすい。
現在はいずれの曲とも、組み合わせの変わったCDで聴いていますが、ヴァイオリン協奏曲第2番のこれほど「美しい」演奏もそうはないのではないかと思ったり、各曲にそれぞれ発見があります。
唯一、「カンタータ・プロファーナ」だけは、ハンガリー語の演奏(フェレンチク盤が録音イマイチながら乗りの良さも一番)の前ではちょっと弱いな、と感じます。これはバルトークの他の合唱曲にも同様に言えることなのですが。
Qvnveuct

さて、LP期の頃から、フリッチャイの「オケコン」が1300円盤のシリーズで売られてたりしていたのは知っていました。これが名盤ということもです。でも長いことこの演奏は何故か聴かずに過ごしていました。CDを購入したのは比較的最近のことです。
聴いてみて、何故この演奏をもっと早く知らなかったのかと後悔するほど、これは素晴らしい。この曲と言えば、ライナーやショルティ、ドラティと言った、同郷、あるいは同時代関係者の演奏の評価が高いのに、ともすれば同列に扱ってもらえないのは残念なところです(録音が1957年なのにモノラルというのも少し損をしている点かも知れませんが)。
とにかく、激しさと、力強さと、痛切なほどの歌といったものを、シカゴ響あたりよりは一段落ちるオケながらこれ以上表現しきるのは難しかろうと思うほどに磨ききった演奏です。第1楽章の弦の響きに取り憑かれたら、もうそのまま突っ走ってしまいます。上記の超弩級オケの演奏とは随分性格が違いますが、曲自体のしみじみした良さはこっちの方が伝わるのではないでしょうか。
そしてそれに加え、「弦チェレ」のガシッとタイトに締まった演奏、これはフリッチャイが残してくれた貴重な宝物の一つですね。


どれをとっても間違いのない、伝説的名演です。


(参考ディスク)
1.バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番、舞踊組曲、カンタータ・プロファーナ
ヴァルガ(Vn)、フリッチャイ指揮 ベルリンpo.、RIAS交響楽団他
独DG 445 402−2 (録音:1951,53年)
2.バルトーク:ピアノ協奏曲第3番
ドビュッシー:前奏曲集、ラヴェル:ピアノ協奏曲、左手のためのピアノ協奏曲 他
アース(P)、フリッチャイ指揮 RIAS交響楽団 他
仏DG 439 666−2 (協奏曲の録音:1953年)
3.バルトーク:管弦楽のための協奏曲、弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽
フリッチャイ指揮 ベルリン放送交響楽団、RIAS交響楽団
独DG 447 443−2 (録音:1957,53年)

2005年9月14日 (水)

フリッチャイのこと(その1)

Fka1atgg フリッチャイ・フェレンツ、この人がもう少し元気で長生きしていたら、20世紀後半の指揮界は随分変わっていたかも知れません。

ハンガリー出身のフリッチャイは、戦前から頭角を現していたのですが、戦後、西ベルリンのRIAS(放送局)のオケを持ってから、キャリアを大きくのばしていきます。しかしまだまだこれからという40代はじめに白血病にかかり、50になる前にこの世を去ってしまいます。

病気が進行しだしてからの60年代に入ってからの録音は、音楽的に少々弛緩した、覇気の感じられないものもあるのですが、モノラル後期からステレオ初期の、比較的状態のいい録音が幸いにも多数残されています。

その中でも、このモーツァルトの「大ミサ」は、古くから名演の誉れ高いものです。私個人としては、学生の時に、合唱団ではじめて歌った大曲がこれだったので(しかも安くて手に入る録音がこれぐらいしかなかったので)、なおのこと感慨深いものがあるのです。

しかもこの録音で特筆すべきは、40代、全盛期のシュターダーが、まるで水を得た魚のように自在に声を操る、「Laudamus te」、この部分だけで、この演奏の価値の高さはいつまでも保証されていると言って間違いはないでしょう。

今やモーツァルトはすっかりピリオド楽器の領域に入ってしまっていますが、このようなキュッと締まった現代楽器の演奏に魅力を感じる人は、今でも多いのではないでしょうか。

【CDのデータ】
モーツァルト:ミサ曲 ハ短調 K427、フリーメイソンのための葬送音楽
フリッチャイ指揮 ベルリン放送so. 聖ヘトヴィヒ教会合唱団
(ソリスト)シュターダー、テッパー、ヘフリガー、サルディ
独DGG 429 181−2(1959年9月録音)

2005年9月 7日 (水)

[ショーソン/コンセール]シシリエンヌって難しい

8msjxgxt その昔(というほど大昔ではないが)、京都ブライトンホテルがオープンする頃のCMで、詳しいところは忘れましたが、ぼかしのかかった緑の中の映像に重ねてかかっていたのが、ショーソンの「コンセール」(ヴァイオリン、ピアノ、弦楽四重奏のための)の第2楽章でした。
クラシック系の音楽が情景にきわめてマッチしたCMとしては、これをしのぐものは記憶にありません。どんな所かはわからんけど、行ってみたいと思わせるような(その後何度か、他人の結婚式で行きましたが、実際、いいホテルだと思います)。

この曲の第2楽章を聴くと、このCMを思い出してしまい、そのイメージに合った演奏を、求めてしまいがちになるのですが、なかなか、しっくりくるものがないんですね。

そもそも、シシリエンヌ(シチリア舞曲)というのが、曲者なんでしょう。
この曲の他にも、フォレの「ペレアス」とか、レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア第三組曲」とか、何というんでしょうか、感覚的にピタッとはまるものがなかなかないのです。気になり出すと気になってしまいます。

で、この曲に戻りますが、全体を通して、とてもきちんと書かれた、情感のバランスもよく保たれた佳曲です。フランス系の室内楽曲のなかでも、私が特に好きな部類に入ります。このCDでは、フェラスのヴァイオリンがちょっと歌いすぎのような気もしますが、バックのパルナン四重奏曲の非常に趣味の良い音が素敵です。おまけに、LP時代からのカップリングである、エスポジトの歌う「果てしない歌」に加え、ロス・アンヘレスの歌う「愛と海の詩」も収められています。

2005年8月31日 (水)

アルベール・ルーセル、海の男。

6n6w8ocd 今回は、かなりマイナーだけど個人的に大好きな曲です。

私の好きな作曲家の一人に、アルベール・ルーセルがいます。
といっても「それ誰や?」とおっしゃる向きもあるでしょうから簡単に申しますと、
ドビュッシーとラヴェルの間ぐらいに生まれて、ラヴェルと同じ頃に亡くなったフランスの作曲家(1869-1937)です。

経歴的にはかなり変わり種で、25歳まで海軍に所属し、士官として仏領インドシナにも航海をしたといいますから、まさに世界の海を渡り歩いていたというわけですね。
そして除隊してから音楽の道を目指した、という人です。
その後わずかの間にめきめき頭角を現し、29歳でスコラ・カントルムに入ってヴァンサン・ダンディに師事し、その4年後には学生の身分で対位法の講師まで務めたといいますから、よほど才能に恵まれていたのでしょう。

その音楽は、はじめは印象主義的作風だったがのちに新古典主義に転じ、なんてこと言ったりしますが、一言で片づけてしまえば、

ぶっきらぼう。

確かに初期の作品はそう言い切るほどではなくて、オケでも時々演奏される「蜘蛛の饗宴」なんかは繊細で少々アンニュイな雰囲気も漂わせておりますが、特に後期(50歳代後半以降)の作品は、まさしくぶっきらぼうそのもの。

4曲ある交響曲の第3番の出だしなど、何の愛想もなくいきなりトゥッティのたたきつけるようなフォルティッシモ。
弦の激しい跳躍が印象的な主題に至るまで、「おふらんす」的な雰囲気を期待する向きにはまるで向きません。
なんちゅうか、すごく男性的。それも体育会系、という感じ。

この「組曲」にしても然り。
だいたい曲名が、「組曲」。

曲の構成そのものは、プレリュード・サラバンド・ジーグときわめて古典的。でも曲は1曲目から、弦の太く重たい主題に始まり(いかにも彼らしい始まり方です)、短い曲ながらクライマックスまで線の太い音楽が展開します。
この1曲目の音楽の展開なんて、これが好きな人にはたまらない。でも、一般的なフランス音楽のイメージとはやっぱり違うなあ。
最後の3曲目(ジーグ)なども、素材的には非常に軽妙な音楽のはずが、なんだか一筋縄ではいかない、角張った印象を残しています。

うーん、いいのか悪いのかよくわからない煽り文章になっている・・・

ともかく、最初は非常に取っつきにくいのでありますが、慣れてくるとそれが抗しがたい魅力になってくる(という人もいる)というのが最大の特徴なわけです。

この曲にはまると、代表作といわれる「交響曲第3番」や、「弦楽のためのシンフォニエッタ」、「弦楽四重奏曲」とか、独特の「角張ったフランス音楽」をもっと楽しみたくなることでしょう。

ちなみに、海にあこがれて海軍士官にまでなったルーセルですが、海にまつわる曲は1曲も書かなかった(らしい)というのも、何だかカッコいいですよね。

他の曲はともかく、「組曲」に関しては、おすすめのディスクは絶対にこれ。
私個人の感触からすると、これはポール・パレーの大名盤と言っても過言ではありません。
メインはあくまでシャブリエでありまして、ルーセルはCD化の際におまけでつけたのが丸わかりなんですが、その両方が活力にあふれ、オケを存分に鳴らしきっているすばらしい演奏です。
1957年録音とは思えないフレッシュな録音もとても好感が持てます(最近SACDで再発されたようですね。私の手持ちはもう少し前に買ったものです)。

【CDのデータ】
シャブリエ:狂詩曲「スペイン」、田園組曲、ポーランドの祭り、楽しい行進曲 他
ルーセル:組曲 へ長調
ポール・パレー指揮 デトロイト響
米Mercury  434 303−2
録音:1957〜60年



2005年8月29日 (月)

ドヴォルザークの気合い

9xhxq8mq 私の所蔵するCDからいろいろご紹介していきたいと思います。
かなりマイナーなものも追々出てくることでありましょうが、その第1回は、学生時代に私が初めて買ったディスクであります。

私がCDを買い始めて15年あまり。
当時大学生だった私は、とはいえ自宅から通っていたので、バイト代の約4万円が自由になるお金でした。
まだまだ世の中はLPもいっぱいあった時代、大学の生協で、せっせと廉価版のレコードを買い集め、「7枚買うと1枚半額」の制度を利用して、8枚目だけフルプライス品を買う、というパターンを繰り返しておりました。

そんな頃、CDプレイヤーはようやく普及品が定価5万円台にまで値下がりし、バイト学生の手にも何とか届くところまできたわけです。
で、買っちゃいました。DENON(今じゃ正式名称も「デノン」なんですね)の忘れもしないDCD-900という型番。

さて、ハードの値段は下がってきてたのですが、問題はソフトでありました。
まだCD発売から5年ばかり。
当初より多少下がったとはいえ、今回ご紹介するディスクも、当時は40分あまりの1曲だけで、3300円もしていたのです。
今ならドヴォルジャークの交響曲全集も手に入るってもんです。

さてさて、なんでこれを最初に買ったのか、
ドヴォルジャークはいいけれど、なんで「新世界」でも8番でも7番でもなくて6番なのか。
実際、この曲ってマイナー(長調だけど)ですからね。でもいい旋律なんです。
それはともかくとして、しかし、数少ないこの曲のディスクの解説は、どれを見ても、「素朴」「民族的」、そして、同じ時代に作られたブラームスの交響曲第2番との関わり。
(調性も同じだし、雰囲気もどことなく似ている。)
でも、それだけで片づけてしまって良いのか。

この曲の最初をちょっと聴いてみましょう。

最初、ホルンによるA音のシンコペーション。
そして低弦がこの曲の基本となる動機を奏でます。
(ブラ2の冒頭のB-Cis-Bに、この辺も似ています)
A−Dです。
これを木管が引き継ぎます。
もう一度低弦−木管が繰り返します。
A−D−Dです。
そしてこの動機から発生した、最初の主題が導かれます。

A(アントニン)D(ドヴォルジャーク)さん、

思っくそ、自分の宣伝やないのー。

それもこのフレーズの出て来かた、ちょっと昔の、
「おさ、・・・おさむちゃ・・・おーさむちゃんでーす!!」
をどことなく思い起こさせます。

この動機はいろいろと形を変えて、曲のポイントポイントで繰り返されます(3楽章の冒頭然り、4楽章の冒頭、それに曲の最後はAD、AD、ADでたたみかけます)。
素朴で民族的、という作風は、彼の音楽の本来的特質ではあるけれど、狙った「路線」でもあったわけですね。

でも、それを悪く言うつもりはまったくありません。
そりゃウィーンで、名物指揮者ハンス・リヒターに振ってもらう曲です。チェコのローカルスターから、ワールドクラスのメジャー作曲家になろうか、ってなもんです。
気合いも入ります。
ここぞとばかり、自分を大いに売り込みたくもなるでしょう。

そもそも芸能音楽の世界なんて、特に自己顕示欲が強くないとやっていけるもんではないでしょう。
(私、芸能人の度はずれ行為や、いわゆる売名行為には結構寛大です。ある程度は、やり方にもよりますが。)

この曲、どういうわけかウィーンでは初演できなかったのですが、プラハを始め、欧州各地で好評を博し、結局ウィーンでも演奏され、リヒターに献呈されます。
そして彼の交響曲中、初めて公に出版される作品になったのでした。

私がこの曲のディスクを最初に買ったのは、当時エアチェック(んー、懐かしい響き!)のテープを持っていて、気に入っていたからです。
親しみやすい旋律、盛り上がりのツボを押さえた曲作り、ブラ2以上、とまでは言わないものの、十分に対抗できる魅力があると思うのですが・・・

その後いくつかの演奏を聴いていますが、このノイマン指揮の演奏が、一番気に入っています。録音的にはちょっと残響過多なところがあるようですし、ちょっと切り込みが浅くて微温的にきこえるような気もしますが、音楽の流れが最もきれいなのがこの演奏ではないかと思います。

[ディスクのデータ]
ドヴォルジャーク/交響曲第6番ニ長調
ヴァーツラフ・ノイマン指揮 チェコフィル
録音:1982年
ディスク番号(当時):33C37−7705


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