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2011年5月

2011年5月31日 (火)

[北朝鮮]元々あえて相手にはしたくなかったと思いますが

一言で言うとほぼタイトルの通り、ということになってしまうんですけどね。何だか、ストーカーが自分の勝手な理屈で「もうお前のことは知らんわボケ」とか嘯いているようなイメージがありますね。





先日、将軍様が北京まで出向いて中国様に対して6カ国協議を含むジェスチャーとともに「わざわざ乗り込んだ成果」をもらって帰ってきたみたいですが。



それで多少余裕が出たのかこのコメント。まあ韓国の現政権とは話をするのもいやなんでそういう本音を素直に表現したのかもしれませんが、しかし全く関わらない、というわけにもいかないでしょうに。



また何か撃ち込んできたり、船沈めたりで構ってほしいところを見せてしまうのでしょうか。ろくでもないものが出てこないことを望んでおきます。







2011年5月29日 (日)

お知らせ

いつもご来訪いただき誠にありがとうございます。



また本日から、「ベタな平日」に向かいます。例によってですが、通常エントリが止まり、コメント、TB対応が遅れることがありますので、ご了承下さい。



しかし、5月にしては珍しく、本格的なサイズの台風がどんどん向かってきていますね。エントリ時点で、大阪も雨がかなり強く、また風も徐々に出てきたようです。現時点では、飛行機ちゃんと飛べよ、ということで。






[スーパーおおぞら14号]トンネル火災は怖い

JR初期ぐらいからの独身時代、「おおぞら」はよく利用していました。当時はキハ183系での運転、夜行急行の「まりも」があったころは昼間のみ、その後夜行便が特急格上げとなってからは「おおぞら13、14号」で何度も乗りました。新得から西の石勝線区間は駅も少なく山と原野のエリアを長大トンネルでつなぐ、というイメージ。何しろ「青春18きっぷ」で特急に乗れる地域ですしね。



当然そんなところで怖いのは事故。普通よりもトンネル区間での事故は怖いですね。当時そんなことは大して意識していませんでしたが、こういうニュースを見ると痛感します。





いつの間にかJR北海道も道内運行の夜行列車が消滅してしまい、列車名も「スーパー」になって久しい(ついでに楓駅も消滅してもう何年にもなるんですね)ですが、この事故では車両下部の推進軸の部品が落下、それが脱線につながり、トンネルに入った直後に走行不可能になったようです。トンネル内での停止というのは意図してやることではないですしね。



列車の後方での火災発生、ということで、乗客は前方に逃げるしかなかったわけですが、まずは乗務員が火災の状況を速やかに把握できていなかったのか、というところ、それから対向列車の停止状況がスピーディに伝わっていなかったのか、というところ。車両の整備状況の他に検証されなければならない点がいろいろとありそうです。乗客の判断で線路に降りて、本当に命からがら脱出した、という状況だったようですし、JR側の情報システムと避難態勢の運用については、問題となってくるでしょう。



鉄道トンネルは中が暗いですし、火災に対応した排気というのも十分ではないものと思われます。まだこの事故の起こったトンネルが短い方だった、というのが不幸中の幸いであったのかも知れません。何しろこの区間、5kmを超える長大トンネルがいくつもありますから。







2011年5月28日 (土)

[ラオスのベタな休日]タム・コンローを目指そう(その4)

こちら の続きです)



Tkl121 Tkl122 さて、前回は洞窟に入り込んで唯一ちゃんとした鍾乳洞エリアを歩いていた、というところまでお送りいたしましたが、そこにいるのは大体10分か15分ぐらい。一通りコースを回ると、一方通行で若干上流に当たるところまでボートが回ってきています。



だいたいこういう所に上がるにもスタート地点からのボートからの乗り降りとか、足元は結構濡れるのでありますが、ここでボートに乗り込むには、川に入ってその先に止まっている所まで行かないといけません。



Tkl123ここから先の状況から見ても、タム・コンローを訪れる人のためのスタイルとしては、ひざ上程度のショートパンツ推奨、サンダル(ビーチサンダルではなく、アウトドア用スポーツサンダルが良いでしょう)、それに結構ひんやりして、上から水滴が落ちてくることも多いですから、時期によって気になる方は上に何か対応できるものがあった方が良いかも。ただしボート上ではライフジャケットを着ていますので、そんなに寒くは感じないものと思います。問題は、水深はせいぜい30cmほどの所ですが、こういう川の中とかを歩いていてうっかり転ぶとやばいということで。慌てず騒がず、とにかく注意していただきたいですね。



Tkl124_2 Tkl125_2 ボートはその後しばらく暗闇の中を進んでいきます。雨期の直前ということで水量が余り多くないということがあるのでしょう。途中浅瀬に引っかかること2度3度、その時には客は降りて川を歩き、舟は押して進む、という格好になります。そんなこんなで約30分、すぐ向こうにようやく出口の明かりが見えかけてきた頃に、右写真のような小さな急流がありまして、ここもさすがに乗ったままでは通過できずと。そしてまた乗り直してようやく、洞窟トンネルの出口です。



Tkl126 Tkl129 しばらくぶりの外界は光がまぶしく感じられたりしまして、静かな川の流れを、のんびり泳ぐ水鳥の親子や、ゆったり水浴び中で顔と角だけがのぞいている水牛なんかを眺めて5分ほど進むと、ボートの終点、Ban Natanに到着(船着場は村の入口であって、実際の集落はさらに2kmほど奥の方にあるようです。観光客目当てに村でホームステイなんかもやっているようですので、本格的にラオスの田舎を楽しみたい方にはそれもよろしいかと)となります。ここからもとの場所へ引き返すわけですが、その前に川岸でしばし休憩です。



Tkl128 Tkl130 着いたところはまさに田舎の極致のような、特に何もない山あいの村、という雰囲気。日差しも少し傾き始めましたがやっぱり暑いなか、客の喉を潤すビアラオや何やらを売る売店が2箇所、微妙に離れた位置で営業しています。手前側の店の方がおっちゃんの愛想が良く商売上手っぽいんですが、時間帯のせいもあってか、クーラーボックスで水に浸かっているビールを含め飲み物はほぼ常温。もう一方の店の方が(流行っていないせいか)まだ氷が残っていたらしい。ともかく田舎価格か観光地価格か、値段はおおよそ2割高程度。ビアラオをグラスで、と思う方もいらっしゃるでしょうが、なかなか見事な汚れっぷりをなさってますので、多分瓶ビールもラッパ飲みが適切ではないかと。



さて、上の売店の写真、屋根の所をよーく見てみますと、何か黒いのが見当たりませんか?




Tkl131 Tkl134 屋根の上に←こんな感じでちっこいネコが1匹寝そべっておりまして、我々のボートの後にも何組かやって来て結構賑やかな状況になっていたのですが、肉球をもそもそして遊んでいたらいつの間にか寝ちゃってました。下から風も抜けて、結構気持ちいいのかも知れませんね。でも、あんまり目方が重くなってしまうと、この弱そうな屋根は突き抜けてしまいそうです。



Tkl132 Tkl135 なんだかんだで小一時間の休憩の後、ボートはスタート地点へ向け引き返していきます。帰りは川を下る方向ですし、浅瀬でもストップしにくくなります。また鍾乳洞での停止もありませんから、ほぼ帰るだけ。約40分で船着場に戻ってきます。戻ってきたのはもう5時頃でしたが、まだこれから洞窟を遡上していくボートが次々と出ていました。この辺で宿泊する人達は、日没頃までかけて往復しているんですね。



Tkl136 Tkl138 というわけで、光と岩の加減が何とも美しいスタート地点です。夕方なんですがなかなか暑い。



ソンテウが待っててくれていますが同乗するはずの人達がどうやら川でまだ遊んでいる様子。乗船受付をしている横には軽食ぐらいならとれる売店があり、そこでビアラオ(ここのはちゃんと冷えている)呑みつつひと休みです。



Tkl139 Tkl140 結局ソンテウがNahinまで戻ってきたときにはほぼ日も暮れかけていました。この村にはレストランと呼んでいい店も若干はありまして、バス停から少し東側にある←こちらでいただいた豚肉のグリルは美味しかったですよ。一応英語も通じますし、タムマークフンも味の調節はしてくれます。



Tkl203 Tkl204 翌朝、出発時刻がよくわからなかったので、バス停裏のマーケットで揚げパンと甘ーいコーヒーをいただきつつ待っていますと、Lak20から←こういうヒュンダイバスが到着、ちょうど7時半に出発しました(恐らく朝のうちにビエンチャン直行便がもう1本ぐらいはあると思いますが)。これで一気にビエンチャン、と思ったら、タムコンローに向かう分岐の所で急にUターン。何じゃと思ったらNahinに引き返し、乗る予定だったと思われる客を積んで再び発車。まあこういうことはよくあるものです。特に長距離便では。



Tkl205 Tkl207 途中、やはり売店休憩とか、売り子(といってもおばちゃんですが)が乗り込んでくるエリアとかがあったりするわけですが、とりあえず、Pakkading付近でストップしたお店で買った砂ずり焼(5、6個竹の棒で挟んで焼いてある)は、焼き加減も良く、カオニャオにピッタリで安くて美味しかった、ということだけ付け加えておいてと。ビエンチャンのバスターミナルには1時過ぎに到着。すると上右の写真のソンテウが市内への客を拾いに寄ってきます。運賃は10000Kip。びっしり満員で運ばれることになりますが、便利はいいです。




(この項おわり)







[たばこ]パッケージの禁煙効果?

当ブログに良くお越しの方はご存知かと思いますが、私は大が4つか5つはつくタバコ嫌いでありまして、例えばバンコクの免税店なんかで、結構えげつない写真の載ってるタバコのパッケージを眺めつつ「それでも買う人はネタで買っちゃうんだよね」と思ったりしているわけですが。





なんか、「これってほんまか?」とか思ったりするんですよね。



確かにああいう写真って、特に強烈なのを選んで載せてますから、「なんぼなんでもここまで行くなんてあり得へんやろ」とか、「こんなん単なるネタやんか」ということで、慣れればスルーしてしまうんじゃないでしょうかね。



そのぐらいは超えてしまうのではないかと思うんですよね。中毒ってやつは。







2011年5月27日 (金)

[中国]水がない、電気がない

今年の中国様は今からすでに強烈な電力不足が予想されています。その重要な理由の一つがこれ。





長江流域はご承知の通り、中国の主要電源と言って良いエリア。その水位が思いっきり下がってしまっているわけですから、当然発電所が呑める水も減り、電源の出力も落ち込み、ということになるわけでして、この辺り、電気は水物なのであります。



かといって、中国は政策的に電力価格が抑えられており、発電用の燃料として中国では主流である石炭(これを事業者は特段統制のない市場価格で買う必要がある)の価格上昇を正しく転嫁できない状況になっており、安く叩こうと思うと石炭業者側が売り惜しむ、しかし発電側も逆ざやを抱えたくはない、というわけで、なかなか火力発電能力がフルに発揮されていない、という難しさがあるわけでして、



そこへさらに渇水が追い討ちをかけているわけです。



水の方は、これからの雨の降りようで改善する可能性はありますが、火力は構造的に厳しい状況ですね。少なくとも中部の送電網を十分カバーできるだけの電源が充足されていないというのは間違いないわけで、日本のことをどうこう言っていられない状況であるようです。



ま、日本の場合は、市場云々以外の要因もありますが。







2011年5月26日 (木)

[世界滅亡の日]そんなんありですか?

なんとまあ、てっきとーな。





まあその、だいたいこういうことを言い出す時点でええ加減なもんなわけですし、単に「ボケたじいちゃんが適当なこと言うてるわ」で済むんなら別に問題ないわけなんですが。



またこういう風に中途半端に元気で、中途半端にマスコミ的に噛みつかれちゃうから、ややこしいことになるわけで。



しかも、米国のキリスト教原理主義的な人達は、あの国にそれなりの勢力を持っていて、こういういかにも彼らにとってキャッチーな「滅亡だけど信じる人だけ天に召されちゃうもんね」というネタに引っ張られてしまうからタチが悪いんですよね。



こういうのに反応するのは1回きりですよ。10月に何言ってきても反応してあげませんから。







2011年5月25日 (水)

[モンドセレクション]ほんまや

なんだか凄いことのようでありますが、そういえばラオスのビアラオ・ブリュワリーが製造している水も確か金賞取ってたような。



大阪市の水道水、モンドセレクション金賞(朝日新聞)



(元ニュースはこちら)

(記事引用)
(略) 大阪市が2007年から販売するペットボトル入り水道水「ほんまや」が、欧州の品評会「モンドセレクション」のビール、水、ソフトドリンク部門で金賞に 輝いた。(中略)

 市によると、活性炭で水道水の残留塩素を除いた「ほんまや」はまろやかな味が特徴で、国内の約20自治体がペットボトル入り水道水を販売しているが、同賞の受賞は初めてという。

 500ミリリットル入り100円で、市関連施設やコンビニエンスストアで売っている。10年度の販売本数は31万本を超えた。市水道局の担当者は「受賞を呼び水に、さらなる売り上げ増につなげたい」。
(引用終わり)



「ほんまや」に関しては、1年半ほど前にこちら のエントリで取り上げたことがありました。正直、まだそのボトルは非常用の所で眠ったままでありますが。



モンドセレクションって、私が子どもの頃からいろいろな食品関連の商品の箔付けに使われていた感のあるものですが、出品者が審査料を払って、味覚を初めとするいくつかの項目で特典付けをして、絶対評価で最高金賞以下の賞を決めているんだそうで。確かに世に数多ある同種の飲食物の相対評価で金賞だ何だというのは却って難しいかも知れませんが。



売上を見れば全然大したことないわけですが、恐らく各種イベントその他で無償提供しているかずはもかなりあるでしょうから、出荷本数はもう少し多いのでは。しかしこうして商品としての評価を取りに行ってるわけですし、それでもまだまだ民業圧迫するほどの量を出すには程遠いですし、やるんなら中途半端ではなくもっとガンガン打って出れば?と思ったりするわけですが。





http://blog.goo.ne.jp/blue-eyes-angel/e/dbd5683eb684ca3bfd07a8cf96cb040a
http://001a.blog90.fc2.com/blog-entry-487.html

2011年5月24日 (火)

[内部進学]多すぎる例外

大阪の方なら、学校名を見て「なるほどね」と気付くのではないかと。



「全員進学は偽り」と提訴 内部推薦めぐり元高校生 大阪(MSN産経)



(元ニュースはこちら)

(記事引用)

 系列の大学にエスカレーター式に進めると説明されたのに、突然方針が変わり進学できなかったのは不当だとして、大阪市の私立金蘭会高校の卒業生6人が、学校側に慰謝料や授業料返還などを求める訴えを23日、大阪地裁に起こした。


  6人は金蘭会高校が平成20年度に新設した「看護進学コース」の1期生。訴状によると、学校案内には「希望者は、併設の千里金蘭大看護学部に原則全員進め る」と明記されていたが、2年生の2学期末に「3年間の評定平均が一定以上」などの条件が示され、結果的に内部推薦を受けられなかった。

(引用終わり)



まあその、新設コースの1期生ということではありますが、この学校は客観的に偏差値で行けばかなり「厳しい」ところに位置しているわけでありまして、普通に考えて、今の時代にわざわざ取り込んだ生徒をみすみす手放すような、そんなに余裕のある状況の学校ではないだろうと思うわけです。



それが、「原則」の例外を半分以上作ってこれだけ内部推薦を切ってしまった、ということは、



よっぽど箸にも棒にもかからん状況に陥った



という風にしか想定できないのでありますが。下手に訴訟したら、学校側に返り討ちに遭いませんかね。イヤその、事実関係は存じませんので、あくまで学校側がむちゃくちゃ、というのなら反省する用意はできておりますが。



大学に進学させることはできても、看護学科は最終的に資格を取らせてなんぼですから、そこまで見越して「これはあかん」という判断だったのではないかと。










2011年5月22日 (日)

[ラオスのベタな休日]タム・コンローを目指そう(その3)

(前回 の続きです。ようやく現場に足を踏み入れます。)



Tkl115_2Tkl116_2とまあ、そんなこんなでタム・コンローの入口が見える場所までたどり着いたのが14時過ぎ(ソンテウで途中小さい村に立ち寄って荷物積み下ろしたりしてたしね)。川が広がって向こうに洞窟の入口(出口?)とおぼしきものが口を開けているのがわかる場所にやってきました。そこらへんでは恐らく近所の子らと思われる子どもが水遊び中です。山あいという雰囲気の場所ですが、標高が上がっているわけではないので、結構暑いです。



Tkl115_1 ソンテウの終点で降ろされて、次にすることはというと、洞窟へのボートに申し込もう、ということなんですが、そこでここのシステムに関する問題が。



洞窟を行くボートは3人乗り。料金は1艘で往復100000Kip。これは人数に関わりなく定額。それに加えて乗客1人当たり5000Kipの料金が加算されることになっています。つまり、1人当たりの料金は、



3人で乗れば、115000Kip/3 = 38333Kip
2人なら、      110000Kip/2 = 55000Kip
1人なら、   105000Kip



Tkl117 Tkl118 となるわけで、1人で来ている私としても、さすがにここは相乗りで安く行っておきたいところ。そこでたまたま同じソンテウに乗っていた米国系5人家族のボートに2艘目に乗せていただき、端数は除いて38000Kipで行かせていただきました。ライフジャケットを借りて、必要だと思ったらライトを借りて(確かこれは5000Kip)、船頭さんのあとに続いて、結構天井の低い入口から、洞窟の中に入っていきます。50mぐらい入ったところにボートが待機している状態です。



ラオスではお馴染みのボートのエンジン音が鳴り出すと、いよいよ片道7.5kmの「リアル・ジャングルクルーズ」のスタート。なんですが、明るいところからいきなりなんで暗順応が、とかいうレヴェルではなくて、乗員2人の頭につけたライトと、乗客の一部が持っているライト、それに対向するボートのライト、だけしか明かりがないので、湿気でうすぼんやりした洞窟の天井(最も高いところでは100mほどあるようです)と壁の位置が何となくわかり、そして川の水の跳ねる様子が感じられるだけ、なんですよね。



しかしそれが、何だか星の見えない深い夜空の下を進んでいるような、何とも言えない雰囲気を醸し出しているのでありまして、この洞窟のスケールの大きさを感じつつ進んでいく時間というのが、実はこのツアーの大きな喜びなのではないかと思うのであります。その時間帯というのが写真に撮れない、というのはいくらか残念でありますが、「それは是非現場でみて下さいね」ということにしまして。



Tkl119 風がだんだんとひんやり感じられるようになり、ボートは動き始めて10分少々行ったところで、ヒンブン川の右岸側に止まります。そこでみんな一旦降りろ、というわけで、素直にガイド役の少年に従って石段を登っていきますと、タム・コンロー洞窟内で唯一の「ストップするだけの値打ちのあるポイント」、ライトアップされた鍾乳洞に到着です。



このエリア、鍾乳洞としてはちょっと若いのかも知れませんが、スペース的には結構広く、いかにもこの辺りは成長中、という雰囲気で石筍へ水が滴っている所とかも間近に見ることができます。



この鍾乳洞部分のルートは一方通行になっており、ボートは降りたところから若干先の所で待機しています。そこから先が、洞窟ボートツアーのさらなる楽しみなのでありまして。




(この項もう1回つづく








 

2011年5月21日 (土)

これは黄砂症だ

私も厄年を過ぎ、徐々に目が弱くはなってきておりまして、パソコンを終日取り扱った後の夜なんかは目の焦点が合いにくかったりとか、もともと裸眼の視力が良いと老眼の進みがきつい、と世間一般から脅されていたら本当にそんな感じになっていたりとか、今年は想像していたほどではなかったにせよ(3月に「ベタな平日」で外にいたせいもあるでしょうが)花粉症で「もう眼球取り出して裏側まで洗いたいわー」と言いたくなるような痒みもあったりとか、目にまつわるトラブルは最近結構あるのですが。



今週「ベタな平日」から帰ってきて、昨日一昨日あたりからの目の様子がちょっと違う。



眼球のあたりではなく、まぶたが痒い。それも花粉の時の痒みとは違う妙にちりちりした痒み。おかしいなと思って鏡を見たら、私でなくても知ってる人が見たら「ありゃ、これは腫れてますね」というぐらい両目の両まぶたが赤く腫れている。むやみに触るわけにもいかず、今日になっても治まらないのでとりあえず近くの眼科へ。




「見たところ恐らくアレルギー性の結膜炎ですね。花粉が治まってきたと思ったら、連休頃からこういう症状の方が増えてるみたいですよ。」




まずは点眼薬を処方してもらって、でも現時点でまだまだ痒い。




「スギやヒノキはもう終わってますが、今の時期はイネ科の花粉、それに、黄砂ですね。」




ああやっぱりか、聴きたくなかったその2文字が。




「黄砂というのはそれ自体は疑いが非常に強いんですが、アレルギー物質が特定できないので厄介なんです。」



やはり。こちら あたりがまあ穏当な表現で書かれている(迫力には乏しい)サイトですが、もう個人的には犯人は特定しました。きっと今の日本の大気中での最大の脅威は、一部地域の問題の他は余計なマスゴミが騒いでいるだけの放射性物質より、圧倒的に西の大陸から飛んでくるやつらです。



放射性物質の情報操作がなんだかんだと世迷い言を抜かしている暇があったら、その労力の何分の1かでも使って、黄砂を徹底追及すべきでありましょう。直接損害だけでも誰か計算してますか?一応気象庁には黄砂情報 のサイトはありますが、そこにどの程度人体に危険な物質が含まれているか、一部地域以外では意味のない放射線量マップを毎日載っけている暇があったら、紙面や画面の片隅にでもリスクマップを載せようという所はないのか?天気予報も花粉情報の時期が終わったらしれっと紫外線情報に切り替わっていますが、そんだけでええんか?ということであります。本当に、謝罪と賠償を要求したいですよまったく。







2011年5月19日 (木)

[訃報]児玉清さん77歳

俳優として、番組を持つほどの読書家としての顔も当然あったわけですが、やはり我々にとっては「アタック25」ですよね。何せ実人生の半分近くを関わっておられたわけですし。





さすがに最近は「委員会」などと時間がかぶるので余り見て這いませんでしたが、最近見たときは随分と痩せておられたので、「収録を欠席」というニュースが流れたときは「ひょっとして」と思ったものでありました。3月に収録を休んだときには、すでに末期の癌だったようですね。



「アタック25」は1975年スタートですから私が小学校2年生の時。エールフランスの飛行機が轟音とともに離陸し、「アタック!」のシャウトとともに始まるオープニング(曲は今でも同じものが使われているようで)、当時としてはなかなかに渋くお洒落感のあるものでした(やっぱりトップは「パリ挑戦権獲得!」じゃないと)。当時は(その前にも番組を持っていたようですが)東リの1社提供、出場者は賞金以外に優勝者にはカーペット、その他の人はクッションフロアがもらえるって、「そんなんいらん人も多いんとちゃうん」と子供心に思ったものです。



確か「アタックチャンス」は当初なかったはず、と思ってWikiってみたらやはりそうでした。あれができたおかげで「華丸・大吉」も売れるようになったわけで、というと言い過ぎかも知れませんが。



何しろ30数年、マイナーチェンジはあるものの基本的に同じスタイルで続いてきたそれでも奥の深いクイズ番組、当面浦川アナの市会で継続するそうですが、児玉清さんの印象があまりにも強い、というのも事実ですね。



謹んでご冥福をお祈り申し上げます。





http://blog.livedoor.jp/pro_g_mania21/archives/52460182.html
http://famiglianera96.blog14.fc2.com/blog-entry-379.html
http://blog.livedoor.jp/ikeike1967jp/archives/52007497.html
http://blog.livedoor.jp/ktu2003/archives/51878733.html
http://blog.livedoor.jp/fukuhiro_tigers_fan/archives/52180424.html

2011年5月18日 (水)

[ラム酒]Laodi(少し追記あり)

というわけで、帰ってきております。



ベタな休日篇はまた続きをやるとしまして、今回は久しぶりのラオス土産についてです。



ラオスで醸造しているお酒というと、ビアラオとラオラーオはまあ当たり前のようにあるものの、それ以外はないんかいな、ということなのですが、実はあります。



知ってる人は知っている、知らない人は知らないもの、それがラオスのラム酒であります。



ラオスといえばその気候から、サトウキビ栽培も容易にできそうなイメージはあると思うのですが、意外にそれを利用してどうこう、というのはなかったようです。実はこのラム酒、日本人の企業をリタイアした「おっちゃん」5人が中心となって、この地でサトウキビ畑と工場を造り、つい最近商品として世に出し始めた、というものです(黒糖焼酎の醸造も始めているらしい)。結構日本人がここで眠っているようなものに付加価値をつけている、というパターンはあって、木炭の工場を造って質のいいのはタイの焼鳥屋なんかでも使われている、というケースなどもあるみたいです。地域の雇用、現金収入の増加というところにつながっていけばいいですよね。



Laodi01 Laodi02 さて、そのラム酒(持って帰る途中で箱はかなりやばいことになっています。ボトルのラベルは国内仕様で、輸出用のはちょっと違います)、詳しいところはこちら のサイトに全てありますので参照いただくとして、ビエンチャン市内から13号南線を西に50km近く行ったナーソン村というところで(見学、現地での「試飲」もできるようなので、また「ベタな休日」にでも一度行ってみたいものです。工場の場所は確認しました。R13SのLAK47あたり、向かいにタピオカ工場の大きな看板があります)、自社農場で無農薬で育てたサトウキビの新鮮なジュースから醸造したアグリコールラム。世界中で作られているラム酒でも、このように作られているのはわずかに3%だそうで、日本では南大東島で作られているのが唯一というもの。普通、製糖副産物として製造されるのがラム酒、という位置づけなのですが、確かにこのラム酒、以前紹介したことのあるルリカケスとはかなり違います。



何というのでしょう。香り自体は薄目のエタノールにちょっと糖分感が、というものですが、一口含んだ瞬間、今まで経験したことのない、丸い甘さと僅かな酸味とググッとくる深い香りとスッキリした喉越し、本当にちょっと私の大したことのない酒の記憶からググッと抜けたところにあるお酒。凄いです。



このボトルは350mlの小さい方で、あと700mlのもあります。ビエンチャンのナンプの南にあるPhimphone Marketでは小が92000Kip、大が135000Kipという微妙な価格設定で売られていましたが、これが何故かワッタイの免税店に置いてあってそっちだと小瓶が$8。大瓶が$15と安い。ただビエンチャンからは直行で日本に持って帰れない(途中のセキュリティで没収される可能性大)ので、トランジットステイするときしか免税店では買えないんですよね。ちょっとその辺がややこしいところで。







2011年5月17日 (火)

[ラオスのベタな休日]タム・コンローを目指そう(その2)

(前回 のつづきですが、まだ本編には到達しないと思います)



バスはパクサンを通過し、Nam Kadingを渡り、Viengkhamで左折して8号線に入り、徐々にワインディングの多い山道に入っていきます。一気に勾配がきつくなり、バスはローギアでゆっくり登っていくことになります。ラオス人は車に酔いやすいのか、結構しんどそうにしている人も多いですね。



Tkl202Tkl107_2   ローカルバスといえば何もない道端停車が基本のトイレ休憩など、お決まりのストップを含めて、ビエンチャンのターミナルを出てからほぼ6時間。バスはNahinに到着します。ここではバスは国道を離れ、村の中にある市場前の乗り換えターミナルに入ってくれます(ここも昼休憩を兼ねて、ということですかね.。Lak20までは2時間もかからない程度だと思いますが)。



この村は山あいにあるのですが、村の中にTheun-Hinboun発電所の会社と関連するオフィスなどがあるため、ある程度開けてきています。さらにタム・コンローへの玄関口、ということもあって、ここに宿を取る旅行者を目当てにしたゲストハウスも次々と新設されている、という状況です。ちなみに私が泊まったのは、前に一度来たことのある、上の写真の山がよく見えるゲストハウスで、広めの部屋しか空いてなくて100000Kipしましたが、まあ快適。ただ前回ここに泊まった時は朝鮮中央テレビがライヴで見られる、という何物にも変えがたいコアな魅力があったのに、今回見てみたらやってませんでした。3割ぐらい金返せ、といいう心境だったですがまあそこはこらえて、と。



Tkl108 さて、←こちらがNahinのソンテウが並ぶ「交通ターミナル」に書かれた案内です。わかりにくいですが、左上に書いてある時刻が、定期運行のタム・コンローへと向かう路線である様子。これに乗れば、現地に泊まる予定のない人も気軽に洞窟往復ツアーが楽しめるというもの。片道25000Kip、往復なら50000Kip。タイミングを外して1台チャーターのパターンになるとこの数倍払わないといけなくなりますので、こういう便の存在は貴重なのであります。



結局12時にバスが着いて、ゲストハウスにチェックインして、そこらのお店でフーを食べて、歯を磨いたりしているとちょうどゲストハウスの前にさっき話をしていたソンテウがやってきまして、すでに地元の人と荷物を載せてかなり混んでいる荷台に乗り込みます(こういうタイミングだからビエンチャンは6時のバスで出るのがお奨めなのであります。



Tkl112 Tkl110 コンローまでの村を結ぶ役割も持っているこのソンテウ、いかにもという車体ですが、私が乗ったあとさらに米国人の5人家族を別のゲストハウスから乗せ、ほぼこれが限界、という状況で走り出します。8号線を2kmほど戻り、南への分岐をとると、そこからは2009年に日本の援助で整備された舗装道路が一気にタム・コンローへと導いてくれます。といってもそこから約40km、片道1時間ほどかかりますが。



Tkl109 Tkl113 車は田舎道を風とともにどんどん進んでいきます。天気も良かったのでなおさら気分も良かったですが、広い空をだんだん狭めていくように、石灰岩の岩山が少しずつ迫ってくると、目的地が近づいてきたなと思うわけで。ちなみに、有名なサーラーヒンブンとか、サーラーコンローとかのアウトドア系リゾートゲストハウスはこの道の途中のちょっと外れた川沿いにあるようです。



Tkl114 いよいよいかにもな手動ゲートが現れ公園エリアに入ります、が、そこを抜けたところで車は一旦停止。何かと思えば係員がやってきて、ここで公園区域への入園料を払えと。それがまた何とも微妙な2000Kip。バンビエンとかなら水遊びするだけで洞窟には入らなくても10000Kipとかいうエリアも多いので良心的と言えなくもないですがね。ともかく一人一人料金を払うと、ソンテウは車止めの横をすり抜けて、川を望むすぐそこのところまで入ってくれます。タム・コンローはすぐそこです。




(この項つづく







2011年5月15日 (日)

[中国]爆発スイカ

それにしても、こちら方面は何かにつけけったいなネタを提供してくれるものです。別にネタ目的でやってるわけじゃないですけど。



スイカが次々に爆発、畑が「地雷源」に…膨張剤原因か=江蘇(サーチナ)



(元ニュースはこちら)



(記事引用)
 江蘇省丹陽市延陵鎮のスイカ農家、劉明鎖さんの畑で、収穫間近のスイカが次々に「爆発」している。約2.7ヘクタールの畑は、「まるで地雷源だ」という。(中略)


  スイカの爆発が始まったのは8日。大きくなったスイカから「炸裂」しはじめた。単に裂けただけでなく、花が開くような形状になり、中身が周囲に飛び散っているスイカが多い。劉さんの畑以外でも、周辺ではスイカの「爆発」が相次いでいる。


 

  劉さんは5月6日にスイカ栽培専門家スイカの「膨張促進・甘味増強剤」を勧められた。「山東省で入手した。スイカが大きく甘くなり、売り値がよくなる」との説明を信じたという。実際に使用したのは7日午前からという。


 

  翌8日、畑に出た劉さんは驚いた。スイカが異常に大きくなっていた。すでに裂けていたスイカもあったという。呆然としていると、畑のあちらこちらから「ボン!」、「ボン!」という音が響いてきた。スイカの「爆発音」だった。(以下略)

(引用終わり)



何だかえらいことになってますね。確かにスイカが多数炸裂している現場を想像すると、[地雷原」という表現も納得できるように思われます。



この種の果物が丸く大きく甘味強くできるために薬剤を利用するというのは別に驚くことではないでしょうが(なければないに越したことはないが)、販売業者の指導がいい加減なのか、量を売りたいために無理な使用法を教えたのか、農家側が「いっぱい使えばもっとええもんができる」などと思ったのか、そこらへんはともかく、突然畑のあちこちで「ポーン」と爆発するスイカの数々、というのは、確かにちょっとあり得ない光景だと思います。



しかし、この爆発時期を制御できるのであれば、「使えるな」とか思っている怪しげな向きがあったりするかも知れませんけどね。






http://krimshow.blog56.fc2.com/blog-entry-1930.html

2011年5月14日 (土)

[ラオスのベタな休日]タム・コンローを目指そう(その1)

さて、久しぶりに「ベタな休日」編です。ラオスで土日をクルマなしで過ごすとすると結構面倒なのは、行きたいところはいろいろあっても飛行機が毎日飛んでいるところが少ないのと、地上交通も結局バスに頼ることになるのでどうしても時間がかかる(中国様が雲南省から5年間ぐらいで高速鉄道を通そうとしていますが、それに特に乗りたいわけでは...)、でもまあ、気合を入れて早起きすれば、まあ行ける場所も増えてくる、というわけで。



今回目指すのは、カムアン県の北の端、某歩き方では現行版で本格的に触れるようになったものと思われるKonglor Cave、タム・コンローです(ラオス語で「Tam」が洞窟の意味ですから、「タム・コンロー洞窟」といのはちょっとハズレなんですよね)。川の流れが作った全長7.5kmの巨大洞窟だとか。これはちょっと苦労しても行ってみなければ。



Tkl101 Tkl102 というわけで、朝5時過ぎに宿を出て、暗いうちから用意しているトゥクトゥクに乗ります。目指すは南向きのバスターミナル。13号南線を中心部から8kmほど走った所にあります。どうしても早朝とかだと幾分ふっかけられるのは仕方のないところです。6,7万は覚悟する必要があります。



こちらはVientiane Bus Terminalというのが正式名称だそうで、ラオスの南方面へ、それからヴェトナム各地へのバスが発着しています。ずらっと並んだ車両は、一応整列の縄張りみたいなものがあるようですね。ただどこ行きは何番乗り場とか、そういった区分は特になく、ローカルバスはチケット販売もなく車内で運賃を支払う形態なので、要はよう見て乗れよ、ということである様子。



Tkl103 Tkl104 で、←こちらが、2011年5月7日現在の、ビエンチャン・バスターミナルの時刻表と運賃です。最近の燃油代の高騰により、バスの運賃も結構値上がりしています。VIPバス用の窓口は、この時刻表の下と反対側に並んでいます。それにしても、4時台から発車しているのもあるようで。



Tkl105 なお、←こちらは同じバスターミナルから出ている、ベトナム行きの国際バスの時刻です。こちらは国境越えの関係から、発券が必須になります。ちなみに私は、さすがに陸路でベトナム、とまでの根性は今のところはありませんので、あくまで皆様のご参考に、ということです。



ベトナム方面へのバスは、さすがに新し目のちゃんとした車両ですね。



で、私が向かう先というのは、県で言うとカムアンなんですが、Thakhekまで行ってしまうと行き過ぎで、ずっと手前のViengkhamから8号線に入っていくLak20(ラックサーオ)行きに乗る必要があります。あとで出てくる接続の関係から、その日のうちに洞窟に行くのであれば、5時とは言いませんが、6時のバスに乗っておくべきでしょう。それで最寄の村はBan Nahin、そこからソンテウに乗換えとなります。Lak20行きの直行バスに乗れなくても、Viengkhamは8号線へのトランジットポイントとして、ソンテウとかが待っている場所ですので、交通機関の心配はそれほどありませんが。



Tkl106 さて、ターミナルの中に入って、待っていた6時のバスというのが←これ。すでに屋根と車内後部にかなりの荷物を積み込んでいましたが、北方面行きのローカルバス(JICAバス。ちなみに近々日本から公共交通用に数十台のバスが提供されるようです)よりは新しいHyundaiのバス。エアコンは作動しませんが、一応シートはリクライニングしますし、車内それほど混んでいないので悪くはありません。Lak20までは85000Kip,そしてその手前のNahinまでは80000Kipとのこと。しかし帰りは70000Kipだった。やられたか。



ともかく予想外にバスは6時きっかりにターミナルを出て、これはまさかの定時運行か?と思いきや、13号線に出たまさにすぐそこのお店の前で停車。30分経ってようやく出発したのでありました。




(この項つづく







2011年5月13日 (金)

[訃報]上原美優さん24歳

驚きましたね。





貧乏アイドルという少々キワモノ的な出方、また一方で結構激しい過去もあったらしいですが、いろいろな種類の人が住んでいるはずの芸能村で、健気に頑張ってる感じはしていましたね。



恐らく芸能人としての生活で、金銭的には幸せな状態になったのでしょうが、逆にそれで「貧乏アイドル」というラインを続けていくことの難しさとかもあったのでしょうし。



亡くなる直前に、交際中の男性と会っていたということですし、ブログのないようにある悩みの大元がそのあたりにあったようではありますが、それより、直前に電話で話をしていたという父親の無念は大きいのではなかろうかと。



ともかくも、ご冥福をお祈り申し上げます。





http://blog.livedoor.jp/fukuhiro_tigers_fan/archives/52178083.html
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2011年5月10日 (火)

[ラオスのベタな平日]郷に入ればミーナムを食え?

ベタな平日です。本日もビエンチャンでお仕事でした。



今日も昼過ぎまでは晴天だったのでかなり暑く、こういうときに日本なら冷たい麺の選択肢を考えたりすることもあるのでしょうが、あいにくここはラオス国。麺といえば熱いか、「熱い上にHot」かしかありません。



Sagano01 ビエンチャンの中心部、国立文化会館の西にあるサイヨーカフェが全面改装して、今年になって再オープンしましたが、元ゲストハウスだった2階の南側に、いかにも日本人さんいらsしゃい、という感じで開店したのが、「らーめん茶屋。その立地、ベタな店名、微妙に「それは違うんとちゃうか」とつぶやきたくなる、店全体のかもし出す雰囲気。でもここはネタという部分も含めて、一度は騙された気になっていってみるのがベタな平日のあるべき姿でありましょう。というわけで、昼時にかかわらず空席たっぷりの店内へ突入であります。一応従業員はにこやかで一生懸命やってます、という感じです。



Sagano02 しかし、普通の人ならメニューをみて、「あ、やっぱりやってもおたな」と気づくはずなのであります。ラーメン各種が25000Kip。何とも言えない微妙な設定ですが、ここはその中途半端さ、すなわちすぐそこに行けば半額で美味しいミーナムが食べられる、しかし日本円なら260円、という、まず間違いなく日本から入れた食材ではないとわかる価格(この近くに、4万Kip台でとんこつラーメンを出す店というのがあるそうですが、まだ行ってない)。そもそも期待してはいけない、というのが大前提なのではありますが、やっぱりな、と店内に置かれた特に脈絡のない日本の本を眺めながら思ってしまうのであります。



Sagao03 しかし実際にモノが出てくるまでは、「うれしい誤算」に一応の望みを抱いたりするのでありますが、こうして一見普通のラーメンに見えなくもない←を見た瞬間、ある種想定された展開にふと納得していたりするわけでして。



麺が太い縮れ系だけどコシらしきものが見当たらないとか、個別に言い出すときりがないですが、要するに一言では、



「もみない」



と、それなりに上の年代の大阪人、それも多分河内方面でないとわからんやろ、という表現を用いてしまったりするのであります。ま、そういう所なんだし、しょうがないんですけど。



というわけで、ラーメンが食べたいビエンチャンでは「ミーナム」で行っておきましょう。あ、でも個人的にはある店のミーコープが気に入ってるんですが。そこらへんのネタはまた別途。









2011年5月 7日 (土)

[ラオスのベタな平日]公園と屋台

1日遅れで「ベタな平日」となっておりますが、まあ特段気にせず参ります。おおよそいつものことですし。



0505vte01 0505vte02 5月5日のビエンチャンは特にあめもなく、雰囲気的には日本の盛夏、というぐらいの暑さですね。夕方の気温の下がり加減は大阪の真夏よりしのぎやすいかも知れません。



タラートサオ新々モールの建物もだいぶ形になってきました。まだクレーンはブンブン回っていますが。



なお、少し前のエントリで、これは屋外エスカレータか?と言ってみた気がする場所は、やっぱり屋根つきになってました。



0505vte04 0505vte03 例によって川沿いですが、特に風が抜けるとかいう爽やかさはないんですけど、まあ開放的な雰囲気は気持ちのいいものです。



このあたり、公園整備がなされて以降、飲食営業は恐らく許可していなかったのではないかと思うのですが、いつの間にやら飲み物系から普通の屋台飯系まで出てくるようになりました。といってもアヌウォン増の付近にはいすやベンチとかがないもので、ゆっくり食べたい人はどうしてるのか、と思っていたら、店がござのレンタルもやってるんですね。



0505vte05 0505vte06 まだまだ堤防の内側の川の水位は低く、砂浜みたいな川原でビーチサッカーに興じる若者とかもいたりしますが、ともかくも堤防上のメコンカフェ、というのは遠くなってしまったなあ、と思いつつ西へ歩いていきますと、



公園に屋台レストラン的な明かりが。



えー、ワットチャンタブリの前あたりの公園エリアが飲食店用に開放されています。確かに川を見ながらビアラオ、というのはかなわない状態になっていますが、こういうところで(それも車が前をバンバン通るとかいうことがないところで)ビアラオにピンカイ、といきたいところですよね。



こういう規制はしばしば変わりますし、許可を出す対象にまあいろいろと裏がありそうな話も聞かないわけではないですが、まあこれはこれでええんではないですかね。ともかく炭火焼の地鶏は美味しいですよ。













2011年5月 6日 (金)

[ラオスのベタな平日]雷雨の夜に回転しゃぶしゃぶ

というわけで、ラオスの今日は「ベタな平日」です。タイもプミポン国王即位記念日でお休みなんですけどね。



0504vte01 それはまあしゃーないとして、昨日のビエンチャンは日中はむわっと暑い晴天でしたが夕方からどわーっと雲が湧いてきまして、日暮れ前からそれはもうすごい雷雨。10m先に車があるけどそこに行くのもきつい、という状態。オフィスの電気も瞬時停電しまくりでしたが、ドバッと停電にまでは至らず(これがビエンチャンではまだ結構あるのです)、それでもかなり激しい降りが子一時間続きまして、晩飯食いに、といっても雨宿りせなしゃあないやろ、という人たちがようやく動きだした時分に、サームセンタイ通りの西の端へ向かいます。



0504vte02 この付近からルアンプラバン通りに入って少し西のほうまで、かなり店の入れ替わりがあるのですが、その中でも少々ベタに気になる目立ち方をしているのが、その名も「サバイディーしゃぶしゃぶ」。いやあ、直球ズバリのベタな店名ですね。



こちら、しゃぶしゃぶと言っても日本的なしゃぶしゃぶとは異なり、要はラオスキなんですけど、これが日本のものとは余り思われたくないかも知れない、ビュッフェスタイルの回転しゃぶしゃぶなのでありまして。多分この形態はラオス初(回転寿司より先かも?)、料金は1人69000Kip(周辺のスシやフライ物、デザートにソフトドリンクまで込み。ビールは別料金だと思う)と、ちょっと高めかも。



0504vte03 0504vte04 店内は若干のテーブル席と圧倒的に多いカウンター席に分かれ、2、3人のグループでも通常はカウンター席に通されます。目の前には流し撮りをしないとぶれる程度の速さでまさに回転寿司のレール状のところに回転寿司風の皿に乗った具(豚肉の各種部位、こちらではちょっと硬めであることが多い牛肉、それから魚、海老、イカ、練り物類、白菜などの野菜、生卵、春雨とか中華麺とかも)が流れておりまして、ちょっとしますと前の穴の開いたところ(下は炭火ではなく、あまり微妙な火力調節のできないIHだが、停電したら営業できないのはこの町では大丈夫なんやろか)にだしの入ったお一人様用の鍋がやってきます。



あとは普通のラオスキと同じ要領ですが、某日本の回転寿司チェーンのようにレーンに流した食材を何分で廃棄、とかいうことは考えもしていないですから、こちらで「これはどのぐらい経過したものか」というあたりは推理しましょう。それも含めた食事の楽しみ、ということではないですが。



味はこういう店にしてはまあまあ、というところでしょうか。雨のせいもあってお客さんの入りがもう一つのような気もしましたが、ある程度「おひとりさま客」も入っているように見えましたし、設備投資の関係からか単価が少々高い、というところをクリアできていたらもうちょっと流行りそうな気も。









2011年5月 4日 (水)

[ラオスのベタな平日]雨季はすぐそこです

さてさて、約1ヵ月半ぶりのビエンチャンです。5月3日という本来なら関空がむっちゃ混んでいてもおかしくない日に(でも本来の混雑日はもうちょっと前か)TG昼便の横3列に私1人てそれはやっぱりあかんやろ、というか乗客の日本人比率が高いというか、外国人の数が減ってるのがやっぱりこの状況を生み出しているもとなんだろな、と思いつつ、万国に入ればもういつもの光景でなんだか違和感なくなってきたりもしまして。



で、定宿(いやその、パスポートも何も見せなくても、顔見ただけでさっさとチェックインしてくれるのは助かりますね)の周辺に何か変化があるというわけでもなく、まあそれ以外は追い追い何かあったらエントリに生かすことにしておくとして。




暑いですね。



まあ大体一番暑いのは4月のピーマイから末にかけてで、先週あたりは日中40度超えてたらしいですが、今日あたりはバンコクでもそうでしたが、微妙に雲が出ている中での暑さ、というところ。今夜もチェックインしてまあちょっとだけアテでも買いに、と思ったらパラついてきたりもしましたので、今年は結構順当に雨季が巡ってきているということなのではないかと。



さすがに、昨年のように5月中旬に43度の暑さの中動いても暑い止まっても厚いという体で彷徨うとかいうことにまではならないで欲しいと... まあ状況は「ベタな休日」があればご紹介したいと思います。



というわけで、しばらくこちらからベタな平日・休日モードでお送りいたします。










2011年5月 3日 (火)

お知らせ

というわけで、GWも佳境に入ってきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。



どうも、花粉が終わった後の目や鼻や喉の不具合は、やはり黄砂の仕業だったのでは?ということでほぼファイナルアンサーになりつつあるのですが、ともかく明日から、「現地はベタな平日」ということで、またしばらく、多分むっちゃ暑いはずの向こうに行ってます。行けば症状も治まるものと期待していますが。



恐らく15日頃まで、通常の更新は縮小状態になります(といっても最近毎日は更新できてませんが)。TB、コメント対応も遅れることがありますので、あらかじめご了承下さい。








[ビンラディン]喜びも束の間か?

多分、「正義がなされた」という喜びはその場限り、ということなんじゃないかと思いますが。





かの同時多発テロが発生したとき、私は富山に住んでいまして、何をしていたのかはよく覚えていませんが娘を寝かしつけた後ぐらいに、2機目の旅客機がWTCへ突っ込んでいく様子が映っていたのを「げえーっ」という思いで見ていたのでありました。もうかれこれあの日からでも10年になろうとしているのですね。



テロとの戦い、アルカイダとの戦い、ということでこれまでも近づいては取り逃がし、追いつめたと思ったらアルジャジーラに登場、とか、そういうパターンが続いていた印象があります。



その一方で、ここのテロ事件、未遂事件に実際に彼が関与していたのはいつまでか、というと良くわからないんですよね。裏の組織の表(養和下欄表現ですが)にはそんなに出てきていないんではないかと思われる状況下、実働部隊は既に分散していて彼の指揮下にはないとも言われますし。



潜伏先に突入した米軍部隊が銃撃戦の末、ビンラディンはじめ5人を殺害、DNA鑑定も経て本人であるということを確認したとのことですが、遺体は既に水葬に付されたとか。このあたり「ホンマか?」という疑問と、遺体をテロリストサイドに利用されることにはしたくないというのはあるのかもしれないというところと、まあいろいろありつつ、それでも話をまともに信じてええんかいな、というのは多くの人が感じているのではないかと。



今日に限っては、株価も上がり、原油は下がり、と、随分と楽観的な反応があったようです。しかし、そういった矢先に、また何か起こるのではないかという気がしてしまうのですが。





http://blog.livedoor.jp/di_tanicchy/archives/52283798.html
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2011年5月 1日 (日)

[リビア]これもお馴染みの誤爆か?

いくら何でも人単位で空爆をしているはずはありませんが。しかし事前に何らかの情報を聞きつけて避難しているとか、そういうことってなかったんですかね。





補給線を立つとか、基地や倉庫や通信設備をを潰すとか、そういう段階から重要人物の所在地と思しき箇所を攻めるという方向になってきた結果がこれ、ということなんでしょうが、カダフィ氏の邸宅を直接空爆して、しかも本人は無傷で息子や孫が亡くなる、という事態を招いたというのは、いわゆる誤爆なのか、あるいはカダフィ氏が敢えて「人間の盾」を用いていたのが裏目に出たのか、いずれにせよ、今後の戦闘状況にとって、少なくとも当面は良い方向にはなり得ないでしょう。



少なくともカダフィ氏の孫は今回の攻撃云々とは無関係なはずですし、そこの責任がどうかとか、これでさらに欧米向け徹底抗戦で泥沼化か、とか、反体制派本体とのバランスにも影響することになるのかも知れませんし。



ややこしさが増してしまったようです。いろいろな面で。







[インド]子ども産まない手当?

さて、今年もいわゆるゴールデンウィークということで、当ブログのアクセスも程良く落ち始めておりますが、当方やっと花粉も一段落してもう大丈夫や、と思った矢先に風邪を引いて、そんなにひどくはないですがうちで大人しくしております。来週は久しぶりに「ベタな向こうは平日」ということもありまして。



さて、日本では「子ども手当」といういわゆるバラマキがこの国難に続けられるわけないやろ、といいつつ、このままだとどさくさ紛れに扶養控除が消えて児童手当だけ戻るというひどいお話になってしまったりするわけですが、それはともかく一般には子どもを持つ家庭に行政から何らかの手当が出るのが普通であるところ、中国とインドはやっぱり違うようですね。





中国がずーっと一人っ子政策(漢民族だけですが)を取っていて、違反者には罰金を科している(でもお金に余裕のある家は罰金払ってもいいからということで2人以上作ってるらしいですが)、ということで、それによる社会的な問題もいろいろと指摘されているところですが、インドの人口増加の勢いは中国を大きく上回り、総人口は遠からぬうちに中国を追い抜く(あの国土に15億とかいうことになるようで)と言われていますし、さすがに人口爆発の悪影響を無視できないでしょう。産児制限対策も無料で提供してくれると言うことですから、それなりに利用されるのでしょうね。恐らく医療費の面でバランスも考えてあるのでしょうが。



実際に人口の適度な抑制につながるのであれば、より広い範囲で採用されるのかも知れません。と言ってもインドも端から端までですし、そう簡単ではないですかね。







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