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2014年4月

2014年4月26日 (土)

[ラオスのベタな休日]フアイサーイからチェンコーンへ

こちらからの続きです)



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翌朝、ここのホテルは結構たっぷりめに朝食が出るのでそれを食して、さあタイへ渡るぞ、と思っても、ご承知の通り、Bokeoに第四友好橋が完成した昨年12月以降、フアイサーイの中心地のボート乗り場からで対岸に渡って入国、ということができなくなっています。今でもボート自体は運行されているのですが、これはボーダーパスで移動する現地の人のみ。パスポートで移動する者は橋を渡れ、と張り紙もあります。



このとおり、かつては旅行者も加わって賑わっていたはずのイミグレも、なんだか「イミグレ跡」という雰囲気になってしまってますね。



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仕方なく、まだ時間も早いので、その船着場から真っ直ぐ石段を登ったところにあるお寺へ。特に何がある、という事ではありませんが、すぐ足下の雰囲気とは随分違う、落ち着いた佇まいを感じますね。



見晴らしは必ずしも広がっている訳ではありませんが、やはり高台のお寺という印象。中も綺麗ですし、仏像も穏やかな感じですね。



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Pb139石段を下りていくと、トゥクトゥクが数台待ち構えています。フアイサーイ中心部から友好橋までは約15km、途中にあるバスターミナルからチェンコーンへ渡るバスが1日数本あるようですが、詳しい情報を持ち合わせていなかったのでトゥクトゥクで橋まで行ってシャトルバスを利用する、というのが普通になっています。ただこのトゥクトゥクの値段が吹っかけの印象です。過去のネット情報から50100バーツ程度と思っていたら、、最初の言い値が200バーツ。100バーツなら乗ったろかい、と思っていましたがこれではすんなりはいそうですかという気になれず、ちょっと食い下がっていたらたまたま途中まで行く同乗者が現れたところで何とか150バーツに下げて乗車です。



一人で行くとこういう問題はしばしばついて回りますが、当然ながら外国人が利用者の大半であるこういう交通機関では、利用者側が相場を作ってしまうこともあります(対岸では、看板に公定価格然として、1人利用なら200バーツと書いてありましたから、恐らくラオス側でもその辺から学習しているのでしょうが)。



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ともかく、車はメインストリートから川沿いの道を南下、いかにもローカルな橋を渡ると左手に真新しい道が近づいてきて、それに合流します。そこからさらに数分走ると現状の利用規模の割にはどう見ても不釣り合いに立派なイミグレの建物が出現します。



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出国は建物の向かって右側から、特に何事もなく通過すると、そこがシャトルバスの切符売り場になっており、対岸へは25バーツです。大抵はそこにバスが停まっているはずです。表示の行き先とはほとんど関係なく、乗れば対岸に渡ってくれます。対岸には新しい中国車のソンテウが客待ちをしており、これは乗合乗車で150バーツ。この車に乗れればまあ腹の立たない価格でチェンコーンの市街地に行ってくれます(結局どれに乗れば直行チェンコーン行きかはハッキリわからなかった)。



チェンコーンへは橋からこれまた10km余り。正直なところ、旅行者にとっては「誰得やねん?」と思うような橋ですね。まあ橋自体が中国様から半分金が入ってのものですし、明らかにそっちからの流入が目的にはなっているわけですけど。



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で、チェンコーンの市街地。中心部はさすがにソンクラーンで店もほとんど閉まっています。さらにやはり、橋の影響で観光客が素通りすることになってしまい、そういう客相手の店はいくつか閉め始めているんだそうです。そんな中でも、ここでもやはり水かけは気合い入っています。途中警察官が流入車両をチェックしていたりしたのですが、そういうのもお構いなしに、というか敢えてというか、ピックアップの車同士で激しいバトルになっていました。チェンライからここまで流れてきてちょっとステイし、さらにバスでバンコクを目指すような人はチラホラ見かけましたが。



ここは今のところハッキリしたバスターミナルがなく、トゥクトゥクが停まっている町の南側の市場あたりにチェンライへのローカルバスが停車し、その近くにチェンマイ、バンコクへのVIPバスの乗り場もあります。いずれにしても船着場からは離れており、どうしても中心部から北の方に人が集まりにくくなっています。逆にその辺りには使用されていない広いスペースがあるので、正月のライブイベントなんかもその辺りで実施されています。



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荷物も持っていましたし、ここで色つきの水をぶっかけられても困るので、通りをちょっと避けて川側に出ます。こちらがタイ側からのメコン。写真左に見えるのは、Thai Navyの国境警備施設です。



すぐ岸の上の軍施設には、ちゃんと銃を持った兵士がスタンバイしています。




そんなこんなで、基本的にここではそう長居する予定もなくネタもなく、ぼちぼち橋を引き返してビエンチャンへ戻らなければ、というわけで、もうこの項は終わりでも良いのですが、途中でネタになりそうな写真がいくらかありますので、もう一回続けます。





(この項つづく)







2014年4月22日 (火)

マルタイ棒ラーメン(次世代的追記あり)

何だかにわかにネットニュースで話題になって少々びっくりです。マルタイラーメンと言えば九州出身の老舗インスタントラーメンメーカーですが、大阪でもかなり昔から販売されていたはず。私も55年前のことは知りませんが、少なくとも私が子どもの頃には、今と基本同じデザインの2食入りの袋が家に常備されていたはずです。



その会社が、特にカップ麺の不振と新工場の減価償却費が重なって赤字が拡大している、と言うニュースに、ひょっとして経営がやばいんじゃ?という反応が起き、積極的大人買いを仕掛ける人が出て来そうな雰囲気、になってしまっているとかいないとか。



Marutaiニュース記事には、このラーメン、登山者のマストアイテムみたいに書かれていますが、←はい、このように、ビエンチャンにもちゃんと持ち込んでますよ。そう、スーツケースに突っ込んでもかさばらない、少々プレスをかけても粉々にならない、そしてどこで食べても安定の味、今のビエンチャンの宿舎は平日の朝食夕食はついているのですが、土日は食事が出ないので、とりあえず食べたいときにはこれをサクッと茹でて、というパターンが今でも多いですね。卵の一つも冷蔵庫にあればもう鬼に金棒です。



私もそういう程度のマルタイフリークですので、万一この生産がストップでもしてしまったらかなりショックが大きいのでありますが、まあ赤字は結構大きかったものの、この会社には西部ガスが資本参加していたり、資産額はそこそこあったりするので、直ちに経営がどうこうすることはないでしょうね。






(10/28追記)

あれから約半年、相変わらず「ベタな平日・休日」のお供にマルタイラーメンは欠かせなかったりするのでありますが、どうやらそんなマルタイから、次世代的棒ラーメンが出現したようでありまして。



Marutai一般公募で集まったイラストから5点(←こちらに載せたのはそのうちの2つ)を選んで商品化(商品自体、ちょっと次世代的な工夫が入っているらしいです)、さらにその5点のうちからネット投票で最優秀作を選んじゃおうという企画だそうです。「味のマルタイ」からはかなり遠いイメージだったこの種のネタがなんと今まさにここにある。なんせ通常の商品は↑ですから。パッケージ変わりすぎでしょうに。



というわけで、マルタイさん、まだまだがんばってますよ、ということなのであります。







2014年4月18日 (金)

[韓国客船沈没]事故の周辺が...

エントリ時点でまだまだ捜索中ということではありますが、死亡が確認されている人数も増えてきているようであり、何ともお気の毒な事故であります。



一昨日、たまたま某店で昼食をとっていたら韓国のニュース映像が繰り返し流れていまして、一見して座礁→転覆という状況に、なんでこんな所を..と思ったりしたのですが、またそのときは行方不明が100人ちょっと、という話だったと記憶していまして、次の日になって、なんでこういう逆展開に?という疑問も生じたのであります。





事故自体は、濃霧で出航が遅れた文を取り戻そうとして通常とは異なる航路を取ったところ座礁してしまった、ということのようで、恐らくは修学旅行性をたくさん乗せているということもあり、スケジュール重視というプレッシャーもあったのかも、と思いますが、ともかく、先日のエントリのこのポスター 、実はバカにできないのでは、ということですかね。とにかくこういうイレギュラーな行動が事故を招くというのは決して稀ではないですから、我々もしっかり認識しておくべきでしょう。



それ以外は、何だか事故の周辺に発生していることがかなり韓国らしいと言うか、どうも船体の改造で重心がおかしくなっていたらしい、とか、小学生が船内の生存者を偽装するメールを送って問題になったりとか、捜索に相当手こずっているようすなのに日本の海上保安庁の救援の申し出をあっさり断ったりとか。あと、首相、大統領が家族のもとを訪れるというのはよく見られることで、そこに家族が詰め寄って、というのもまあわかる話ですが、救助活動が進まないからと言って彼らを罵倒したりはちょっと違うんじゃないか、とか。それから何と言っても、さっさと脱出して助かったらしい船長とか。



あの転覆の状況からかなり悲観的にならざるを得ませんが、ともかく生還者がいればいいがな、と思いますね。




(4/19追記)
船内から遺体が発見され始めているという報道もあり、また教頭の自殺など、亡くなった方にはお気の毒な限りですが、それにしても事故の原因がもうひとつはっきりしない(どうやら事故時は満潮近くだったらしく、座礁の可能性は低いのでは、という話も)とか、その鋭角的な旋回は何やったんや、とか、救助態勢が公表されている内容と随分違っていたりとか(情報の捏造はお手の物?)、周辺のやかましさは相変わらずです。



恐らく確かなのは、どこ製の船でも、変な改造したら危険やで、ということでしょうかね。







2014年4月15日 (火)

[ラオスのベタな休日]今年もピーマイパレード

昨年のブログを見返してみますと、4月15日にピーマイのパレードを採り上げていました。



2014pm01今年もビエンチャンでは4月14日の午後に開催されることはわかっていたのですが、同時進行のエントリの件もあったりしたのでビエンチャンの中心部に入ってきたのが14時過ぎ。セッターティラート通りのパレード出発地点に着いたときにはもうパレードは出た後でした。



ただまあ、これって通常この通りをナンプの辺りまで進んで、ファーグム通りの方へ折り返していくはずだったよな、と思って、そのまま通りを東へ進みます。



2014pm02荷物も持っていたので、あまり大量の放水は勘弁してもらいたいなあ、という顔をしてあまり激しい戦いをしているところは避けるように歩いていたのですが、それでもそこら中で激しいバトルが展開されており、その煽りを食わない訳にもいかない状況になっておりました。まあ特段の被害があったわけではないので良しとしますけどね。



ともかく、東に進んで途中からファーグム通りに入って様子を見てみましたが特に何かやってるという雰囲気ではなく、ちょうどナンプの筋までやって来たので北に進路を変えてサームセンタイ通りに向かいます。ここのラオプラザちょっと東辺りも、相当無慈悲な水戦争が行われるエリアです。



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2014pm03と、そこまでやってくると、ちょうどそのときは行き交うピックアップトラックと激しい戦いが繰り広げられていたのですが、しばらくして警察車両が停まり、車の通行が規制されて水戦争も一旦休戦となった模様。四つ角にはいかにも見物の人、という列ができ、プラカードを持ったおねいさん方が待機していたりと、これはもうじきやってくるな、というわけで、ちょっと待っていましたらやっぱりやって来ました。というわけで、昨年ほどの気合いは入っていないようには思いますが、今年も動画です。ラオ正月なんですけど、モンのほか、各種民族衣装の人たちが参加しているんですね。



2014 Pee Mai Parade Procession in Vientiane
YouTube: 2014 Pee Mai Parade Procession in Vientiane







[ラオスのベタな休日]パークベンからフアイサーイへ

ボケオ県の中心地であるこの町の名前、発音をカタカナでもローマ字表記でもきちんと表すのが難しいんですよね。ここでは一応、一般的なもののひとつである「フアイサーイ」としておきますが、これも何だかしっくり来ない、というのが正直なところではあります。



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ともかく話を戻して、ウドムサイから約5時間かけて到着したパークベンの村の手前のバスターミナル(というほどの規模ではない)から下り基調の道を20分ほど歩くと、お寺の石段の向こうにようやくメコン本流が見えてきます(写真ではちょっとわかりづらいですが、結構この光景気に入っています)。さらに数分歩けばゲストハウス街、さらに坂を下れば船着場です。そこから反対側へ上がった方向にも、ちょっと高級なホテルや、ロッジ、ゲストハウスが建ち並んでいます。



Pb117ちょうどここパークベンは、ルアンプラバンとフアイサーイの中間地点に当たり、2つの町を結ぶスローボートは必ずここに停まり、直行客も必ずここで1泊することになります(まあ宿場町みたいなものです)。場所を選ぶのでなければ乗船客を収容するだけのゲストハウスの室数はありますから、到着時に客引きをしているどこかに入ればいいのですが、多少高めでもそれなりにまともな場所を確保しておきたい、ということであれば、Agodaなどで予約できる宿もいくつかあります(私が泊まったのはこの写真の奥の赤い屋根。Monesavanh GHでしたが、設備として他とそれほど変わったものがあるようには思われませんので、ちょっと割高感はあったような。スローボートより早く到着するんだから、飛び込みでいくつか回っても特に問題はなかったような気はします)。



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昔は電気も十分供給されていなかったというパークベンも、バックパッカーではない旅行者が普通に過ごせる程度に文明化してきたということで、観光客のバラエティにも合わせてか、宿泊施設もいくらか多様化してきているようですし、西洋人向けの食事を出せる店が結構目立ち、またさらにハラルフードを扱うインド系の店が軒あったりもします(どちらかというと、アジア人以外の旅行者に人気が高いということなんでしょうね)。




ともかく、日が暮れる前にチェックインできたので、私は船着き場近くの店でヤギ肉のバーベキュー(ちょっと高かったですが、肉のコリコリ感が素敵です)とビアラオをいただきつつ、夕暮れ時の川を上り下ってここに着くボートを眺めてのんびりです。



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Pb116a食べ終わった頃に、ちょうどフアイサーイからのスローボートが続けて入ってきました。ローカルの人以外はやはり西洋人主体、という見た目の印象です。上陸したら早速、村の子どもが水鉄砲を持って水かけ戦争を仕掛けていました。どこでも子どもは無邪気でいいもんです。



Pb115ただ、そんなひとしきりの喧噪に一段落がつけば、またここは川沿いの小さな村に戻ります。ここはほとんどの旅行者にとって、船旅の中継地点。1日8~9時間乗船した体をいったん休め、翌日の同じぐらいの行程に備える、という場です。




ここには特に何かアトラクションがある訳でもなく、いろんなものが観光地価格なのか若干高いような気はするものの、それはまあこういう場所柄やむを得ないものと諦めて、早寝早起きで行こうと思えば、メコンの夕暮れ、早朝の光景が何よりのアトラクションになろうというものです。




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Pb120翌朝、別に風景が変わる訳ではありませんが、まあ場所柄ということもあるのでしょう。明け方は幾分ひんやりとしていましたね。



さて、この日は朝から川をスローボートで遡ってフアイサーイへという行程。ボートは8時過ぎから出るらしいというのはネット系の情報でチェックしていたのですが、ルアンプラバンから通しで乗る訳ではない私はチケットを持っていないのでどの船に乗って、チケットをどうするのがいいかわからずとりあえずぶらぶら。ゲストハウスの向かいに同じ経営のまともそうなベーカリーがあってそこで朝食をとり、ついでに軽食と水もそこで仕入れて船着場へ下ります。



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降りていく途中にチケット売り場とおぼしき建物はあるのですが、スピードボート用のようであり、また7時半になっても人影もなし。これではいつまで経っても埒があかないので、何隻か停まっているボートのところでフアイサーイ行きを尋ねると目の前のに乗れとあっさりした返事。要するに、パークベンからなら特にチケット購入は不要、ボートに乗ってからお金を払えばいいようです。



さて、8~9時間乗り続けるこのボート(ちなみに土足禁止です。乗るときに靴用のビニール袋を渡されます)、気になるのは座席ですが、船の一番後ろがゆったり目の自動車シート、その前がお尻にはクッションがあるが背中は木のシート、そして一番前の方がローカルの人が多く座っている縦並びでロングシート状になったミニバスのシート。既に後ろの方が程よく埋まっている様子だったので、ロングシートの空席に座ります。ホアイサーイまでKip110,000(なおこれは外国人用料金で、ラオス人はKip75,000。別に何かサービスが変わる訳でもないので腑に落ちない気はするのですが)。ローカルの人たちは途中までの人も若干いそうで、そのうちロングシートで横になれるかと若干期待です。



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Pb125そうこうしているうち、8:20頃に50人ほどを乗せてボートは出発、30分ほど行ったところで、前回ちょっと触れた橋梁工事のたもと(車なんかを積んだフェリーも待機しています。本当にこのあたり、中国系のお金と事業者が入り込んでのインフラ開発が凄いピッチで進んでいます)の所で、まず数人の客と結構な荷物を積み込んでいきます。



この乾期はどこも特に降水量が少なかったためか、いくらか雨も降るようになってきたこの時期でもメコン本流もまだまだ水量は少なく、そこをボートはゆったりと進んでいきます。所々流れのやや速い場所はありますが、まあ揺れが気になるという程の場所はほとんどないといっていいでしょう。



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両側の山はかなり焼かれていて(焼いている最中の場所も非常に多い。ラオスの空の色にはこれがかなり影響していると言われています)、本エントリで掲げているような、森林の姿を見せている山の方が珍しいぐらいです。それほど両岸の地形が急峻ではなく、手を入れやすいということもあるのでしょうが。



ともかく、ボートは結構涼しい風(特に暑期以外に乗る場合、思った以上に風を冷たく感じるのではないかと思います。上に羽織るものがあった方がいいです)と心地よい揺れを運んで、ロングシートの客もかなり眠りについて(想定とは逆に結構スペースが乏しくなってしまった)、ほんとにゆったりと進みます。時折すれ違う(あるいは追い抜いていく)スピードボートならパークベンからフアイサーイまで3時間ほどらしいですが、そんなに急がなくてもね。



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なお、スローボート内にはトイレもありますし、ちょっとした食べ物飲み物も売ってます。ボートによっては西洋人のバックパッカーが宴会モードに入ってうるさくてかなわん、というケースもあるようですが、私の乗ったボートの客筋からはそういうこともなさそう。で、座ったり寝たり、ブログの原稿を打ったり本を読んだり、ということで時間がゆっくり進みます。動かないから大してお腹も空かないので買った軽食ぐらいで十分だったりするんですよね。



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Pb131そうこうしているうちにようやく対岸がタイになり、地元の人用に物資の行き来をさせるボートにもそれぞれ国旗が掲げられるところに、国際河川らしさを感じ るようになります。日がだいぶ傾いた時分に第四友好橋をくぐり(この橋については次回エントリで)、向かいのチェンコーンの賑やかな様子を眺めているうち に、ボートが左岸に回り込んで、スローボートの終点に到着です。到着は1730分頃。上りなのもあって、やはり9時間ちょっとかかりましたね。



(到着直前の10分ほどを動画にしてみました。まあそれほど大したことはないですけどね。)

Slow Boat to Huay Xai - Arriving
YouTube: Slow Boat to Huay Xai - Arriving



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着いた場所はフアイサーイの中心部から少し上流にあたりますが、十分歩いて行ける距離です。ただし、ここも当然ながらピーマイには夕方まで水攻撃が待っているのでありまして... いやその、私も一応貴重品はZiplocに入れるとか、対策はしてるんですが、一番厄介なのは、しばしば子どもの水鉄砲とかに詰められている絵の具入りの水なんですよね。普通の水なら少々食らっても却って気持ちいいぐらいなんですけど。



Pb136ともかく、ホテルに入って程なくして日は暮れたのでありますが、対岸を含めそこいら中でまだまだ正月の賑やかさ満載の状況、その一方で、食事をできる場所がかなり閉まっている、という問題もあったりしまして、結局←こちらのリバーサイドホテルで夕食、ということになってしまいました。ただ、ここの野菜の揚げ春巻きは非常に美味しくて、ビアラオにぴったり、というのは想定外の良かった点でありましたが。



さて翌日は、ちょっと前まではこのホテルの目の前から行けた対岸に、結構苦労して向かいましたがそれはまた次回に。




(もう1回つづきます)




2014年4月13日 (日)

[ラオスのベタな休日]ウドムサイからパークベンへ

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サバイディーピーマイ。



というわけで、←この花が盛りを迎えますと世の中はピーマイです。今回は久しぶりに本格的な「ベタな休日」をお届けすることになっています。世間は(実際の祝日は月曜日から水曜日ですが)週末に入る前からもうすっかりピーマイモード。そんななか、ちょっと北の方へ攻めてみようかというのが今回のルートです。



と言っても、ルアンプラバン-パークベン-フアイサーイ、というスローボートのルートは北の川旅の黄金ルートですので、単純にそれだけたどっても面白くない(面白いかどうかでルート選定している訳でもないですが)し、2日間ボートに揺られ続けるのもどうかな、というのと、さらに朝ビエンチャン発ではルアンプラバンからもフアイサーイからもその日のボートには乗れない、ということもあって(さらにはちょっとうかうかしている間にフアイサーイ行きの飛行機が満席になっていたのもあって)、ここはビエンチャンからウドムサイへ朝の飛行機で飛び、そこからバスでパークベンへ、そしてルアンプラバンへは向かわずフアイサーイへ川を遡り、第四友好橋もチェックしておこうか、というパターンです。万が一こういうへそ曲がりなルートで旅をする方がいらっしゃれば参考になるかも知れない情報になろうかと。



Pb101というところでいきなりですが、←、これ、ワッタイ空港国内線のチェックインに並んでいたら目に入ったポスターです。事故起こすぐらいならちょっとぐらい遅れてもええんやで、ってこと?



ここでまず、基本的な情報として、ビエンチャンからウドムサイ、ウドムサイからパークベンという乗り継ぎがどうなっているかなんですが、ビエンチャンからの飛行機は9:00発、1時間弱で到着して、ネット系情報を参照する限りは空港からバスターミナルは徒歩圏内の約10分、でパークベン行きのバスは朝8時と10時の2本。まあその、国内線の飛行機は予定の客を乗せれば平気で早発しますし、それにローカルのバスが時間通りに出発することなどあり得ない(30分遅れぐらいが普通)ので、一見ギリギリのように見える行程でも結構余裕のはず、だったのですが...



そう、今の時期はピーマイ休み。そんなに混んでいないはずのウドムサイ行きの飛行機もほぼ定員いっぱい、しかも私の席は一番前、ATRの場合出入り口は最後部なので降りるのが最後になる。さらに搭乗客がなかなか全員揃わず、定刻を少しすぎて動き出した飛行機は着陸機を待機してタイムロス、とちょっとやばい状況。結局ウドムサイには10時を少し過ぎて到着し、もうどこから見ても田舎の一本道滑走路の空港を出て道なりに真っ直ぐ、最初の広い道を左に出て国道にぶつかったところがバスターミナルです。これほど空港とバスターミナルが近接している町はラオスでも珍しい。



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で、こちらがバスターミナル。北はポンサリやボーテンからの中国方面、西はルアンナムターやボケオ方面、東はムアンクアからさらにずーっとディエンビエンへ、そして南はルアンプラバン、ビエンチャンへ。各方面へのバスがある中、パークベン方面の乗り場に10:15にたどり着いたところ、



そこには違うバスが停まってました。



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まさかのほぼ時間通り出発。あらためてチケット売り場の時刻表を見てもやはりパークベンへは10時を過ぎると何も書いてない。早くも予定大変更?これはパークベン行きを諦めてルアンナムターからボケオへ陸路で回るしかないのか、と思っておそるおそる売り場のおねいさんに聞いてみると(一応片言のラオス語会話です。表現は雰囲気です)、



「パークベン行きはもう行ってもうたん?」

「え?次のホンサ行きに乗ったら行けるよ。40,000Kipね」

「ほんま?何時発?」

11時発。右の一番奥のバスに乗って。」



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というわけで、時刻表に載っていないHongsa行き(メコンを渡ったサイニャブリ県側の町です)に乗れば、パークベンまで行くことができます。こうして、ラオスでの旅の教訓、



「時刻表が全てではない。諦める前に聞いてみよ」



が発動したのでありました。



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よくよく見てみれば、パークベン辺りまでの利用者もかなり多いらしいこのバス、ここいらではまあ標準的な、日本製中古マイクロバスです。屋根には当然大量の荷物、車内も通路や座席の下に大量の荷物(米袋は踏んで行っていいというのは常識)、そして座席に座りきれない人のためにどこに仕込んであったのかという小型の折りたたみ椅子がいくつか並べられ、私は結局そこしか空いてなかったタイヤハウス上の座席で足を伸ばすどころかほぼ姿勢を固定されてこれは膝にくるんじゃないかと不安を抱えつつ、なんだかんだで45分遅れての出発です。さらに出るなりの道で店のおばちゃんと荷物を載せる載せないのやりとりがあって、その直後のガソリンスタンドで給油したりで実質1時間遅れです。



このバスは、ウドムサイでX上に交差している国道のうち、南西に進む2Wという国道を走ります。基本的には川筋に沿って作られた道で、一部を除いて舗装の状態もまずまず。暑いので窓を開けない訳にはいかないが、行く村々でピーマイの水かけに出くわすので大きく開ける訳にもいかず、といった状態。程よい開度をみつけるのに苦労しながら、という感じですね。



道沿いを流れる川は、乾期だけに水量も少なく、川筋は増水すれば結構いっぱいになるのでしょうが、水が少ない状況ではところどころで農業もやってます、という状態。ところが、さらに南下していくと、明らかにラオス人がやっているのではないプランテーション型の開発で、国道両脇の丘陵がごっそりと開墾されています。どうやらバナナ栽培が主なようですが、ラオスの北の方はほとんど中国になってる、というのを窺わせるには十分な開発のやりようですね。そんなに持続的なようにも見えないのですが、やったもん勝ちということなのか。



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で、車は所々で人を降ろし、徐々に山の中の渓谷風の場所に入ってきます。こんなところで電源開発?という印象の中国系の工事現場を過ぎ、そろそろ身動きできなくて膝が限界だぞ、と思う頃、だんだん道を行く人の数が増えてくるとパークベンはすぐ近くです。



パークベンのバス乗り場は船着場からは少し離れており、Hongsa行きのバスはパークベンの村の方へは行ってくれません(パークベンからフアイサーイへ向かってボートで少し行くと橋梁工事をやっている現場に出くわしますが、現在はそこでフェリーに乗せて川を渡っている様子)。村へはここから歩いて、本線に見える右向きの道から分かれて真っ直ぐ下っていく細い方の道を行きます。約20分ほど歩けば、ゲストハウスが建ち並ぶパークベン、そしてメコンが見えてきます。




(ということでメコンに至らず次回につづく)





2014年4月10日 (木)

[口コミ評価]そりゃ天気のせいもあるでしょうね

日本でも「ぐるなび」他の口コミ評価を参考にどこへ食べに、呑みにを決めている人はきっと多いはず。まあその中には、「そもそも評価サイトに載ってない店」というひょっとしたら宝が埋まっているかも知れないゾーンも存在したりする訳ですが、それはさておき、最終的に平均点でまとめられていくものではありましょうが、何でも統計的に調べたがるいかにもな方々が、こういう研究成果を出したそうで。





雨のなんだか鬱陶しい日に必ずしも最高に美味しいとは言えないものを食べたとしたら、確かにちょっと普段よりキツ目のことをつぶやいてしまう事ってあるかも知れません。本人にそういうつもりはないとしても、ですね。11月ぐらいの爽やかな気候の日に外食したら、それだけで若干まずいぐらいの店は大目に見てしまうかも知れません。



一方で、作る側も、常に同じ味を出そうとはされているはずですが、やはりその日の天候で出来上がるものに微妙な差が生じることは否めないでしょうし、精神的なコンディションということも恐らくあるでしょう。



食事には風景美味、状況美味、パートナー美味、といった要素もあるはずですからね。味覚にいくらかの影響を及ぼす周辺環境要因、というのはそう単純ではないと思います。



でも、一応、確かに美味い店、確かにダメな店、というのはあるわけですが。







2014年4月 4日 (金)

[タイ]またまた嵐が吹きますか?

ラオスでも正月前の今の時期が一番クソ暑い時期でして、日中は40℃近くまで気温が上がる日が続いていましたが、4月に入ると徐々に雨の気配も出てくるもので、今夜は今年に入って初めてに近いぐらい、夜になって雷がそこそこ近くでゴロゴロと。季節は着々と動いている訳でして、仕事関係のどこぞでいつピーマイパーティーが、とかいう案内が飛び交い始めております。ピーマイ前はそこで片付けたい仕事がかなり貯まるのではありますが、そういう催しも増えてくるので結局仕事にならない、というパターンになってしまうもので。



さて一方、タイも当然、同様に最も暑い時期なのでありますが、こちらはデモ関連が余りの暑さにしぼんできた一方で、どうやら正月(ソンクラーン)を越えて、さらにグダグダになってきそうな展開も見えてまいりました。





何だか数年前によく似た状況を見たような気が。



というか、首相を裁判で倒す、というパターンに味をしめた人たちがやはりいるはずで、いろいろあったらとにかく憲法裁判所へ、というのがもう定石化してしまうのではないかと思われます。



そうして、政治は不安定な状態が続き、肝心なことがなかなか決まらないで政府がらみの諸々が動かない、ということになって、それでも引き続きダラダラとした綱引きが続いて、多分これって良くないと思っている人は多いんだけど誰も積極的に良くしようとしない、というのが、タイという国の困ったところで、まあタイらしいのでもありますが。







2014年4月 1日 (火)

さあ、スマホでも作ってみようか

さて、ビエンチャンでは日付が変わったばかりのエントリになりますが、日本ではこのタイミングを待ってのネタがワラワラと出現する4月1日であります。かつては私も、毎年のお楽しみの坂神電車を拾っていたりした頃があったりしましたが、最近は何だかネタもどこから突っ込もうかと焦点絞れなかったのであります。しかし今年は何とも渋いのが1点。



Au0401auがまさかのDeAgostiniとのコラボで制作しだした、「週刊スマホを作る」。何と創刊号はまさかのホームボタンつきで790円。ゆっくりじっくり、520号かけてスマホの全てを作り上げてしまう、1号でも抜かせば製品にならない、しかも第2号からは1980円で、全部揃えると100万円超。それで最終号でどんな時代になっているかとかもすっ飛ばして完成品はポケットにスッキリ?な薄さの限界、内蔵カメラは驚きの32万画素、メールは1件当たり139文字まで送信可能、とかもうあまりの先進性に目が眩んでしまいます。そして第2号の予告にある、どこに使われるのか判然としない「ネジ3個」。毎週揃えても、部品をちゃんとなくさずに持っているのも難しそうです。



サイトでは、「先行購読者の声」というのがちょっと余計だったかな、という気がしましたが、とことんベタなムードにこだわったサイト作りにはなかなか好感が持てました。




しかし、これって何だかDeAgostini の連載商法のカラクリみたいなものを映していたりもしないのでしょうか。まあ純粋にネタとして見る、というのが正しいのではありましょうが。



とまあ今年はこんなところで。