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2009年3月21日 (土)

阪神なんば線とあの駅のこと(その2)

というわけで、その1 の続きです。



Hanshinnamba15 2年4ヶ月ぶり でやって来ました汐見橋駅。今回も携帯のカメラで撮影する羽目になってしまって画質はしんどいのですが、前回と違うのはコンコースに結構人がいること。やはり、阪神なんば線に乗りに来るついでにちょっと回ってみた、という人がそれなりにいるわけですが、それでもあまりの昭和レトロぶりに微妙な笑みを浮かべている人、それからとにかく隅々まで撮っておこうという人、そんなこんなで多少なりともここに賑わいの一つもできてくれば、ここまでのものがこんな所にまだ残っていることに注目も集まってくるのではないかと思うのですが...



ただそれだけでは南海電鉄の旅客収入には結びつかないわけで、また駅自体もあまり商売っ気が感じられない佇まいを崩していませんし、やはりここだけ時間が止まったようにマイペースです。



Hanshinnamba18 改札の向こうは、前の電車が出てそんなに時間が経っていないとは言え、前回乗ったときとほとんど変わらない閑散度合いでしたし。



さて、汐見橋駅と言えば、前回のエントリにも書いたとおりその建物のよくよく見れば美しい様式と、改札上に設置された昭和30年代の沿線観光案内地図であります。前回も地図に関しては触れたのでありますが、その微妙な剥落、破損状況から、いつ消滅してもおかしくない地図、と見ておりました。



で、今回見てみますと、



Hanshinnamba16 どうも、貴志川線付近の破損度合いが拡大しているようです。



恐らくこれを「修復する」ということは想定されていないでしょうし、破片落下とかいう危険が生じる恐れが出てくると撤去、という悲しい事態も想定されてしまいます。やはり、現物を見ておられないこの種のファンの方、これは朽ち果てる前に見ておくべきですよ。



Hanshinnamba17 改めてこの地図をしげしげと眺めてみますと、大阪市内には当然ながら天王寺支線、それに阪堺平野線が赤い線で存在しているほか、かつて南海が運行していた淡路航路(深日~由良の航路というと、かつて難波から多奈川まで運転されていた「淡路号」という急行も思い出しますね)、そして昭和40年過ぎまで運転されていた淡路鉄道(洲本~福良)、和歌山側には加太線の北島支線(そもそもは加太線の本線だったが昭和30年のジェーン台風で紀ノ川の橋梁が破損し、紀ノ川~東松江間が既に完成したこともあって和歌山市~北島間はそのまま廃止、北島~東松江間が盲腸線の支線として残っていたもの)がまだ地図に出ている、というわけです(この支線も昭和41年に廃止)。また、旧国鉄駅はまだ現紀和駅が「和歌山」、現和歌山駅は「東和歌山」で、紀伊中ノ島~和歌山(紀和)の和歌山線旧線も地図上に表示されているように見えます。紀勢本線は新宮まで赤とグレーの線引きになっていて、これは難波から「急行きのくに号」が走っていた時期の表れですね。



他にもまだまだ。和歌山軌道線は、和歌山市、東和歌山の両方から新和歌浦、海南へと伸びていた路線で、恐らくこの地図の作製された頃は近鉄系列から南海に合併されたことではないかと思われますが、この路線も昭和46年に廃止されています。四国側ではこの当時の近畿-四国間の重要航路であった小松島港への鉄道(その頃国鉄最短路線だった小松島線)があって、そこへ和歌山港からの航路が線引きされていますし、もう一つ、私もよく知らなかった「南海汽船白浜航路」も点線ではっきり書かれています。この航路には昭和37年に、当時日本初だった水中翼船が就航していて、神戸~和歌山~白浜を海で結んでいたようです(紀勢本線もかつては路線の状況が悪かったですから、乗り心地とか所要時間でそこそこ対抗できた時期があったわけですね)。これは国鉄が特急「くろしお」を運行し始めて間もなく休止扱いとなり、その後廃止となっています。



そう言えば、加太から友ヶ島への船も今では南海系列の手を離れていますね。



Hanshinnamba19 ともかく、この周辺がこれから何かと変わっていこうとしている状況にありながら、この駅だけ、全く以前と変わらない状態で「取り残されている」のが、逆に奇跡か何かであるかのように見えてきます。しかしかつては相応のにぎわいを見せていたはずのこの駅も、売店が閉じてかなり経っているようですし、運転パターンは阪神なんば線がどうなろうと←こちらのように30分ヘッドのまま。いつできるとも知れぬ「なにわ筋線」を待っている、という話はあるわけですが、それができるのが(そうなるとこの区間は地下化されて、この駅も本当に消滅することになるわけだが)先か、この駅と路線が朽ち果てるのが先か、どうなんでしょうね。



Hanshinnamba20 駅のすぐ横に、こうして阪神の地下への出入口が設置され、それでも構内だけはやはり時間が止まったようになっている汐見橋駅。これはこれでもうここまで保存してあるんだから、このまま昭和を伝える「資源」として置いておくということで良いのではないかと少しだけは思いつつ、世の中そんなに余裕もあるわけではなかったりしますしね。どこかにあるかも知れない将来、関係する他の路線が動き出せば、一気にこの路線の周辺が変わる可能性も... しかしそっちの筋も今の状況では想像しづらいですか。



という微妙なバランスで、この駅は不思議に生き延びているわけなんですけど。



(この項おわり)




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