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2011年3月

2011年3月30日 (水)

[義援金]将軍様の御慈悲?

今回の震災に対しては、国内外から既に多くの義捐金が寄せられています。ラオス政府およびラオス人民革命党関係者の皆様からも合わせて20万ドル近い義捐金が送られているそうです。こういう話を聞くと、気持ちだけでも有り難いことだと思えてきます。



でも、同じような話でも、どういう訳だか素直に聞けないような気がしてしまうのはなんでなんでしょ。





そのこと自体は、「誠にありがとうございます」で済むのかも知れないですが、何だかどうも、その言い方が棒読み調になってしまいそうで。



とりあえずは将軍様の暖かい御慈悲、とかいうことでありつつ、何か次にあったときに絶対10万ドル分の恩着せにくるで、とか、思っちゃいますね。



ま、でも、ここは一応、ありがとうございますと。ポポポポーン。







2011年3月27日 (日)

マーラーの交響曲第10番 クック版初演録音

マーラーの第10番という未完の大作の全貌を、最初に演奏できる形で世に提示したのは音楽学者のデリック・クックでありました。



1960年のマーラー生誕100年を機にBBCはラジオ放送としてマーラー交響曲の全曲放送を企画し、その際、ファクシミリ版として世に出ていた第10番のスケッチに関して、クックは初めブックレットの製作と解説放送に携わったようです。その後スケッチの検討を進めるうち、彼は補筆版の演奏を実行することをBBCに提案たこの曲の全曲版補筆に携わり、その年に欠落していた第2、4楽章の一部を除く約65分のオーケストラ版を作成し、協力者でもあった(クックの死後もクック版の「完成」に手を尽くした)ゴルトシュミットの指揮によるフィルハーモニア管の演奏でスタジオ収録、放送されます。



その事実を知ったアルマが、この版の演奏、出版の一切を禁じましたが(補筆自体の是非という点であれば、既にショスタコーヴィチやシェーンベルクが断ったという経緯もありますし、自らの死後は焼却して欲しいと夫に頼まれていたこのスケッチをクルシェネクに補筆するよう依頼したのは他ならぬアルマだったようですし、彼女も元々は作曲家を目指してもいたようですし、作品そのものにも目を通して内容自体はつかんでいたことでしょうから、、やはり自分の関わっていないところでこうしたこと-しかも完全な曲でない状態のものの補作演奏-が大々的に行われたことへの不満が大きかったのでしょう)、のちに音楽学者のディーサー(彼がシェーンベルクへの橋渡しなどを行おうとしていた)がその放送録音をアルマに聴かせ、その演奏によりアルマが翻意したという話はよく知られています。ですから当然放送局のラインでその当時の音源は残されていたはずで、それが今回、約50年ぶりにようやく日の目をみたということになります。



Cdcover_sbt31457 今回発売されたのは3枚組で、1枚目はクックがこの曲の補筆について、そしてこの全曲の概要について説明したラジオ放送の録音(聞きやすい英語ですが、こちら にそれを文章に起こしたものがあります)。ここでも述べられていますが、彼は決してこの作品の「完成」を試みたわけではなく、マーラーの交響曲草案に関する「Orchestral Realization」に過ぎないと意図しています。クック版に関しては、オーケストレーションが薄いとか、マーラーの音楽に嫌と言うほど盛り込まれているはずの対位法的処理が乏しくてやっぱりマーラー的ではない、という声もあるわけですが、それは(音楽学者であって作曲家ではないということもあるのでしょうか)彼の補筆姿勢から見て当然の所であって、マーラーのペンから大きく逸脱するような内容のものを作成するつもりは元々なかったわけです。最近では何故か(クック版によるアプローチには限界があるのか)カーペンター版を初めとする他者の補筆版がいくつも録音で出てきていますが、(補筆着手時期はクックより早いということはあるものの)カーペンター版なんかは(既にアダージョから)それはいくら何でもあり得ないでしょ、という「創作」がかなり入っていて、全曲聴き通す前に呆れてしまうような内容であるのに対して、クック版はきちんとマーラーの意図を提示している方に入るのではないかと思います。



ここでクックが語っていることで注目したいのは、第1楽章が第9番の第4楽章のような「全てに対する告別」(と言うべきかについては若干の異論はあるのですが)ではなく、新しい交響曲に向けての前奏である、という位置づけをしていること(従ってその演奏は葬送とみなされるような遅さではなくて、相当テンポが速く、終末的な雰囲気を持っていない)、第2楽章の「Scherzo-Finale」の記述から、彼がこの曲を2楽章で完成させる意図も持っていたと指摘していること(調性的にも、この楽章のコーダで元の嬰ヘ長調に戻っていることがあるかも知れないが、マーラーの音楽においてことはそう単純ではない)、第3楽章については、これを曲の中心としてもっと拡大するはずであったという意見もありますがそれには応じず、後半2楽章へのモティーフと心理的描写の提示のための楽章とし、4分程度の音楽としていること(交響曲第5番のように、この曲だけが独立した「第2部」とはならない)、第4楽章のオーケストレーションには第6番をヒントに、また対旋律の使用については第5番のスケルツォを参考にしていること、第5楽章冒頭の楽器使用(チューバについてはかなり演奏が難しいようで、他の版では他の楽器に差し替えられているケースもあるようです)についてはほぼクックのアイデアであること、最後の「カタストロフ」部分はトランペットとホルンについて楽器指定がなされていたようであること、といったところですね。



で、演奏なんですが、60年に不完全な形で演奏された方がかなり独特。第1楽章のテンポもそうですが(オケがもう少しゆっくり行きたそうで若干ギクシャクしている感もあります)、プルガトリオも最初驚くほどゆっくり始まり、低弦が入り始める辺りから突然スピードアップしてこれもオケがちょっと泡を食ったようになっていたり、とか、いろいろとややこしい部分はありますが、それでも、続けて演奏される第4楽章終盤から第5楽章の演奏は、この曲の恐ろしさも美しさも全て投入した部分へ非常に濃い密度で力を込めています。録音はこの時期の音としては非常に良いとは言えませんが、確かにこれを聴いてアルマがこの版の価値を認めたというのは十分理解できるものだと思います。単に他には聴けない「クック第1版」の資料録音、という以上の意味があると言えるのではないでしょうか。



そして、その後欠落していた断片も補って作成されたいわゆる「クック第2版」の初演が行われたのが1964年のProms。指揮は同じゴルトシュミットですが、オケがロンドン響に代わっています。こちらは60年の演奏よりも多少粘りがあって、第1楽章のテンポもやや遅めになっていますし、他の楽章もテンポはそんなに驚くような変化もないように感じられます。しかし演奏自体の振幅は初版演奏よりも濃く色づけされており、第4楽章最後のバスドラム(その後を含めて、一つ一つの打撃がとても奥深い所に響きます)から低音楽器のうめき、そして虚無感の中から立ち上がってくるフルート、それに続く弦の美しさには息を呑む思いがしますし、最後のトランペットのアルマへの絶叫が、それに続くホルンの冒頭のヴィオラ主題を受けてくずおれていく所には単に哀しみと言うだけでは表せない崩壊感を覚えます(ちょっとオケの音がこの辺り出切っていないような気もしますが)。そこから最後に至る絶唱と言うべき音楽も美しさは格別ですが、若干足早に通り過ぎているようにも思われます。音はモノラルですが、まあ鑑賞に大きな支障はありません。



ともかく、補筆のまだ途中経過であったこの版の録音は他にオーマンディ(こちら に書いたことがある)とマルティノン(私は未聴)ぐらいしかありませんが(まあ今後録音されることもないでしょうが)、この記録は他に代え難いものであることは間違いありません。マーラーの10番を知るうえではやはり欠かせない録音です。出切る限り多くの人に聴いていただきたい音だと思います(第10番そのものに関する件は、別途稿を改めてエントリしたいと思っていますが、さていつになるやら)。




(参照ディスク)
マーラー:交響曲第10番
1.デリック・クックによるBBCでの解説放送
2.デリック・クック補筆による第1版放送録音
3.デリック・クック補筆による第2版ライヴ録音

クック(P、コメント)、ゴルトシュミット指揮 フィルハーモニア管、ロンドン響


TESTAMENT:SBT3 1457 (1960年、64年録音)





2011年3月25日 (金)

[敷引特約]消費者契約法の曲がり角?

「エーシー」の声が聞こえなくなった今日この頃、でも聴きたい方にはBSCSの一部ではまだ時々流れていたりするなどと言いつつ、全然関係なく久しぶりの判決ネタです。





消費者契約法ができて以降、特に金額がまとまったものになるので弁護士費用も取りやすいからなのか、この手の不動産賃貸に関する消費者契約法関連の裁判がいくつかあったように思います。



敷引特約というのは、敷金から退去時に必要な修繕、清掃費用として最低限いくらは差し引きますということで自動的に入れた敷金が半分やそこらになる、ということで、確かに払った額からみて相当の金額にはなりますから最近の流れから行くと訴えたくなる(弁護士サイドもそれ相当の仕事を見込める)のはわからないではありませんが...



契約上、修繕費等に相当すると考えられる金額を退去時に差し引くというのは、(家賃およびその差引額双方が合理的である限り)問題ないとは思われますし、この契約慣習が消費者に一方的なフリを強いているとも思われません。制度をなくして家賃にうわのせする、というのならわからないではないですが、そういうこともなしだと、貸し主側に影響が大きすぎるということでしょう。



まあそこそこ両者のバランスを見た結果だとは思います。







2011年3月24日 (木)

【震災余波】そして西でも電車が止まる(追記あり:運休回避)

小さな部品なんですが、手に入らなくなると、徐々に効いて来るんですね。





このニュースでは東日本だけの話のようですが、ここの部品を使っているのは西日本の車両にもあるようでして、どうやらそのうち、環状線でも昼間は間引き運転をせざるを得ないようです(JRだけではないようで、近鉄とかもやばいらしいです)。



車両本体がどうこう、というわけでなくても、こうした一つの部品が調達できなくなるとだめ、というか、そういうのはどこでも作っているわけではないのでありまして、回復が長引くと、一部の電車はなかなか運転できないまま、ということになってしまいそうです。



これはまた「想定外」の事態と言えますね。




(追記)
各種ニュースで伝えられているとおり、どうやら調達のめどは立ったようで、まずはよかったですね。しかしこういう「部品がない」という問題、様々な業界に影響を及ぼしていますから、今後は供給体制の見直し等、いろいろと動きがあることでしょう。即座の対処は難しいかも知れませんが、世界規模でいろいろな部品関連の問題が発生しているようですから。





http://blog.livedoor.jp/bp_kaisei/archives/51775886.html

2011年3月21日 (月)

[プロ野球開幕問題]選手の仕事は何や?

プロ野球、特にセ・リーグの開幕問題についてはいろいろとネット界隈でも問題提起がなされていて、そこには、特に某新聞社系のごり押し的なムードに対する反発に対する目線からの意見も多く見られ、またプロ野球がかつての国民的娯楽たる地位を既に滑り落ちているという状況も踏まえた意見も多く見られるわけではありますが、敢えて私は言いたい。



可能な限り予定に近い形で開幕すべきであり、そのために最適なAlternativeを見出すベし、と。





特に、選手会の意見に対するシンパシーが多く見られるようですが、私はそれに対しては全くもって反対です。



野球選手の仕事はなんやねん、と。



義捐金を呼びかけるのが(それもパブリシティを有する人にとって大事なことではありますが)第一の仕事ではないでしょう。公式戦の真摯なプレイを見せることが第一なんじゃないんですか?



今プロ野球の公式戦を開幕して、何か選手に危険があるのでしょうか。あるとすればナイトゲームをすることで特に逼迫している電力消費に悪影響が生じる恐れ(やたらに一般家庭6千軒分というのが強調されるが、批判承知で言うなら、ドーム球場の数時間の消費電力は、全体の電力需給の容量から見れば「誤差の範囲」でもある。せやからええやん、とまで言うつもりはないし、空調止めてやったらホームランも減るかもね)と、特に関東圏で試合を行う場合の交通手段の問題などでしょうか。



それなら日程と試合開始時刻の柔軟な対応をできる限り早く知恵を出して考えるべき、という話であって、だから開幕を遅らせるべき、という結論にはならないでしょう。



私はリーグの開幕時期の問題が出たとき、まずは球団サイドがそうした物理的事情について問題を感じ、一方の選手会が、「こういう時こそ選手たちの懸命なプレーを被災地初め全国にお見せすることが第一。そのために必要な調整事項があれば協議を」という構図を想定したのですが...




サッカーだって同様で、できる場所ではやればいい(一応4月下旬スタートとなるようですが)。その点、私はbjリーグ のやり方の方に共感を思えます(無論チーム規模とか開催の条件などの違いがあることは承知していますが)。

何だか歌舞音曲ではないですが、無用な自粛ムードばかりがはびこっているように思えてなりません。こんな時に一見何でもないかのように「興行」をできる人達が、私には「ネ申」ではなかろうかと思えるのですが。





http://cw0609.blog17.fc2.com/blog-entry-2350.html

[自粛]西日本は逆にガンガンいかないと

かの震災から5日経って日本に帰ってきて3日経過でACばっかり流れるテレビに幾分飽きてきたり(「ぽぽぽぽーん」も、もうええかな、と)、やっぱり関西エリアへの外国人観光客まで大きく落ち込んでる様子を見たり、もっと科学的見地に基づいて行動を規定するのではないかと思われる欧米人がどうみても科学的行動とは思われない待避行動をとっているっぽいだったり、こういうのを見ていると、国際的な風評被害を抑制する行動と情報発信のためには、被災していない所が縮んでばかりいてはいけないと思うんですよね。





恐らく、いろいろなものをいつ復帰させるかはそれぞれで考えていることだろうとは思いますが、西の方には特に何もないわけですから、通常状態にできる限り早く戻して、人の流れとお金の流れを活発にしていかないとそれこそ日本全体が沈んでしまいます。普通に生活できる人は普通に生活し、普通に活動できる企業は普通に活動するのがひいては被災地への支援にもなるのではないかと。



補完できる機能はそこで動いて初めてその役割を果たすのでしょうし。







2011年3月18日 (金)

帰ってきてます、が

帰ってきたら彼岸というのに大阪でも雪です。変える前の日、ビエンチャンは雨降りで寒いぐらい、バンコクですら結構涼しかったのですが、日本は冬ではありませんか。



それにしても、この時期、TGの日本-バンコクのフライト(特に関空線)はいろいろ頑張って押さえてもらいに行っても全然予約が取れなくて、キャンセル待ちの隙間をなんとかゴールドの特権でかいくぐらせてもらって、というパターンだったのですが、昨夜の深夜便は乗ってみたら結局3分の1ぐらいが空席で、どうやら日本行きは関空でもかなりのキャンセルが出ている模様です。



部分的にはあらぬ風評被害というのが確かにあるようでして、特に欧米系の過剰反応には少々辟易する所がありますが、それが結局、支援はするけど人は来ないで出ていく一方、という状態になってしまうのはどうなのかと。



まだそれどころではない、ということなのかも知れませんが、それでも、今の日本のやるべきことの一つには、人が避難しているところ以外は普通に活動してますから、ということなんでは。






さて、「ベタな平日」をラオスの田舎で過ごしている間に、坂上二郎さんの訃報もスルーしてしまいました。コント55号の一番凄かった頃は実は私の年代にとっても小さすぎて良くわかっていなかったりするのです(物心が付いて間もなく、元祖「欽ドン」が始まったぐらいの時期で、正直リアルタイムで記憶にあるテレビ番組は「なんでそうなるの?」(のほぼキャッチ部分)だけだったりします)。むしろその後の俳優、そしてかなり年齢を経ても伸びのあった声が印象に残っております。晩年は脳梗塞で闘病も長かったようですが、それでも比較的最近までその姿を楽しむkと男鹿できたのは有り難いことではなかったかと。



遅ればせながらご冥福をお祈り申し上げます。








2011年3月13日 (日)

[首相補佐官]どさくさまぎれ、ですか?

節電啓発のために臨時の大臣職までが必要なのか?という話はあるんですがまだそっちはたいした話ではないかもしれません(輪番停電の状況に何かの責任をもつというわけではないでしょう。でも明治時代からの電気の周波数の歴史が、ここに来て随分と効いてしまう事象が出ています。今回はついに輪番停電という事態に至りましたが、50Hz組は東の3社だけですから、東電がダメージを受けるときついですね)。しかしこっちは被災地の重要な問題ですから、「はぁ?」と思わずつぶやくしかないのでありますが。





補佐される首相も、何か中途半端に原子力の視察に飛んでいってその時間があったために事態がより悪くなったなんていう説もあるわけですが、それはさておき、ボランティアがどうこう、といった瞬間にこの人しか浮かんでこないんですかね。もう筋金入り、っていう感じが。



おるもんは誰でも使え、ということなのかも、また社民党へのドサクサ紛れのサービスなのかも知れませんが、自衛隊が活動している地域へ乗り込んでいって、「自衛隊は違憲です。さっさと立ち去ってボランティアに任せなさい」とか言い出して事態を混乱させまくってしまいそうな気も(一応、フィクションですが)。



どうせ保たない政権でしょうが、図らずも延命効果を生んでしまったこの大惨事で、さらに碌でもない実績を残してしまうことになるのではないかと。









2011年3月12日 (土)

[福島第一]非常時にこそ

ただ事ではないことはベタな平日→休日を過ごしているBBRも承知しております。非常時の危機管理がこれほど実際に試される場面はありません。





とにかく、現場でそれこそ命がけの作業を続けている方々に、ここから何の力になれるわけでもありませんが、厳しい状況下で最善を尽くしていただきたいと思います。



さて、こういう場合の危機管理として、事実を正確に伝え、考えられる対策を明確に与えることという一方で、余計なパニックを作らないこと、ということも非常に重要であろうと考えられます。



しかし、NHKは映さなくても、ネットで爆発事象のその場面はそう時間がたっていないうちに見られてしまうわけですし、一方で知識もなく何を煽りたいねん、というマスコミがこっちばっかりに注意を向けて、まだまだ続いている津波被災者の救助復旧や、関東の周縁部で続いているかなり大規模な地震など、こちらも情報がまだ必要なところが飛んでしまってはいないかというのも傍目では想像してしまいます(あくまで想像です)。東京電力も現場、本店間、さらに保安院との間でやりとりはされているはずだと思いますし、そこで想定される事柄を逐次検討しているものとは思いますが、そのアウトプットがどうもよくわからない。特に国外にいるとですが(余計なことがわからないので却っていいのかも知れませんけど)。



国レヴェルで如何に的確な情報提供と適切な対策を行えるか、それからここで余計な足を引っ張るばかりなのはどこなのか、とにかく今は事態への対処が第一ですが、あとできちんと検証しておくべきですね。





(追記)
恐らく、安全方向の公表は「ホンマにホンマにホンマなんやな、責任取れよ」という不要なプレッシャーがかかるものと十分予想されます。しかし、それにしても詳しい情報の出しようが遅すぎるように思われますが。



どうやら、遠景の画像で見えていた骨組みになっていたような部分のコンクリートだけが爆発で飛んだようです。炉心溶融云々とは直接関係なく、建屋内に発生した水素が原因らしい。ということで、格納容器そのものの健全性は保たれている、原子炉自体はすでに止まっていて、反応の「余熱」をどこまで管理できるか、というのが問題であったはず。



どうやら海水注入で格納容器を冷却して、最悪の事態を回避することはできそうです。爆発時には当然外部に放射性物質が放出されますが、それだけであれば値はもちろん下がっていきます。40年物である格納容器の「底力」が発揮されたものといえるでしょう。もちろん日本では例のない事故ですし、おそらく米スリーマイルと同格の位置づけではないかと思われますが、これだけの地震とその後のあってもらいたくないトラブルが重なり、建屋があのようになっても人的に深刻な被害を回避できる、ということであれば(そこにいくつかの幸運があるにしても)基本的な建設と運用はしっかりしていた、ということになるのではないかと思います。



まだ対策が実施されており、必ずしも予断を許さない状況であるようですが、結果としてその程度で収束してもらいたい、というのが希望でもあるわけですが。







http://blog.livedoor.jp/di_tanicchy/archives/52262292.html
http://blog.livedoor.jp/ktu2003/archives/51860268.html
http://blog.livedoor.jp/bp_kaisei/archives/51759544.html

2011年3月11日 (金)

[東北地震・津波]とんでもないものが...

16年前の阪神・淡路大震災のとき、私は日本におらず、NHKの短波ラジオのニュースで地震がどうこう、というのを聞いて、何かようわからんなあと思ってCNNを見たら阪神電車が倒れていた、という状態でした。巨大地震の時には、私は日本にいない巡り合わせになっているようです。





今回は、自宅からショートメールで地震だと知らせてきたのが最初で、たまたま「ベタな平日」はかなり田舎のネット環境が悪いところで展開していますので、たまたまうまく見られる人のネット環境を借りて、ぼちぼち情報が入りだしている、という状況です。



映像と数字を見るだけで、少なくとも私が生まれてこのかた体験、想像していないようなものであることはわかります。まずは被災された方にお見舞い申し上げます。







明日はビエンチャンに戻りますので、もう少しこちらでもよくわかると思います。とりあえず遠いラオスで受けた衝撃をエントリにした、という格好です。