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2005年8月

2005年8月31日 (水)

[今日も愛ルケ]ところでこれは殺人?過失致死?

今日も、「愛ルケ」について。

あの「今日の愛ルケ」でさえ、行為の後の動きのなさ、もしくは情けなさにちょっと「どうせえっちゅうねん」という声が漏れてきそうな状況ですが、

結局のところ、冬香を死なせた行為は、殺人なのか、プレイのはずみで起こってしまった過失致死なのか。
本人はいざとなったら、
「『殺して』とは言われたが本当に殺そうなんて思ってるわけがない」
などと供述しそうですが、本文には、「ならば殺してやる」とばかりに、渾身の力をふり絞って締めつけ(以上斜字部分は小説より引用)ていると心象が語られていますので、何度もプレイの度に懇願されて「ええい殺してしまえ」との気持ちになった、あるいは、プレイの範疇を超えて、思いっきり力を込めればこのような結果になるのは十分予想されるにも関わらず、「それでもいい、それが愛の証し〜」みたいな感じでやってしまってるんだから、「未必の故意」に該当する、ってことかな。

それにしても、このままおろおろしているうちに、新たな罪名が付加されていくような予感がしますよ。菊治はん、しっかりしなはれ。sad

アルベール・ルーセル、海の男。

6n6w8ocd 今回は、かなりマイナーだけど個人的に大好きな曲です。

私の好きな作曲家の一人に、アルベール・ルーセルがいます。
といっても「それ誰や?」とおっしゃる向きもあるでしょうから簡単に申しますと、
ドビュッシーとラヴェルの間ぐらいに生まれて、ラヴェルと同じ頃に亡くなったフランスの作曲家(1869-1937)です。

経歴的にはかなり変わり種で、25歳まで海軍に所属し、士官として仏領インドシナにも航海をしたといいますから、まさに世界の海を渡り歩いていたというわけですね。
そして除隊してから音楽の道を目指した、という人です。
その後わずかの間にめきめき頭角を現し、29歳でスコラ・カントルムに入ってヴァンサン・ダンディに師事し、その4年後には学生の身分で対位法の講師まで務めたといいますから、よほど才能に恵まれていたのでしょう。

その音楽は、はじめは印象主義的作風だったがのちに新古典主義に転じ、なんてこと言ったりしますが、一言で片づけてしまえば、

ぶっきらぼう。

確かに初期の作品はそう言い切るほどではなくて、オケでも時々演奏される「蜘蛛の饗宴」なんかは繊細で少々アンニュイな雰囲気も漂わせておりますが、特に後期(50歳代後半以降)の作品は、まさしくぶっきらぼうそのもの。

4曲ある交響曲の第3番の出だしなど、何の愛想もなくいきなりトゥッティのたたきつけるようなフォルティッシモ。
弦の激しい跳躍が印象的な主題に至るまで、「おふらんす」的な雰囲気を期待する向きにはまるで向きません。
なんちゅうか、すごく男性的。それも体育会系、という感じ。

この「組曲」にしても然り。
だいたい曲名が、「組曲」。

曲の構成そのものは、プレリュード・サラバンド・ジーグときわめて古典的。でも曲は1曲目から、弦の太く重たい主題に始まり(いかにも彼らしい始まり方です)、短い曲ながらクライマックスまで線の太い音楽が展開します。
この1曲目の音楽の展開なんて、これが好きな人にはたまらない。でも、一般的なフランス音楽のイメージとはやっぱり違うなあ。
最後の3曲目(ジーグ)なども、素材的には非常に軽妙な音楽のはずが、なんだか一筋縄ではいかない、角張った印象を残しています。

うーん、いいのか悪いのかよくわからない煽り文章になっている・・・

ともかく、最初は非常に取っつきにくいのでありますが、慣れてくるとそれが抗しがたい魅力になってくる(という人もいる)というのが最大の特徴なわけです。

この曲にはまると、代表作といわれる「交響曲第3番」や、「弦楽のためのシンフォニエッタ」、「弦楽四重奏曲」とか、独特の「角張ったフランス音楽」をもっと楽しみたくなることでしょう。

ちなみに、海にあこがれて海軍士官にまでなったルーセルですが、海にまつわる曲は1曲も書かなかった(らしい)というのも、何だかカッコいいですよね。

他の曲はともかく、「組曲」に関しては、おすすめのディスクは絶対にこれ。
私個人の感触からすると、これはポール・パレーの大名盤と言っても過言ではありません。
メインはあくまでシャブリエでありまして、ルーセルはCD化の際におまけでつけたのが丸わかりなんですが、その両方が活力にあふれ、オケを存分に鳴らしきっているすばらしい演奏です。
1957年録音とは思えないフレッシュな録音もとても好感が持てます(最近SACDで再発されたようですね。私の手持ちはもう少し前に買ったものです)。

【CDのデータ】
シャブリエ:狂詩曲「スペイン」、田園組曲、ポーランドの祭り、楽しい行進曲 他
ルーセル:組曲 へ長調
ポール・パレー指揮 デトロイト響
米Mercury  434 303−2
録音:1957〜60年



2005年8月30日 (火)

まぢで愛ルケえらいことになってますね

いやはや、やばいと思っていたら、ホントにえらいことになってきました。
某有名突っ込みブログも大にぎわいなら、某下着メーカー社長のブログも、間の悪い書き込みにえらい騒ぎとなっている様子。

それにしても、あの小説本編、殺害行為自体から4日目になってもその後の動きが見えず、これはまだ展開を考え中なのでは?との疑念も浮かんできますね。
というか、うっすら張りかけてあった伏線らしきものを全部ほったらかして結末へよたよたと走っていきそうな気がしてなりませんが。

どのみち、やばいやばい。coldsweats02

2005年8月29日 (月)

ドヴォルザークの気合い

9xhxq8mq 私の所蔵するCDからいろいろご紹介していきたいと思います。
かなりマイナーなものも追々出てくることでありましょうが、その第1回は、学生時代に私が初めて買ったディスクであります。

私がCDを買い始めて15年あまり。
当時大学生だった私は、とはいえ自宅から通っていたので、バイト代の約4万円が自由になるお金でした。
まだまだ世の中はLPもいっぱいあった時代、大学の生協で、せっせと廉価版のレコードを買い集め、「7枚買うと1枚半額」の制度を利用して、8枚目だけフルプライス品を買う、というパターンを繰り返しておりました。

そんな頃、CDプレイヤーはようやく普及品が定価5万円台にまで値下がりし、バイト学生の手にも何とか届くところまできたわけです。
で、買っちゃいました。DENON(今じゃ正式名称も「デノン」なんですね)の忘れもしないDCD-900という型番。

さて、ハードの値段は下がってきてたのですが、問題はソフトでありました。
まだCD発売から5年ばかり。
当初より多少下がったとはいえ、今回ご紹介するディスクも、当時は40分あまりの1曲だけで、3300円もしていたのです。
今ならドヴォルジャークの交響曲全集も手に入るってもんです。

さてさて、なんでこれを最初に買ったのか、
ドヴォルジャークはいいけれど、なんで「新世界」でも8番でも7番でもなくて6番なのか。
実際、この曲ってマイナー(長調だけど)ですからね。でもいい旋律なんです。
それはともかくとして、しかし、数少ないこの曲のディスクの解説は、どれを見ても、「素朴」「民族的」、そして、同じ時代に作られたブラームスの交響曲第2番との関わり。
(調性も同じだし、雰囲気もどことなく似ている。)
でも、それだけで片づけてしまって良いのか。

この曲の最初をちょっと聴いてみましょう。

最初、ホルンによるA音のシンコペーション。
そして低弦がこの曲の基本となる動機を奏でます。
(ブラ2の冒頭のB-Cis-Bに、この辺も似ています)
A−Dです。
これを木管が引き継ぎます。
もう一度低弦−木管が繰り返します。
A−D−Dです。
そしてこの動機から発生した、最初の主題が導かれます。

A(アントニン)D(ドヴォルジャーク)さん、

思っくそ、自分の宣伝やないのー。

それもこのフレーズの出て来かた、ちょっと昔の、
「おさ、・・・おさむちゃ・・・おーさむちゃんでーす!!」
をどことなく思い起こさせます。

この動機はいろいろと形を変えて、曲のポイントポイントで繰り返されます(3楽章の冒頭然り、4楽章の冒頭、それに曲の最後はAD、AD、ADでたたみかけます)。
素朴で民族的、という作風は、彼の音楽の本来的特質ではあるけれど、狙った「路線」でもあったわけですね。

でも、それを悪く言うつもりはまったくありません。
そりゃウィーンで、名物指揮者ハンス・リヒターに振ってもらう曲です。チェコのローカルスターから、ワールドクラスのメジャー作曲家になろうか、ってなもんです。
気合いも入ります。
ここぞとばかり、自分を大いに売り込みたくもなるでしょう。

そもそも芸能音楽の世界なんて、特に自己顕示欲が強くないとやっていけるもんではないでしょう。
(私、芸能人の度はずれ行為や、いわゆる売名行為には結構寛大です。ある程度は、やり方にもよりますが。)

この曲、どういうわけかウィーンでは初演できなかったのですが、プラハを始め、欧州各地で好評を博し、結局ウィーンでも演奏され、リヒターに献呈されます。
そして彼の交響曲中、初めて公に出版される作品になったのでした。

私がこの曲のディスクを最初に買ったのは、当時エアチェック(んー、懐かしい響き!)のテープを持っていて、気に入っていたからです。
親しみやすい旋律、盛り上がりのツボを押さえた曲作り、ブラ2以上、とまでは言わないものの、十分に対抗できる魅力があると思うのですが・・・

その後いくつかの演奏を聴いていますが、このノイマン指揮の演奏が、一番気に入っています。録音的にはちょっと残響過多なところがあるようですし、ちょっと切り込みが浅くて微温的にきこえるような気もしますが、音楽の流れが最もきれいなのがこの演奏ではないかと思います。

[ディスクのデータ]
ドヴォルジャーク/交響曲第6番ニ長調
ヴァーツラフ・ノイマン指揮 チェコフィル
録音:1982年
ディスク番号(当時):33C37−7705


2005年8月27日 (土)

愛ルケ「ちょっとやばいんじゃ」

日本経済新聞朝刊連載の「愛の流刑地」といえば、渡辺ズン一センセイ作による、50代後半の元人気小説家・菊治と、20ほど年下の、淑女のようでありながら実は何にも考えてないんとちゃうん、というぐらいナニにのめりこんで家庭を顧みない実は3児の母・冬香が出逢って以降、ほとんどエッチばっかりしているさまを綴っている(としか言いようのない)、突っ込みどころ満載、脱力感満点の救われないエロ小説として、一部お笑い系マニアの注目を集めていますが、8月26日分にだけは、私少々引いてしまいました。

というのも、この2人、行為の際に冬香の求めで、「首締め窒息プレイ」に入るのが常なのでありますが、だんだんエスカレートして参りまして、こんな状態に至ったのであります。

−−−ここから引用−−−
 かまわず、「死ね」とばかりに圧しつけると、「いくう・・・」とつぶやき、「殺してぇ・・・」と叫ぶ。
 ならば殺してやる。それがいまの菊治にできる、冬香への唯一の愛の証しである。
 そのまま渾身の力をふり絞って締めつけると、突然「ごわっ」という音とともに声が途切れて、冬香の顎がかたんと沈む。

−−−引用ここまで−−−

ずいぶんきちゃってますねえ。

とそこで、1枚めくって社会面を見ると、こんな見出しが飛び込んできました。

−−−見出し引用・8月26日朝刊大阪14版43面−−−
自殺サイト殺人
「窒息死、最高の興奮」
容疑者、女性殺害で起訴

−−−引用ここまで−−−

日経新聞を最終面から読んでる人のうち数万人単位の人が、
「こらちょっとやばいんとちゃうかー」
と突っ込みをかましたことでありましょう。
しょうもない突っ込みネタは数多くあったのですが、思わず引いてしまうネタというのも・・・
それにしても、誰か言うてやる人はおらんのでしょうかね。

今さらうどんツアー

ふと思い立ってブログを始めてみたりします。
適当に、個人的趣味の世界をあっちこっち書き散らしますね。


さて、どこからともなく、最近ようやく「うどんブーム」も下火になったとの噂が。学生の頃から讃岐に縁があり、「恐るべきさぬきうどん」(ご存じの方はご存じでしょう)の初期からたびたびうどんツアーを試みていた私も、子供が2人になってからは行ってなかったのです。しかしブームも去ってたまにぽっかり空いた休日。これは行かねばならぬタコねばならぬ。

うどんツアーをした人ならわかるでしょうが、いわゆる穴場を回るのは公共交通機関と歩きではきわめて困難なのです。しかし今まで何度もそれに挑戦して走破してきた私は、今回も深夜のジャンボフェリーから、渇水とあまり関係ない善通寺・琴平方面を狙って行くのでありました(うどんツアーは13時までが勝負。それまでに5,6軒回るには、早朝からのツアー開始が絶対なのであります)。

さて、4時過ぎに着くはずのフェリーが遅れて、いきなり早朝の「鶴丸」を逃したものの、坂出の「いきいきうどん」から、「宮武」「岸井」「はなや」「松岡」と5軒×2玉(男なら「小」なんか頼んでちゃいけません)+天ぷら少々。ちょっとタイムロスはあったものの、何とか予定の数はこなしたのでありました。

しかし、暑かった・・・

「宮武」は、「どっちの料理ショー」にも出た直後だっただけに開店時から混んでました。それ以外は、「ブーム」以前の日常にかなり戻っていたように思われます(といっても残り4軒は初めてだったので、以前がどうだったかはわからないんですが)。

本日の最後に、

【有名店に電車と歩きで行くには・その1】
宮武(琴平町) JRと琴電琴平の間の交差点を北(交番のある方)に向いて、琴電の踏切とJRの高架を抜けてしばらく歩くと、「苗田」という交差点に出ます。国道を渡って、斜めに走っている県道(進行方向からは左向き)をさらにずーっと北上し、自販機の並ぶ酒屋を過ぎると、県道との交差点(信号あり)に出るので右折。道の南側を歩くと2,3分で駐車場が見えてきます。店はさらにその先100メートル。駅から私の足で約45分。