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2007年6月

2007年6月30日 (土)

気がつけば半年経った

U9e6bawl 昨年の暮れにうちにやってきたルナーミストの307SW。

気がつけば半年を過ぎています。

ここまでの走行距離は約3500km。最近ではよく走っているうちに入ります。今のところは走りも快調ですし、車の「クセ」にもだいぶ慣れてきた気がします。

そう、慣れてくるとどんどん、「可愛い奴」に思えてくるものなわけでして。


ただ、これからの時期、ガラスルーフは開けると暑いよなあ。


Clwd1vev さて、←こちらの写真は、この車を買ったときにディーラーに「これをくれ〜っ」と言ってもらってきたコーヒーミル。ノスタルジーブラウン、というタイプのやつです。

プジョーは元々圧延鋼の鋳造からスタートした会社で、それを元に鋸などの加工品を販売して大きくなったというものです。自動車は1890年頃に最初のモデルを生産しだしたようですが、コーヒーミルはそれより50年も前から作っていたそうです。有名なライオンのエンブレムも、コーヒーミルやペッパーミルに使ったのが最初だとか。

中は二重螺旋のカッティングミル構造になっていて、シャフトの回し加減も非常に軽く、しかし最後まで均等で美しい粉が挽けます。

正直なところ、これで挽いた豆のおかげで、始めてコーヒーの美味しさとはこういうものなのか、と認識した次第です。

市価12〜13千円ぐらいするようですが、コーヒー好きの方にとっては、その値打ちは十分あると言えるでしょう。





[羽賀研二]渡辺二郎とセットで逮捕とは?

まだイマイチ状況が飲み込めていないのですが、とりあえず目に付いたので。


羽賀研二容疑者を恐喝容疑で逮捕(Sponichi Annex)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
知人男性を脅して約4億円の債権を放棄させたとして、大阪府警捜査四課は30日、恐喝容疑で、タレントでジュエリーデザイナーの羽賀研二(本名・当真美喜男)容疑者(45)ら計4人を逮捕した。

 ほかに逮捕されたのは、指定暴力団山口組系極心連合会関係者で、プロボクシング元世界チャンピオン渡辺二郎(52)、同会幹部川喜多敏和(69)ら3容疑者。

 調べでは、羽賀容疑者は、大阪市の知人男性(51)に約4億円の債務があった。同容疑者らは昨年6月、大阪市天王寺区のホテルで、「署名せなんだら、連れて行かれるで」などと男性を脅し、1000万円を支払うことで債権を放棄するとの確認書に署名させた疑い。

 羽賀容疑者は容疑を否認しているという。(以下略)

(引用終わり)


羽賀研二って、宝石関係で相当儲けてたんとちゃうんか?というのがあって、ただその一方で、ちょっと前に新たな金銭トラブルが、というスポーツ紙的報道もあったりしたので、どういうこっちゃ、という気がした憶えはあったのですが。本件の4億円、というのがその話のように思われます。そして、


ここにも出てきたか渡辺二郎。


もう完全に、「指定暴力団関係者」という肩書きがついているこの人、少し前にも事件の報道がありましたし、もう引きも切らず、という状況に見えますね。「元チャンピオン」と言っても、もはやその頃を知らない人の方が遙かに多いでしょうし。


しかし、情報を見る限り、金銭トラブルの元は、羽賀が持ちかけた詐欺まがいの未公開株取引であるようですし、どの時点かはわかりませんが、直接の恐喝容疑の前から、この種の人物との交流があったと考えるのが自然でしょう。


かつての借金まみれイメージから、すっかり「逆転勝ち組」の代表格にのし上がったように見えていましたが、その裏では誠意もへったくれもなかったと言わざるを得ません。


こうなってくると、彼を引っ張り上げた宝石デザインビジネスにも、より怪しげなものが出てくるかも知れませんね。




http://tkawkio.blog94.fc2.com/blog-entry-1053.html
http://d.hatena.ne.jp/ruty_ys/20070701/1183231707

[時太山]「稽古」ではなかったと見るべきだ

当初の記事から、ぶつかり稽古で肋骨折れてて心不全、なんてことはないだろうと思っていたのですが...


まず28日の一般紙系記事から。

大相撲序ノ口の17歳力士が急死 朝げいこ中倒れる(asahi.com)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
大相撲東序ノ口39枚目の時太山(ときたいざん)(17)=本名・斉藤俊、新潟市出身、時津風部屋=が、愛知県犬山市の同部屋で26日の朝げいこ中に倒れ、死亡していたことがわかった。死因は急性心不全という。

 犬山署などによると、斉藤さんは26日午後0時40分ごろ、「ぶつかりげいこ」という最後の締めのけいこの最中に倒れたという。救急車が到着した時にはすでに心肺停止状態で、搬送先の同市内の病院で、午後2時10分ごろ、死亡が確認された。(中略)

 顔や体に複数の打撲の跡があったため、遺族が同部屋や同署に説明を求めたところ、師匠の時津風親方(元小結双津竜)から「しごきなどではなく、通常のけいこ中に起きた」と説明があったという。遺族は「けがで顔の形が変わっていた。外傷が激しいので念のため死因を確認したい」として、新潟大医学部に行政解剖を要請したという。(以下略)

(引用終わり)


この時点でかなりやばい内容であることがわかりますが、じゃあ実際のところどの程度のもんだったのか、記事は踏み込んではいません。

朝げいこで12時過ぎに?とか、ちょっと引っかかる部分もすでにありますし(何か事情があったのならそれはいいんですが)。

と思いつつほかの記事をあさってみると、こういう話が。


親方誠意なし…17歳力士急死、耳は裂け根性焼き痕(ZAKZAK)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
大相撲名古屋場所を迎える愛知県犬山市で、時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊(たかし)さん(17)=時太山=がけいこ中に急死した。新潟市内の実家に戻った遺体は、家族も正視できないほどひどい状態だったという。激しい稽古で鍛え上げるのが角界の常識とはいえ、根性焼きの跡も。何度も部屋からの“脱走”を図った斉藤さんに何が起きたのか。愛知県警では事件と事故の両面から慎重に捜査を進めている。

 「顔面は赤く腫れ、身体中にはアザとすり傷。耳は裂けていた。さらに太腿にはたばこを押しつけたやけどの痕が3カ所あった」。斉藤さんの叔父(44)はこう語った。(中略)

 斉藤さんがけいこ中に倒れ、犬山市内の病院に搬送されたのは26日。午前中のぶつかりけいこ中に突然意識を失い、搬送先の病院で死亡が確認された。死因は「虚血性心疾患(急性心不全)」。愛知県警によると、全身に皮下出血やすり傷があり、肋骨(ろっこつ)の軟骨部分に骨折した跡があった。

 28日行われた新潟大病院での行政解剖は、「多発性外傷によるショック死が考えられる」との所見だった。(以下略)

(引用終わり)


外傷性ショック死の可能性が十分あると言えるほど、全身傷だらけだったということでしょう。相撲部屋では若手の稽古は相当厳しいとは言いますが、根性焼きはないでしょう。


それは世間一般に、リンチなどと呼ばれるものです。


6月だけで3回脱走し、そのたびに改めて送り出されていたようですが、「ちゃんとした稽古なら耐えられるが...」という思いがそこにあったのでは、と推測されます。ご親族も後悔の念を抱くことでしょう。


遺族は、自ら法的手段に訴える、というつもりはないようですが、恐らくは部屋との間で示談交渉等なされている事情はあるのでしょう。しかし、これは状況から見て、傷害致死容疑での立件も当然に考えられるところです。名古屋場所が近いということはありますが、逆に関係者はそこを動けないということでもありますので、十分な捜査がなされるべきものと考えます。


それにしても、時津風部屋といえば、大横綱・双葉山を師と仰ぐ相撲道のひとつの核であったはず。堕ちていく先がもうわからないほどですね。




[華原朋美]もう、ええんとちゃうの(追記あり)

朋ちゃんも一時はいけてそうだったんだけど、やっぱりしんどいんかなあ。


華原朋美が契約解除(スポーツ報知)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
歌手の華原朋美(32)が所属するプロダクション尾木から契約解除を通知されたことが28日、明らかになった。華原は今月半ばから仕事を立て続けにドタキャン。25日を最後に電話やメールでの連絡も取れない状態になっているという。(以下略)
(引用終わり)


彼女の声自体は、好きではないが立派なものだと思います。しかし芸能界はそういうことだけで上がっていけるわけでもありませんし。

少し前の休業状態のときも、気管支炎等で舞台に上がれなくなって、それは仕方ないにしてもその後睡眠薬の乱用などもあって仕事に復帰できない状態が続いたとのことです。精神的に強いとは思えないタイプだけに、この世界でトップの位置を張っていくのはどだい無理なんだと思います。


個人的には、タイトル通り、もうええんとちゃうんかなあ、と思いますが、周りにはそう思っていない人がいるかも知れませんし、何よりこういう世界で光を思いっきり浴びて、きれいに足を洗えた人というのは非常に数が少ないんですよね。


難しいところですが。



(7/1夜追記)
で、マギー審司の何に裏切られたんだろか。


(7/2夜追記)
噂では、「マジ、信じて」というのを和田アキ子が聞き間違えたという説がかなり有力とか。

ネタとしてショボいうえに、はた迷惑。まったく金現子って何もんなんや。





http://blog.livedoor.jp/newscomment/archives/64540353.html
http://blog.laana.jp/?eid=553369
http://blog.livedoor.jp/sivaluck/archives/51008977.html
http://tkawkio.blog94.fc2.com/blog-entry-1052.html

[ミイラ化]死んだら放置も流行っているのか?

最近時々聞きますねこういう話。単に今まで報道されていなかっただけなのでしょうか。


愛知・岡崎のアパートに女性遺体 2月に死亡、家族放置でミイラ化(中日新聞)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
二十九日午前七時十分ごろ、愛知県岡崎市稲熊町六にあるアパート「ベルトピア岡崎2」の人材派遣会社員大前清克さん(36)宅で、ミイラ化した女性の遺体が見つかった。岡崎署の調べで、遺体は清克さんの姉で無職、恵美さん(42)と分かり、同署は遺体を届け出なかった軽犯罪法違反の疑いがあるとみて家族から詳しい事情を聴いている。(中略)

 清克さんは「(恵美さんは)今年二月に死亡し、届け出ようと思ったが、母が『そんなことしなくてもいい』というので放置した」と話しているという。もともとは清克さん一人で暮らしていたが、恵美さんが足を骨折して働けなくなり、三人が今年一月、同市内の別のアパートから移ってきて四人で暮らしていたとしている。

 アパートは同市内の人材派遣会社の寮。近くの住民から清克さん宅付近で「異臭がする」との連絡を受けた会社の社長(44)が訪れ、部屋に入ったところ、恵美さんの遺体があったため一一〇通報した。(以下略)

(引用終わり)


こういうのは、周辺にいる人がたまったものではありませんね。

このケースでは放置に至った直接の原因が何かはよくわかりませんが(死因に特段の問題がないように思われるので、お金もないのに...というだけのことなのか)、年金受給を続けるために死んだ後も放置、というパターンは時折ニュースになっています。

病院で死ぬのはやっぱり、という風には思いますが、こうして死んだ後も他人に迷惑をかけるのはどうもなあ、と思います。





2007年6月28日 (木)

[訃報]宮澤喜一元首相87歳

いろいろな立場から、違う評価のある方だと思います。しかし戦後の日本の政官界を大変深いところで知悉されていた方であるのは間違いないところです。


宮沢喜一・元首相が死去、退任後も蔵相で手腕発揮(YOMIURI ONLINE)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
自民党の宮沢喜一(みやざわ・きいち)元首相が、28日午後1時16分、老衰のため、東京都渋谷区神宮前6の34の1の自宅で死去した。(中略)

 宮沢氏は1919年10月、宮沢裕・元衆院議員の長男として東京で生まれた。東大法学部を経て、1942年に大蔵省入省。池田勇人・元首相の蔵相時代、秘書官として終戦後の対米折衝にあたり、51年9月のサンフランシスコ講和会議に全権団随員として出席した。53年、参院広島地方区から初当選し、67年に衆院旧広島3区へくら替え。以後、連続12回当選した。(中略)」

 91年11月、海部俊樹氏の後を受けて第78代首相に就任。懸案だった国連平和維持活動(PKO)協力法案を成立させ、カンボジアへの自衛隊派遣などを実現した。

 政治改革への宮沢政権の取り組みを不満とする自民党の小沢一郎氏(現・民主党代表)らが93年6月、内閣不信任決議案に賛成。宮沢氏は衆院を解散したが、過半数を確保できず、退陣に追い込まれた。非自民勢力は細川連立政権を誕生させ、自民党は結党38年で初めて野党に転落。「55年体制」崩壊につながった。

 98年7月、小渕首相(当時)の懇願を受けて蔵相として入閣。大型減税の実施など、積極財政を主導した。2000年4月に発足した森政権でも蔵相を続投。01年1月には、初代の財務相に就任した。(以下略)

(引用終わり)


官僚としてのスタートはまさに大戦まっただ中。そして戦後は池田首相の懐刀のような形で活動して国会議員になり、戦後政治をまるごと肌で経験した数少ない人であったわけですね。いわゆる「ハト派」、東大エリート、英語の達人、そして経済的にはケインジアンと言われていますが、表面的意外なところでは相当にパワフルな方だったようです。


ただ、タイミング的なものもあったでしょうが、首相になったのはバブルが崩れ去ってどうにもならなくなりつつあった時期。ですから 残念ながら、「失われた10年」と呼ばれる時期に効果的な手を打てなかったという批判も少なからずあります。


しかし、その穏やかそうな外見とそれに反して静かだがいかにも頑固そうな話しぶりは、誰にも印象を残すものであったと思います。


主義は違えど、こういう人がもう出てくることはないというのは間違いないところでしょうね。



謹んでご冥福をお祈りいたします。





[山口母子殺害事件]集中審理その1、終了

とりあえず、次回は来月下旬に、精神鑑定、法医鑑定の関係者を弁護人が証人申請しており、その尋問が中心になるようです。


母子殺害・遺族の本村さん「聞くに堪えない3日間だった」(YOMIURI ONLINE)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
山口県光市の母子殺害事件で殺人や強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた元会社員(26)(犯行時18歳)の差し戻し控訴審で、集中審理最終日の28日、遺族の会社員本村洋さん(31)が公判終了後、広島市内で記者会見し、「聞くに堪えない3日間だった。死者の尊厳もない」と憤りを見せた。(中略)

 元会社員は「この法廷で話したことがすべてです」と述べたが、「今までの7年を全く無駄にする発言は許しがたい」と怒りと悔しさをにじませた。(中略)

 またこの日、元会社員が退廷する際に初めて目が合ったといい、「鋭い目でにらみつけられた。今日ほど憤りを感じたことはない」と語気を強めた。

(引用終わり)


確かに被告人、弁護人の主張だけ見ると異常ですよね。遺族という当事者の立場からはこのような感想となることもやむを得ないでしょう。

さていわゆる「外野」の我々にとっては、ニュースを眺めていい加減なコメントを聞きながら一緒になって怒っていてもいいんだろか、とちょっと思ってしまうんですよね。この事件は相当に様々なことが入り交じってしまっていますが、では、あの裁判員制度がスタートして、マスコミでも伝えられた事件を裁く一員になったとすれば、その感情だけで裁くことは許されないのですから。



で、例えばこういう話。

まともな裁判見えてきた 元少年の弁護団が会見(中国新聞)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
 光市母子殺害事件の差し戻し控訴審で、元少年(26)の弁護団は二十八日、広島市内で記者会見し「まともな裁判の実現の端緒がようやく見えてきた」と評価した。

(中略)安田好弘主任弁護人は「従来の判決は、誤った事実認定の上に立った判断。真実が何か、つぶさに明らかにしていきたい」と話した。

(引用終わり)


とまあ、こういった話を客観的に判断して結論を導かねばならない訳でありまして。


これは相当に難しいものと思います。結論は見えているだけに余計です。



ま、ここから先、上で言ったことはさておくとすれば、基本的に、弁護人にしてみれば、これまで行われてきた裁判は、司法の怠慢と言うべきものであり、これからいちいち主張することが事実であるということなんでしょうが、


もう終わってるんですよね、その辺りは。


精神鑑定といった件であれば、最高裁のとりあえずの結論に一応沿ってはいますから審理するのもやむを得ないでしょうが、あくまでその範囲だけですからね。


裁判所は基本的に、8月にはほとんど期日を入れません。ですから7月の次が9月になるのは仕方がないですが、それはともかく必要と考えられる範囲の審理を迅速にしていただく、と言うことしかないでしょうね。


お怒りのコメントをズルズルといただき続けるのも、何だかこっちが申し訳ないような気がしますので。




http://toycozy.com/blog/archives/2007/06/28-2144.php
http://tawagotodesu.blog90.fc2.com/blog-entry-112.html

2007年6月27日 (水)

[山口母子殺害事件]引き続き被告人質問

昨日も今日も明日も、期日が入っています。何だかよくこれ考えついたよな、というようなセリフも出てきますが、ここはできるだけ淡々といきましょう。


「ドラえもんが何とかしてくれる」母子殺害公判で元少年(asahi.com)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
山口県光市で99年4月に会社員本村洋さん(31)の妻弥生さん(当時23)と長女夕夏ちゃん(同11カ月)を殺害したとして殺人と強姦(ごうかん)致死、窃盗の罪に問われている当時18歳の元少年(26)の差し戻し控訴審の第3回公判が27日、広島高裁であった。(中略)

この日は弥生さんが死亡した後の行動について質問された。

 元少年は、夕夏ちゃんが泣きやまないので、「お母さんをあやめた自責の行為」として、ズボンのポケットにあった「剣道の小手のひも」を使って自らの左手を締めたと語り、夕夏ちゃんの首を絞めた認識はなかったとした。亡くなった夕夏ちゃんを押し入れの天袋に入れた理由は「4次元ポケットでドラえもんが何とかしてくれると思った」と話した。

 元少年は一・二審で2人への殺意を認めていた。検察側が反対尋問で、供述が変化している点について聞くと「記憶を精査した」と述べた。(以下略)

(引用終わり)


検察官の質問は約20分と短いものであったようです。


まあ最低限の矛盾を問うてその印象だけを付けておけば十分と言うことでしょうか。実際に、別の記事では、


元少年、女児への殺意も否認=光市母子殺害差し戻し審−広島高裁(時事通信)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
(略)検察官の詳細な質問には「分からない」「覚えていない」と発言。最高裁に提出した上申書との矛盾を指摘されると「法廷で話したことがすべて」と繰り返し、裁判長から「質問に答えて」と一喝された。
(引用終わり)


という流れもあったようで、弁護人との合作ではアドリブが利かないということを露呈してしまっているようです。裁判官のひと声で、普通は通じるのでしょうが。


本来、事実関係、両被害者に対する被告人の殺意については差し戻し前の最高裁でも揺るぎなく認められるとされているものであり、基本的に検察側として付け加えるべきことはないはずで、にもかかわらずここで敢えて殺意を否定するような被告人の発言に正面からつきあう必要はないでしょう。情状面で特段の事情があるのかどうかに審理の内容を絞らせ、弁護人の時間稼ぎを許さない、という風に考えているとするのであれば、検察官の質問が短時間、というのはそれは筋として確かにそうだろうな、と思います。


法廷に真実とかその他諸々求めるものがある向きには物足りないかも知れませんが、しかし差し戻し審は弁護人のパフォーマンス披露の場ではありませんから。


で、心理鑑定等に関する手続きがさらに進んでいく訳ですけど、伝えられている内容だけで判断する限り、量刑に影響するような心理的問題があるようには思えないのですが。


明日あるらしい弁護人の会見では、この上さらに何をアピールされるのでしょうか。





http://tkawkio.blog94.fc2.com/blog-entry-1048.html

[北朝鮮]2500万ドル分の笑顔はどこまで?

とりあえず、ぐだぐだ無理を言って金を回してもらって、邪魔な日本も外してもらって、そりゃ何日かはいい顔をしますよね。


IAEA代表団、北朝鮮核施設を視察へ(CNN.co.jp)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
訪朝中の国際原子力機関(IAEA)実務代表団のハイノネン事務次長は27日、6者協議の初期段階措置で停止・封印が求められている寧辺の核施設を、28─29日に視察する可能性を明らかにした。

ハイノネン事務次長は「明日寧辺に行き、29日に平壌に戻る」と語った。北朝鮮当局との協議内容については、協議がまだ終了していないことを理由に、具体的な言及を避けた。(以下略)

(引用終わり)


まだ現地にも行っていないのに随分脳天気な話ですね。

とりあえず寧辺へひととおり招いた時点で、2500万ドル分のお仕事は終わりではないでしょうか。


しばらく経ってからの動きが目に見えるようです。






クリス・ベノワの死

プロレスファンならきっと知っている名レスラー、まさかこんな形で亡くなるとは思いませんでした。


Exrfqweb WWEのクリス・ベノワが死去(AFPBBNews)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
プロレスラーのクリス・ベノワ(Chris Benoit)が25日、アトランタにある自宅で家族と共に死亡しているのが発見されたと、所属する団体のワールド・レスリング・エンターテインメント(World Wrestling Entertainment:WWE)が公式ウェブサイト上で明らかにした。

 フェイエット郡(Fayette County)の法執行当局は、同選手を含むナンシー(Nancy)夫人、7歳になる息子のダニエル(Daniel)くんが亡くなったことを25日に発表。地元紙のAtlanta-Journal Constitutionは、無理心中とみて警察が捜査をしていると報じている。(以下略)

(引用終わり)



私と同年だったんですね。


前日にテキサスでPPVの試合が予定されていた(ECWのタイトル戦)のを、「緊急の家族の用事」ということでキャンセルしていたようです。何かただならぬ状況があったのでしょう。


彼が最初に日本のマットに登場したのは弱冠19歳のとき。新日本プロレスのリングに出てきた頃の様子は、最近Sky−Aの放送で見て、確かに「これからが楽しみなカナダ出身の若手」という印象的な姿でありました。

そういえば、ワイルド・ペガサスというリングネームにも、覚えがあります。


その後WCW、WWF、WWEと第一線で活躍し、特にロイヤルランブルでフル出場して最後まで残って勝ってしまった試合は、記憶に残っています。


ヘビー級レスラーとしてはかなり小柄な部類に入る人でしたが、動きも技も多彩で、とてもセンスのいいプロレスラーという印象が残っています。詳しい原因はリリースされていないようですが、非常に残念です。