[野茂英雄]悔いの残る引退
私より学年で一つ下に当たります。うちの近くにある成城工(野球で有名な学校ではない)の出身。新日鐵堺の時代に五輪を経験して、ドラフトでの今は亡きパンチョ伊東氏の「野茂 英雄」の連発は今も記憶に残るところです。あれからでも20年近く経つわけで。
Japanese pitcher Hideo Nomo retires(AFP)
(記事引用)
Japanese right-handed pitcher Hideo Nomo, who won National League Rookie of the Year honours in 1995, on Thursday announced his retirement from baseball.
The 39-year-old Nomo, who pitched two no-hitters in the US Major Leagues, announced his decision on his website, saying only: "Retiring. July 17, 2008. I announced my retirement from my playing career."
He told Japanese media that while he wanted to keep playing, he could no longer pitch competitively.
"I want to continue, but I don't think I can deliver a professional-level performance anymore. I believe many clubs think the same way," Nomo told Kyodo News.
"I knew I had to make some kind of decision. I knew I had to let my fans know," he said.
Nomo, one of the first Japanese players to enjoy vast success in the
United States, won a total of 201 games against 155 losses during his
career in Japan and America.(以下略)
(引用終わり)
ちょうど私がDallasにいた1995年は、TexasでもまさしくNOMOがMLBで一つの脅威を形作っていました。スポーツニュースでの扱いも格別で、日本から大挙して押し寄せるファンと報道陣もかなり好奇の目で見られていた時代です。その点、今の「日本人なんて当たり前」という頃とは随分違うのです。
(そんな読者がいるのかどうかはともかくとして)10代の読者にはピンと来ないかも知れませんが、何しろ(いろいろと事情はあったけれども)、
・バリバリの現役選手として初めてMLBに挑んだのも
・MLBで日本人投手として初めてマウンドに立ったのも
・MLBで日本人投手として初勝利を挙げたのも
・MLBで日本人として初めて新人王になったのも、奪三振王になったのも、NoNoを1度ならず2度までも達成したのも、オールスターゲームに出場したのも、ついでに初めてホームランを打ったのも
野茂英雄であるという事実を、忘れてはなりません。
実働で活躍したと言えるのは2003年までだったと言えるでしょう。日本球界時代から、MLBでも長く働けるような体作りを心がけてきた当時としては珍しい選手であったと思いますが、それでも体に無理が(特に古傷のヒジには)いろいろとかかっていたのか、30代に入ってからはやはり球威の衰えが画面からも感じられていました。
彼に悔いが残っているというのは、自分の投球がまだ出来るはずだったという思いと、勝てる球団でもう一度プレイしたかったという思いの両方があるのではないでしょうか。
ともかく彼の現役は終わりました。しかしこれからも彼の野球人生は続くのでしょう。今後に注目してみたいと思います。
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BBRさん
トラバ、ありがとうございました。^±^ノ
オリンピックの際はまたよろしくかもしれません。
投稿: てくっぺ | 2008年7月19日 (土) 13:24
ブログ移られたんですね。せっかく、またPR4に返り咲かれたところなのに、もったいない…という気がしますが、あちらは残しておかれるのでしょうか? せっかくですので、ぜひ残しておいてください。
しかし、あの頃、ダラスにいらっしゃったんですね。私は日本でのほほん♪としていたと思いますが、野茂選手への熱狂振りは、よく覚えています。それまでの日本のテレビ局の無関心振りとは、まるで正反対の熱狂振りには、滑稽さを感じたものです。しかし、それだけセンセーショナルな出来事でしたからね~。私にとっては、その後のイチローの方がずっと凄く映るのですが、それも野茂の先例あってのことですし、そういう意味でも、野茂は大変意味のあるチャレンジをしてくれたと思います。
投稿: valvane | 2008年7月26日 (土) 22:57
valvaneさんこんばんは。いつもお世話になっております。
個人的にブログを移転するつもりは全くなかったのですが、親元の関西どっとコムが吸収合併されたためやむなく、というところです。現行ブログは9月末で自動的に消滅しますが、データはこちらに移行される(予定なのだがちょっと時間がかかっている)ことになっています。
ちょうど私がDallasに行ったのは94年で、MLBのシーズンがストで終わってしまってどうこう、という年でした(当時DallasではCowboysだけが強かった。時代は移るものですね)。業界全体の落ち込みという面もあって、野茂のスタートしての値打ちが高まった所はあるでしょう。しかしMLB最初の時期はいい球だったと思います。LADもまあまあいい状態でしたし。
彼があの状態で出ていかなければ、何人もの選手が海を渡る時代はまだ来ていなかったかも知れませんし、日本球界の鎖国状態がさらに続いて、地盤沈下がより早く進行していたかも知れません。たらればの話ですけどね。
投稿: BBR | 2008年7月26日 (土) 23:34