あえて周回遅れで大阪の選挙のことを書いてみる(1)
期日前投票して「ベタな平日/休日」に出てきましたし、最近はこっちにいてもあまり日本のニュースは積極的に見たくない体質ができてしまったのであまり感慨というものが出てこないのでありますが、それでも私、大阪市民として市民税も府民税もそれなりには払っていますので、ちょっとは言ってもかまわないかな、ということで。
選挙の結果はもう前からわかっていたので驚くには当たりません。世間では「圧勝」だなんだという声が上がっていますが、私はそれにも懐疑的です。既成政党へのNoの声だ、という話がそれらしく報道関連では語られていますが、某学会さんが見事に日和見したというのはここ大阪では特に重要で、当然牙城たるこの地域でこれ以上負けるわけにはいかないこの人たちは、何しでかすかわからない人よりはある程度気心もわかった人に行きたい部分はあったのでしょうが、結果負けるとわかっているところに乗って後のリスクを背負いたくなかったわけで、これでこの先市長とは是々非々の関係になれると勝手に思い込んでいるのではなかろうかと。でまあこれで某学会関係が10万票離れた。そして、あれが出たとき「これがとどめか」と思った共産党系の「独裁」ポスター。雑誌やタブロイド紙のネガキャンより、あのポスターは遙かに効果があって、要は浮動票層には、確固たる支持者がいなくても、「共産党系にだけは入れたくない」という人が相当の割合でいるのでありまして、恐らく今回のように投票率が上がる要素しかない選挙では、その数は共産党支持者の数より遙かに多いと考えられます。これで10万票以上の浮動票が平松氏から離れた。ほんまかいな、と思う人もいるかも知れませんが、そのぐらいなもんです。
ある程度から上の年齢層では、両者の本質的な支持率は拮抗、あるいは平松氏に若干傾いていた向きもあったかも知れない。しかし一部マスコミも一緒になってのネガキャンより、上記2点が大きく効いたのではないかと、私は個人的に思っています。
では、平松氏は共産党を丁重にお断りしていたら勝てたのか、というとそうとも思えない(何だか逆説的ですが)ただ、ここまで情けない負け方をするぐらいなら、負けるにしておもっと打つ手はあったのではないかと思うのです。
それは、徹底的にデータを見せて、さらに科学的に攻めること。
大阪市は何だかんだ言って、平松氏のやっている間(とその前)からある程度は努力していて、少なくとも財政面では橋下氏が知事をやっていた大阪府より(もちろん構造的な問題はあるが)マシな状態に回復してきています。そこをネガキャンではない形で、すなわちデータできっちりと示して、さらに私が続ければ市の財政をスリム化して、さらにこうして税収を上げる方策をとれる、と愚直に押す、それから、橋下氏が言ってる明らかに無理筋な政策、例えば脱原発路線とかには、きちんとした反論はいくらでもできるので(巷間言われるレヴェルの放射能の恐怖はことごとく嘘っぱち、というのも含めて、そりゃ無理か?)、きちんと科学的に攻めておけば良かったのだ。それでも負けただろうが、あとに何かは残せたはず。
結局、何となくのムードでネガキャンの主みたいになってしまったのと、結局推している方もどれだけのものかよくわかっていない(と私は思っているがその辺はまた別途)大阪都(私は少なくとも、この呼称は語呂が非常に悪い気がして嫌いだ)のネタに乗せられてしまった(等の推進者がちょっと突っ込まれてしどろもどろになるのは当たり前で、何しろ詳細は後からついてくるものだから)のが大失敗。そこは負けても超然として、やがてきっとやってくる「維新バブルの崩壊」に備えたネタの仕込みのつもりでいれば良かったのですが。
選挙後の日経新聞のコラムにもありましたが、新市長に入れた有権者も、別に橋下氏の言うことに一から十まで賛同しているはずなどなくて(だからあまり「俺が民意だ」というのをやり過ぎると、どこかでバブルが崩壊するはずなのだ。私が推測する限り、かれは「チャベスもどき」ぐらいにはなれても、それ以上のクラス独裁者になどとてもとても)問題は数え上げれば山ほどあるけど、言葉は違うが「どげんかせんといかん」とかなり切実に思っているこの時期に、何かやらかしそうな男がおった、というだけのことなのである。維新の会というとすごく根本的に新しいことを求めた有権者が集ったかのようですが、結局の所、何年か前の国政と同じ「ひとり民主党」状態に過ぎないのではないか、と私は今のところはそう思っています。
恐らく新市長は就任してそう間をおかずに、特に象徴的と思われている大阪市旧来のいくつかの目立ったものを壊すでしょう。それでどないやねん、というのは、ちょっと長くなりそうなので別エントリにします。
(つづく)



















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