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2014年7月

2014年7月31日 (木)

[エボラ出血熱]西アフリカのホットゾーン

かつて、この病気を題材にした「ホット/ゾーン」という本を読んでページをめくる手が止まらなかったことがあります。今回の流行は今年の2月に端を発し、いわゆるザイールエボラというエボラの中でも致死性の高いウィルスが引き起こしているものである様子。関係国が神経質になるのもやむを得ないところでしょう。





エボラウィルスは非常に感染力が強く、一般的には患者の血液、体液への接触を介して感染する(逆に飛沫感染は相当近接していないと起こらないと言われているし、空気感染はない)と言われていますが、数個のウィルスを取り込んだだけで発症の恐れが強いという危険性の高さ、そしてこの型のウィルスであれば一旦感染すれば致死率6割から9割という悪性度の高さ、というところからして、特に医療関係者にとっては非常に厳しい病気ですし、患者と対峙する形になる医師が感染するケースもいまだに後を絶たない(相当の対策はしているはずですが)ですし、シエラレオネで対策の中心にいた医師が発症し亡くなったり、現地入りしていた米国人関係者にも感染が起こったりという状況はあるようです。



ただ、一般の人の感染原因は限られている(家族内での感染のほかは、患者の死後もウィルスはある程度の期間生き続けるので、葬儀のときに遺体に接触して感染したり、あるいは野生動物の捕食により感染するケースが多いようです)ので、適切な隔離策さえ講じられれば、先進国で感染者が確認されても大規模な感染拡大は起こりにくいのでは、とも言われているようです(現地ではゴリラやチンパンジーへの感染による大量死も問題になっているようですね)。しかし流行地域ではインフラの不備、感染に対する情報、対策の遅れなどもあってなかなか制御しきれないうちに新たな感染が起こっている、という状況が続いているようです。終息にはまだ時間を要するようです。



非常に恐ろしい病気で、もし流行範囲がさらに拡大すると懸念も一層ひろがるわけですが、感染症はこれだけではありませんし、感染がより広い範囲にわたる恐れ、という点ではいわゆる新型インフルエンザに限らず古くから知られている病気にも注意すべきものはいくつもあります。歴史の大きな一面は、感染症との戦いであったわけですからね。







2014年7月29日 (火)

[佐世保女子高生殺害]思春期は残酷さを秘めている、とは言うものの

久しぶりにこの種の事件を採り上げる気がしますが、別にこの種の事件が発生していなかった訳ではないでしょう。ときに思春期の男女の心には非常に残酷な思いが広がることがあるもの。それを普通は抑制し、あるいは家庭が、周囲の人間関係が緩和したりしていったりするわけですが、ここにはそういうものが働く余地がなかったのでしょうか。どうもそういう傾向があったようには思われますが。ともかく、似た世代の娘を持つ身としては、何ともやりきれない思いを感じる事件であります。





例によってネット界隈では被疑者やその家族に関する情報が晒されてしまっていますが、ここでは一応極端に具体的なことは触れないことにして、でも、佐世保ぐらいの町で地元の名士、さらには何らかの加減で弁護士の家、なんてことが知られてしまえばいとも簡単に特定がなされてしまうものです。それはともかく、それだけ良いところの家で育ち、一方では実母をガンで亡くし、すぐに後妻が来て、では本人はと言うと、どういうわけだかマンションの一室をあてがわれて高1にして一人暮らし。その時点で、事件当時の家庭環境に不穏なものを感じるわけですね。さらにこの先、豪州留学なども計画されていたらしい。恐らく家庭に何らかの注意信号が発せられるどころか、それを敢えて遠ざけるような流れが作られていたようにしか見えません。



報道で語られている殺害動機(感情的な誘因があったことを窺わせない供述、犯行時点から感じられるある程度客観的な物言い、といったものは、過去にもあった猟奇的な少年事件の被疑者にある程度通ずるものがあるように思われます。そういうものは必ずしも「異常」と言ってしまって済むものではなく、ある程度の割合で、感情の底には持っていて不思議なものではないはず。それが行動として発現するかどうかは、環境的な要因などがきっとあるのだとは思いますが。



この事件の被害者にされてしまった同級生は、中学時代から友人と言っていい関係だったようですし、事件を予感してこのマンションの一室に向かった訳ではないでしょう。まことに不憫でなりませんが、しかしこうした事件が何かの対策で絶対にゼロになる、ということもあり得ない。こうした年代とは時として想像を超える残酷な事態を引き起こしてしまう、ということは、感情の爆発のさせ方はそれぞれに違うでしょうが、やはり親の側としても冷静に頭の片隅に留めておくべきでしょう。



しかし、これでお役所的に、「いのちを大切にする教育」なんてきれい事でやっても無駄だった、という結論にはならないんでしょうね。いやもっときめ細かくああやるべきこうやるべき、という議論ばかりが目立って、とかいうことになるのかも知れません。事実はそんな筋からかなり遠く離れて起こっているような気がしますけど。







2014年7月27日 (日)

[西之島]どこまで大きくなるんでしょうか

噴火情報とか島ができた情報とか島がくっついた情報とかから随分経ってどうなってるんかと思ったら、まだまだ成長中だったんですね。





西之島自体は、水深2000m以上の深さからそびえ立つ巨大な火山の山頂部に当たり、周辺には火口丘が形成されていて、新島はその中で成長を続けている様子。まだまだ噴火も続いているみたいです。海上保安庁がデータベース上の写真を公開していて成長の推移を見ることができますが、今では東西1kmを越えるサイズになり、まだ主に東への拡大が続いているという状況ですね。



何でもこの島、旧島のときから、噴火後に採取された溶岩が玄武岩ではなく安山岩であった(普通マントルから生じるマグマは玄武岩質で、海底火山からは玄武岩が噴出してくる、というのが常識的な考え方)、ということで、これは大陸を形成する物質がこんな海底火山がから噴出しているということになり研究者の注目を集めたもので、今回の噴出物を採取できるようになることが期待されているんだとか。



地球にはまだまだわからないことがたくさんありますね。いずれは活動も落ち着くでしょうから、そこでまた様々な研究がなされるのでしょうが。







2014年7月22日 (火)

[マレーシア機撃墜]30年前と似た状況?

というわけで、しばらくエントリをしていなかった間に起こったこの事件、民間機の撃墜というと、どうしてもあの事件を思い出してしまうのですが。。。





民間機を故意、過失いずれかによって撃墜してしまったケース、というのは過去いろいろあり、その大半は紛争がらみ、あるいはもう少し古くは冷戦時代の特殊な状況が絡んでいるわけですが、その中でも私がまだ学生時代に起こったのが、大韓航空機撃墜事件。1983年ですから30年ちょっと前になるんですね(金賢姫の爆破事件とは別物です。年代も似通っているので混同されることも多いらしいですが。まああの爆破の方がどこで発生したかをスパッと答えられる人はそんなに多くないかも知れませんね)。



あれも事件当時は謀略説とかが喧伝されたりもしたのですが、実際は大韓機が機器の故障などもあって正確な航路を外れて当時のソ連領空に入り込み、それを敵機と認識したソ連軍に最終的には撃墜されてしまったというもの(ボイスレコーダは回収され、被弾する直前までフライトクルーが特に何らの危険も認識していなかったらしいことが読み取られています)。今回も、詳しいところはブラックボックスの解析結果を含めて明らかにされるのでしょうが、マレーシア機側のミス、機器故障、判断誤りのいずれかが存在しなければ、このような悲劇は生じなかったであろうとも言える訳で、果たしてどのような結論が出るのかというところです(TGなんかは、事件直後から「ヨーロッパ線ではウクライナ上空を通過する航路を使用しておりません」というようなアナウンスを出していますし、基本民間会社はこのような「怪しい地域」の上空を敢えて通るようなリスクの高いことはしないはずなのに)。



それにしても、最も重大なのは地対空ミサイルを撃ってしまった側であり、それを支援した形になったロシア側の失点は相当に大きいと言えます。ロシアもウクライナ東部の「親ロシア派」をきっちり握っている訳でもなさそうですし、今回の事件を受けて当該地域は一時停戦状態になったようですが、それだけで終わるものでもないでしょう。今回の件で欧州も強硬な態度に切り替える可能性は十分あり、欧州情勢全般にややこしい影を落とすことになってしまったようです。いくらロシアが何をやらかしてきても不思議ではない、と言ったって、それこそ大韓機事件の教訓を忘れてまではいないでしょうし。



しかしまあ、マレーシア航空も大変なことになったもので。今や「乗ってはいけないもの、マレーシアの飛行機、韓国の船、中国のバス」なんてシャレにならない三題噺が出るぐらいですから。会社自体どうなるか、ちょっとマズイですね。







2014年7月18日 (金)

[ラオスのベタな平日]祝日は突然に

さてさて、久しぶりの「ベタな平日」です。



ラオスという国では、この間も振替休日が直前の政府からのお触れで月曜日ではなく金曜日にセットされて会社もビックリ、というネタをエントリにしたことがありましたが、今回も、どこからともなくそういう通知が今週になって出回ってまいりまして、



月曜日が祝日になりました。



正確には日曜日が祝日で月曜日が振替になるのですが、これは日本の「海の日」にならって、という訳ではもちろんなくて、Lao Women's Unionの日、なんだそうです。



何でもこの団体が創設されたのが1955年の7月20日で、別に今年が60周年とかそういう記念の年でもないのですが、この日を祝日にしとこうよ、と国会で決めたようで(追記:よくよく確かめてみると、女性のみを対象とする祝日だったそうで、まあこっちはそういうの関係なしに仕事してましたが)。



まあラオスという国は国民の祝日が日本と比べて非常に少ない国なので(例えばタイでは祝日になるカオパンサーやその他いくつかの仏教祭日も公の祝日ではないですし(まあこれは共産党政権という理由も大きいのですが。しかし共産党設立の日は「国民の祝日」ではない)。



しかし、3月には国際女性の日が祝日、7月にはWomen's Unionの日で祝日、って、女性の力が凄く強い国のように見えちゃいますね、ラオスは。まあ実際強いですけど。



2014年7月15日 (火)

[W杯]誰かのための大会って、もう生まれないのか

最後はゲッツェでしたか。まあ試合自体、全般にドイツの試合でしたし、アルゼンチンも幾つかのラッキーのおかげで無失点に収めていた、というところもありましたし。





結局、アルゼンチンが勝つためには、最後のこの試合を「メッシのためにあったかのような試合」に仕上げなければならなかったのでしょう。この試合を含めて、トーナメントにおいてメッシの得点はゼロ。ゴールがすべてではないとは言え、やはりこの人にゴールなくして最終的な勝利はなかった、ということなんでしょう。というか、アルゼンチンはオランダにも勝ったわけではないですし。



それにしても、今回のブラジルの地元での屈辱的連敗、そしてメッシがフル回転しながらアルゼンチンが突破しきれなかった状況、そしてオランダやドイツの有無を言わせぬ強靱さ、そういったものを見ると、サッカーの全般的な趨勢が、そういう方向に向かっちゃっているのかな、という風にも思われます。「誰それのための大会」みたいな言い方をされてきたW杯がこれまではいくつかあったと思いますが、そういう時代ではもうないのかも知れません。



ただ、その一方で、今回は敗退するその直前までしっかり楽しませてくれたコスタリカのようなチームもあったりしたわけで(世界には、大きな声では言わないけれどブックメーカーの穴狙いでそれなりにもうけた人もいるのでしょう)、それはそれで、未明の3時に何気なく起きてしまってビエンチャンの写りの悪いテレビに注目してしまう生活、というのも(しんどいけど)悪くはなかったのでありますが。



次回はロシアですね。まずは4年後が平穏に大会が行える国際(国内もか)情勢であることを願いたいものです。







http://blog.livedoor.jp/ktu2003/archives/52119777.html
http://blog.livedoor.jp/kammyjt/archives/52031623.html
http://blog.livedoor.jp/pro_g_mania21/archives/52662607.html
http://kanbe0107.blog.fc2.com/blog-entry-196.html
http://blog.livedoor.jp/bp_kaisei/archives/51993995.html
http://chikasitsu.blog59.fc2.com/blog-entry-1814.html

2014年7月 5日 (土)

[ラオスのベタな休日]ノンカイ発ウドン空港行きの時刻変更です(最終追記2015.2.14)

「ベタな休日」です。何かもう、ノンカイに渡っても何がクーデター政権やねん、という感じの日常になってまして、さすがに土曜の朝の友好橋はなかなかの混雑です。ちなみに、ノンカイ側のイミグレは、ちょっと建物部分が拡張されて、出入国審査ブースが冷房付きになりました。


さて、以前からお送りしていたノンカイ発のウドン空港行きミニバス関連の情報ですが、また時刻が少し変わりましたので、ちょっとその辺だけ貼り付けておこうかな、と。


0705nkuthこちら、最近個人的にはすっかりおなじみになったウドンケオという旅行会社前のミニバス乗り場。これまで私もよく利用していた、8:45発のTG2001がなくなってしまったため、少しミニバスの始発も遅くなった、というのが大きな変更点、その他、フライト時刻の変更に合わせて、いくつかの便の時刻が変わっています。もし利用されるという奇特な方がいらっしゃいましたら、参考になさって下さい。



ただ、最終への接続はいまだに17:30発なんですよね。もうちょっと遅くてもいいのに、と思うのですが、まあ旅行会社自体が5時過ぎに閉まってしまうので、その辺の兼ね合いがあるんでしょうけど。




[2014.9.7追記]
先日、こちらで時刻変更後のWE003(TG2003)に乗るために友好橋経由で移動しましたので、若干状況を追記と。


友好橋のラオス側イミグレは、例によって6時数分前に開き、Customのゲートを抜けたところ左側に友好橋シャトルバスのキップ売り場があるのですが、このときはそのウインドウが閉まっていて、ただウドンケオからのロットゥーが7時発なので以前書いたよくわからんおっちゃんが走らせている車はスルーして待っておりますと、最初のシャトルバスが数名のおばちゃんと大量の荷物を積み込んで6時20分過ぎにやってきました。小型の旧JICAバスでかなりスペースが厳しいので、スーツケースとか持っているとちょっとつらいかもです。


対岸には6時半までに着きますので、ウドンケオへは余裕です。





[2014.11.10追記]
さてさて、ぼんやりしている間に航空関係も10月26日から冬ダイヤに変わり、Thai Smileのダイヤも変わって、ウドンタニ朝8:40発の便が復活しました。これでまた、ビエンチャン早朝陸路発でバンコク→関空昼便に乗れるお安いルートが戻ってきたことになります。ただ、WEがドンムアン行きは回避されたものの、諸般の事情で安いブッキングクラスではTGのマイルが加算されなくなってしまいました。TG Goldでの荷物のPriorityやラウンジ(ウドンなら軽食バウチャー)等はまだ残っています。


Udonkeo08novというわけで、ウドンケオツアー前のロットゥー乗り場の時刻表も、始発が7:00から6:30に戻されております。かつてこちらのエントリでご紹介したとおり(おかげさまで今もそこそこアクセスをいただいております)、ビエンチャンから(ノンカイに泊まらずに)朝一に友好橋を渡ってこの始発ロットゥーに乗る、というのは物理的に可能ですし何度か実行していますので、チャレンジされる方は自己責任でトライしてみて下さい。



(12/10追記)
先日、昼の13時のにウドンタニ空港行きに結構ぎりぎりなタイミングで友好橋を越え、イミグレを出てああこれは間に合うかなあ、という感じで歩き出したところ、そのすぐ出たところにウドンケオで見た覚えのあるロットゥーが停まっていて、追加料金なしでウドンケオ経由ウドンタニ空港へと乗っていけました。空港の切符売り場の表示でも確かにそういう便はあるような書きぶりではあったのですが、常にそこで待ってくれているのかはどうなんでしょう。まあ、乗れることも確かにあった、ということで。電話で呼ぶとか、本当はいるんでしょうかね。


(2015.2.14追記)
よくよく考えれば、いつも友好橋を渡ってノンカイ側に入り、ウドンケオへ向かってロットゥーに乗る一連の流れはいつも時間のない状況で進行しており、周辺の諸々を結構スルーしてしまっていたのであります。特にタイ側のイミグレを出たばかりの所はややこしい人も多いのですたすた通り抜けしまいがち、というわけで、今日ちょっと橋を渡る機会がありまして、イミグレ出たばかりの所をよーく見てみますと、


BorderlotNok Airの車の乗り場のすぐ近くにこういう看板が出ているではありませんか。ウドンケオ出発の15分前にここを出るようになっている、というわけで。


ただし、朝イチの6:30発はここには回ってきてくれないようなので、頑張ってウドンケオに乗りに行く必要がありますね。それから、9:00発とされている車はウドンケオからは9:30発のはずなので、この辺もちょっと微妙なところ。


というわけで、前回の追記で乗ったのは、12:45発であった、ということですね。このタイミングで車が止まっていないという可能性はないとは言えないので、どうしても利用したいというときは電話しておくのが確実なのでしょう。