« 2010年7月 | メイン | 2010年9月 »

2010年8月

2010年8月31日 (火)

[UAE]100万ドル札ですと

今あのあたりはラマダン真っ只中で、みなさん昼間はボヘーッとなってますから、こんな話にもコロッと... ということではないんですかね。





日本でも時々見かける、宣伝用の「1億円札」みたいなやつですね。たいがいそういうのは、できるだけ「そんなもんあるわけないやろ」というところをにじませてるもんですが。



このお札だって、表と裏で色が違うということですし、確かに米ドル札の紙質は大したことないのは周知のところですが、それでもこんな札あり得へんやろ、というのは国民でなくても普通は思うのではないかと。



「先にその30%寄越せ」と言ってももらえるわけないんですし。怪しさ大噴火のはずですが。







騙される方も相当に欲に目がくらんじゃってたのでは。

2010年8月29日 (日)

[華原朋美]もう、うちはこれで終わりにしますね

また、前回の同種エントリ から約1年半ですね。こういう周期になってるんでしょうか。まあその、基本的に薬物のオーバードーズ状態でずーっといってしまっているのではないかと。





もう36ですか。月日の経つのは早いものですね。



これまで2度ほど「ほんまにええんとちゃうの?」というエントリをしていますので今回は記事を発見してもスルーしようと思ったのですが、前のエントリにポツポツとアクセスが入ってくるのを見ていると、何だかやっぱりエントリにしておかないといけないのではないかと不思議にそう思ってしまいまして(睡眠薬など、の「など」って何や?)。



しかし、なんぼなんでも、もうこれで終わりにしておきますね。なんだか、お騒がせも「当たり前」になってきてしまいましたし。何か空気の違うネタが本当に出てきたら別ですけどね。それもちょっと...






(今日聴いていたCD)
メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」、シェーンベルク:管弦楽のための変奏曲、ドビュッシー:海
ミトロプーロス指揮 ベルリンフィル
ORFEO: C488981B (1960年録音)



Cdcover_c488981b ミトロプーロス/BPOという滅多にない顔合わせ、しかもザルツブルク音楽祭にBPOが登場するようになった直後のライヴ。さらにミトロプーロスにとっては図らずもこれが最後となってしまったベルリンフィルとの、そしてこの音楽祭でのライヴです(このわずか2ヶ月半後に、ミラノでのマーラー3番のリハーサル中に心臓発作で急死している)。



それにしても、死の直前、しかも一度は心臓病で危ない状況に陥りながらのこの凄まじいエネルギーに満ちた演奏って何なんでしょう。メンデルスゾーンの肉厚ながら動きの速い音。ベルリンフィルが「懸命につけている」という感じが漂っているのもこの指揮者ならではかと。



シェーンベルクのいかにもサクッとした心憎い展開、ドビュッシーの終盤に向けてのパワーの爆発、それはやはり楽譜を完全に頭に入れて構成しきった演奏というところなんでしょうね。オケはあとの曲の方がより充実した鳴りっぷりだと思います。録音はオルフェオのザルツブルク盤ですのでそれ相当の水準とは想像できますが、音質としてはそう悪いものではありません。むしろミトロプーロスの音を楽しむにはこういう音響の方がいいのかも知れません。





http://krimshow.blog56.fc2.com/blog-entry-1611.html

[訃報]山本小鉄さん68歳

若い方には新日プロの解説(古館伊知郎時代からの絡みですから長かったですね)というイメージの方が強いかも知れませんが、やはりヤマハブラザーズです。40台以上でないと実際のところはご存じないかも。



元プロレスラー山本小鉄さん68歳で死去(スポーツ報知)



(元ニュースはこちら)

(記事引用)
元プロレスラーで解説者としても活躍した山本小鉄さんが28日午前6時42分、低酸素性脳症のため亡くなった。68歳だった。顧問を務める新日本プロレスが29日、発表した。

 山本さんは1963年に日本プロレスに入門。星野勘太郎とのヤマハ・ブラサーズで人気を集め、1972年にはアントニオ猪木が中心となった新日本プロレスの旗揚げに参加。1980年現役を引退し、コーチ業の傍らテレビ解説者として活躍した。(以下略)

(引用終わり)



力道山の最後の弟子という世代、星野勘太郎との小柄だがパワフルなファイトをするというタッグで、バイクのYAMAHAから採られたのが「ヤマハ・ブラザーズ」。米国遠征時に取った異名のようです。若い頃からスキンヘッドで活躍していたので年齢が良くわからなかったんですが、現役を引退した時点でもまだ40歳いかないぐらいだったんですね。歯切れのいいテレビ解説は、それからいろいろと努力をして磨いたものだったようです。



(8/30深夜追記)どうやら、食べ物を喉に詰まらせ窒息したのが直接の原因だったそうで。その少し前から喉が詰まりやすいということを仰っていたそうですが、ひょっとしてずーっと首を鍛えすぎた影響?そんなことはないですね。



そのトークの雰囲気と同様に非常に真面目にプロレスに取り組み続けた姿は、団体の別なく、永くファンの脳裏に残るものと思います。しかし、私の年代にとって懐かしいプロレスラーが次々と亡くなってしまうのは寂しいものですね。



謹んでご冥福をお祈り申し上げます。







http://koji52blog.jugem.jp/?eid=724

2010年8月28日 (土)

[将軍様]とりあえず、近場で済ませました

その横をなんだかコソコソーっと、という感じでカーターさんがやって来て、将軍様が不在のうちに米国人連れて帰国してるらしいですが、一方で、以前は「お召し列車」で北京まで移動していた将軍様、今回は吉林省止まりだったんですね。





で、中国様のトップをそこまで呼びつけて後継話とか洪水対策(と称する「無心」とか、というわけですね。どうやら本日は映画関係のテーマパークという、如何にも将軍様のお好きそうな場所を視察、となっていたようですがそれも中止とか。ニュース映像を見る限り雨であんまりコンディション良くなさそうでしたし、日程詰めて体調に悪影響が出るのもどうか、ということもあるんでしょうね。



今回、補導されている写真では「若い頃の蛭子さん?」と見まごうほどであった正雲氏も同行していたようで、恐らくは次代の顔見せ、という線が強かったのでは。しかしそんなことしている場合か?と余計な事も思ってしまうのではありますが。まあそれよりこっちの国内はどうなるんよ、という話があるわけですけど、その辺は明日にでも。







2010年8月27日 (金)

5周年になりました

猛暑日だ熱帯夜だと連日言われつつ、朝晩にはほんの少しぐらい秋の気配も無理やりそうだと思いこめば感じられないわけでもないような気もしないではない今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。



さて、本日で、当ブログも5周年。6年目を迎えることとなりました。



5年というともう半昔。これを始めた頃は幼稚園にも行っていなかった下の娘が小学生になり、当時まだ幼稚園児だった上の娘が中学受験で塾に通う、それが5年というものです。



当ブログを始めた当時はCDというメディアがまだ普通だったわけですが、今ではクラシック系はともかく、他のジャンルはよほどのオマケがなければうんと小さいメディアにやられていますし。今や電車の中でCDウォークマンのディスク交換をしていると奇異の目線を感じますからね。



ブログというのも私が始めた当時はほぼ全盛期というところでしたが、まあいろいろと事情もあるわけですが、リンク先で当時からずーっと連続して続けている方も決して多くはなく、Twitter系の貼り付けがメインの方も増えました。個人的にはつぶやき始めたらそっちは止まらなさそうなので、敢えて避けてるんですけど。



というわけで、ブログというメディアも斜陽加減なのはわかってるんですが、それでもまだしばらくは続けさせていただきます。





とここでCDは、「5」にちなんでTake Five。デイヴ・ブルーベックですね。



Cdcover_ejc55446 私、ジャズ系は素人ですのであまり採り上げることもないのですが、このディスク、有名なTake Five(これは4分の3+2拍子)を含め、変拍子がいっぱいの、如何にも頭でしっかり練られた作品ばかりです。バルトークにも影響を受けたと言われるようですが、それもわからないではありません(なお、Take Fiveはサックスのポール・デズモンドの作品だそう)。



なんと言ってもこのアルバムは1曲目、「トルコ風ブルー・ロンド」にとどめを刺すと言って良いでしょう。まずブルーベックのピアノで奏されるのは8分の9拍子、それも2+2+2+3が3小節のあと3+3+3、というパターンで、途中には普通の4拍子のスウィングあり、2連符でつないでドラムが如何にもトルコの軍楽隊風に奏でられたりと、変拍子を意外なほど自然に、しっかり楽しめる音楽に仕上がっているところが素晴らしい。50年前の作品とは思えないほど、はまります。



で、この曲の演奏、Youtubeにも出回っていて有名なのはこちら の1962年の映像。音はちょっとよろしくない部分もありますが、演奏のエキサイト感というところではこっちにも相当捨てがたいものがありますね。



当方所有のディスクは、59年のアルバムに、54年のBrubeck Timeというアルバムを組み合わせたお徳用盤。後半も、派手さは余り感じられませんが、なかなかに楽しめます。



(参照ディスク)
Dave Brubeck Quartet: Time Out / Brubeck Time


1. Blue Rondo a la Turk   2. Strange Meadow Lark   3. Take Five   4. Three to Get Ready   5. Kathy's Waltz   6. Everybody's Jumpin'   7. Pick Up Sticks   8. Audrey   9. Jeepers Creepers   10. Pennies from Heaven   11. Why Do I Love You   12. Stompin' for Mili   13. Keepin' out of Mischief Now   14. A Fine Romance   15. Brother, Can You Spare a Dime


Dave Brubeck (p)   Paul Desmond (Alt)   Eugene Wright (b)   Joe Morello (dr)    Bob Bates (b)   Joe Dodge (dr)


ESSENTIAL JAZZ CLASSICS: EJC55446 (1959年、54年録音)







2010年8月26日 (木)

[天人峡]確かにあそこは道が塞がると何もない

天人峡といえば、旭川から車で1時間ほどの所にある温泉地。私も3年ほど前に行った ことがあります。空港からちょっと走るだけで国立公園の入口、自然の中のかけ流し温泉、大雪の端っこに取り付いた気分になれます。ただ私が行ったときも大雨の直後で、羽衣の滝への登山道が通行止めだった記憶が。便利な場所でもそこへ行くには一本道でしたし。





で、日本国内全部猛暑日のカンカン照りだと思ったら大間違いで、北日本には少し前から前線が張り付いていたのでありました。北海道は大雨で土砂災害の危険性も高まってる訳でありまして。



天人峡は忠別川のほとりに僅かに開けた温泉地。確かにダムのあるあたりからは一本道をかなり入っていって、そこには道しかない、というエリアを通過していきますので、その道が寸断されればこういうことになってしまう、ということですね。私が行ったときのことを思うと、その辺りまでの道だけでは、こんな事態というのもにわかには想像しにくいのではありますが。



それでもこんな事になるのが自然の怖さ。確かにホテルのある温泉エリアは山の中で、大雨が来ればちょっと怖そうな感じもありましたが。



旭山動物園に行けなかった方も、こういう状況で救出されたなんて事は滅多にあることではないですから、助かったことを話のネタにしていただくしかないですね。寝ている間に流されてしまわなかったのがせめてもの、というわけで。



(8/26夜追記)

流されてお亡くなりになった方もおいでだったようです。お悔やみ申し上げます。







2010年8月25日 (水)

[タイガー・ウッズ]離婚は仕方ないとしても

あれだけの騒動で少なくとも相当の数の事実が積み上げられてしまったわけですから、何はともあれこういう結果になるのは仕方ないのかとも思いますが...





やはりこの人ですから、問題は慰藉料、とどうしてもそうなってしまいますね。



んで、その金額が、想定ですが最低でも1億ドルですか。もうベタでも何でも、



1ドル置くんとちゃいまっせぇー



という定番のボケを入れておくしかありません。



しかし、こういうケースというのはどうして、本人がいささか「落ち目」の状況下で発生しやすいんでしょうか。タイガーも全盛期であれば広告収入なども合わせて、数億ドルでもたちどころに返せるのではないか、という風に見えてしまっていましたが、現状でそこまでの勢いは明らかにありませんし。



これをバネに、本格的な復活を、となるのでしょうか。





http://whatson.blog109.fc2.com/blog-entry-99.html

2010年8月24日 (火)

[香港]人呼んで「人食いバクテリア」

以前、自然環境に普通に存在する細菌による感染症で美人モデルが亡くなった、というニュースを採り上げたことがありましたが、今度のニュースは、「ビブリオ・バルニフィカス」という名前の細菌です。





これ以外にも薬剤耐性の細菌とか、様々な感染症の恐怖がニュースに載ってくるわけですが、必ずしもそこにいるあなたや私に直ちに発症の危険があるというものではないようです。



しかし、糖尿病などの疾患を持っている、身体の抵抗力が落ちている、そういう人に、ちょっとしたことで、そこにもいそうな細菌が突然牙をむくことがあるというわけですね。とにかく発症してしまえば致死率約70%だそうです。毒素が体の中で生成されて、筋肉を壊死させてしまうということですから、仮に命が助かっても、後々かなりしんどいことになるのでしょう。



リスクを減らす生活、というのはひつようになるのでしょうが、しかし可能性はどこにでも転がっている、ということなのでありますね。気をつけるといっても限度はありますが、こういうこともあるということを知っておくのが大事なのかも知れません。







[訃報]梨元勝さん65歳

6月に肺ガンであることを公表され(タバコは吸っていなかったらしい)、その後も病床から積極的にレポーター活動を続けておいででした。私も購読している「週刊文春」での「短期集中連載」も継続中の出来事でありましたし、急なニュースに少々驚きました。





梨元さんの時代は、芸能レポーターが最も本来の意味でアクティブだった時代であった短い時代だったと言えるのかも知れません。彼の欠いているものを見増すに、事務所との微妙な関係は現在にも違わず存在するわけですが、そこで壁を一つ突破できるだけのレポーターとしてのパワーも、存在感も、テレビ的なニーズもあったわけですね。



メディア内部の力関係が変わり、事務所と芸能マスコミとの関係が変わり、そして芸能人を追いかける主体がテレビの芸能ニュースからネット系に変わり、そしていまや「エンタメ」と総称されるこの種の世界はすっかり毒を抜かれ、この世界であるが故の抜き合い抜かれ合い、なんてものも存在しなくなってしまいましたね。



まあ下世話な世界なのではありますが、そこを越える人間ドラマを時には体現していたのが梨元氏の時代の芸能ニュースであったわけで、だからこそ彼らの張り込みなどにもその筋での意義があったわけでしょう。いまや芸能人の恋愛・結婚・離婚もネットで本人が公表するのが当たり前。そんな時代にテレビの芸能ニュースなんてもう屁のようなものです。井上公造氏(彼は梨元氏を師と仰いでいたそうだ)のウラネタ・スクープも、その辺りは一定の安全圏の中で存在しているわけで。



亡くなる直前までの精力的な活動も、「芸能リポーターがいた時代」の最後の戦いという意味合いがあったのかも知れません。




謹んでご冥福をお祈り申し上げます。





http://blog.livedoor.jp/di_tanicchy/archives/52180776.html
http://blog.livedoor.jp/pro_g_mania21/archives/52360831.html
http://blog.livedoor.jp/no1_only1/archives/51471184.html
http://blog.livedoor.jp/ktu2003/archives/51797661.html

2010年8月22日 (日)

[洪水]新義州が水没?

日本国内は晴天続きでかなり暑い状態が続いていますが、そこから少し外れれば気候も変わるわけでありまして、中国内陸やパキスタンに限らず、いろいろな場所で洪水被害が発生しているようです。こういうのは、特に来られては困るところに来ることになっているみたいで。





鴨緑江といえば中朝国境を流れる川、国際河川というのは洪水の時に等しく増水しますから、両岸の開発状況や災害対策の現況が見事にわかってしまうということになります。



新義州といえば、北朝鮮がいまやほぼ唯一まともな手段で外貨を稼げる可能性を有している「経済特区」であったわけですが、この洪水で地域丸ごとの大被害、となると、いよいよ先が見えなくなってしまうのでは。



世代交代へ向けて着々と準備中といわれる北朝鮮、しかしホンマにできるんかこの状態で?と思われますが。





http://krimshow.blog56.fc2.com/blog-entry-1603.html