« 2006年2月 | メイン | 2006年4月 »

2006年3月

2006年3月31日 (金)

[こんなものいらない]新聞特殊指定

最近、新聞を読んでいると、主に政治面の下の方にちょこちょこと、「新聞特殊指定見直しに反対」を、いろいろな政治家に日替わりで語らせている、正直鬱陶しい記事が目に付きます。

関心のない人には意味をなさない記事ですが、これは新聞業界のいやらしいキャンペーンなのです。
新聞販売店の押し売り同然の営業や、なんでこんなに無料期間を取れるの?みたいな強烈な値引き、他紙乗り換えへの猛烈な対抗、折り込み広告の不透明な実態に関する噂、そこにはこの業界のゆがんだ取引実態がイヤでも透けて見えます。
その詳細はちょっとググっただけどもいろいろと見られますので、ここでは割愛しますが。

さて、公正取引委員会ウェブサイトに、「特殊指定の見直しについて」というコーナーがあります。

まず、新聞特殊指定の見直し検討についての中から、新聞特殊指定とは何か、見てみましょう。

第1項:新聞発行本社が行う地域又は相手方により異なる定価設定や値引行為を禁止。ただし,学校教育教材用や大量一括購入者向けなどの合理的な理由がある場合は例外として許容。
第2項:販売店が行う地域又は相手方による値引行為を禁止。(第1項のような例外は存在しない。)
第3項:発行本社による販売店への押し紙行為(注文部数を超えて供給すること及び自己が指示する部数を注文させること)を禁止。


出版物に関する再版価格維持以外に、このような指定がなされている事自体、既に新聞業界が「異常」であるということの証左なのでしょうが、先方はそこいらへんにはお構いなしの様子。先日の独占禁止懇話会(議事概要pdf)でも、議論の基本線は、「なんでこんな規制廃止しないの?」ということのように思われるのですが...

各項に関する、公正取引委員会の考え方を見てみましょう。同じ資料から引用します。

(引用開始)
(1)第1項について
地域又は相手方による多様な価格設定は,一般的に競争促進的(少なくとも中立的)に機能する行為であって,原則的に自由であり,差別対価の禁止は公正競争を阻害する例外的な場合に限定されるところ,新聞特殊指定においては,そのような行為自体を原則的に禁止する規定振りとなっている。新聞業においてのみ多様な価格設定を行うことが原則的に公正競争を阻害するということ,すなわち,第1項が独占禁止法第2条第9項
(=不公正な取引方法)の定める要件に合致することの説明はできない。
なお,新聞業界においては,新聞発行本社は販売地域内では一律の価格で再販制度を運用するとしており,また,今回の新聞特殊指定見直しの議論においても価格差を設けるべきでないとしていることから,少なくとも不当な価格差を当該新聞発行本社自身が設けるということはそもそも存在し得ないはずである。

(ひとまず引用ここまで)

あり得ないはずのことを二重に規制しなければならないような業界なんでしょうか、新聞業界は。
日経さんなんか、他の業界でこんなことがあったら真っ先に突っ込みたおすのでは、と思うんですがね。

次に、
(再び引用開始)
(2)第2項について
販売店による値引きは,一般的に競争促進的(少なくとも中立的)に機能する行為であって,原則的に自由であり,値引きの禁止は公正競争を阻害する例外的な場合に限定されるところ,新聞特殊指定においては,そのような行為自体を全面的に禁止する規定振りとなっている。新聞業においてのみ販売店が値引きを行うことが直ちに公正競争を阻害するということ,すなわち,第2項が独占禁止法第2条第9項の定める要件に合致することの説明はできない。
なお,現実問題として,新聞業界については,無代紙の提供や新聞の値引きが相当程度行われているとの指摘があるが,販売店が定価販売をしないことを新聞発行本社が取引停止等の手段で規制できるとするのが再販制度である。
したがって,新聞発行本社が値引きを問題とするのであれば,本来再販制度の下で新聞発行本社自らが民民の問題として対応すべき問題である。

(ひとまず引用ここまで)

これも何もコメントする余地のないほどです。
それも、意味のある特殊指定ならまだまともに考えてやろうか、とも思えますが、実態は読者の皆様もご承知の通り

そして、一応最大の問題と思われる件。

(もひとつ引用)
(3)第3項について
新聞発行本社と販売店の取引においては,前者が後者に対し優越した地位にあることが基本的に明らかであり,押し紙行為については,明らかに販売店に不当な不利益を与えるものであり,一般指定(優越的地位の濫用)で十分対応できると考えられる。

(ちょっと引用ストップ)

こんなの明白に不公正な取引方法にかかりますよね。「もし日常的にこのような行為が続けられているのであれば」、なんでビシバシ排除命令が出ないのか。不思議ですねえ。

(さらにもう少し引用)
3 再販制度・戸別配達との関係
(中略)独占禁止法の例外として新聞発行本社が販売店による値引きを禁止できるとする再販制度と,公取委が一定の行為を独占禁止法違反とする新聞特殊指定とは全く別の制度である(同じ再販商品である書籍・雑誌等にはこのような特殊指定は存在しない。)。このうち,再販制度については,当委員会は平成13 年3月に当面存置する旨の結論を公表しており,現段階において同制度を廃止する考えはない。
再販制度が存在する現状において,特殊指定を廃止した場合、販売店による割引販売が常態化し,その結果,戸別配達網が崩壊するとする根拠は全く不明であり,当委員会として新聞業界に対し,新聞特殊指定により極めて強い規制を行う根拠とはし難い。

(また引用ストップ)

公取委のイラツキが感じられる文面です。「ホンマにこいつら何寝言抜かしとんねん」という気分ですね。

(もうちょっと引用)
現在における発行本社と販売店の力関係において,販売店が再販契約を無視して割引販売を実施することが常態化するとは思えない(仮にそのような事態が生じたとしても,それは発行本社と販売店の間で対応を決めるべき事柄であって,不当廉売等に該当する場合を除き,値引行為を公正な競争を阻害するおそれのある行為であるとは言えず,当委員会としてこれを禁止する根拠は認められない。)(中略)
なお,新聞の戸別配達については,新聞が日々の情報を入手するものであって買いだめのきく商品ではなく,また戸別配達により,家庭に居ながらにしてそうした情報に接することができることなどから,国民の強いニーズに基づくものであり,また,販売店としても月単位の確実な販売が見込めること,チラ
シの折り込みによる収入が得られること,地域の多数の家庭に配達することにより,配送単価も通常の商品を配送する場合に比べ低く押えられることなどから,販売政策上も重要なものであって,それゆえ,長期にわたり行われているものである。さらに,新聞特殊指定が制定される前から戸別配達は定着してい
たものであり,新聞特殊指定がなければ戸別配達が成り立たないという主張は極めて説得力に欠ける。

(引用終わり)

随分長くなってしまいました。最後の方はちょっと業界に花を持たせてる感があってちょっとなあ、とも思いますが、ここまで、内容的に文句を付けるような場所はほぼないと見て良いと思います。

個別配達がなくなる=言論・報道の自由の喪失、活字文化の荒廃、なんてのは、どうやったらまともに理由付けのしようがあるのかねえ。宅配を欲する人には宅配料を設定してやり、それ以外には販売箇所を増やして手売り、これでむしろ国際標準ではないでしょうか。有力政治家にチョロチョロコメントさせるなど、まさに「提灯記事」の誹りを自ら招いているとしか言いようがありません。

文章から見て、これ以外のものも含め、公取委はかなり強い意志をもって、特殊指定の全廃を図っているようですね。

新聞販売店は地元の有力者であることが多く、選挙絡みの思惑もちらつきますが、いまや世界に大きく後れをとっていると言われるマスコミ業界の取引実態、ここらできっちりさせる必要ありでしょう。

[裁判傍聴記]これは必読コラムです

阿曽山大噴火、という大川興業所属の人が書いている日刊スポーツの「裁判Showに行こう」というコラムがあります。

バックナンバーはこちらから

このサイトでは昨年8月から連載されているのですが、裁判ウォッチャーのプロとして、コラム歴はもっと長く、単行本も出ているようです。

このサイト、矢部善朗先生のブログ「元検弁護士のつぶやき」で存在を知り、公開されている33回分、一気に読んでしまいました。

毎回多彩な裁判を傍聴されて、法廷の雰囲気を、法曹関係以外の目から非常に的確に描写されているなと感じます。

まあネタにできるのはほとんどが刑事事件でしょうし、実際バックナンバーもそのようになっていますが、被告人の人間模様が垣間見えてとても興味深いケース、被告人の態度に読んでるだけで腹の立つケース、弁護人、裁判官もあきれるやりとりなど、各回とも興味は尽きません。

特に最新回の、
警視庁上野警察署留置番号 第7号 起訴状添付の写真の男
は、面白く、やがて何だか悲しい話ですね。この被告人の人生、甘えがあると言えばそれまでなんでしょうが、塀の外でまともに生きていくのも相当難しそうです。

しかし、氏名も黙秘している被告人は、法廷でこういう呼ばれ方をするんですね。そして人定は写真でですか...

アルベリク・マニャールのこと(その4)

ひさしぶりに、マニャールを行ってみましょう。

マニャールはそもそも寡作な作曲家で、作品番号のついたものは20余りしかありません。「歌曲全集」といっても、録音にすると約40分、CD1枚分にもなりません。壮絶な死とともに失われたと言われる歌曲集が現存しておれば、ようやく1枚ちょうどぐらいになったでしょうか。

Asnzwtvg というわけで、この歌曲全集は、フィルアップとして、初期のピアノ曲「古い形式による組曲」とセットされています(これは1888年、23歳の頃に作られた作品で、一部バッハ、一部ラモーあたりの雰囲気をもちつつ、それをシンフォニックに発展させたような曲調で、マニャール独特の硬質な感覚も既に見られます)。
歌曲(集)として残っているのは、作品3の「6つの歌曲」、作品15の「4つの歌曲」と、作品番号のない「アンリエットに」のみ。これらの歌曲を、彼は通常フランス歌曲を指す「メロディ」と呼ぶことなく、「Poeme en musique」と呼んでいました。これは彼なりの既成の「フランス音楽的なもの」への抵抗だったのでしょうか。
「6つの歌曲は1887年から3年をかけて作られた連作で、比較的初期の作品ながら、どれも非常にシンフォニックなピアノ伴奏に支えられ、叙情的な面と感情をはっきり表した面とを兼ね備え、かなり技巧的な歌唱を要求される歌曲です。CD最初の曲「A Elle」などはヴァーグナー的な、荒海にもまれるようなピアノのアルペジオとともに、転調を重ねながら流れていきます。


Vobteglk 2つ目の歌曲集は、各曲に個別のタイトルはなく、そして曲調はより挑戦的です。これこそ「フランス的」な音楽を期待すると大いに裏切られますが、声とピアノによる当時の前衛的な交響楽作品、と捉えるのが最も適切なのかも知れません。

さて、もう1枚ご紹介しますのは、ちょっと珍しい木管五重奏曲。これはマニャールの最初の室内楽作品で、ピアノとフルート、オーボエ、クラリネット、バスーンのために書かれた作品です。約35分のなかなかの大曲ですが、音楽的には他の作品よりも何だか肩の力が抜けたように聞こえます。しかし全般にはやはりマニャール一流の骨太な楽想、息の長い主題、そして付点リズムを主体にしてエネルギーをかき立てていく音楽の動き、といった特徴はこの曲にも活きています。併録のピアノトリオも含めて、マニャールの室内楽曲は一つ一つサイズが大きいですね。


(参考ディスク)
(上)マニャール:6つの歌曲、4つの歌曲、アンリエットに、古い形式による組曲
ツァポー(S)、ホムバーガー(T)、テュラー(Br)、ケラー、ウェーバー(Pf)
ACCORD 200492 (1988年録音)
(下)マニャール:ピアノと木管のための五重奏曲、ピアノ三重奏曲
グラフ(Fl)、R.シュミット(Ob)、E.シュミット(Cl)、フリーガー(Bas)、オプリーン(Vn)、デメンガ(Vc)、ケラー(Pf)
ACCORD 200102 (1987年録音)

2006年3月30日 (木)

[竹島]ほらほらやっぱり韓国さんが

昨日、教科書検定のニュースを見ていたので、多分出て来るやろなあ、と思っていたら予想通り...

教科書に「竹島は日本領」明記、韓国外相が抗議

(記事引用)
韓国の潘基文(パン・ギムン)外交通商相は30日午後、大島正太郎駐韓大使を外交通商省に呼び、日本の文部科学省が来年度の高校教科書検定で、韓国が領有権を主張している竹島(韓国名・独島)が日本の領土であることを明記するよう出版社に求めたことに対し、正式に抗議した。

 潘外交通商相は「独島は韓国固有の領土であり、韓国の主権を損なう措置は受け入れられない」として「強い遺憾と抗議」を表明した。これに対し大島大使は「竹島に関する日本の立場は一貫している」と強調した上で、「互いの立場は立場として大局的観点から冷静に考えることが必要だ」と述べた。(以下略)

(読売新聞)


えーと、文句があったらそっちから言いに来れば?というのはまあ置いておくにしても、
島根県沿岸にある「竹島」を「独島」なんて呼んで韓国領だなどとおっしゃるのは、たんなるそちらの妄想ですから。文句があったらちゃんと出るとこ出れば?

日本の大使は、一応大人の対応されてるみたいですが、

不法占拠をほったらかさずに是正させないと、既成事実でなし崩しにされてしまいますよ。
明らかに、日本の領土が侵されつつある状況ですから。


竹島にかかる諸々について、非常に丁寧に説明してあるサイトとしては、こちらを参照して下さい。勉強になります。

[京阪電車]ダイヤ改正ですね

京阪電鉄が、東証1部上場を果たしましたが、その京阪、4月16日からダイヤ改正だそうです。

関連サイトはこちら

この前の改正から2年半、特急10分ヘッド運転とともに、大幅な変更でちょっとびっくりしたんですが、今回もまたかなり大きな変更のようです。

昼間に急行が復活(それも枚方市ゆき)して、準急とほぼ入れ替わりになったり、
昼間に区間急行が復活して天満橋始発になったり、
K特急の時間帯を特急がかなり押し込んでいたり、

と、中之島新線の絡み(天満橋駅のプラットフォームも入れ替わる)もあるものと思われますが、現行とはかなりパターンが変わっています。
新線開業をにらんで、また今後刻々と変化があるのかも知れません。


(今日聴いていたCD)
シュニトケ:ゴーゴリ組曲(ロジェストヴェンスキー編)、ラビュリントス、コンチェルト・グロッソ第1番、オーボエ・ハープと弦楽のための協奏曲、ピアノと弦楽のための協奏曲
ベルイクヴィスト、スヴェトルプ(Vn)、ペンティネン(Pf)、ヤーレン(Ob)、リール(Hp)、マルキス指揮 新ストックホルム室内管
BIS CD−557+377 (1987年録音)

これもWaltyの輸入盤バーゲンでの拾い物。それも今回最大のヒットかも知れません。
シュニトケの劇付随音楽から採られたパロディてんこもりの「ゴーゴリ組曲」他、比較的聞きやすい作品を集めた2枚組が、なんと580円。演奏も録音もしっかりしたものです。
シュニトケは特に若い頃は、劇音楽、バレエ音楽のユニークな作品で、幅広い時代の多彩な様式を自由に取り込んで、ショスタコーヴィチとはまたひと味違う音世界を築いていたわけですね。
一方2枚目の曲は壮年期の、より洗練された技法で、様々なひずみに対して当時作ることのできる限界を探るような作品が続きます。かなり性格の違う2枚と言えるでしょう。
これらは品番からもわかるとおり、元は別々に発売されていたもので、2枚合わせたものは現在は廃盤のようです。バーゲンの棚にあったのもこれが最後だったような...いや本当にめっけものでした。
Cz0kd1ah

2006年3月29日 (水)

[トリビア]金のコイン、銀のコイン

今、「トリビアの種」で、東京地区のお受験園児に10円玉を持たせて、駄菓子屋の店員のお姉さんに落としてもらい、

「今落としたのはこの100円玉?それともこの500円玉?」

と聞いてもらうとどう答えるか、というのをやってまして、

その結果は、

100人中63人が、正直に「落としたのは10円玉。」と答えました。

これを多いとみるか、そんなもんかと思うか、なんですが、

確かに、幼稚園児の場合、お金の値打ちがもう一つわかってない子も結構いるんだと思うのですが、

でも、お受験園児の場合、

「ウソついて帰ってきて、ママにばれたら大変だ」
という意識がはたらいていた可能性も十分あります。

プレッシャーかかってるんですよ、多分。

なお、お受験とか関係ない大阪の子の場合、正直に答える人数はグンと減るのではないかと勝手な推測を...

[リニエンシー]課徴金減免初適用か?

今年の1月から、独占禁止法の改正が施行され、いわゆるカルテル、談合といった、「不当な取引制限」に対する課徴金(行政罰)が引き上げられ、また公取委が警察に近い調査権限を持つなど、取り締まり強化の方向で制度が改められました。そこへ同時に、課徴金減免制度(リニエンシー)というのも設けられ、カルテルに参加した事業者が立ち入り検査前に公取委へ違反事実を申告すれば、トップなら課徴金全額免除、という「ニンジン」もぶら下げられる事になったのですが、何せムラ社会のこと、年中顔を合わせる同業者を裏切って抜け駆け通報するような会社がでてくるとすれば、大規模談合の下の方で割を食ってるところかな、と勝手に推測したりもしていたんですけど...

(独禁法改正の紹介はこちら。pdfです)

ネット系のニュースでは、はっきり書いているのは朝日だけのようなのですが、どうやら意外に早く、実例が現れたようです。


談合「自首」を初適用 水門工事の二十数社立ち入り

ニュース元はこちら

(以下記事の引用)
国土交通省や水資源機構(さいたま市)、地方自治体が発注する水門建設工事の入札をめぐり、石川島播磨重工業(東京都)や三菱重工業(同)、日立造船(大阪市)など大手メーカー二十数社が違法な談合を繰り返した疑いがあるとして、公正取引委員会は28日、独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で各メーカーの本社など約40カ所の立ち入り検査を始めた。関係者によると、談合の取り締まり強化を狙って今年1月に導入された課徴金減免制度(リーニエンシー)に基づき、企業からの「自首」申告を受けた初めての立ち入り検査とみられる。

 水門工事の市場規模は全国で年間600億〜700億円にのぼるうえ、国交省や北海道開発局、水資源機構の元幹部や、メーカーに天下ったOBらが受注調整に関与。石川島播磨重工業、三菱重工業、日立造船の3社が談合の幹事役として「官の意向」の伝達役を務めた疑いもあり、大型の官製談合事件に発展する可能性がある。

(引用終わり)

ということで、全国規模の巨大官製談合事件に発展しかねない状況なわけですが、ではこの水門工事関係者で、誰が通報したのか、少々気になるところです(公取委では、「積極的には公表しない」ということになっています)。

正確なところは、公取委が課徴金の命令を発表するまでわかりませんが、上記勝手な予測は当たっているでしょうか。というのもあるのですが、実際に減免制度を利用しているのであれば、それが公取委発表ではどのように反映されるのか、等々手続的な興味が湧いてきます。

この件に関しては、今後の展開をチェックしたいと思います。



(今日聴いていたCD)
モーツァルト:レクイエム(ジュスマイヤー版)、洗礼者聖ヨハネ祭のためのオッフェルトリウム、「女より生まれし者として」/四季斎日のオッフェルトリウム 
アラン(S)、ブーター(MS)、ウルマン(T)、スネル(B)
シュルト=イェンセン指揮 ライプツィヒ室内o.、ゲヴァントハウス室内cho.
NAXOS:8.557728 (2004年録音)

これもモーツァルトイヤー絡みか?NAXOSから超快速の「モツレク」、何だかんだ言って結局買ってしまいました。
演奏時間わずか41分足らず。しかし聴いてみると、それほどものすごいスピード感はありません。Dies iraeなどは、45分強の快速サヴァール盤の方がより一層疾走感を得られます。
また、室内オケのかなり小さい編成、合唱団も小編成(ただし非常にコントロールされていて、上手い)と思われ、録音もやや近め。結構狭い空間で録っているような印象を受けます。こぢんまりとしているので、Kyrieなどは、バッハのモテットかと思わせられるほどです。

ということで、スピードは速いが演奏はそこそこちゃんと付いている、そして中身は、ということですが、

私はどうも感心しません。

非常に楽天的な演奏に聞こえてならないのです。

その原因は、ソリストが少々明るすぎるのと、演奏の作り方にあると思います。
テンポが速いのはともかく、ガツンと行って欲しいところで頭が緩かったり(Dies iraeその他アーティキュレーションには理解に苦しむところが多い)、凛とした感じを覚えたいところがさらーりと流れていったり、モツレクを聴くカタルシスというようなものから極めて遠いのです。Lacrymosaなどは優雅な舞曲のよう。

私の頭が古いのかも知れませんが、こんなんでいいのかな、というのが率直な感想でした。
Bptth18o

2006年3月28日 (火)

[ロッテワールド]こりゃひどい、客も施設も

事故の「おわび」がとんでもないことになったものです。

韓国ロッテワールド入場無料で客が殺到

元ニュースはこちら

それによりますと、

(以下記事を引用)
韓国ソウル市の遊園地、ロッテワールドで26日、無料開放のイベントをしたところ、入場口付近に客が殺到、折り重なるように倒れるなどし、聯合ニュースによると35人が負傷、病院で手当てを受けた。

 開場前に入場口に約5万人が集まり、警備員が拡声器で「座ってください」と呼び掛けたところ、入場可能と勘違いした客らが殺到したという。ロッテ側は「備えが十分でなかった」と謝罪、同日から31日まで予定していた無料開放を中止した。

(引用終わり)

今月6日に職員の転落死亡事故があったそうで、その「おわび」というかイメージ回復策として打ち出した入場無料週間だったそうですが、

先ほどニュースで映像を見ていましたが、ほとんど暴動ですね。

入場無料だからって、そこまで必死こくほどのことかいな。
(と先週TDRでダッシュをかましていた奴がぬけぬけと言う)

施設側の読み違えと客の無茶が相まって起こった事故ということでしょうが、少なくともここは、今後「入場無料」は打てないでしょうね。

(そう言えば、韓国の学校って、3月には新学期に入ってるとネット系情報で見たんですが、結構子どもの姿が目立ってたようなのは気のせいでしょうか。)


(今日聴いていたCD)
マーラー:交響曲第10番(クックらによる補筆全曲第3版)
ラトル指揮 ボーンマス響
EMI 5859012 (1980年録音)

サイモン・ラトルのデビュー盤として名高い録音。当時彼はまだ20代。まさに意欲的な選曲といえるでしょう。私が初めてクック版のマーラー10番を音として聴いたのがこの録音(FMで)でした。
はっきり言って、オケは非力です。曲になんとかついて行っているというレベルに近いのですが、でもこの演奏には何とも言えない魅力を感じるのも事実です。演奏的にも、3楽章のシロフォンの削除をはじめ、楽器選択など、他の指揮者が採用している場合も多い変更がこの時点で入っています。ベルリンフィルとの2度目の録音が、EMIの音の問題を除いてもどうも好きになれないので、このCDを取り出す機会はまだなくならないと思います(他にも名盤は結構ありますが、別の機会に紹介します)。特に終楽章後半の濃い美しさには捨てがたいものを感じます。

ただ、一つだけ問題なのは、(これは新盤でも同様なのですが)5楽章初めの大太鼓がオミットされていること。この曲における大太鼓の回数は非常に重要な意味を持つだけに、ここだけは解せないところです。
Bbftu8jn

2006年3月27日 (月)

[JAL]その広告はマズいでしょう

いやはや、昨年から今年にかけてのJALのコケっぷりはホンマに大丈夫かいな、と思うほどですが、

先週末に報道もされていましたように、今度は公取委から不当表示の排除命令です。

公正取引委員会の発表資料はこちら

それによりますと、

(以下、資料から引用)
日本航空ジャパンは,(中略)5つの運航区間における航空旅客運送の取引に係る航空運賃について,一般日刊紙等に掲載した広告において「東京へは、おトクな『特便割引』で。 11,000円〜」等と記載することにより,あたかも,広告を行った地域の空港を出発地とする便に,広告に記載された最低の航空運賃が適用されるものであるかのように表示しているが,実際には,同航空運賃は,広告を行った地域の空港を到着地とする便の一部にのみ適用されるものであった。
(引用ここまで)

というもので、典型的な例としては、

(再び引用)
「2月17 日、仙台=大阪線増便。
ますます便利な毎日12 便運航。
充実のダイヤで、大阪への空の旅をお楽しみください。
仙台=大阪線(2/17〜3/10 搭乗分)
『特便割引7』 15,500円〜」

(引用終わり)

と広告されていながら、15,500円の便は伊丹発だけで、仙台発の運賃は最安値でも19,500円、何と4,000円の開きがあったということだそうで、それ以外の便でも、「東京へ」などと表示されていながら、示された安値の便は羽田発の早朝便のみ、という実用的でないパターンがほとんど、東京方面行きは最安値でも1,000〜4,000円高いというものでした。

公取委の報告に例示されているもので、昨年1月〜12月までのケースが並んでいますので、反復継続して、このような表示を行っていたことがわかります。しかも、報道によれば、JALは昨年5月に、既に同様の表示で公取委から注意を受けており、それでも一向に改善がなされなかったので、今回の排除命令に至った模様です。

(注意というのは、公取委が違反の疑いのある行為をした事業者等に対して発するいわゆる行政指導で、今後同様の行為を続けるようなら考えますよ、という意味合いの場合が普通です。「注意」レベルは基本的に公表されません。その上のレベルの「警告」になると公取委ウェブサイトなどで公表され、さらに上の「排除命令」は行政処分ということになります。それをなお守らないと、刑事告発までありますので、景品表示法もあんまり馬鹿にはできません)

今回の表示は、「東京へは」「大阪へ」と明確に「上り便」の行き先表示をしたうえで、「下り便」のごく一部にしか設定されていない運賃を「特便割引」として示しているのですから、景品表示法が禁止する「有利誤認」(取引に関する価格等の条件が実際よりも有利であるかのように一般消費者に誤認させる表示を行うこと)に該当するのが明らかなケースです。しかも公取委に注意を受けたあとも継続して同様の表示を続けていたと言うことですから、かなり悪質な違反、詐欺商法にかなり近いもの、ということが言えます。

大体、公取委が景表法関係で排除命令を出すのは、こういう、「一度ならず二度三度」というケースが多いようです。

JALの抱える問題は、技術的な安全だけかと思っていましたが、地上のコンプライアンス体制にも、かなりの問題があるのではないか、と推測させるに十分な事件だと思います。

何か、タガが外れてしまっているのでしょうか。失った信頼を回復する途は極めて遠いと考えざるを得ません。

2006年3月26日 (日)

ティッサン・ヴァランタンのフォレ

「田舎の日曜日」という20年ほど前のフランス映画がありまして、学生の頃その印象派絵画のような美しい映像に浸った記憶があります。



特に明確なストーリーがあるわけではなく、息子一家と娘が、ある日曜日、シャンパーニュ地方のとある田舎に住む父であり画家であるラドミラルを訪ね、さり気なく人生を語り合い、そして去ってゆく、そんな平凡な一日を描いた作品、こんな書き方だと余計に何のことかわからなくなりそうですが、その映画にフォレの晩年の室内楽(ピアノ五重奏曲第2番、ピアノ三重奏曲、弦楽四重奏曲)がたっぷりと使われていて、映画よりもそれらの曲に大いにはまったわけです。フランス室内楽への道を教えてくれたのが、この映画ということになるのです。



Kpp5qon0 最初、これらの曲を聴きだした(まだLP時代)のは、手に入りやすかったEMIとエラートの室内楽全集のうち、EMIの方。コラールとパルナンsqという当時の有名コンビによる演奏には隙がなく、なかなかに「濃い」演奏でした。



しかし、LP時代から、フォレの室内楽と言えば、「ティッサン・ヴァランタンのシャルラン盤を聴け」というコアな声があったのです。でも私はどうも市場に出回っていた時代に追いつけていなかったようで、ディスクを見つけることができず、そのままこの録音には触れることなく最近にまで至っておりました。



Fkfwfexq それが最近、中古で2枚、このフォレを入手できまして(もう1枚、ピアノ五重奏曲第1番などのディスクがあるはず)、聴いてみてなるほどな、と思った次第です。



フォレの特に晩年の室内楽は、締まった響きと揺れる情感のバランスが要るんだなあ、ということを実感します。はっきり言って、このティッサン・ヴァランタンのピアノとORTFsqの演奏は、技術的にはイマイチです。しかしアンサンブル全体として、とても流れが良く、音の「行間」にいろいろな感興がしみこんでいるように思います。



特に、「五重奏曲第2番」は素晴らしい名演です。この曲は高齢と難聴の進行によりパリ音楽院を引退したフォレが、残りの人生を注ぎ込んで作り上げた珠玉の作品群の一つ。良く「枯淡の境地」とか言われることもありますが、この曲には枯れた印象よりも、芸術的な充実性と明晰さをより強く意識させられます。



このディスクでは、べったりした音になりがちな第1楽章を、音符をきちんと鳴らしながらピアノと弦との奥行きで、重すぎないように聴かせてくれるところ、第2楽章を本当にスッキリ生き生きと、かつ上品に演奏してくれているところあたりが、なかなか他の録音にない魅力だと思います。その他、「エレジー」のシンプルな響き、「四重奏曲」の決して怒鳴らない爽やかな美しさ、どれもこういうコンビだからできた芸なんでしょうね。



ティッサン・ヴァランタン女史は、かつての名手マルグリット・ロンの弟子です。恐らく、ロンから、言葉にし難いフォレの演奏の要諦を授けられていたのでしょう。



かつての名エンジニア、アンドレ・シャルランの名をレーベルに用いたこのディスク、録音は、当時はワンポイントマイクの音場感を捉えた味わいある音、ということで評価が高かったようですが、今となっては正直なところ貧弱な感じがします。特に「ドリー」は強奏で音が潰れてしまっており、鑑賞に適さないレヴェルに落ちています。しかし何度か聴いているうちに、この演奏にはこの録音しかあり得ないという、不思議に落ち着く距離感を覚えることができます。「ドリー」以外は聞き難い音ではありませんので、その点はご安心を。



(参考ディスク)
(上)フォレ:ピアノ四重奏曲第1番、組曲「ドリー」
ティッサン・ヴァランタン、(「ドリー」のみ)ピュイ・ロジェ(Pf)、ORTF弦楽四重奏団
Charlin TKCZ−79205 (1960年代?録音)
(下)フォレ:エレジー、ピアノ五重奏曲第2番
ティッサン・ヴァランタン(Pf)、ORTF弦楽四重奏団
Charlin TKCZ−79223 (1960年代?録音)
(どちらも、単品は中古でないと手に入らないと思います。他レーベルからまとめて発売されているらしいですが...)





(2010/11/20追記)
もう4年半以上前のエントリなのですが、「ティッサン・ヴァランタン」というキーワードで書いている人があんまりいないせいか、今でもググッてこちらにお越しいただく方が時々いらっしゃいますので、このディスク、今でも気になっておりました。



Cdcover_cl123 Charlinレーベルのディスクは、一般の店には時折限定的に出てきてはすぐに姿を消す、というパターンが多いのですが、たまたまタワレコにあったのでこの2枚組を即購入です。上記日本盤2枚には収められていない(別ディスクになっていたはず)、ピアノ五重奏曲第1番、ヴァイオリンとピアノのためのアンダンテに子守歌も収録されています。



いやはやまったく、これらの演奏への認識を改めるに十分な音です。特に1枚目に入っている五重奏曲2曲は至福の演奏。ピアノの繊細な音もいいですが、弦の空気を動かす入り方とか、このディスクでやっと聴けた気がします。



やはり「ドリー」だけが若干音質が低いのが残念。それでも上記日本盤よりはかなり良いですから、このピュイグ・ロジェとの貴重な共演を楽しむのに大きな支障とはならない程度です。この手の音楽がお好きな方もそうでない方も、これは捜してでも聴いてみる価値のあるディスクではないかと。



(参照ディスク)
フォレ: ピアノ五重奏曲第1番、同第2番、ピアノ四重奏曲第1番、アンダンテ、子守歌、エレジー、ドリー
ティッサン・ヴァランタン、ピュイグ・ロジェ(Pf)、ORTF四重奏団
Charlin: CL123 (1960年代録音)